EU最大の有機食品消費国であるドイツでは、有機製品の需要拡大を促すために、大規模な消費者教育プログラム、啓発キャンペーン、宣伝活動に加え、小売業者、卸売業者、食品サービス業者との協力体制を確立し、有機製品を安定的に市場供給できるよう取り組んでいる。また、今後、有機農地の割合を2021年の約3倍となる30%に拡大するという野心的な目標を掲げている。本章では、ドイツでの有機食品や有機野菜の需要拡大に関する取り組みを紹介する。
(1)ドイツの有機農業の現状
EU有数の農業大国であるドイツでは、2015年の有機農地面積はドイツ国内の農地面積全体の約6%と、他の主要なEU加盟国に遅れをとっていた。その後、連邦政府による政策効果もあり、同割合は少しずつ増加し、21年にはEUの平均(9.9%)に近い9.7%となっている。連邦食料・農業省(以下「BMEL」という)によると、20年時点で有機農業に取り組む生産者数は約3万5000戸に上り(図6)、これは同国生産者の13.5%に相当するとされる。21年には、30年までに有機農地面積を30%に増やすという目標を掲げたが、これはEUが定める目標(25%)や同国の前政権が設定した目標(20%)を上回り、2020年の割合の3倍となっている。
(2)有機野菜に関するドイツの政策
2001年に有機農業と持続可能性に関する連邦プログラム(BÖLN:Bundesprogramm Ökologischer Landbau uud Nachhaltigkeit)と呼ばれる最初の有機農業の法的枠組みが確立された。この枠組みを通じて、連邦政府は有機農業を促進するための財政支援、研究資金、市場開発の取り組みなど、さまざまな施策を実施してきた。その対象範囲は、農作物の生育・生産から、マーケティング、加工、貿易、外食産業や一般家庭による消費まで多岐にわたる。例えば、有機農業の最新動向の紹介、有機農業への転換を目指す慣行農家との意見交換を目的として毎年開催される「Öko-Feldtage」と呼ばれる見本市にも資金を提供している。また、これまでに約1080件の研究プログラムがBÖLNによる財政支援を受けており、支援資金は総額2億1500万ユーロ(約350億円)に達し、23年のプログラムの予算は約3600万ユーロ(約59億円)に達する見込みである。
同じく01年に導入された「Bio‒Siegel」と呼ばれる有機食品の認証制度は、消費者による有機製品や有機食材の購入促進を目的としている。
この認証ロゴ(図7)は、EUが定める有機農業に適合した製品にのみ貼付することができ、現在、約7000社から販売される約11万種類の製品に使用されている。
17年には、農業全体に占める有機農業の割合を高めることを目的として、「有機農業に関する今後の戦略(ZÖL:Zukunfsstrategie Ökologischer Landbau)」を開始した。この戦略は5つの重点分野から構成されており、当時の目標は、30年までに有機農地面積がドイツの農地面積全体の20%を占めることであった(表4)。
その後、現政権下でさらなる有機農業の普及のため、21年の連立合意により、30年までに有機農地面積の割合目標を、従来目標の20%からEU目標の25%を上回る30%に引き上げた。これを受けてBMELは、22年7月に本目標の実現に向けた戦略を提示した。この中で、同目標達成に向けた現状と課題、今後の方針を明らかにしている。また、同戦略の作成に関わった専門家チームは、若い世代の有機食品に対する意識を高めるためにはSNSを活用して有機農産物の利点や有機食品への切り替えを紹介し、存在感を高めることが必要だと述べている。
また、「農業構造の改善に関する法律(GAK Gesetz-GAKG)」により、有機農業に対する補助金や有機農産物の加工・販売体制に関する取り組みへの支援を行っている。この中で有機農業への転換に対する23年の補助金は、1ヘクタール当たり485ユーロ(約7万9000円)となっており、15年の同590ユーロ(約9万6000円)から減少している。一方で、有機農業の継続に対する補助金は、15年の1ヘクタール当たり360ユーロ(約5万9000円)から23年には同485ユーロ(約7万9000円)と増加している。すなわち、ドイツでは既存の有機農業の維持・強化も重視されている。また、同法の下、特に以下のような有機農産物の加工・販売体制に関する取り組みが促されている。
ア 生産者、製造事業者で構成される団体の設立と運営:栽培種子や設備などの低価格での購入や共通販売戦略の設定
イ 農産物の加工・販売への投資:農産物の加工や販売への投資による生産者や製造事業者の負担軽減
ウ 生産者間の協力:生産者、製造事業者間の協力を通じた連携強化
(3)ドイツにおける有機食品普及の取り組み
こうした経緯を踏まえ、現在の連邦政府は、消費者と生産者の双方に有機農産物や有機農業に関する認識を広めることを目的としたプロジェクトの拡充と改善に尽力している。「マーケティング」と「有機農業の可視化」は、有機農業を後押しする現政権の主要な柱の一つとなっており、有機農業に対する意識を高めることを目的とした新しい取り組みが始まっている。
