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海外情報 野菜情報 2026年1月号

データ駆動型農業の担い手育成と地域展開~オランダと東南アジアの事例~

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国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門
主任研究員 筧 雄介

1 はじめに

 近年、農業分野においてもデジタル技術の導入が急速に進んでおり、いわゆる「データ駆動型農業(Data-driven Agriculture)」が注目を集めている。特に施設園芸においては、環境制御技術(施設内の環境を随時モニタリングし、データに基づき作物の生育に最適な環境を作り出し、収量と品質を向上させる技術)やセンシング技術(センサーにより、物理的・化学的・生物的な情報(温度、光など)を検知・測定し、定量的なデータとして取得・活用する技術)、AI(人工知能)を活用した生産管理の高度化が進展しており、持続可能性や収益性の両立を目指す動きが世界的に広がっている。
 こうした中、オランダは世界一の施設園芸作物の輸出国として、早くからICT(情報通信技術=コンピュータやネットワークを活用した情報処理・伝達の技術)や環境制御技術を取り入れた施設園芸の高度化を進めてきた。加えて、産学官の連携による担い手育成や、国を挙げたイノベーション支援体制の整備など、農業の持続的発展に向けた包括的な取り組みを展開している。
 本稿では、筆者が令和6年度農研機構植物工場研修会において報告した内容を基に、オランダにおけるデータ駆動型施設園芸の最新動向と担い手育成の取り組みについて紹介する。また、近年実施した東南アジア諸国におけるデータ駆動型施設園芸の展開可能性についての調査結果の一部も交えながら、今後の日本農業への示唆について考察する。

2 オランダの施設園芸とデータ活用の進展

(1)オランダ施設園芸の発展と背景
 オランダの施設園芸は、16世紀の干拓事業に端を発し、19世紀後半から20世紀初頭にかけてガラス温室の普及とともに本格的に発展した。第二次世界大戦後には、北海油田などから当時安価に供給された天然ガスを用いた暖房設備や人工照明の導入が進み、近年ではLED照明や高断熱・高気密温室、コンピュータ制御による環境管理技術の導入により、生産性と資源効率の大幅な向上が実現されている。オランダの施設園芸は、国土面積が日本の九州程度であるにもかかわらず、農業輸出額では世界第3位を誇り、特に花きや野菜の分野で世界をリードしている。トマトの温室栽培においては、1980年代から2005年にかけて収量が約2倍に増加し、最新の品種では従来品種に比べて光合成効率が約40%高いと報告されている。

(2)データ駆動型農業の実装と技術革新
 オランダでは、施設園芸におけるデータ活用が高度に進んでおり、温室内の温度、湿度、CO₂濃度(温室内の二酸化炭素量)、光量、水分量などの環境データをリアルタイムで収集・分析し、最適な栽培環境を自動制御するシステムが普及している。これにより、作物の生育状況に応じた精密な管理が可能となり、収量や品質の向上に寄与している。また、近年ではAIや機械学習を活用した生育予測モデルや、ロボットによる収穫・選別作業の自動化、画像解析による病害虫の早期検出など、さらなる効率化と省力化を目指した技術開発が進められている。最近特に注目されるのが、湿度制御技術(温室内の空気中の水分量が低いほど暖房コストが低くなることを利用した技術)の進展であり、除湿による冷暖房負荷の低減(写真1)や、カーボンフットプリント(製品や活動によって排出される温室効果ガスの量)の削減にもつながっている。
 
タイトル: p066
 
(3)政策支援と産業クラスターの形成
 オランダ政府は、園芸分野を含む九つの「トップセクター」を定め、産学官連携によるイノベーション支援を推進している。園芸トップセクターでは、温室建設から生産、物流、販売に至るまでのバリューチェーン全体を対象とした支援が行われており、官民共同出資による「トップ・コンソーシアム(TKI:官民共同研究組織)」を通じて、年間数億ユーロ規模の研究開発投資が行われている。また、Greenportと呼ばれる園芸関連産業の地域産業クラスターが形成されており、温室園芸関連企業、研究機関、教育機関が集積し、技術革新と人材育成の拠点として機能している。これにより、現場ニーズに即した技術開発と社会実装が迅速に進められている。
 
