(1)中国の主産地と生産概況
中国では、にんじんの産地は全土に広がっており、2022年の作付面積は約40万ヘクタールとされる。代表的な産地は
山東省および
福建省のほか、
陝西省、
河南省、
浙江省、
雲南省などがあり、輸出実績が多い地域は山東省、福建省、
広東省、
黒竜江省、
江蘇省とされる(図8)。山東省の主な産地は、
濰坊市、
青島市、
東営市などで、山東半島の付け根付近に主産地が分布している。また、福建省の主な産地は
泉州市、
廈門市など南東部の海沿いの地域に分布している。
山東省の生産状況を見ると、22年の作付面積は4万ヘクタール(前年比15.4%増)と全国の1割を占めている(表2)。近年のにんじん価格はおおむね高値で推移し、生産者の作付け意欲は高いとされ、作付面積は2年連続で増加した。近年の作柄はおおむね良好であったため、単収
(注2)は10アール当たり7.2~7.4トンと高水準で推移しており、収穫量も増加している。また、1年を通して価格の下落幅も大きくないため、生産者の作付け意欲は維持されているとみられる。
注2:日本産の全国平均単収は同3.53トン(令和4年産)。
福建省の生産状況を見ると、22年の作付面積は1万6667ヘクタール(同19.1%増)と全国の4%を占めた。にんじん価格は1キログラム当たり3元(64円)を中心に山東省と同様、比較的高値で推移したことから、作付面積は2年連続で増加した。作柄はおおむね良好で品質も良く、単収は同7.5~7.8トンと高水準になっている(表3)。
(2)主産地の栽培暦および栽培品種
山東省は露地栽培と施設栽培が展開され、露地栽培の面積は全体の約85%で(写真1)、残りを施設栽培が占めている。露地栽培の主な作型は北海道産秋にんじんよりもやや前倒しの春まき型と、府県産冬にんじんに近い夏まき型がある(表4)。施設栽培では平均気温が摂氏0度付近の1~2月頃に
播種し、5月中下旬に収穫を行う府県産春夏にんじんに近い作型となっている。一方で福建省は基本的に露地栽培である。真冬の1月でも平均気温が10度を下回らない温暖な気候を生かした作型であり、9月下旬~10月上旬に播種し、翌1月~3月にかけて収穫するため、府県産春夏にんじんの生育期間を短縮したようなものとなっている。
山東省で作付けされる主な品種は、露地(春まき型)では「新黒田五寸」、露地(夏まき型)では「雷肯徳」「君川紅」
(注3)がある(表5)。同省では夏まき型が主流であり、にんじんの作付面積の約7割を占めている。また、施設栽培では「早春紅日2号」が主流となっている。
福建省で作付けされる主な品種は「坂田316(坂田7寸)」であり、同省のにんじんの作付面積の8割以上を占めるとされている。近年では、中国全土で中国農業科学院野菜花
卉研究所が中心となって品種開発を行った独自品種である「
禧紅202」の普及が進んでいる。22年はこの品種の作付けが福建省内で約66.7ヘクタール、中国全土で約200ヘクタール見込まれ、今後3~5年間で約3333ヘクタール以上の規模に拡大する計画とされる。
注3:「雷肯徳」「君川紅」は品種としては同一であるものの、商品名が異なる。
(3)栽培コスト
にんじん栽培に関するコストについて、主産地である山東省濰坊市および福建省泉州市の事例を紹介する。一般的に生産者の経営形態は企業経営と家族経営の二つに区分される(表6)。企業経営と家族経営では作付規模に大きな差がある上に、栽培の各工程における機械化の進展度合や販売先などが異なっている。
ア 山東省の事例
山東省の栽培コスト(10アール当たり)を経営形態ごとに見ると、企業経営では2019年産および22年産ともに借地料が3割以上を占め、これに種苗費、肥料費、人件費を加えると全体の8割以上を占めている(表7)。また、19年産から22年産の3年間では、農業機械・器具費、その他の費用を除くすべての項目で上昇しており、特に肥料費、農薬費、諸材料費が原料費高騰により大幅に上昇し、総コストの中で大きな割合を占める借地料も19年比で14.3%上昇した。近年、山東省の借地料の高騰が問題となっているほか、連作障害による品質の低下が顕著となってきていることも一因となり、比較的借地料の安価な隣省の河北省張北県への移行が目立つようになっている。一方、人件費も上昇傾向にあるが、播種作業はすべて機械化され、収穫作業も機械化の進展により作業の効率化が図られたことで、上昇幅は抑制されている。1日・1人当たりの単価は、19年の180元(3812円)から、22年には同200元(4236円)と、この3年間で20元(424円、19年比11.1%高)の上昇にとどまっている。中国では依然として少子化が続く中で、若年労働力の都市部への流出により農村での労働力不足が課題となっており、主に人手が必要となる収穫作業が影響を受けている。
また、山東省の家族経営で栽培コストに占める割合が最も大きい項目は、19年産および22年産ともに種苗費であり、次いで肥料費となった(表8)。19年比では肥料費や農薬費、諸材料費が大幅に上昇しており、企業経営と同様の傾向がみられる(企業経営で栽培コスト全体に占める割合が上位である借地料や人件費に関し、家族経営の場合は生産者が保有する土地で家族や親戚の協力を得て栽培するため、それらが費用として計上されていない)。また、農業機械・器具費は、播種作業に簡素な播種機を用い、そのほかの工程でもスコップやくわなどを用いた手作業で行うことが多いため、企業経営に比べて少額となっている。
イ 福建省の事例
福建省は、基本的に山東省と同様の傾向となるが、主な違いとしては、企業経営での借地料が山東省に比べて安価であることや、福建省の種苗費が3年間で下落していることが挙げられる(表9、10)。種苗費の下落要因として、福建省で主に作付けされる品種「坂田316」は、当該品種の販売管理を行う種苗会社が2019年から22年にかけて値下げを行ったためとされる。また、借地料については、山東省と同様に福建省でも19年比で25%上昇し、山東省との差が縮小している。今後、福建省では種苗費が減少する一方で、借地料の上昇が問題となることが想定される。
他方で中国では、不動産開発企業の債務危機がクローズアップされたことで住宅市場は低迷しており、この状況が借地料にどのように影響してくるのか注目される。
(4)調製コスト(人件費、梱包資材費など)(山東省)
本項では山東省の生鮮にんじんの調製コストについて取り上げる。同省のにんじん1トン当たりの調製コストは、2019年産および22年産ともに人件費が全体の7割以上を占め、次いで梱包資材費が続き、人件費と管理費の3項目で全体の9割以上を占めた(表11、写真2、3)。また、19年産から22年産の3年間でコストが上昇した項目は人件費、輸送費、管理費の3項目である。最も構成比の高い人件費は、19年の2909元(6万1613円)から3636元(7万7010円)と3年間で727元(1万5397円、19年比25.0%増)上昇した。これは、19年の賃金が1日・1人当たり平均160元(3389円)程度であったのに対し、22年には同200元(4236円)に上昇したことが要因となっている。通常、200人の労働者が2日作業し、40フィートの冷蔵コンテナ1個分(22トン)のにんじんを調製している。調製コストを構成する費用で最も影響の大きいものは人件費であり、1年で5~10%上昇しているとされ、管理費も同様の傾向を示している。また、輸送費は19年の50元(1059円)から60元(1271円)と同期間で10元(212円)上昇した。これは主に輸送用燃料の高騰の影響であり、聞き取りによると野菜の輸送単価は19年の1トン・1キロメートル当たり0.5元(11円)から0.6元(13円)と、同期間で2割上昇したとされる。