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海外情報 野菜情報 2024年1月号

EUにおける有機野菜の位置付けと生産・消費拡大に向けた取り組み

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調査情報部

【要約】

 EUでは「Farm to Fork戦略」の中で有機農業面積の拡大が目標とされており、各加盟国はこの目標の達成に向けて、生産者の支援や市場拡大の取り組みを行っている。有機農業が盛んなイタリアでは、学校給食で有機野菜を活用する動きが広がっているほか、EU最大の有機食品市場を持つドイツでは、野心的な目標の下、生産・流通の両面での有機野菜の普及に力を入れている。

1 はじめに

 EUでは、食料産業政策である「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」(以下「F2F戦略」という)の中で、2030年までに農地面積に占める有機農地の割合を25%にするという目標を掲げている。この目標の実現に向けて、有機農業の拡大が必要不可欠となっており、欧州共通農業政策(以下「CAP」という)の下、各加盟国は有機農業の拡大に向けて、生産・流通・小売といったサプライチェーンの各段階でさまざまな取り組みを行ってきた。この結果、域内の有機農地面積は年々増加しており、一部加盟国では有機農地の割合が20%を超えている。また、有機農産物の消費市場としてもEUは世界有数の規模を持ち、その市場規模は今後も増えていくと見込まれている。
 本稿では、EUの有機農業推進に関する政策を取り上げるとともに、有機農業の先進事例とされるイタリアとドイツについて、その生産・消費拡大に向けた取り組みなどについて報告する。
 なお、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2023年11月末TTS相場の1ユーロ=163.01円を使用した。
 
(参考)『畜産の情報』2021年11月号「EUにおける有機農業の位置付けと生産の現状」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001853.html

2 EUの有機食品市場

(1)有機食品の市場規模
 近年、拡大を続けるEUの有機食品の市場規模は、2020年時点で米国に次ぐ世界2位の448億ユーロ(7兆3028億円)であり、全世界の有機食品売上高の37%を占めている。加盟国別の小売売上高を見ると、ドイツ(149億9000万ユーロ:2兆4435億円)、フランス(126億9900万ユーロ:2兆701億円)、イタリア(38億7200万ユーロ:6312億円)と続く(図1)。20年以降は新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響もあり、消費者の健康志向の高まりと自宅での消費機会の増加に後押しされ、一層増加している。中でも有機野菜については、市場規模上位3カ国に加えてスペインを含めた4カ国の小売販売量が12年から21年までの10年間で54%増加し、21年には生鮮野菜の販売量全体の9%を占めた。

タイトル: p056a
 
 また、有機食品需要の増加につながっているのが、EUの有機ロゴである(図2)。本ロゴは、EUが定める生産、加工、輸送、保管の基準を満たしていることが認められた製品に利用することができ、消費者が有機食品を購入する上で重要な役割を果たすなど、その認知度も高くなっている。22年にEUが行った調査によると、調査対象者の61%が本ロゴを認知しているとされた。

タイトル: p056b
 
(2)有機農地面積の拡大
 2021年のEUの有機農地の面積は1590万ヘクタール(農地面積の9.9%)となり、12年から68%拡大している。加盟国別に見ると、フランス(約280万ヘクタール)、スペイン(約260万ヘクタール)、イタリア(約220万ヘクタール)、ドイツ(約160万ヘクタール)の順となり、これら4カ国でEUの有機農地面積の約60%を占めている(図3)。その他、オーストリアやエストニア、スウェーデンは、いずれも国内の農地面積に占める有機農地の割合が20%を超えている(図4)。EUの有機農地の内訳を見ると、20年時点では、永年草地(42%)、飼料作物(17%)、穀物(16%)、永年性作物(11%)となっている。

