次に、永清県の野菜保冷施設の全体的な状況を分析した上で、生産者の保冷施設の建設と運営の特徴に重点を置いて分析する。
(1)永清県の野菜保冷施設の全体状況
保冷施設とコールドチェーンの発展は、農産物の鮮度保持能力を大幅に向上させ、季節的な供給不足の緩和、流通の安定、市場競争力向上の面で重要な役割を果たしている。近年、永清県は北京・天津・河北省の共同発展戦略の機会を捉え、食料供給基地として農産物の流通効率化と品質向上を重点的に進めてきた。同県は、特色ある有利な農産物産地として、協同組合、家族経営、村の集団的経済組織による産地保冷施設建設を支援しており、鮮度保持や品質管理の水準が向上している。
2024年以来、河北省廊坊市の永清県など八つの県(市、区)で野菜産地低温貯蔵・保存施設プロジェクトと、不足時などの緊急時の生鮮野菜の供給・低温貯蔵・保存施設プロジェクト30件(投資総額:8231万元〈18億835万円〉、貯蔵総容量:14万4800立方メートル)を実施した。これにより、野菜の貯蔵期間は平均32日延長し、品質低下による損耗率も平均17%削減したことで、付加価値向上と価格低落のリスクに対する抵抗力も大幅に強化された。特に廊坊市のブランド野菜である「香河ニラ」、「永清にんじん」などは、北京、天津市場での地位を固めるとともに、
広東省、香港、マカオ大湾区にまで販売され、広州、
深圳など一線級都市(中国において経済、人口、インフラなどの面で最も発展した都市)の市場にも進出している。このように保冷施設の整備は、販路の拡大と販売を促進するとともに、農業従事者の生産意欲を高めている。
中でも、永清県のにんじん産業はコールドチェーン発展の典型的事例である。同県には、にんじんの貯蔵、輸送企業が10社以上あり、総貯蔵面積は2万5000平方メートル、年間保冷能力は60万トン以上、年間売上高は10億3000万元(226億2910万円)に達する。この産業は河北省、
山西省、
山東省、内モンゴル自治区など近隣地域の発展をけん引するだけではなく、同県全体の生産者収益を4000万元(8億7880万円)増加させ、2200人以上の雇用創出に寄与している。この過程では、にんじんを適時に貯蔵して一次加工を行うことで、品質保持による有利販売が可能となる。コールドチェーンの最適化は、野菜鮮度と市場価値の向上による有利販売のみならず、生産者とコールドチェーン関連産業の協力関係を通じ、生産者の所得向上と地域経済の発展を促進している。
(2)保冷施設の使用状況と運営形式
永清県の調査を通して、一部の野菜生産者が保冷施設を利用して野菜の鮮度と市場供給の安定を高めているなど、保冷施設の利用形態も多様であることが判明した。生産者によっては自社保冷施設を有しており、保冷施設を持たない生産者は他者保冷施設への委託保管、施設面積に余剰がある生産者は他者からの受託保管を行うことで収入増を図る事例もある(表4)。
ア 自営で受託保管を行わない保冷施設
C1は、先進的な生産設備と高品質な生鮮野菜の生産により、北京・天津・河北地域の重要な野菜供給元の一つである。現在は11棟の日光温室を建設し、野菜栽培および育苗と合わせて利用面積は90アールを超え、主に葉茎菜類、特にレタスを栽培している。この施設は養液栽培技術を採用し、高品質、高収量の周年生産を行っている。北京に近い地理的利点を生かして多くの企業と出荷契約を結び、市場小売価格1株当たり約7元(154円)で、毎日7000~8000株の養液栽培野菜を北京の市場に供給している。
また、鮮度保持のために自社保冷施設を設置し、生産から販売までの一貫体系を構築している。これにより、生産状況に応じて保管量を柔軟に調整できるため、高鮮度な野菜を安定供給することができる。
ただし、この方式では運営主体の高い資金力、技術管理などが求められる。具体的には、1)保冷施設建設の初期投資は大きく、維持管理費にも多額の資金が必要、2)野菜保存の過程で温度、湿度などの管理に対する専門技術者の配置が必要、3)保冷施設の効率的運営に加え、コストを最大限抑えること―が求められる。このため、C1のような生産者は稀有であり、高い経済力、技術的基盤、農場管理経験を持つ大規模農業企業だから実現できるという側面がある。