(4)担い手育成と産学官連携
 オランダの施設園芸の高度化を支えるもう一つの柱が、体系的な担い手育成と産学官の連携体制である。特に、ワーゲニンゲン大学(Wageningen University & Research:WUR)は、農業・園芸分野における世界的な研究教育機関として知られ、施設園芸に関する最先端の研究と人材育成を担っている。WURでは、農業経営者や技術者を対象とした実践的な教育プログラムが整備されており、温室環境制御、作物生理、データ解析、持続可能な農業技術など、多岐にわたる分野で専門性を高める機会が提供されている。また、学生や若手農業者が企業や研究機関と連携して実証プロジェクトに参加する「Living Lab(実証型教育・研究の場)」型の教育も盛んであり、現場での課題解決能力を養う仕組みが構築されている。
 さらに、オランダ政府は、農業分野における人材の確保と育成を国家戦略の一環として位置付けており、教育機関と産業界、行政が連携して、若者の農業参入を促進する政策を展開している。こうした取り組みにより、オランダでは高い専門性を持つ農業経営者が育成され、技術革新の現場で中心的な役割を果たしている(図1)。
 
タイトル: p067
 
(5)オランダの施設園芸の最新動向
 近年、オランダの施設園芸はエネルギー価格の急騰という大きな課題に直面している。今後、温室効果ガスの排出規制もさらに強化される可能性がある。2021年以降、暖房やLED補光(植物の光合成を促進するための人工照明)(写真2)の使用を減らす農家が増加し、その結果、23年の施設栽培野菜の総収量は前年比2%減少、10年前とほぼ同水準に逆戻りした。特にトマトやピーマン、ナスなどエネルギー負荷の高い作物で収量減少が顕著であり、一部農家はエネルギー消費が少ないキュウリへの転換を進めている。実際、キュウリの収穫量は23年に前年比7%増加した。オランダ統計局(CBS)のデータによると、施設栽培面積は21年をピークに減少傾向にある。農家数も過去10年間で約29%減少し、特に大玉トマト農家は50%近く減少した。一方で、消費者ニーズに対応する形でミニトマト農家は150%増加しており、作目構成の変化が進んでいる。エネルギーコスト高騰への対応として、前述した湿度コントロール技術が急速に普及している。除湿によって冷暖房負荷を低減し、コストを削減する効果が期待される。オランダでは外気導入方式が費用対効果の面で優れており、現場導入が進んでいる。
 コストカットには、新しい技術の活用も期待されている。葉かきロボット、収穫ロボット、CO₂濃縮機、生成AIを活用したデジタルアシスタントなど、省力化と効率化を目指した最新技術が展示会「GreenTech」でも注目を集めている。オランダ政府も「園芸トップセクター」を通じて、省エネ化や再生可能エネルギー利用を推進している。30年までに有機農業面積を全体の25%以上に拡大する目標を掲げ、化学農薬ゼロ化や生物農薬への移行も進行中である。また、循環型経済の実現に向けて、廃棄物ゼロやカーボンフットプリント削減を重視した政策が展開されている。
 
タイトル: p068

3 ASEAN地域の施設園芸とデータ活用農業システムの展開可能性

(1)ASEAN地域の発展と施設園芸への期待
 ASEAN諸国は、人口増加と経済成長に伴い、農業の近代化と食料安全保障の強化が急務となっている。特に都市化の進展により、安定的かつ高品質な農産物の供給が求められており、施設園芸の導入はその有力な手段とされる。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)では、スマート農業のASEAN展開に係る調査研究を、内閣府「研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」の支援の下で行ってきた。本稿では、その中から主要な点を抜粋して紹介する。詳細は近日公開される報告書を参照していただきたい。
 
