(1) 生産地域
ペルーは、南米大陸北西部の太平洋岸に位置する。国土面積は日本の約3.4倍の128万5000平方キロメートルで、南米ではブラジル、アルゼンチンに次ぐ大きさである。国土は南北に2000キロメートル超にわたり、赤道直下の南緯0度から18度に位置する。地理的には熱帯と亜熱帯にまたがるが、気候は地勢状の3地域により異なる。南北にアンデス山脈が走っており、3つに大別すると、国土の28%がアンデスの山岳地域(シエラ)、12%が太平洋に面する沿岸地域(コスタ)、60%が内陸部の熱帯雨林地域(セルバ)となる(図3)。このうち、農地面積は、国土面積の19%に相当する24万4000平方キロメートルであり、アスパラガスは沿岸地域の比較的温暖な気候の下で栽培されている。
(2) 主な生産地
ペルーのアスパラガス生産は、北部が調製ホワイト・アスパラガスを中心とする一方、南部では生鮮グリーン・アスパラガスが中心と特徴付けられる。これは、両地域の気候によるところが大きく、北部のラ・リベルタ州では曇天が多いのに対し、南部のイカ州では日照時間が長く、光合成によりグリーン・アスパラガスの緑色が濃くなるという性質に適しているためである。また、北部ラ・リベルタ州に比べ南部イカ州は季節による気温の寒暖差が大きい。このため、北部では年間を通して収量が安定している一方、南部では気温が上昇する9~12月に収量が多くなる傾向がみられる(図4、5)。
このほか、生鮮グリーン・アスパラガスを輸出するための空港や港湾施設などへのアクセスの良さも産地形成に関与している。ペルーのアスパラガスは、ほとんどがリマ国際空港、もしくはそれに近接するカヤオ港から輸出される。輸出地までの距離は、北部ラ・リベルタ州トルヒーヨ市から600キロメートルであるのに対し、南部イカ州イカ市は200キロメートルで交通アクセスが良い。しかしながら、この輸出アクセスが不利であるにもかかわらず、北部でも2000年代に入ってからは生鮮輸出用のグリーン・アスパラガスの生産が増加している。北部でのアスパラガス生産は、品質や単収面で南部より不利とされているが、寒暖差の小さい気候を利用し南部と競合しない時期に出荷を行っている。
(3) アスパラガス生産の経緯
ペルーの農産物輸出は、コーヒーなどの伝統的作物とブドウ(生食用)、マンゴー、ブルーベリー、バナナ、アスパラガスなどの非伝統的作物に分類される。輸出額で見ると、アスパラガスはブドウ、マンゴーに次ぐ輸出規模であり、輸出重点品目の一つとして位置付けられる。
ペルーのアスパラガス生産は1950年代に始まり、以下の3つの段階を経て現在に至っている。
ア 第1期(1950~70年代)
ペルーのアスパラガス生産は、50年代初めに北部沿岸地域にあるラ・リベルタ州で、欧州向け缶詰用として調製ホワイト・アスパラガスが導入、栽培されたのが始まりとされる。80年代半ばまで最大の輸出先はデンマークであり、こうした輸出需要を背景に、生産量は増加基調で推移した。
イ 第2期(1980~90年代前半)
アスパラガス生産量は、80年代から90年代前半にかけて作付面積および単収の増加により拡大した。これは、80年代に調製ホワイト・アスパラガス輸出市場で大きな割合を占めていた台湾からの輸出が減少したためであり、台湾に代わりペルーおよび中国からの輸出が増加した。
その一方で、生鮮グリーン・アスパラガスの輸出市場開拓に向けた取り組みを開始した。南部の沿岸地域にあるイカ州では、86年に輸出用生鮮グリーン・アスパラガスの生産プログラムが開始され、生鮮品を中心にアスパラガスの生産が行われた。
伝統的な作物生産から脱却し新たな輸出作物の導入を模索していた南部イカ州の農協では、米国南部市場でのビジネスチャンスを求め、米国国際開発庁(USAID)からの農業支援や貿易振興に関する提案、資金などの支援を受け、同国向け輸出作物として、メロン、パプリカ、豆類、グリーン・アスパラガスなどの試験栽培評価が行われた。この結果、ペルーのグリーン・アスパラガス生産は、米国市場における端境期の供給作物として採用された。この端境期供給プロジェクトでは、イカ州の農協が生産者に呼び掛け500ヘクタールの農地でグリーン・アスパラガスを生産するとともに、加工・出荷施設を建設したことで、同州のグリーン・アスパラガス生産の産業化に至った。80年代末に導入された輸出向け生鮮グリーン・アスパラガス生産はその後急速に拡大し、90年代には、生鮮グリーン・アスパラガスが調製ホワイト・アスパラガスの生産量を上回った。