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3 EUの有機農業施策

 2020年に公表されたF2F戦略に基づきEUは、21年3月に有機生産推進のためのアクションプランを発表し、30年までに域内の有機農地面積を農地面積の25%にするというF2F戦略の目標達成に向けた具体的な行動計画を示した。このプランの財源にはCAPなどが活用され、EU加盟国は有機農業への転換を促すため、国ごとに有機農業を推進するための戦略を策定し、生産者に対する補助事業などの財政的支援と税制優遇措置や低利融資などの優遇措置を行っている。また、有機農業の実践を後押しし、イノベーションの促進や有機野菜生産特有の課題に対応するための研究開発にも積極的に支援している(表1、2)。加えて、市場の拡大のための販売促進や消費者教育などの取り組みも数多く行われており、例えば、公共調達に際して有機野菜を優先的に導入する公共機関も増えている。
 これらの有機農業普及への取り組みに加えて、有機生産と有機製品へのラベル表示に関する規制の整備も進められている。
 有機農業の制度は、07年に施行された欧州理事会規則(EC)834/2007により、主に有機農業の方法、製品ラベル、規則順守に関する規則を定めていたが、22年1月1日に施行された規則(EU)2018/848に移行され、環境および気候変動対策や長期的な観点で土壌を肥沃(ひよく)に保つこと、生物多様性の維持などが目標として掲げられた。同規則の中では、第三国に輸出する有機製品に前述のEUの有機ロゴを利用できるといった貿易に関する規定も盛り込まれている。

タイトル: p058

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4 イタリアにおける有機農業の現状と取り組み

 イタリアは、EUの中でも有機農地の割合が高く、有機農業の取り組みの歴史も長い。また、学校給食にも有機食品を取り入れるなど、国民に対して幼少期から有機食品に関する教育なども積極的に行っている。
 本章では、イタリアの有機農業の現状と普及に向けた取り組みを紹介する。

(1)イタリアの有機農業の現状
 イタリアは、農地面積に占める有機農地の割合がEU加盟国でも上位に位置し、2021年の同割合は16.8%と、EU全体の平均割合(9.9%)を大きく上回っている(図4)。イタリア農産物市場サービス研究所(ISMEA)によると、有機農地で生産される主な野菜は4 イタリアにおける有機農業の現状と取り組み、トマト、グリーンピース、カリフラワー・ブロッコリーとなっている(表3)。

タイトル: p059b
 
 また、有機農家数を見ると、1991年の約4000戸から2019年には8万戸を超えるなど、面積のみならず有機農業に取り組む生産者の割合も大幅に増加している。イタリア農業・食料主権・森林省(以下「Masaf」という)によると、同国で有機野菜の生産規模が拡大している要因として、有機野菜は付加価値を高めやすく、生産者にとっては収益性が高いため、消費者に対して効果的な販売が可能になる点を挙げている。つまり、有機野菜に対する消費者の関心が高まる中で、更なる需要拡大に向けた取り組みができることが、生産規模拡大につながっている。実際に22年の有機トマトの出荷価格(1キログラム当たり2.03ユーロ:331円)は、慣行農業により生産されたトマト(同1.00ユーロ:163円)と比べて倍以上の価格となる。
 一方で、同国の有機業界団体のFeder Bioは、有機食品の価格について、生産側はまだ十分な対価を得られていないと主張している。栄養面や環境への影響だけではなく、生産に関わる労働者の環境を含めて適正な対価を得られるべきだとし、欧州全体で農業従事者が減少する中で、生産者に有機農業の発展を促すためのインセンティブとなるよう、コスト面での()(てん)策を求めている。
 
(2)イタリアの有機食品市場
 1970年代から80年代にかけて、世界的な環境問題への関心の高まりとともに、イタリアでも化学肥料に依存する従来型の農業への批判が高まった。70年代後半には、イタリアで初の自然食品店の協同組合、さらには、有機専門の定期刊行物が誕生するなど有機農業発展の社会的基盤が芽生えた。
 85年には国内初の規制が制定され、有機の定義を厳格にし、87年にはこれらの規制を統括する組織としてイタリア有機農業協会(AIAB)が設立された。
 有機食品に対する消費者の関心が一段と高まった2000年代初頭には、有機食品を専門に取り扱う小売チェーンが台頭し始め、有機食品がより一般的となった。
 有機食品に特化した展示会であるSANAによる19年の報告では、イタリア人の86%が過去1年間に少なくとも1回は有機食品を購入し、51%が少なくとも週に1回は有機食品を口にすると回答している。また、12年には、1年間で最低1回は有機食品を購入すると回答した世帯の割合が全世帯のうち53%であったのに対し、19年には86%と増加した。プレミアが付いた有機食品を購入することに抵抗感を持たないイタリアの消費者が一般化していることがうかがえる。消費者が有機食品を選ぶ主な理由として、環境に対する倫理感、健康的な食品への関心、サプライチェーンの透明性などを挙げている。
 
