(1)中国の主産地と生産概況
ほうれんそうは中国国内で広く流通し、日常的に消費されている野菜の一つである(写真1)。漢方医学や薬膳の観点からも身体を潤し、熱を冷ます効果があるとされており、油で炒めたり、茹でた後に和え物や麺に乗せたりして広く食されている(写真2、3)。
近年の同国のほうれんそう作付面積は、71~72万ヘクタールと大きな変動はなく、おおむね横ばいで推移している。現地への聞き取りによると、以前は畑地が平坦ではなく作付面積にばらつきがあるなどの理由から作業の機械化が遅れていたため、多くの生産者が「ほうれんそうの栽培は手間がかかる」という感覚も持っていた。しかし、近年は農地の整備などもあり、
播種や収穫などの作業で機械化が進んだことで、収穫量は右肩上がりの増加傾向で推移している(図6、写真4、5)。
ほうれんそうの主産地は北部と南部に大別され、北部では山東省、河北省、
遼寧省、
河南省、南部では
雲南省、
湖南省、
貴州省、
広東省などが代表的な産地として知られている(図7)。また、各地域のほうれんそうの収穫時期は表1の通りである。
このうち、山東省は同国最大の作付面積を誇り、2020年の作付面積は25万9000ヘクタール、占有率は全国の36%と19年比でそれぞれ増加しており、同国の作付面積が減少する中で同省の占有率は国内全体の3分の1を超える規模となっている(表2)。
同省では、近年の好調なほうれんそう相場を受けて、生産者の作付け意欲が高まっており、作付面積、収穫量ともに年々増加している(図8)。また、単収についても年々増加傾向で推移しており、20年は1ヘクタール当たり41トン(前年比5.4%増)とやや増加した(図9)。
同省の主産地は
濱州市、
済南市、
棗荘市、
煙台市などである(図10)。その中でも黄河流域に位置する濱州市は、有機物に富んだ肥沃な土壌に恵まれていることから、ほうれんそうの大産地となっている。また、ほうれんそうの輸出加工企業は、主に煙台市や
青島市など港湾施設の整った沿岸部に集中している。
(2)主産地の栽培暦および栽培品種
山東省のほうれんそうの作型は、主に春播き、秋播き、冬播きの3種類であり、春播きと秋播きは露地栽培、冬播きはハウス栽培で行われることが多い(表3、写真6)。その中でも8~9月に播種し、9~11月に収穫される秋播きは最も多く、次いで冬播き、春播きとなっている。また、同省ではほうれんそうとすいかの輪作が行われており、秋播きほうれんそうを収穫し、冬越え後の翌3月にすいかを作付けるのが代表的な生産体系の一つとなっている。
山東省で栽培されている主な品種は、「尖叶菠菜(葉先の尖ったほうれんそう)」「大圆叶菠菜(大きな丸い葉のほうれんそう)」「有刺菠菜(トゲのあるほうれんそう)」の3品種であり、その特徴は表4、写真7の通りである。また、中国の北部と南部では消費者の嗜好が異なり、北部では葉丈の長いほうれんそう(20~30センチメートル)、南部では葉丈の短いほうれんそう(15センチメートル以下)が好まれる傾向があり、同省では主に長丈のほうれんそうが作付けされている。
(3)栽培コスト
山東省のほうれんそう栽培コスト(10アール当たり)を見ると、2020年産では人件費が半分以上を占めており、次いで借地料、肥料費および農薬費が続く(表5、写真8)。17年産から20年産の3年間では、諸材料費以外の全ての項目でコストが増加しており、コスト全体に占める割合が高い人件費では同300元(6075円、17年比8.3%増)、借地料では同150元(3038円、同20%増)とそれぞれ増加している。近年のほうれんそう生産を取り巻く状況として、他の品目と同様に人件費と借地料の増加により、栽培コストが年々増加傾向にあることが課題となっている。とりわけ借地料の増加率の伸びは今後の作付面積に影響するとみられ、注目すべき状況となっている。また、若手を中心とした都市部への出稼ぎ労働者(農民工)の増加傾向は依然として継続しており、労働力の確保も課題とされている。
(4)調整コスト
山東省のほうれんそうの1トン当たり調整コストを見ると、大部分を占めるのは、人件費、梱包資材費、輸送費であり、この3つの費用で8割以上を占めている(表6、写真9)。特に人件費は栽培コストと同様に構成比の半分以上を占めるため、人件費の変動による調整コスト全体への影響は大きく、対2017年産比を見ても人件費や管理費が調整費の底上げに大きな影響を与えていることが分かる。17年産から20年産の3年間で、人件費が500元(1万125円、17年産比34.5%増)と大幅に増加しているが、これは、17年の賃金が1日当たり平均130元(2633円)程度だったことに対し、20年には同180元(3645円)に上昇したことが要因となっている。