イ 賃貸形式の保冷施設
C2は、にんじんの栽培、加工、販売を主な事業として、廊坊市のほか、
河南省
開封市、山東省
青島市、
福建省
厦門市に5000ムー(335ヘクタール)以上の栽培面積を有し、自社で産地リレーを構築している。にんじんは洗浄後に均一包装され、北京・天津地区や広東省に出荷されるほか、ベトナム、タイ、中東にも輸出されている。このため長距離輸送中の品質・鮮度保持が求められ、外部の保冷施設を賃貸方式で活用している。
このような賃貸方式で保冷施設を活用する経営は、自前で整備する必要がないことから、経済的コストや資源の分配の点で有利となる。具体的には、1)賃貸方式で保冷施設を活用することで多額の初期投資を回避し、にんじんの栽培・加工事業の拡大と市場開拓により多くの資金投下が可能であること、2)生産量と需要の変動に合わせて保冷施設を利用するため、投資の適正化が図れること―である。
しかし、賃貸方式による保冷施設の長期的利用にはリスクも伴う。具体的には、1)農産物の出荷最盛期は、保冷施設内の賃貸供給がひっ迫し、賃貸料の上昇はもちろん、確保できなくなる可能性、2)短期的には設置・運営コストを節約できるが、生産規模を拡大しながら継続的に利用した場合、支出累計額が自社で保冷施設を設置した場合のコストを上回る可能性-などがある。このため、さらなる生産規模拡大を目指す場合、自社で保冷施設を整備した方が経済的なメリットが大きくなる可能性がある。
ウ 自営・受託保管可能な保冷施設
C3はにんじん生産、加工、倉庫保管、販売を行っており、河北省
張家口市に3000ムー(201ヘクタール)以上の栽培面積を有するとともに、山東省
寿光市や内モンゴル自治区の大規模にんじん生産者からの集荷も行っている。にんじんは洗浄後に均一包装され、主に北京・天津地区、海南省、広東省に出荷されている。このほか、だいこんやばれいしょなどの一次加工・販売も行っており、年間加工・流通量は8万トンを超える。
野菜の保管、供給効率向上のため、自社保冷施設を設置している。10月末から12月にかけて山東省などからにんじんを仕入れ、翌1~5月まで自社保冷施設で保管することで出荷期間の長期化を図っており、価格変動リスクを回避した有利販売を実践している。また、保冷施設の余剰面積では他者からの受託保管も行っている。この受託保管により、閑散期の保冷施設利用率を向上させることで受託料収益を挙げることができる。
しかし、この経営方式には一定の課題とリスクがある。具体的には、1)受託保管は、委託者によってニーズや保管条件が異なるため、自社野菜の保管に影響を及ぼす可能性、2)委託者の経営が不安定な場合、受託料の回収リスクが高まる可能性、3)初期設備投資が巨額となり、資金回収サイクルが長い可能性、4)市場の需給変動などによる制御不能なリスクが、在庫の滞留や販売不振につながる可能性-などがある。このため、在庫や販売戦略を柔軟に調整する能力が求められる(表5)。
自社で保冷施設を設置する場合、初期投資や維持管理料は高額となるが、今後の野菜生産量を見越した施設整備が可能なことから、長期投資や大企業に適している。一方、賃貸方式による保冷施設の利用は初期投資負担の軽減となるが、委託料などを勘案すると自社で保冷施設を設置した場合の投資額を上回る可能性がある(表6)。
エ 保冷施設を利用しない家族経営農場
F1からF3は家族経営型の農場であり、比較的市場価値の高くない品目を栽培し、即売している。主に生産地に入り買い付けを行う北京の仲介業者に依存した販売であり、一部は「WeChat(中国のインスタントメッセージサービス)」によるインターネット販売、および近隣小売市場への出荷であった。
三つの農場とも資金余力が小さく、低温貯蔵の必要がない果菜類を栽培していることに加え、販路が狭く即売しているため、保冷施設は利用していない。
表7から分かるように、保冷施設を利用できるC1からC3の大規模企業3者は、長期出荷により輸出を含め販路が多様化している。一方、保冷施設を利用しないF1からF3の家族経営3者は、主に北京の仲介業者への即売に頼らざるを得ず、市場の需要変動に対して効果的な調整は難しい。