(3)有機農業に関するイタリア政府の対応
 現在のイタリアの有機農業に関する法規制の枠組みは、2016年から20年までに施行された「有機システム開発国家戦略計画(Piano strategico nazionale per lo sviluppo del Sistema biologoco)を基礎としている。この計画の中では10の戦略的行動が策定され、生産段階やサプライチェーンでの有機システムの強化を目指した。直近では、22年3月に公布された法律第23号「有機農業、農業食品、水産養殖生産の保護、発展、競争力のための規定」(15条、16条、17条)により、イタリア有機ブランドの確立、政府による有機農業推進地区の認定、有機サプライチェーン強化の取り組みなど、有機農業の保護と競争力の強化が明確化された。
 また、同法は、有機農業を社会・環境面の機能を持つ国益につながる活動として定めており、そのうえで、以下の重要課題にMasafが主体となって取り組むこととしている。
 ア 有機農業のための行動計画のガイドラインの概要と優先順位の定義
 イ 有機生産に関する国内および欧州の措置についての意見表明
 ウ 有機農業を促進するための活動の提案
 エ 慣行農業から有機農業への参入と転換を促進するための戦略の策定
 また、環境負荷の少ない農業や有機サプライチェーン地区の設置などを支援するため、22年には有機農業基金を設立した。この制度では、有機農業への転換、サプライチェーンにおける関係者間の協力体制の強化、有機食品のプロモーション活動などに対して補助金を交付することとしている。この枠組みは全国的な取り組みだけでなく地域での取り組みも補助対象となっている。例えば、ピエモンテ州では、この基金を活用して有機農業者などを支援するとしている。
 またイタリア政府は、27年までに国内の農地面積の25%を有機農地にするという目標を打ち立てた。この目標を実現するための大規模な取り組みは、EUのCAPと復興・強靭化計画、イタリアの有機農業基金などから得られる30億ユーロ(4890億円)以上の資金を投入するとしている。
 このうち、欧州委員会が最終的に承認した計画書により、23年から27年の5年の間に、有機農業への転換と維持のための支援に約20億ユーロ(3260億円)が投入される。同計画では新規の有機野菜生産者と既存の有機野菜生産者を区別する規定はなく、転換する生産者だけではなく、既に有機野菜を生産する生産者も同等の支援を受けると想定されている。また、気候変動による異常気象がもたらすリスクの増大に対応するため、同じく生産者への支援も定めている。
 
(4)有機農業の普及に向けた取り組み
ア 学校給食
 イタリアの学校では、給食のメニューに有機食品を取り入れる動きが広がっている。同国の学校給食では、使用される牛乳、卵、ヨーグルトは有機であることがすでに義務付けられている。野菜については現時点で義務付けられてはいないが、自主的に有機野菜を使用している学校も多い。この動きを支援する「有機学校食堂のための基金」により、2018年から毎年500万ユーロ(8億1505万円)が食堂での有機食品調達のコスト削減のほか、学校での有機食品の情報提供やプロモーション活動などに使用されている。例えば、20年にエミリア=ロマーニャ州で行われた幼稚園、小学校、中学校を対象としたプロジェクト「MENSE BIO più Gusto meno Spreco(より美味しく、より無駄をなくす)」では、専門家や生産者による授業や農場訪問、小冊子の配布が行われた。FederBioの担当者は、「有機食品の普及を図るためには、幼少・青年期から効果的なコミュニケーションを行うことが必須」と述べている。
 
イ 有機食品の供給網の進化
 有機食品の普及に伴い、大規模小売業(スーパーマーケット)でもさまざまな商品の取り扱いを始めている。22年のイタリア国内の有機食品売上高は50億ユーロ(8151億円)に上り、スーパーマーケットにおける有機食品取扱店舗数は、9年前と比べて約4倍(263%増)になった(図5)。
 このように有機食品取扱店舗数が増えたことにより、各社は自社ブランドとして有機食品を取り扱うことが多くなった。17年には、自社ブランドの有機食品を取り扱うスーパーマーケットは22社にのぼり、平均取扱商品数は160商品であった。これらの商品は、当初、店頭の有機専用エリアに置かれることが多かったが、今日では、一般の売り場でほかの商品と同じスペースに並べられることが増えている。

