(1)生産地域
メキシコのアスパラガス生産は、米国市場向けの供給を目的に始まった。1950年代後半から米国のデルモンテ、ハインツ、キャンベルなどの野菜缶詰企業がメキシコでにんじんなどの野菜を栽培し始めたのと同時期にアスパラガスも持ち込まれたとされる。
アスパラガスの主な生産地は、北西部のソノラ州、バハ・カリフォルニア州およびバハ・カリフォルニア・スル州と中部のグアナフアト州である(図1)。これら4州で国内アスパラガス作付面積の92%を占めており、その中でも最大の生産州は米国と国境を接するソノラ州である。同州では特にアルタル大砂漠を囲む地域での栽培が盛んであり、2020年の作付面積はメキシコ全体の51%に相当する約1万9000ヘクタールとなった。メキシコ北西部に広がる砂状の土壌がアスパラガス栽培に適しており、乾燥した気候から病害虫の被害も受けにくく、当該地域の気温も温度変化に敏感なアスパラガスの生育に適している。
(2)作付面積
同国のアスパラガスの作付面積は右肩上がりに推移し、直近10年で130%増加している。この間の主要4州の増加率を見ると、ソノラ州99.9%増、バハ・カリフォルニア・スル州342.3%増、バハ・カリフォルニア州83.4%増、グアナファト州53.1%増となっている。また、主要4州ではないものの、国内中央部に位置するケレタロ州は約12倍に増加し、急速な拡大となった。2020年現在、メキシコ全土でのアスパラガスの作付面積は約3万7000ヘクタールであり、栽培地域は、2011年時点の5州から2020年には25州に広がっており、この間に作付面積は約2.3倍に拡大している(表1)。
ソノラ州、バハ・カリフォルニア・スル州、バハ・カリフォルニア州などのあるメキシコ北西部では、従来から生産されてきた小麦やトウモロコシの農業技術が不十分なため、コスト高な生産となって収益を上げにくい状況となっている。このため、輸出に直結し、収益性の高いブルーベリー、アボカド、レモン、ウォールナッツ、アスパラガスなどへの転作が国によって推進され、その財政支援にメキシコ銀行とメキシコ農業信託基金(FIRA)が協力している。FIRAによれば、1ヘクタール当たりのアスパラガスの生産価値は、トウモロコシの25.5ヘクタール分に相当するとしている。
この10年間で新規にアスパラガスの生産に乗り出したミチョアカン州、シナロア州、コアウイラ州、ドゥランゴ州などでも作付面積は増加傾向にある。このように新規参入州が拡大する背景には、前述の国の財政支援が関わっている。
メキシコ農業農村開発省(SADER)によれば、アスパラガスの主産地であるソノラ州のサンルイス・リオ・コロラド市では、2020年に新たに2226ヘクタールの農地でアスパラガスの栽培が許可されており、2021年春に
播種が行われれば、3年後の冬には初収穫が見込まれている。
一方、アスパラガスの生産には大きな課題もある。収穫面積を見ると、地域により大きな隔たりがあり、全国レベルでは2020年に収穫が行われなかった面積は4947ヘクタール、実に作付面積の13.4%に上る(表1)。
次に収穫率を見ると、ソノラ州やグアナフアト州では安定した高い収穫率であり、続くバハ・カリフォルニア州では2018年に、ケレタロ州では2019、2020年にそれぞれやや低い数値を示している。一方で、バハ・カリフォルニア・スル州では2018年以降、下降傾向となっている。また、シナロア州では作付面積の拡大は見られるものの、収穫率はかなり低い水準となっている(表1)。この要因の一つに気候条件が挙げられるが、メキシコ政府によれば、生産地によりアスパラガス栽培ノウハウが異なるため、生産歴の浅い地域では収穫まで結びつかないことが多いとされる。ソノラ州やグアナフアト州では、栽培のノウハウが既に蓄積されているため、収穫の割合が高くなる傾向がある。
(3)生産量
2020年のアスパラガス生産量は約30万トンに上り、この10年間では約3.5倍増加している。これは、同期間の収穫面積の増加率に比べ大きく、単収の向上が生産量の増加に寄与していることがわかる。生産量が最も多いのはソノラ州であり、全体の65%を占める。これに次ぐのはグアナフアト州とバハ・カリフォルニア・スル州であり、それぞれの同13%、同9%を占めている(表2)。
各州での農業生産額に占めるアスパラガス生産額の割合を見ると、ソノラ州では13.6%となり、ブドウ、小麦に続く3番目の主要作物となっている。また、バハ・カリフォルニア・スル州では同22.2%となり、トマトに続く2番目の主要作物となっている 。一方、グアナフアト州とバハ・カリフォルニア州は、いずれも上位5位には入っていない。
また近年、主要輸出先である米国でのオーガニックの需要の高まりを受け、オーガニックのアスパラガス生産が行われるようになり、徐々にではあるが増加傾向にある(表3、写真1)。
(4)単収
メキシコのアスパラガスの単収はこの10年間で62%増となり、生産量増加の大きな要因となっている。2020年の主要4生産州の単収を見ると、ソノラ州とグアナフアト州ではそれぞれ1ヘクタール当たりの単収が10.6トン、同9.2トンと高く、バハ・カリフォルニア・スル州とバハ・カリフォルニア州ではそれぞれ同7.8トン、同7.7トンとやや低い(表4)。
