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海外情報 野菜情報 2021年4月号

タイのえんどうの生産および貿易動向

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調査情報部

【要約】

 タイでは温暖な気候を生かし、さまざまな農作物が栽培されているが、近年、気候変動や他国との競合などを受け、国内でのえんどうの生産量は低迷している。2019年、同国は日本の生鮮えんどうの輸入先として、ペルー、中国に次ぐ第3位となった。近年において、中国産は価格面での競合相手であり、ペルー産は輸入時期の間隙を縫う形で、大幅に他国を上回る輸入量となっている。
 近時、タイ産えんどうは輸出大国の中国産や増加著しいペルー産との競合において、足元の生産体制に安定性が見出しにくい状況のなか、同国は、日本の交易にとって重要な拠点の一つであり、えんどうを含むタイ産農産物の動向について、引き続き注視する必要があると考えられる。

1 はじめに

 タイの国土は51万4000平方キロメートルと、日本の約1.4倍の面積を有し、農用地は国土の4割を占め、温暖で湿潤な気候を生かし、コメや果実、サトウキビ、キャッサバ、パーム油などの生産も盛んな農産国である。熱帯モンスーン気候に属し、高温多湿で一年を通じて蒸し暑く、季節は大きく乾期(11月~翌5月)と雨期(6月~10月)に分かれる。乾期は雨がほとんど降らず、深夜や早朝は涼しいが、乾期のうちの暑季においては、日差しが強く連日蒸し暑さが続き、4月に暑さのピークを迎える。近年では気温が40度を超える地域も多数生じるなど、野菜をはじめとした農畜産物の生産への影響が懸念される状況にある。一方、雨期は、日本の梅雨のように一日中雨が降り続くことは少ないものの、毎日1~2時間程度のスコールがあり、場所や状況により洪水の発生などの被害が懸念される状況にある。このような環境の中、えんどうは冷涼な気候を好み、タイ国内において比較的涼しい北部を中心に栽培されている。
 本稿では、近年、多様化が進むえんどうの主要輸入先の一つであるタイのえんどうの生産や貿易動向について報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、1バーツ=4円(2021年2月末日TTS相場3.58円)を使用した。

2 生産動向

(1)主産地の地理と気候
 農業協同組合省農業普及局(以下「農業普及局」という)の統計によると、タイ国内では2018年時点においては、ペチャブーン県およびチェンマイ県でのえんどうの生産が確認されている。また、過去10年で見ると、それら2県に加え、チェンライ県、ターク県、ナーン県、パヤオ県、ラムパーン県など、同国内において比較的標高が高いタイ北部および東北部の一部で栽培されていることが分かる(図1、写真1)。





 主産地の気候を概観すると、従来、北部では乾期に0度近くにまで下がる状況にあったが、地球温暖化などを背景に、近年では気温の上昇が見られる。タイ気象庁の統計によると、チェンマイ県の気温を2007~2012年と2013~2019年に分けてそれぞれの5カ年平均値を比較すると、最も変動幅が大きい5月は気温が1.5度上昇し、えんどうの栽培が盛んな11月にも1度上昇していることが分かる(図2)。



 また、生産者や仲介業者への調査によると、近年において乾期に降雨量が増える傾向があり、うどんこ病(注1)が頻発しているとのことだった。従来タイでは乾期にはほとんど雨が降らなかったが、近年乾期でも季節外れの降雨が増え、2007~2012年と2013~2019年に分けてそれぞれの平均降雨量を比較すると、2013~2019年は2007~2012年より、乾期の降雨量が増加していることがわかる(図3)。また逆に、3月から9月を見ると、2013~2019年の平均降雨量が2007~2012年より少なく、雨期が移行していると見ることもできる。



注1:うどんこ病は、葉の表面に白いカビが生える病害。1カ所から広範囲に広がる。葉の表面がカビで覆われることで、光合成が出来ず生育不良を引き起こす。

(2)生産概況
農業普及局の統計によると、タイのえんどう生産量は近年減少傾向にあると言える(表1)。同局が把握しているえんどう生産農家は、2011年には329戸だったものが、2018年には9戸まで激減している。同様に収穫面積においては、2011年は348ライ(注2)(55万6800平方メートル)だったものが、2018年には30ライ(4万8000平方メートル)と、およそ10分の1の規模にまで縮小し、収穫量においても16分の1程度にまで落ち込んでいる(表1)。
注2:ライは、タイの広さを表す単位。1ライ=1600平方メートル。