(2)環境条件と生産ポテンシャル
 ASEAN地域は、熱帯から亜熱帯にかけて広がる多様な気候帯を有しており、年間を通じて高温多湿な環境が続く。これは露地栽培においては病害虫の多発や品質の不安定化を招く一方で、安定した気候は施設園芸においては環境制御による安定生産の可能性を高める要因となる。農研機構の調査では、ASEAN各国の温室内気温は年間平均で22~27度、日射量は1日当たり17~20 MJ/m²(メガジュール毎平方メートル)であった。これは日本の春から初夏に相当する環境であり、トマトやいちごなどの果菜類の栽培に適している。特に、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムでは、地域によっては、複数の月で、日本の栽培適地に匹敵するような高収量が期待できる「生育収量シミュレーション」(農業情報データプラットフォームWAGRI上において農研機構から提供)の結果が得られており、施設園芸の展開において有望な地域と言える。一方で、フィリピンやカンボジアなどでは、夏季に30度を超える高温となる地域もあり、高温障害による着果不良や品質低下のリスクが存在する。これに対しては、遮熱資材の活用や強制換気、冷房設備の導入など、高温対策向けの環境制御技術の適用が求められる。これらの気温が高い地域では果実の着色不良や裂果、糖度低下などの障害が懸念される。これらのリスクを軽減するためには、以下のような技術の組み合わせが必要である。
〇遮光ネットや白色フィルムによる日射抑制
〇換気扇や開閉式天窓による通風強化
〇地中冷却やミスト冷房による温度調整
〇栽培時期の調整(高温期を避けた定植)
 これらの技術は、日本国内での施設園芸で既に実績があり、現地の資材・エネルギー事情に合わせて低コスト化することで、ASEAN地域への展開が可能となる。農研機構の収量予測ツールを用いたシミュレーションでは、ASEAN各国におけるトマト・いちごの収量は、栽培開始月によって大きく変動するものの、最適月に定植した場合には日本国内の平均収量を上回るケースも確認されている。例えば、ベトナムのダラットでは、日本の高収量産地に匹敵する生産が可能である。また、インドネシアのジャカルタでは、トマトの収量が年間を通じて安定しており、複数回の作付けが可能であることから、経済性の面でも優位性がある。
 各国の大まかな傾向は表1の通り。
 これらの地域特性を踏まえた施設設計と栽培計画の最適化が、ASEAN地域における施設園芸の成功に不可欠である。
 
タイトル: p069
 
(3)市場性と消費者ニーズ
 ASEAN地域では、経済成長と都市化の進展に伴い、農産物に対する消費者ニーズが多様化・高度化している。特に中間所得層の拡大により、安全・高品質・高付加価値な農産物への需要が高まっており、施設園芸による安定供給が注目されている。ASEAN主要国(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンなど)では、都市部を中心に中間所得層が急速に拡大している。中間所得層以上は、スーパーマーケットや高級青果店での購買を通じて、品質やブランドを重視する傾向がある。このような消費者層は、見た目の美しさ、糖度、農薬使用の有無、産地表示などに敏感であり、施設園芸による高品質な農産物は、彼らのニーズに合致する。ASEAN各国では、同一品目でも産地や流通経路によって価格差が大きく、特に都市部ではプレミアム価格が形成されている。このような価格差は、施設園芸による品質管理とブランド構築によって実現可能であり、現地生産による輸送コストの削減と鮮度保持も加わることで、競争力のある商品展開が可能となる。
 ASEAN域内では、農産物輸出も活発化しており、特にベトナム、インドネシア、タイでは果菜類の輸出額が増加傾向にある。日本からの輸出も拡大しており、2023年にはタイ向けのいちご輸出額が前年比で約70%増加している。これは、日本産農産物の品質に対する信頼と、現地でのブランド認知が進んでいることを示している。また、ASEAN諸国では日本産品に対する「安全・安心・高品質」のイメージが強く、日本産品としてのブランド構築も可能である。
 農業フィルム市場などの関連産業のデータからも、ASEAN地域の施設園芸市場は拡大傾向にある。同様に施設園芸関連資材の需要も増加している。さらに、ASEAN各国の農業政策では、スマート農業や環境制御型農業の推進が明記されている。
 
(4)政策支援と制度環境
 ASEAN諸国では、農業の近代化と食料安全保障の強化を目的とした国家戦略が策定されており、施設園芸の導入を支援する政策が整備されつつある。特にスマート農業や環境制御型農業に対する支援制度は、技術導入の促進と事業リスクの軽減に寄与している。各国の農業政策では、施設園芸を含むスマート農業の推進が明記されている(表2)。
 