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【コラム】 イタリアの有機食品専門店へのインタビュー

 ローマの南東部に位置する有機食品専門店「Piccola Bottega Merenda」では、有機の野菜、果物、乳製品、パスタなどの加工食品を販売している。同店は家族経営の小規模な店舗だが、数々の受賞歴やイタリアの著名なレストラン・食品ガイドブックへの掲載など、現地では評価・知名度が高い。オーナー夫婦は、店を訪れる顧客に丁寧に説明するなど、2012年の開店から地元に愛される有機食品専門店を運営している。

タイトル: p063
 
(1)販売している有機野菜
 季節によって種類が変わるが、にんじん、ばれいしょ、ズッキーニ、ブロッコリー、ほうれんそう、カリフラワー、しいたけ、なす、きゅうり、トマト、ビーツ、かぼちゃなどは通年で販売している。
 
(2)消費者の反応
 果物はよく売れるが、野菜ではズッキーニが最も売れている。有機野菜の需要はEU全体で拡大しているが、イタリア人は特に食に対する関心が高く、安全・安心を求める傾向が大きい。実際にイタリアの製品は多くの有機認証を取得し、農薬や化学肥料の不使用だけでなく環境への負担軽減をアピールすることが可能となる。
 
(3)さらなる市場拡大のために求められる取り組み
 ソーシャルメディア(SNS)をネットワーク拡大の有効なツールとして活用している。例えば、オクラはイタリア原産ではないため、SNSに圃場(ほじょう)のオクラの写真を掲載したところ、反響が大きく、来店した消費者にレシピやトレーサビリティについて説明したこともあった。このように、SNSが顧客とのコミュニケーションツールとなり、有機野菜の売り上げにつながっているとオーナーのジョルジョさんは語る。また、近年は特定の有機野菜を自ら選んで農家に委託して生産するなど、消費者が関心を持つこだわりの野菜を提供するようにしている。

5 ドイツにおける有機農業の政策と取り組み

 EU最大の有機食品消費国であるドイツでは、有機製品の需要拡大を促すために、大規模な消費者教育プログラム、啓発キャンペーン、宣伝活動に加え、小売業者、卸売業者、食品サービス業者との協力体制を確立し、有機製品を安定的に市場供給できるよう取り組んでいる。また、今後、有機農地の割合を2021年の約3倍となる30%に拡大するという野心的な目標を掲げている。本章では、ドイツでの有機食品や有機野菜の需要拡大に関する取り組みを紹介する。
 
(1)ドイツの有機農業の現状
 EU有数の農業大国であるドイツでは、2015年の有機農地面積はドイツ国内の農地面積全体の約6%と、他の主要なEU加盟国に遅れをとっていた。その後、連邦政府による政策効果もあり、同割合は少しずつ増加し、21年にはEUの平均(9.9%)に近い9.7%となっている。連邦食料・農業省(以下「BMEL」という)によると、20年時点で有機農業に取り組む生産者数は約3万5000戸に上り(図6)、これは同国生産者の13.5%に相当するとされる。21年には、30年までに有機農地面積を30%に増やすという目標を掲げたが、これはEUが定める目標(25%)や同国の前政権が設定した目標(20%)を上回り、2020年の割合の3倍となっている。

タイトル: p064
 
(2)有機野菜に関するドイツの政策
 2001年に有機農業と持続可能性に関する連邦プログラム(BÖLN:Bundesprogramm Ökologischer Landbau uud Nachhaltigkeit)と呼ばれる最初の有機農業の法的枠組みが確立された。この枠組みを通じて、連邦政府は有機農業を促進するための財政支援、研究資金、市場開発の取り組みなど、さまざまな施策を実施してきた。その対象範囲は、農作物の生育・生産から、マーケティング、加工、貿易、外食産業や一般家庭による消費まで多岐にわたる。例えば、有機農業の最新動向の紹介、有機農業への転換を目指す慣行農家との意見交換を目的として毎年開催される「Öko-Feldtage」と呼ばれる見本市にも資金を提供している。また、これまでに約1080件の研究プログラムがBÖLNによる財政支援を受けており、支援資金は総額2億1500万ユーロ(約350億円)に達し、23年のプログラムの予算は約3600万ユーロ(約59億円)に達する見込みである。
 同じく01年に導入された「Bio‒Siegel」と呼ばれる有機食品の認証制度は、消費者による有機製品や有機食材の購入促進を目的としている。
 この認証ロゴ(図7)は、EUが定める有機農業に適合した製品にのみ貼付することができ、現在、約7000社から販売される約11万種類の製品に使用されている。