 タイ政府の指定品目(コメ、キャッサバ、飼料用トウモロコシなど)の生産農家においては、農家販売価格が市場価格を下回った場合の不足分について、政府から交付を受けることができる収入保証制度がある。本制度を利用するためには、各県の農業普及局の事務所に生産状況などを登録する必要があり、ここで取り上げた数値もこの生産状況に基づくものである。しかし、えんどうは指定品目外であることから円滑な登録がなされず、同局が把握していない栽培農家や栽培面積が多数存在する可能性に留意する必要がある。
 なお、えんどう生産者や仲介業者への聞き取りによると、2010年頃からえんどうの主産地であるタイ北部では、いちごやパッションフルーツなどの他作物の生産が増え、えんどうからの転作が多かったとのことであり、上記統計の傾向を裏付けるものであった。そのうち、特にいちごについて言及する関係者が多く、それらをまとめると、いちごは、えんどうのように支柱を立てる必要もなく、収穫作業の負担も小さいことなど、栽培が比較的容易であること、さらに所得向上に伴う食の多様化などを背景に、同国では2000年頃から国産いちごの需要が増え、仲介業者への販売価格も従来の1キログラム当たり100バーツ(400円)から約2倍にまで高騰していたことなどを背景に、いちごへの転作が進んだということであった。
 価格面を見ると、同国内の主要農産物市場であるタラートタイ市場が公表しているえんどうの卸売価格(国産と輸入品の区別はされていない)では、2020年はそこまでの高騰は見られず、2018年および2019年は、同140~160バーツ(560~640円)を付ける時期もあるものの、概ね同80~100バーツ(320~400円)の範囲で推移する状況にある(図4、写真2、3)。







(3)栽培工程とコスト
ア 栽培工程
 タイは11月~翌3月までが最も気候が涼しい乾期(4月~5月が暑期、6月~10月が雨期)となっており、えんどうは主にこの時期に栽培が行われている。
タイ北部の高地開発を進める公共組織である、高地研究開発所(Highland Research and Development Institute (Public Organization))によると、タイにおけるえんどうの栽培プロセスおよび生産コストは以下の通りである。

播種(はしゅ)の2週間前から土壌の分析を行い、その結果に従い石灰を0~100グラム/平方メートル散布して耕しておく。播種の前に化学肥料(0-4-0)(注3)を40グラム/平方メートルおよび(12-24-12)(注3)を25~30グラム/平方メートル施肥しておく。また、堆肥を1キロ/平方メートル散布する。
・深さ5センチメートルの溝を作り、10~20センチメートル間隔で種を蒔く。列の間隔は50センチメートルとする。播種10日後に支柱を立て、その高さは2メートルとする。
・追肥は播種後20日後に化学肥料(46-0-0)(注3)30グラム/平方メートル施用する。さらに播種30日後に化学肥料(13-13-21)(注3)30グラム/平方メートル施用する。
・播種から収穫開始までに45~70日を要する。収穫は3日毎に行う(写真4、5)。収穫期間は栽培の状態によるが15~25日間行うことが出来る。





注3:数値はN(窒素)-P(リン酸)-K(カリウム)の割合を指す。

イ 栽培コスト
 高地開発研究所の報告によると、タイにおけるえんどうの生産コストは表2の通りである。雨期と乾期の生産コストを比較すると、水やり賃金などの費用が乾期の方が高くなっており、乾期の方がコスト高になっているが、平均収穫量は乾期の方が多くなっていることがわかる。乾期の1ヘクタール当たりの生産コストは8万3462バーツ(33万3848円)となっており、うち最も大きな割合を占めているのは水やり賃金の1万5822バーツ(6万3288円)である。



 また、タイでは2011年からタイ政府が設定している最低賃金が大幅に引き上げられ、同国においても農作業における人件費の高騰は、大きな課題となっている。2000年におけるチェンマイ県の最低賃金は1日当たり140バーツ(560円)だったが、2011年に最低賃金を引き上げ、2013年には同300バーツ(1200円)と10年余りで2倍以上と大幅に上昇した(図5)。その後も賃上げ傾向は続き、2020年3月時点では同325バーツ(1300円)となっている。このように最低賃金の上昇を背景とした人件費の増加により、生産者が作付品目を選択する上で、比較的人手を要する農作物の作付を避ける傾向にある。今回の調査先の一つであるチェンマイ県クンワーン郡のえんどう圃場(ほじょう)では、周囲にいちご圃場が広がり、写真1の周囲では、いちごに転作されるまでは、全てえんどうが栽培されていたとのことだった。



 

3 貿易動向

(1)タイにおけるえんどうの輸入
 えんどうの貿易形態は、概ね生鮮、乾燥、冷凍および調製の形態に区分され、タイにおけるえんどう輸入は生鮮と乾燥が主体となっている。タイの生鮮えんどうの輸入は、ASEAN-中国自由貿易協定(注4)では、アーリーハーベスト(早期実施)を実施し、タイは2003年から開始したことなどから同時期より輸入量が増加し、当時から現在に至るまで最大の輸入先は中国である(図6)。2010年に、急激に輸入量が増加し、2011年および2012年には1万トンを超える生鮮えんどうが輸入されていたが、2013年および2014年は大幅に減少した。その後、2018年から盛り返しを見せ、2019年には7891トン、金額にして8407万バーツ(3億3628万円)が輸入されている(表3)。





注4:ASEAN-中国自由貿易協定は、物品貿易、サービス貿易、投資の三つの主となる協定で構成され、アセアン諸国連合(10カ国)と中国の自由貿易地域を目的とした協定(2002年11月包括的枠組協定に署名)。すべての項目が、本妥結に至る前段階で、先行して限られた物品について関税の低減などを行うアーリーハーベストは、HSコード1類から8類までの特定農産品を対象としている。