メキシコの平均的な単収は世界的に見るとそれほど高くはない。世界の主要アスパラガス生産国の一つであるペルーを見ると、1ヘクタール当たりの単収は14トン(2017年)と大きく、同国ではアスパラガスの単収は最高で同18トンまで目指すことができるとされている。よって、メキシコでのアスパラガス生産には、単収に関して改善の余地があると言える。
単収が低い原因の一つとして指摘されているのは、栽培ノウハウの問題がある。今後、優良種子の導入や適切な手入れ作業が拡大すれば、単収が改善されるとみられている。
単収の増加を促すための取り組みは、これまでのところ民間主導で行われており、過去にはメキシコ国家科学技術審議会(CONACYT)が研究資金を投入したことがあるが、現在ではそのような政府による資金投入は見られない。
(5)品種および栽培暦
メキシコで栽培される主な品種は、米国のカリフォルニア州で栽培される品種(UC157、Atlas、Brockなど)と同じである。アスパラガスの若茎は色によって、紫、紫/緑、緑と分別される。メキシコには緑色のアスパラガスのみ栽培されており、以下の種類がある。
Constanza:緑色の約20cmの細い若茎
Bassano:太い緑色の茎で、葉や穂先が紫色で柔らかい
Colosal de Connover:米国産のハイブリッド品種、太いやや白味かかった色の茎
米国でのアスパラガス生産の端境期に向けた輸出や地域の気候条件を考慮し、ソノラ州やバハ・カリフォルニア州などの北部地域での収穫期は1月から4月がピークとなり、気候条件により5月まで延びることもある。一方、メキシコの中部に位置するグアナフアト州の収穫期は5月から9月となっている。近年、ソノラ州では栽培地を南部に広げる動きがあり、収穫開始期が10月に早まっている(図2)。
図3はメキシコの生鮮アスパラガス月別生産量を表している。メキシコでは年間を通じた生産が可能であるが、1月から4月の生産量が年間生産量の63%を占めている。同国のアスパラガス生産は米国市場への供給が主要な目的であり、米国さらには米国向けの輸出が多いペルーの端境期に合わせて、一年を通じて供給が可能となるよう調整が行われている。
(6)播種から収穫までの一連の栽培方法
アスパラガスは多年性の植物であり、直播の場合、収穫が可能になるまで3~4年が必要となる。一方、植え付けした場合は2年目以降に収穫が可能である。また、アスパラガスの通常の寿命は12~15年と言われているが、生産量が減少するため、メキシコでは約10年ごとに再植え付けが推奨されている。
アスパラガスは温度の変化や風に敏感である(風が強いと穂先が傷むことがある)。生産者は、種子を加工業者(パッカー)または輸出業者(シッパー)から受け取り、大手生産者の場合は専用施設(グリーンハウス)で育苗してから植え付けが行われる。
メキシコでの収穫はすべて手作業で行われ、刃の鋭い包丁で刈り取られる。通常、土からの高さが約 23センチ(9インチ)、直径が0.5センチになったころで収穫される。なお、メキシコでは播種の機械化率は100%、かんがい率も100%となっており化学肥料の使用も非常に高い。
ソノラ州の植物衛生委員会は、同州の生産品の品質向上を目的に食品安全プログラムを策定し、農食品の汚染を出来る限り防ぐための対策について記している。同プログラムの中にはアスパラガスの生産に関するマニュアルも作成されており、世界標準であるHACCPおよび適正農業規範(GAP)の規定に則っている。アスパラガスは輸出品目であるため、米国企業からの指導もあり、多くの生産者や加工業者などは世界的な品質標準であるGAPやHACCPなどを取得しており、欧米市場の需要に応じて近年ではオーガニック製品の生産も盛んになっている。
メキシコ産アスパラガスは、生鮮および加工の2つの形態で流通されている。ただし、栽培当初の用途とされた加工アスパラガス(瓶詰など)の生産は少なくなり、付加価値の高い生鮮アスパラガスの流通が大半を占めている。
【生鮮アスパラガス】
手作業での収穫、集荷、洗浄の後、カット、選別、梱包を経て、その日のうちに米国へと送られる。米国への輸送は主にトラックであり、低温輸送が可能なリーファーコンテナが使われる。輸送トラックは地元の輸送業者を使うことが主流である。米国に到着した貨物はそのまま米国の提携企業に向けられる。
【加工アスパラガス】
加工業者大手(San Miguel社)の場合、生産者から直接アスパラガスを購入しており、買取価格はその時の時価また品質、量により変動する。その他、自社栽培を行う場合もあり、契約栽培の場合は生産者への技術指導も行われる。収穫は生鮮アスパラガスと同じく、朝早くから行われ、品質劣化を防ぐため加工工程も素早く行われる。前述の洗浄、カット、選別の他に殺菌、乾燥、真空密閉が行われる。加工の後にトラックに載せて米国へと輸出される。米国では直接小売用として販売されるほか、流通業者を通じて各店舗へ卸される。