タイトル: p065a
 
 17年には、農業全体に占める有機農業の割合を高めることを目的として、「有機農業に関する今後の戦略(ZÖL:Zukunfsstrategie Ökologischer Landbau)」を開始した。この戦略は5つの重点分野から構成されており、当時の目標は、30年までに有機農地面積がドイツの農地面積全体の20%を占めることであった(表4)。

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 その後、現政権下でさらなる有機農業の普及のため、21年の連立合意により、30年までに有機農地面積の割合目標を、従来目標の20%からEU目標の25%を上回る30%に引き上げた。これを受けてBMELは、22年7月に本目標の実現に向けた戦略を提示した。この中で、同目標達成に向けた現状と課題、今後の方針を明らかにしている。また、同戦略の作成に関わった専門家チームは、若い世代の有機食品に対する意識を高めるためにはSNSを活用して有機農産物の利点や有機食品への切り替えを紹介し、存在感を高めることが必要だと述べている。
 また、「農業構造の改善に関する法律(GAK Gesetz-GAKG)」により、有機農業に対する補助金や有機農産物の加工・販売体制に関する取り組みへの支援を行っている。この中で有機農業への転換に対する23年の補助金は、1ヘクタール当たり485ユーロ(約7万9000円)となっており、15年の同590ユーロ(約9万6000円)から減少している。一方で、有機農業の継続に対する補助金は、15年の1ヘクタール当たり360ユーロ(約5万9000円)から23年には同485ユーロ(約7万9000円)と増加している。すなわち、ドイツでは既存の有機農業の維持・強化も重視されている。また、同法の下、特に以下のような有機農産物の加工・販売体制に関する取り組みが促されている。
ア 生産者、製造事業者で構成される団体の設立と運営:栽培種子や設備などの低価格での購入や共通販売戦略の設定
イ 農産物の加工・販売への投資:農産物の加工や販売への投資による生産者や製造事業者の負担軽減
ウ 生産者間の協力:生産者、製造事業者間の協力を通じた連携強化
 
(3)ドイツにおける有機食品普及の取り組み
 こうした経緯を踏まえ、現在の連邦政府は、消費者と生産者の双方に有機農産物や有機農業に関する認識を広めることを目的としたプロジェクトの拡充と改善に尽力している。「マーケティング」と「有機農業の可視化」は、有機農業を後押しする現政権の主要な柱の一つとなっており、有機農業に対する意識を高めることを目的とした新しい取り組みが始まっている。
 2023年2月、連邦政府は、外食産業における有機製品の使用と消費促進を目的として有機農業法(ÖLG:Öko-Landbaugesetz)と有機製品の表示に関する規定を定めたエコラベル法(ÖkoKennzG:des Öko‒Kennzeichengesetz)の改正案を可決した。これには消費者の有機製品に対する認識を高めるキャンペーンも含まれており、BMELのベンダー次官は、この改正法によって有機製品や食材に対する需要が高まるとの期待を表明した。一方で、現在、ドイツでは有機食品の需要が国内生産量を大きく上回っているため、有機業界からは、生産者、流通業者、消費者の間でさらなる国内の有機農産物生産・流通・消費促進を強化するよう求める声もある。
 ÖkoKennzGの改正案の一つとして、外食産業での有機食材の使用状況が可視化されたラベル(図8)が導入される予定である。このラベルは、レストランなどで使用される有機食材の調達に係るコストの割合に応じて、ブロンズ、シルバー、ゴールドの3つに分けられる。本ラベル表示は、23年秋以降、格付け審査を終えたレストランやカフェを中心に展開される見通しである。これにより、顧客に対して有機食材の使用状況について透明性のある提示が可能となる。イズデミル農相は「有機食材の含有量を一目で分かるようにすることで、より多くの有機食材を使用するインセンティブが働くことを期待する」と述べている。
 また、BMELは、地産有機食材の普及促進を目指し、「Ernährungswende in der Regi(食材革新)」と呼ばれる地域間の競争を促している。この地域間競争は、特に外食事業での「健康的で持続可能な食材の安定的かつ革新的な使用促進」を意図したものである。この取り組みの支援を受けるためには、他地域への応用が期待されるモデルケースでなければならないとしている。特に、デイケアセンター、学校、企業、診療所などで提供される給食に重点を置いており、給食を提供する施設での有機食材の使用割合を少なくとも30%に拡大し、地域主体でのバリューチェーン形成、地元の旬の食材と有機食材の使用、食品廃棄物削減などといったドイツの有機農業に関する野心的な目標の達成に寄与することが期待されている。