タイトル: p070
 
 施設園芸関連事業に対しては、各国で以下のような税制優遇措置が講じられている。
〇法人税免除:タイでは最大5年間、マレーシアでは最大10年間の法人税免除が可能。ベトナムでは、地域によっては15年間の免除措置も存在する。
〇設備投資控除:スマート温室や環境制御装置の導入に対して、投資額の60~100%を控除対象とする制度がある。
〇輸入関税免除:農業機械・資材・ICT機器などの輸入に対して関税が免除されるケースが多く、日本からの技術導入を促進する。
 これらの制度は、現地での施設園芸事業の採算性を高めるとともに、日本企業の進出を後押しする環境を提供している。
 また、施設園芸においては、品種の選定と育種技術の移転が重要である。ASEAN諸国では、植物品種保護制度の整備が進んだことにより、知的財産権の保護が可能となってきている(表3)。
 これらの制度に対応するためには、現地パートナーとの連携や、輸出前の検査体制の構築が重要となる。
 
タイトル: p071
 
(5)技術適応性と課題
 ASEAN地域における施設園芸の展開には、日本で確立された技術をそのまま移植するのではなく、現地の気候、インフラ、人材、制度に応じた適応が不可欠である。その中でも最も重要な要素は人材育成である。施設園芸は、環境制御、栽培管理、収穫後処理など多岐にわたる技術を必要とするため、現地での技術者育成が事業の成否を左右する。単なる技術伝達ではなく、現地の気候や文化、経済条件に即した運用能力を備えた人材を育成することが求められる。日本の農業試験場や大学と連携した研修プログラム、現地語によるマニュアル整備、オンライン教材の活用は有効な手段である。また、技術移転は一度に高度なシステムを導入するのではなく、遮光や換気といった基本技術から始め、段階的に温度・湿度制御へと進めることで、現地スタッフの理解と習熟を促進できる。
 初期投資コストに対する現地農家の心理的障壁も大きな課題である。多くの場合、先行投資の意味や長期的な収益性を十分に理解できていないため、導入に消極的になる傾向がある。この点においても、人材育成が重要である。経営者や技術者に対し、投資回収のシミュレーションや事業モデルの提示を通じて、設備投資が収益性向上につながることを理解させる必要がある。
 インフラ面では、電力・水・通信の整備状況に地域差が大きい。都市部では比較的整っているが、農村部では電力供給が不安定であり、通信環境も限定的である。このため、太陽光発電や蓄電池を組み合わせた自立型システム、雨水貯留や自立型システムによる点滴灌水(かんすい)技術、ある程度の期間オフラインでもデータ収集可能なIoTシステムの導入が現実的である。さらに、自然災害への備えも欠かせない。フィリピンやベトナムでは台風や洪水が頻発するため、耐風・耐水性を高めた施設設計が必要である。屋根形状の工夫や補強材の使用、排水性の高い基礎設計に加え、洪水リスクの高い地域では高床式構造が有効である。災害時対応マニュアルの整備と現地スタッフへの訓練も不可欠である。
 経済面では、簡易型ハウスから半自動制御、フル制御型へと段階的に拡張する戦略、高付加価値品種の選定、収穫回数の最大化、都市部や輸出市場への販路拡大が収益性確保の鍵である。さらに、各国の農業支援制度や国際協力機関(JICA(注1)、ADB(注2)など)の補助制度を活用することで、人材育成の資金面の課題を緩和できる。
 
(注1)JICAは、独立行政法人国際協力機構の略称
(注2)ADBは、アジア開発銀行の略称


(6)ASEAN地域におけるデータ活用施設園芸の展開可能性まとめ
 以上のようにASEAN地域における施設園芸の展開は、環境条件・市場性・政策支援の面で高い可能性を有している。特に、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムなどでは、安定した気候と消費者ニーズ、制度的支援が整っており、日本の技術を活用した低コスト施設園芸システムの導入は現実的な選択肢となる。今後は、現地の課題に即した技術開発と人材育成、制度整備の支援を通じて、持続可能な農業モデルの構築を目指すべきである。

