(1)農業概況
 スペインの国土面積は日本より3割以上広く、その約2分の1が農用地として利用されている(表1)。農用地面積は日本の5.4倍で、同国はEU加盟国の中でも主要な農業国の一つである。広い国土や地形、気候の違いを利用しさまざまな農産物を生産しており、主要な農産物は生乳、オリーブ、大麦などである(図2)。2022年以降は干ばつによる農産物生産量の変動が大きく、特に大麦、小麦およびぶどうの生産量が大幅に減少している。なお、輸出額としては、豚肉、オリーブオイルおよびワインが上位である(図3)。
 にんにくについて見ると、同国はEU最大の生産国であり、大麦などに及ばないものの、2023年は19万トンと世界第9位のにんにく生産国となった(表2)。同輸出量は15万トンと中国に次いで世界第2位であり(表3)、23年は生産量の約8割を輸出するという輸出主体型の構造となっている。
(2)スペインのにんにく生産の概況
	 スペイン農業漁業食料省(MAPA)によると、スペインのにんにく生産量は2021年以降減少傾向にあったが、24年の生産量は24万5700トン(前年比26.5%増)と増加した(図4)。これは、全国にんにく生産・流通協会(ANPCA:ASOCIACIÓN NACIONAL DE PRODUCTORES Y COMERCIALIZADORES DE AJO)によると、23年の生産量が干ばつや収穫期の悪天候の影響で前年比31.1%減と大幅に減少した反動に加え、24年は気象条件が良好であったことが背景にあるとしている。ただし、作付面積は前年比10.3%減の2万2700ヘクタールとバイオレット種を中心に2年連続で減少している。ANPCAによると、22年以降は干ばつによる水不足と人件費などの生産コストが継続的に上昇したことが、にんにくの作付面積の減少につながったとされている。25年のにんにく栽培についてANPCAは、作付面積は24年とほぼ同等であった一方、生産量は24年比で約15%減とみている。これは、3月の日照不足や、5月中旬までの低温が生育に影響を及ぼし、主にバイオレット種でにんにくの粒が小粒傾向になったためとしている。
 
(3)生産地域、栽培品種、栽培暦など
ア 生産地域(図5)
 MAPAによると、スペインの主要にんにく生産州はカスティーリャ・ラ・マンチャ(CLM)州であり、2022年のにんにく生産量全体の6割以上を占めた(表4)。同州と生産量第2位のアンダルシア州の2州で、全体の生産量の8割以上を占める。アンダルシア州の単収はCLM州の1.4倍であるが、これはCLM州の主要品種が、08年に地理的表示保護制度(GI)の認定を受けた「アホ・モラド・デ・ラス・ペドロニェラス」をはじめとする、紫にんにくと呼ばれる
鱗茎が小さく単収の少ない「モラード種」である一方、アンダルシア州の主要品種は単収の多い「スプリング種」であるためとされる。
イ 栽培品種
 スペインで栽培されるにんにくのうち、代表的なものはモラード種とスプリング種およびホワイト種の3種となる(表5)。近年は、早生で一般的な収穫時期の降雨や
雹の影響が少ないとされるスプリング種の作付けが増加しており、ホワイト種の栽培は減少している。また、2024年の作付面積割合は、スプリング種が55~60%を占めるまでに拡大し、モラード種は40%未満となった。単収の多いスプリング種が増えたことから、24年は増産になったとされる(図4)。
 
 モラード種のうち、GI認定を持つ「アホ・モラド・デ・ラス・ペドロニェラス」は、CLM州のクエンカ県、トレド県、シウダー・レアル県およびアルバセーテ県で栽培されている。当地の気候は、日本のにんにく主産地である青森県に比べると温暖であるが、降雨量は大幅に少ない(図6、7)。このため、にんにく栽培ではかんがいが行われ、CLM州のラス・ペドロニェラス周辺の生産地域では、植え付けのために通常12月中旬、その後収穫に向け4月に2度目、5月に3度目のかんがいを行う。かんがいは主にスプリンクラー方式が普及しているが、アンダルシア州では、にんにく
圃場に限らず点滴かんがいが一般的に普及しているとされる。
 CLM州のCoopaman協同組合は、にんにくの品種改良などを行う代表的な組織であり、取り扱う品種の75%をモラード種が占め、生産量の60%を輸出しており、ウイルスフリーの種子用のにんにく供給も行っている。また、ナバーラ州のPlanasa社はスプリング種をはじめとしたウイルスフリーの種子用のにんにくなどを研究・開発している。
ウ 栽培暦
 にんにくの栽培暦は品種によって異なり、早生のスプリング種の植え付けが9~10月、収穫が翌4~6月に行われ、他2品種に比べ早い(図8)。また、スプリング種の収穫期に該当する4月や5月は降雨のリスクが少ないため、ホワイト種のみでなく、モラード種からも単収の多いスプリング種への置き換えが進んでいる。
 エ 代表的な生産者団体など
エ 代表的な生産者団体など
 スペインの農業センサスによると、2020年のスペインの農業経営体数は09年に比べ7.6%減の91万4871経営体となり、1農場当たりの平均面積は26.37ヘクタールとされている。にんにくの生産者戸数などについてスペイン全体の統計は無いが、代表的な生産者団体のANPCAは、24年時点で1800戸のにんにく生産者と65社の販売事業者を有し、国内にんにく販売総額の8割以上のシェア(市場占有率)があるとされる。
 また、CLM州のラス・ペドロニェラス地域のCoopaman協同組合は、GIにんにくの「アホ・モラド・デ・ラス・ペドロニェラス」を中心に栽培する複数の生産協同組合で構成される協同組合連合会である。国内最大級のにんにく生産組合であり、約2万トンのにんにくの販売や、35年以上にわたるモラード種の認知度向上、普及および販売促進に携わっている。
 さらに、スペイン第二のにんにく生産州のアンダルシア州には、PEREGRIN社があり、スペインや欧州域内の大型スーパーマーケット向けに生鮮野菜の生産・流通を行っている。同社はアンダルシア州を中心に、CLM州やカスティーリャ・イ・レオン(CYL)州などに農場を有してにんにく生産を行っている。また、アンダルシア州には1974年に生産者によって設立されたPROACO社もあり、年間1万トンのにんにくを生産し、その多くを輸出している。
 
