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野菜セミナー~京野菜あれこれ~ 株式会社かね松 代表取締役上田耕司氏の講演概要

野菜需給部 需給業務課


 平成20年9月2日に、機構にて、京都府農業アドバイザーなどとしてご活躍の株式会社かね松代表取締役上田耕司氏を野菜セミナーに招き、「京野菜あれこれ」というテーマで講演いただいたので、その概要を紹介します。

京野菜は地産地消の一番のモデルケース
  わたしは、生まれた時から八百屋になれとずっと言われて育ったので、大学を卒業して何の迷いもなく八百屋になりました。卒業式の時、テレビのインタビューで他の人が卒業後の進路に大企業や官庁の名前を挙げている中、私は「くにに帰って八百屋をやります。」とこたえました。

 今、京野菜はブームとなっています。わたしは、京野菜の何が他の野菜と比べて一番違うかと言いますと、今でこそ地産地消と言われますが、京野菜は地産地消の一番のモデルケースだと思っています。地域内流通の一番徹底した野菜が京野菜ということです。京都という街があって、その周りに京野菜の畑があります。近くに畑があるので、これは誰々が作っているきゅうり、なすと言いながら街で消費しています。なぜ京都でこのように京野菜が発達したかというと、一つには環境があります。京都の地下水は琵琶湖に匹敵する量が保有されているそうです。もう一つは四季のはっきりした気候、そして、土地を肥えさせた人糞だと思っています。京都のお百姓さんは、採れた野菜を台車に乗せて街に運び、帰りには人糞を運んでいました。この人糞が京都の野菜を美味しくさせたのだと思います。そのくらい京野菜と人糞は切っても切れない関係です。

京都特有の野菜の売り方
  京野菜の流通の特徴として、京野菜はもともと「振り売り」といって、お百姓さんが台車に野菜を載せて市内を売り歩くという販売形態がありました。また南の地域では「野市」といって小さな市場が出来て、そこで野菜を売っていました。これは作った人と買う人を近づけるシステムです。またもう一つ京都独特の産地商人がいました。例えば、なすだけ扱う商人です。なすのスペシャリストで、いつどこのなすが一番美味しいということまで知っています。それを料理屋や八百屋に売っている人達がいました。なすだけでなく、ほうれんそう、ねぎなどでも産地商人がいて売るという形態があります。これは現在発達した中央卸売市場の機能とは違うものです。


かね松店舗にて

生産者と消費者の信頼関係をつなぐ
  かね松は、中央卸売市場が発達する前から八百屋をやっていましたので、その時分は、産地から買うか、産地商人から仕入れていました。中央卸売市場の機能の一つに価格形成がありますが、かね松では、作った人に値段をつけてもらっています。作った人に値段をつけてもらうと、本当にいいものを本当の価格で出してくるからです。もちろん、野菜がたくさん採れている時、また相場が下がっている時、このやり方だと厳しいです。しかし、ちゃんとした野菜を作ってきているのだから値段を下げるわけにはいかないのです。来年もまた作ってもらうために、かね松がきちんと約束を守っていく、ここが大事です。

 また、お百姓さんと買う人が近いので、お客さんの声に応えるために、京都では野菜に工夫をしてきました。例えば、そば屋さんからの、つゆに入れても薄まらない、水分の少ないだいこん、そして、薬味となる辛みのあるだいこん、一人前くらいの小さなだいこんが欲しい、という要望に応えてできたのが鷹峯の「辛みだいこん」です。同じようにきく菜に葉のキザキザがなく、葉脈が分厚くて大きい丸い葉のものがあります。これはお鍋用のきく菜です。お鍋に出た美味しい旨みをしっかりと含んでくれるようなきく菜です。これも工夫によって生まれた野菜です。消費者と生産者が繋がっている、それが京野菜の特徴です。

地場野菜と季節性
  かね松は、昭和60年代に東京と大阪の百貨店に店舗を出しました。その後、これからが京野菜のブームだという時にわたしは引き揚げました。京野菜は規模を広げることが無理なのです。そもそも地産地消が基本の京野菜を首都圏に出すほど余裕がないのです。京野菜の市場というのは小さいものだと思っています。各都道府県でも同じで、例えば江戸野菜、なにわ野菜、加賀野菜などがあるように、それぞれ近郊に産地を持っています。それが季節性を現す野菜となると思っています。京野菜を周年性にしてしまったら問題があると思います。水菜はやはり鍋の時期、冬に食べるものなのです。


京都錦小路にあるかね松店舗2階には
有機野菜などの料理が味わえる「やお屋の二かい」という料理屋さんがあります。
    ※月刊誌の野菜情報11月号も同様です。

日本の食文化の素晴らしさをみつめなおす
  京野菜には、伝統的な食文化がついてきます。いつ、これを食べると決まっています。例えば、1日はにしん昆布、8のつく日は荒布(ひじき)、15日はえび芋、月末はきらず(おから)を食べます。月末にきらずを食べるのはお金が切れないようにということからです。このように、京都では、野菜が食文化を引き継いでいます。

 そして、わたしは、今、この食文化のみなおしがとても重要だと思っています。日本人が培った食の文化をもう一度みなおし、野菜の食べ方も昆布だしで炊いて、煮て野菜をとることが大事だと思っています。生野菜のサラダもいいですが、たくさんの野菜を食べてもらいたい。日本の食の原風景、昭和30年代くらいの食卓、そして家族皆が1日に1度は一緒にご飯を食べる、これがなくなってしまったことが今の日本の世相にも現れていると思います。ですから、もう一度日本の食文化の素晴らしさをみつめなおして欲しいと思っています。



上田 耕司(うえだ こうじ)氏 プロフィール
1947年京都府生まれ
京都大学農学部卒業後、実家の八百屋かね松に入社、現在、京都錦小路通(株)かね松老舗代表取締役。京都府農業アドバイザー。専門は、「京野菜文化史」、「青果物流通論」、「まつたけ文化史」で、新聞やテレビ等でも活躍。

※写真は、上田耕司氏寄贈

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