タイトル: p067
 
(4)その他の取り組み
ア 地域団体によるワークショップや宅配サービスの実施
 ドイツ最大の有機食品団体「Bioland」のバイエルン州支部は、連邦政府および地方行政団体とともに、地元の子供たちや教師、外食施設の調理師を対象に、有機野菜の理解促進や普及を目的としたワークショップを実施している。また、近隣に有機農園がない市民や、身体的都合で外出できない人たちにも有機野菜を届ける宅配サービスや、さまざまな種類の有機野菜が入った定期購入ボックスの導入、また、食品廃棄を避けるために残った農産物の販売促進などを実施している。
 
イ 生産者と消費者による地域支援型農業モデル「Solawi」の取り組み
 生産者と消費者が契約を結び、協力して農産物を作る農業モデル「Solawi(Solidarische Landwirtschaft/地域支援型農業)」の取り組みを行う地域もある。このモデルは、世界的にはCSA(Community Supported Agriculture:地域支援型農業)と呼ばれる。「Solawi」では、消費者によって支払われる年間購買費用から、農業生産に要する年間の推定費用に基づき、毎年一定額を登録生産者に前払いする。これにより生産者は、市場の制約に左右されることなく、消費者の需要に応じて農業を営むことができるようになる。その見返りとして、消費者は生産された農産物や加工品を受け取ることができる。つまり、消費者が農産物の購入を保証し、収穫や生産などにかかる農家の費用に対し事前に資金を提供することで、双方でリスク、コスト、農産物を共有するシステムといえる。
 
(5)有機野菜の栽培に必要な種子開発と量産化を目的とした連携
 民間企業側の取り組みの例としては、二つのドイツの有機農業クラブ「Kultursaat e.V.」と「Bingenheimer Saatgut」による共同イニシアティブがある。これは2021年に有機農業に関する革新的な研究を対象とした有機農業イノベーション賞(OFIA)を受賞している。この二つのクラブは、有機野菜栽培に必要な有機種子の開発と量産を目的に連携しており、また、大企業が開発した従来型のF1種の種子への依存を減らすため、両団体からの共同出資を通して、ドイツ、オランダ、スイスにまたがる30カ所の有機農園を支援し、新品種の疫病耐性のある種子や農場の多様な生態系を尊重した方法での開発も主導している。
 有機農法で生産された種子の利用を促進するもう一つの取り組みは、有機製品卸売業者「Naturkost」の各地域支部が設立した「Ökosaatgut Initiative(有機種子イニシアティブ)」である。前述のイニシアティブと同様に、有機栽培種子に対する認識を広め、生産者、販売側、消費者が有機栽培種子を使用するよう促すことを目的としている。

6 おわりに

 野菜を含めた有機食品の需要が高まるEUでは、需要が供給を上回っている状況にあり、今後も同様の状況が続くことが見込まれる。このような中、EUと各加盟国はF2F戦略の目標達成に向けて、研究・生産・加工・流通・消費の各セクションでの取り組みを強化している。
 日本でも、2021年に「みどりの食料システム戦略」が策定され、この中で有機農業の取組面積の拡大が目標(有機農地面積の割合が25%)の一つに掲げられている。ただし、21年時点での日本の有機農地面積の割合は0.6%と、EUの同割合(9.9%)と比べると低くなっている。今回紹介したイタリアとドイツは、EU加盟国の中でも大きな市場規模を有し、消費者の関心も高いという特徴がある。それだけではなく、例えば、イタリアでは有機加工用トマトを使用した加工品の75%を海外に輸出する一方、有機果実の多くを海外から輸入するなど、自国での生産・消費だけではなく輸出入も積極的に行っている。今後、日本も有機農業先進国の取り組みを参考にしつつ、国際的な需給も踏まえた有機農業のあり方について考えていくことが必要となるだろう。
 一方、インフレによる消費者の購買力の低下などにより、当面は有機野菜の消費は減少するのではないかと予想する報道もある。また、有機農地面積割合を25%にするという30年までの目標達成に向けては、さらなる有機農地の拡大が必要というのも事実である。これらの状況を踏まえて、目標達成に向けたEUおよび加盟国の動向を見守りたい。