オ 病害虫対策
 MAPAは、EUの定める規則「(EC)No1107/2009」および「指令2009/128/EC」の理念である「人間のあらゆる活動において環境的側面を取り入れる」ことに基づき、スペイン勅令「1311/2012」を定め、農薬の使用が健康と環境に及ぼす影響の低減や、非化学的な防除や総合的病害虫・雑草管理(IPM)などの適切な実施の普及を目指し、ユリ科植物(にんにく、たまねぎ、ねぎ)のIPM解説書を発行している。同解説書では、表6の通り在来の天敵昆虫などを活用する生物的防除、輪作などの栽培管理による耕種的防除が主に推奨されている。
 一方でANPCAは、IPMの強力な推進による農薬の排除は、すべての生産者が採用可能なわけもなく、近年の作付面積の減少に加え、使用可能な薬剤の減少によりにんにく産業がさらに無防備な状態にさらされるとしている。病害虫に対する防除手段の登録の簡素化と迅速化によりスペインのにんにく産業を守らなければ、スペイン産に比べて品質や安全性に劣る第三国のにんにくが消費されることになると警鐘を鳴らしている。また、輸出に当たっても、国際基準の品質を維持する栽培方法の選択が重要としている。
 
 カ 農業用プラスチック
 
カ 農業用プラスチック
 スペインのアビラカトリック大学では、2023年にCYL州における農業によるプラスチック汚染の現状とその環境への影響について研究がなされている。農業分野では、作業効率や収量向上を目的として、マルチシート、かんがいパイプ、温室資材など、さまざまなプラスチック製品の使用が増加してきたため、同州の土壌中の農業用プラスチック残
渣が20年時点で約4万9000トン存在するとしている。
 こうした土壌中のプラスチックは分解されにくく、マイクロプラスチック化して土壌中に残留し、土壌の物理的構造、水分保持能力、生物多様性に影響を及ぼす。CYL州でもプラスチック汚染が拡大しており、プラスチック資材の回収などが追いついていない状況にある。こうした課題に対処するためスペインは23年1月、EU加盟国で初めて「使い捨てプラスチック容器税」を導入し、対象製品の製造者や輸入者に対して1キログラム当たり0.45ユーロ(79円)を課税している。
 同税は、再生プラスチックが課税対象から除外されるため、にんにく栽培においても、土壌温度の過度な上昇を抑える生分解性紙マルチの普及などが進められている。また、農業用プラスチック製造業者・輸入業者によって設立されたMAPLA(MEDIOAMBIENTE, PLÁSTICOS, AGRICULTURA)は22年以降、農業用プラスチック廃棄物の回収、輸送、再資源化などの取り組みを推進している。
(4)生産費、労働力
ア 生産費
 アンダルシア州政府によると、2023/24年度(5月~翌4月)のにんにくの生産費は、1ヘクタール当たり1万1267ユーロ(198万2654円、前年比4.2%高)と前年度に比べやや増加した(表7、図9)。生産費のうち40%が物財費、34%が労働費で占められた。それぞれの内訳を見ると、物財費の6割は種苗費、労働費の9割は収穫・輸送作業費が、それぞれ大きな割合を占めている。
 また、直近4年間で生産費は増加傾向にある。同州は労働日数も集計しており、前年に比べ単収の増加した23/24年度は、収穫作業の増加を反映し、労働日数も前年比5.4%増の58.1人日となり、労働費を含む直接経費も8322ユーロ(146万4422円、同5.1%高)と増加している。
イ 労働力
 にんにく生産では、収穫・輸送作業費が生産コスト全体の3割を占めている現状でも、多大な労働力を確保する必要がある。収穫期にはスペイン全土で150万人日(収穫期間を120日(4カ月)とすると、1日当たり1万2500人)の労働者が必要になるといわれ、にんにくは雇用を創出する社会的作物となっている。
 にんにくの収穫作業の賃金は各地方の農業協定により定められており、その多くは収穫したにんにく20キログラム当たりの歩合制である。これは、作業能力の高い労働者がより多くの賃金を得られる仕組みであり、労働者からも評価を得ているという。一方で、平均的な作業量を下回る労働者もあり、これは農業以外の業種からの参入による熟練不足によるものと考えられている。同時に労働者とにんにく生産者の間では、雇用時に最低収穫数量基準が定められ、同基準を満たさなかった労働者は解雇される契約が多い。こうした労働者を管理しなくてはならないにんにく生産者には、1)労働者が同基準を達成するまで雇用を継続、2)解雇し新たな労働者を採用―のいずれかの選択が迫られる。このため、にんにく生産者は雇用環境を整え、労働者の教育に力を入れており、その結果、毎年同じ生産者の下で働く季節労働者が多く存在するという。
 一方で、収穫期に雇用されたものの、1)降雨など天候次第では収穫作業ができず賃金が得られない、2)作柄次第では十分な量のにんにくが畑にない、3)収穫箱の不足や収穫作業に必要な器具の不具合―といった問題もあるようだ。さらに、価格の安い中国やエジプト産にんにくの台頭などにより、スペイン産のにんにく価格に下落圧力が加わり、安価な労働力に頼ることを余儀なくされる状況もあるとされる。