(2)タイにおけるえんどうの輸出
 一方、えんどうの輸出を見ると、生鮮、冷凍および乾燥えんどうは年で乖離が大きいのに対し、調製えんどうは600トン台から1000トン超で推移している(図7)。



 輸出先別に見ると、2010~2019年の過去10年間において調製は、米国を中心に、ミャンマー、ドイツ、英国などに輸出され、近年は米国向けとミャンマー向けが拮抗している状況にある(図8)。



 また生鮮は主に日本と台湾に輸出され、2010年から2012年までは輸出量が増加しているが、これは2007年に日タイ間で発効した日タイ経済連携協定(注5)により、生鮮えんどうのほかほとんどの野菜の輸入関税が撤廃されたことなどが影響し、増加したものと考えられる(図9)。2013年以降、タイからの輸出は減少しているが、これはタイ国内のえんどう産地における他作物との競合や気候変動などの影響により、生産量が減少したためと考えられる。2019年の輸出を見ると、数量ベースの最大の輸出先は台湾であり、日本は2位となっており、総量で537トン、金額にして1631万バーツ(6524万円)となっている。



注5:日タイ経済連携協定は、物品、サービスの貿易の自由化などの拡大などについて2国間で結んだ協定。2007年11月1日発効。

(3) 日本における生鮮えんどうの輸入
 一方で日本の生鮮えんどう輸入量を見ると、2001年は約2万トンとなったが、その後減少の一途をたどり、2008年にはおよそ1000トンにまで減少した。その後、状況は反転し、2012年には2500トンを超過するまで回復するも、2013年に2000トンを割り、近年は1000トン弱で推移している(図10)。2019年は959トン輸入され、内訳はペルー産が431トン、中国産が230トン、タイ産が175トンとなっている。



 これらの動きは、わが国とペルーが2012年に経済連携協定(注6)を結び、生鮮えんどうをはじめとした野菜の輸入関税が引き下げられたことを受けて、ペルー産の輸入が増加傾向にあるものと考えられる。なお、日本の月別輸入統計をみると、生鮮えんどうについては、国内の取引数量が低下する7月以降、輸入量が増加する傾向にあるが、同国産の輸入は5月~11月がメインとなっており、南半球に位置するペルーは、国産えんどうの端境期にあたる8月~10月に輸出できるとともに中国やタイのえんどうの収穫期とは異なる時期に出荷出来ることも強みとなっている(図11、12)。また、タイ産のえんどうについては、気候が涼しい乾期(11月~翌3月)に栽培されていることから、日本への輸出も冬季に数量が増加する傾向が見られるものの、夏季を除いては比較的安定して輸入されている。

注6:日ペルー経済連携協定は貿易および投資の自由化および協力などについて2国間で結んだ協定。2012年3月1日発効。





 また、各国からの輸入単価を見ると、中国産は2000年に1キログラム当たり195円だったものが、2010年頃から徐々に高くなり、2015年には同420円にまで値上がりしている(図13)。タイ産は2009年までは輸入量が少なかったことに起因して、約400円から1000円近くの間で乱高下を繰り返していたものの、輸入量が多くなる2010年以降の単価は、中国産と同水準の300~400円の間を推移した。なお、2016年から増え始めたペルー産は、国産えんどうの価格上昇期にあたる端境期輸入となる強味を生かし、中国産やタイ産と比較して高水準にあるものの、2019年には700円を割る水準にまで下落し、ますます競争力が強まる状況にあることが分かる(図14)。




 

4 おわりに

 タイにおけるえんどう生産は、いちごをはじめとした他品目への転作や気候変動のほか、輸出におけるペルー産や中国産などとの競合などの影響を受けて、生産量の減少は著しく、生産環境は厳しい状況にあると見られる。タイ国内におけるえんどうの生産動向および流通における公表データが限定されており、今般、状況を考察するには難しい点もあったものの、ヒアリングによる調査を通じて、タイにおけるえんどうの生産状況の厳しさを数多く確認することができた。日本における生鮮えんどうの輸入品間での競合においては、中国産の輸入単価と比較すると、近年中国の生産コストも上昇傾向にあり、2017年以降はほぼ同水準となっている。また、日タイ経済連携協定によりタイ産には輸入関税がかからないことなどを踏まえると、対中国産との関係においては、コスト面である程度優位な状況にあるといえる。一方でペルー産との比較においては、タイ産の出荷時期と競合せず、依然としてタイ産えんどうの価格優位性は確保されつつも、今後、ペルー産においては、長距離輸送技術や長期保存技術、日本市場を意識した収穫管理などが進むことで、タイ産だけでなく日本産との競合が徐々に進んでいく可能性も否定できない。
 タイは、地理的優位性に加え、日タイ経済連携協定を締結するなど、日本にとって重要な拠点であり、輸出大国の中国産および近時増加著しいペルー産との競合のなかにおいて、今後も対日本産、対ペルー産との価格差を踏まえ、一定量の輸入は維持されることが想定される。しかしながら、上述の通り、足元の生産体制に安定性が見出しにくい状況において、今後もえんどうを含むタイ産農産物の動向について、引き続き注視する必要があると考えられる。