2023年2月、連邦政府は、外食産業における有機製品の使用と消費促進を目的として有機農業法(ÖLG:Öko-Landbaugesetz)と有機製品の表示に関する規定を定めたエコラベル法(ÖkoKennzG:des Öko‒Kennzeichengesetz)の改正案を可決した。これには消費者の有機製品に対する認識を高めるキャンペーンも含まれており、BMELのベンダー次官は、この改正法によって有機製品や食材に対する需要が高まるとの期待を表明した。一方で、現在、ドイツでは有機食品の需要が国内生産量を大きく上回っているため、有機業界からは、生産者、流通業者、消費者の間でさらなる国内の有機農産物生産・流通・消費促進を強化するよう求める声もある。
ÖkoKennzGの改正案の一つとして、外食産業での有機食材の使用状況が可視化されたラベル(図8)が導入される予定である。このラベルは、レストランなどで使用される有機食材の調達に係るコストの割合に応じて、ブロンズ、シルバー、ゴールドの3つに分けられる。本ラベル表示は、23年秋以降、格付け審査を終えたレストランやカフェを中心に展開される見通しである。これにより、顧客に対して有機食材の使用状況について透明性のある提示が可能となる。イズデミル農相は「有機食材の含有量を一目で分かるようにすることで、より多くの有機食材を使用するインセンティブが働くことを期待する」と述べている。
また、BMELは、地産有機食材の普及促進を目指し、「Ernährungswende in der Regi(食材革新)」と呼ばれる地域間の競争を促している。この地域間競争は、特に外食事業での「健康的で持続可能な食材の安定的かつ革新的な使用促進」を意図したものである。この取り組みの支援を受けるためには、他地域への応用が期待されるモデルケースでなければならないとしている。特に、デイケアセンター、学校、企業、診療所などで提供される給食に重点を置いており、給食を提供する施設での有機食材の使用割合を少なくとも30%に拡大し、地域主体でのバリューチェーン形成、地元の旬の食材と有機食材の使用、食品廃棄物削減などといったドイツの有機農業に関する野心的な目標の達成に寄与することが期待されている。
(4)その他の取り組み
ア 地域団体によるワークショップや宅配サービスの実施
ドイツ最大の有機食品団体「Bioland」のバイエルン州支部は、連邦政府および地方行政団体とともに、地元の子供たちや教師、外食施設の調理師を対象に、有機野菜の理解促進や普及を目的としたワークショップを実施している。また、近隣に有機農園がない市民や、身体的都合で外出できない人たちにも有機野菜を届ける宅配サービスや、さまざまな種類の有機野菜が入った定期購入ボックスの導入、また、食品廃棄を避けるために残った農産物の販売促進などを実施している。
イ 生産者と消費者による地域支援型農業モデル「Solawi」の取り組み
生産者と消費者が契約を結び、協力して農産物を作る農業モデル「Solawi(Solidarische Landwirtschaft/地域支援型農業)」の取り組みを行う地域もある。このモデルは、世界的にはCSA(Community Supported Agriculture:地域支援型農業)と呼ばれる。「Solawi」では、消費者によって支払われる年間購買費用から、農業生産に要する年間の推定費用に基づき、毎年一定額を登録生産者に前払いする。これにより生産者は、市場の制約に左右されることなく、消費者の需要に応じて農業を営むことができるようになる。その見返りとして、消費者は生産された農産物や加工品を受け取ることができる。つまり、消費者が農産物の購入を保証し、収穫や生産などにかかる農家の費用に対し事前に資金を提供することで、双方でリスク、コスト、農産物を共有するシステムといえる。
(5)有機野菜の栽培に必要な種子開発と量産化を目的とした連携
民間企業側の取り組みの例としては、二つのドイツの有機農業クラブ「Kultursaat e.V.」と「Bingenheimer Saatgut」による共同イニシアティブがある。これは2021年に有機農業に関する革新的な研究を対象とした有機農業イノベーション賞(OFIA)を受賞している。この二つのクラブは、有機野菜栽培に必要な有機種子の開発と量産を目的に連携しており、また、大企業が開発した従来型のF1種の種子への依存を減らすため、両団体からの共同出資を通して、ドイツ、オランダ、スイスにまたがる30カ所の有機農園を支援し、新品種の疫病耐性のある種子や農場の多様な生態系を尊重した方法での開発も主導している。
有機農法で生産された種子の利用を促進するもう一つの取り組みは、有機製品卸売業者「Naturkost」の各地域支部が設立した「Ökosaatgut Initiative(有機種子イニシアティブ)」である。前述のイニシアティブと同様に、有機栽培種子に対する認識を広め、生産者、販売側、消費者が有機栽培種子を使用するよう促すことを目的としている。