(1)ブラジルにおける有機農業の確立
ブラジルの有機農業は、法律などで定義されていない1970年代から、肥料や農薬を多用して生産性を高める農法の代替として取り入れられた。80年代半ば以降は、生産者団体の活動としてこれに取り組む生産者や生産量が増加してきた。このような状況に対応して、消費者や生産者、環境保護団体などの間で、有機農業の規制の導入を求める声が上がり、特に92年のリオネジャネイロでの国連環境会議(ECO92)を契機に、一層その機運が高まった。
94年には有機農業の規制の導入に向けた検討が始まり、99年には有機農業に関するガイドラインを政府が通達し、初めて有機農産物の生産が公式に認められた。そして、2003年には、有機農産物の生産と商品化に関する規範を定めた法律(2003年12月23日法律第10831号)が制定された。この法律では、有機農産物の取引に対する公式認定機関による認証の取得や、製品のトレーサビリティ、生産・加工現場への監査の義務化などが規定された。さらに07年には、03年の法律に基づく政令(2007年12月27日政令第6323号)が定められ、有機農業の役割や指針、有機農業への転換、慣行農業との共存、国内販売、輸出入、認証方法など詳細な要件が規定された。
その後、関連するいくつかの規範命令が公布されたが、21年にはこれまでの規則を改正・統合した規範命令(2021年12月27日規範命令第52号)が公布され、現在に至っている。現行の規定により、義務化された主な項目は次の通りである(表1)。
(2)主な規定
ア 認証制度
有機農業を行う生産者(以下「有機生産者」という)は、農産物を生産・販売する場合、次の(ア)~(ウ)の3つの認証方法のうちいずれかの認証を受ける必要がある。ブラジル農牧省(MAPA)は、有機農業適正評価システム(SisOrg)を構築し、認証団体の認可、生産者の登録、有機農産物等であることを証明するロゴの使用などの一括管理を行う(図1)。
(ア)審査認証
審査認証は、MAPAおよび国家度量衡・規格・工業品質院から有機認証の対象となる作物生産、家畜生産、加工、種子・苗、採取、キノコ類、 養蜂、養魚、繊維製品といった分野ごとに認可を得た認証団体が行う。この認証団体は、生産者からの申請に基づき書類審査と現地査察を実施し、要件を満たした生産者に対し有機認証を行う(図2)。有機生産者はSisOrgの全国有機生産者登録(CNPO)に登録され、有機農産物等であることを証明するロゴシールを貼付、または包装に刷り込むことが許可される(図3)。認証の有効期間は1年間で、更新する場合には毎年、審査を受ける必要がある。
(イ)参加型認証(相互認証)
参加型認証は、有機生産者が参加型有機農業適合性評価機関(OPAC)を設立し、有機生産者として基準に適合しているか相互チェックする方式である。この方式は、有機生産者の大部分を占める家族経営農家のコスト負担を軽減するため、審査認証に代えて導入された。OPACは通常法人登録された生産者協会、組合などが設立した組織であり、設立に当たってはMAPAの認可が必要となる。OPACでは、生産者、農業技師、消費者などをメンバーとする評価委員会の設置が義務付けられており、当該評価委員会が定期的に生産者を巡回することとなっている。なお、一部の有機生産者に不適切な事案が認められた場合には、組織全体に連帯責任が課される。有機生産物には、有機ロゴの使用が認められている(図4)。
(ウ)社会管理認証
社会管理認証は、家族型の有機生産者が社会管理団体認証機関(OCS)を組織し、MAPAのSisOrgに登録するもので、規則に適合しているか相互チェックする方式である。この方式は、有機生産者が生産物を直接消費者に販売する場合にのみ認められ、露天市、宅配、庭先販売が主な販売方法となる。ただし、例外として、政府の買い上げ制度(公共団体向け(PAA)および学校給食向け(Pnae))による販売が認められている。参加型認証と同じく、一部の有機生産者に不適切な事案が認められた場合には、組織全体に連帯責任が課される。有機生産者は生産物に有機ロゴの使用は認められておらず、代わりにMAPAが発行する「有機生産物証明書」(Declaração de Cadastro do OCS)を販売時に掲示することとなっている(図5)。
(エ)各認証方式の割合
2022年9月時点のCNPOに登録された認証方式別の割合を見ると、参加型認証が46.2%と最も多く、審査型認証が36.9%、社会管理認証が16.9%となっている(図6)。
イ バイオ資材
有機農業で使用する殺虫剤や殺菌剤などの資材は、MAPAのアグロエコロジー・有機生産調整部が所管しており、ここで許可された資材のみが使用できることとなる。許可された資材のリストはMAPAのサイトで公表されているが、有機生産者は使用に際し認証団体に申告しなければならない。
ウ バイオ種子
有機農業で使用できる種子・苗は有機栽培で生産されたものを使うことが義務付けられている。ただし、例外としてこれらの種子・苗を入手できない場合には、OAC
またはOCSの許可があればそれ以外のものを使用できる。現行の規定では、2022年3月から5年以内にすべて有機種子・苗の使用に切り替えることが決められている。
OACまたはOCSは、この移行期間中に許可する場合には、有機種子・苗の流通がないこと、もしくは有機生産者が有機種子・苗を入手することは困難であることを確認しなければならない。さらにこの期間中、有機種子・苗以外の利用は、1年目が80%、2年目が60%、3年目が40%、4年目が20%を超えてはならないと規定されている。
現状、有機種子・苗への切り替え状況については、国内での市場流通が十分でなく、かつ、従来品と比べて価格が高いことから、生産者にとって容易な状況にない。
(3)政府による支援
ブラジル政府が実施している施策には、有機農産物に限定したものではないが、その生産・消費を支援するための次のようなプログラムがある。
ア 政府食料買上プログラム
政府食料買上プログラム(PAA)は、2003年に家族農家などの小規模生産者の支援策として始まった。このプログラムは、ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)が家族農家、生産者団体などから生産物を買い上げ、病院や福祉施設、学校などの公共施設に供給するものである。有機生産者の農産物は、通常の農産物に比べて30%程度高く買い上げられる。
イ 全国学校給食プログラム
全国学校給食プログラムは教育省所管のプログラムであり、公立学校での学校給食を保証するため、全国教育開発基金から州、市に補助金が交付される。予算額の30%が家族農家からの生産物の購入に充てられ、その中でも有機生産、アグロエコロジー
(注1)によるものが優先される。
(注1)生態系や生物多様性を考慮した農業や農法。
ウ 全国バイオ資材プログラム
ブラジルでは、有機農業に限らず農薬や化学肥料の削減は、農産物の生産力を維持しながら生産コストの削減を図る上での課題とされており、大手資材企業を巻き込んでバイオ資材の開発・普及に向けた取り組みが進んでいる。このため、連邦政府は2020年、国内でのバイオ資材の利用拡大、農畜産部門の利益増加を図るため、国家バイオ資材プログラムを公表した。
このプログラムでは、バイオ資材の法的枠組みの確立、市場拡大、製品開発、生産現場での利用促進などの取り組みが行われている。本プログラムで有機生産およびアグロエコロジー生産は、優先的に対象となる生産分野と位置付けられている。