4 オランダとASEAN地域、日本の関係性

(1)オランダ企業の東南アジアにおける展開と課題
 オランダは、国内で培った高度な施設園芸技術や人材育成のノウハウを活かし、東南アジア諸国への展開も積極的に進めている。特に、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどのASEAN諸国では、都市化の進展や中間所得層の拡大に伴い、高品質な野菜や果実への需要が高まっているため、オランダの施設園芸技術に対する関心も高まっている。オランダ企業は、現地の農業法人や政府機関と連携し、温室建設や環境制御システムの導入、技術者の育成支援などを通じて、現地の施設園芸の高度化に貢献している。例えば、タイではオランダの温室メーカーが現地企業と協力し、スマート温室の建設やICTを活用した栽培管理の導入を進めている。また、ベトナムでは、オランダの大学や企業が現地大学と連携し、施設園芸技術に関する教育プログラムの開発や共同研究を実施している。
 一方で、東南アジアにおけるオランダ型の高度な施設園芸の普及には、いくつかの課題も存在する。第一に、気候条件の違いである。高温多湿な気候下では、温室内の温度・湿度管理が難しく、冷房や除湿にかかるエネルギーコストが高くなる傾向がある。第二に、インフラや制度の整備が十分ではないことであり、電力供給の不安定さや農業資材の調達の難しさが、技術導入の障壁となっている。さらに、担い手の育成においても、教育機関の設備やカリキュラムの整備が不十分であることが多く、オランダ型の高度な施設園芸技術を現地に定着させるには、長期的な視点での人材育成と制度整備が不可欠である。
 
(2)日本への示唆と今後の展望
 オランダの施設園芸におけるデータ駆動型農業の実装と担い手育成の取り組みは、日本の農業にとっても多くの示唆を与える。特に、以下の3点が重要であると考えられる。
 第一に、技術と経営の統合的な育成である。オランダでは、ワーゲニンゲン大学などで教育を受けた農業経営者や農業コンサルタントが、高度な技術と知識を持ち、環境制御やデータ解析を自ら行うことが一般的である。日本においても、施設園芸の高度化を進める上で、単なる機材や技術の導入にとどまらず、それを活用できる人材の育成が不可欠である。農業高校や大学、研修機関におけるカリキュラムの見直しや、現場での実践的な教育機会の拡充と、高度な教育を受けた者への資金面での援助が有効であろう。
 第二に、産学官の連携によるイノベーション推進である。オランダのように、研究機関、企業、行政が一体となって技術開発と社会実装を進める体制は、日本でも参考になる。特に、地域ごとの課題に応じた「ローカル・イノベーション・プラットフォーム」の構築や、実証フィールドを活用した共同研究の推進が有効である。
 第三に、国際連携による人材育成と市場開拓である。オランダが中東地域や東南アジアに進出しているように、日本もアジア諸国との連携を強化することで、技術移転や人材交流を通じた相互発展が期待できる。特に、ASEAN諸国では日本産農産物への関心も高く、日本の品種や栽培技術を活かした現地展開の可能性がある。こうした国際展開は、日本国内の農業人材にとっても新たなキャリアパスとなり得る。

5 おわりに

 オランダの施設園芸は、世界最先端の技術と高度な環境制御によって高収量・高品質を実現してきた。しかし、近年のエネルギー価格高騰は、このモデルの持続可能性に大きな影響を与えている。暖房やLED補光の削減による収量低下、エネルギー負荷の低い作物への転換は、エネルギー依存型の生産体系が抱える脆弱性を浮き彫りにした。
 一方、ASEAN地域は暖房をほとんど必要としないという利点を持つが、高温による生育障害を防ぐための冷却技術が課題である。特に、低コストで温度を下げる技術はオランダでも十分に発達しておらず、日本の施設園芸で培われた換気・遮熱・冷却のノウハウが活用できる可能性が高い。これは、ASEAN展開において日本が差別化できる重要なポイントである。
 日本にとって重要なのは、オランダの技術をそのまま模倣するのではなく、省エネ・低コスト型の施設園芸モデルを現地条件に適応させる戦略である。湿度制御や換気技術、簡易型環境制御システムなど、エネルギー負荷を抑えつつ品質を確保する技術の導入が鍵となる。また、現地人材の育成と制度整備を並行して進めることで、持続可能な事業モデルを構築できる。
 オランダの事例は、技術革新と政策支援が農業の競争力を高める一方で、高度な環境制御を行うことができる環境において、エネルギーコストという外部要因が経営に深刻な影響を与えることを示している。日本国内でのオランダ技術の導入やASEANでの展開においては、この教訓を踏まえ、低エネルギー・高効率・地域適応型という点で差別化を目指すことが、日本農業とその国際展開における成功の鍵となるだろう。