ウ 第3期(1990年代後半~)
90年代後半になると、アスパラガスの生産の中心は、欧州向けなどの調製ホワイト・アスパラガスから米国向け生鮮グリーン・アスパラガスに移行した。これは、中国のアスパラガスの生産・輸出状況の影響を受けている。中国のアスパラガス生産量は、98年の35万トンから01年には62万トンに増加するとともに、調製ホワイト・アスパラガスの輸出量も7万8000トンから9万6000トンに増加した。また、調製ホワイト・アスパラガスの輸出単価は、中国産(2001年、0.86米ドル、115円)がペルー産(同1.93米ドル、258円)より圧倒的に安価であった。ペルー産アスパラガスの市場価格は、中国産の輸出拡大に伴い下落した結果、生産者の収益性悪化につながった。このため、ペルーでは調製ホワイト・アスパラガスから生鮮グリーン・アスパラガスへ生産の転換が進んだ。
(4) 収穫面積・生産量
ア 収穫面積
ペルー農業
灌漑省(MIDAGRI)によると、2020年の収穫面積は3万2446ヘクタール(前年比2.4%増)とわずかに増加した(表1)。南部イカ州が最大の生産州であり、これに次ぐ北部ラ・リベルタ州と合わせると全体の8割を占め、2大産地となっている。20年の収穫面積を15年と比較すると4.4%減となっており、やや減少傾向で推移している。州別では、イカ州が増加する一方、ラ・リベルタ州が減少傾向で推移している。
イ 生産量
2021年のアスパラガス生産量は、35万7806トン(前年比3.1%減)とやや減少した。15年と比較すると3.2%減少しているものの、この間の生産量に大きな変化は見られない(表2)。
州別に見ると、生鮮グリーン・アスパラガスの生産が盛んなイカ州では、15年から19年にかけて増加傾向で推移し、16年にラ・リベルタ州を抜いて最大の生産州となった。21年は減少したものの、生産量全体の50.2%を占める最大の生産州である。これに次ぐラ・リベルタ州の生産量は、15年から19年まで減少傾向で推移したが、20年以降はやや回復基調となっている。調製ホワイト・アスパラガスの生産が多い同州では、調製品の輸出減に伴い、生鮮グリーン・アスパラガスやその他の輸出向け作物(マンゴーなど)へ作付けの転換が進んでいる。
(5) 品種
1950年代にラ・リベルタ州でアスパラガスの栽培が始まった際には、缶詰用のホワイト・アスパラガスとして、メアリー・ワシントン(Mary Washington)という品種が導入された。現在では、米カリフォルニア大学で開発されたUC157F1が全体の85%程度を占める。このほか、UC157F1の改良型であるUC115を利用する生産者もある。ペルーでの主な栽培品種は表3の通りである。
(6) 関連政策など
ア 政府の支援プログラム
MIDAGRIは、2010年から競争力強化のための支援プログラム(Agroideas)を実施している。このプログラムは、アスパラガスなど20種類以上の野菜や果物の生産チェーンの強化を目的としており、生産・流通の合理化のための機械やインフラの設備、農業資材の導入、技術支援などを行っている。
また、サブセクター
灌漑プログラム(PSI)を通じ、同国で課題となっている灌漑施設整備として、大規模な水力発電・灌漑整備工事や灌漑水路の改修工事などが行われている。
イ 農業振興法
ペルーでは2001年、都市部(リマおよびカヤオ)を除く地域の農業投資を促進するため「農業振興法(農業セクターの振興に関する法律)」が制定された。この法律は19年に改正され、新農業振興法として31年まで実施期間が延長された。新農業振興法では、農業従事者の権利の拡大や小規模家族経営農家の待遇改善を図るため、最低賃金の引き上げなど一層の労働条件の改善などが課された。この結果、人件コストなどが上昇し、収益性が低いアスパラガス栽培などからの撤退やアボカド、ブルーベリー、ブドウなど高収益作物への転換が進んでいる。