(1)主産地の地理と気候
農業協同組合省農業普及局(以下「農業普及局」という)の統計によると、タイ国内では2018年時点においては、ペチャブーン県およびチェンマイ県でのえんどうの生産が確認されている。また、過去10年で見ると、それら2県に加え、チェンライ県、ターク県、ナーン県、パヤオ県、ラムパーン県など、同国内において比較的標高が高いタイ北部および東北部の一部で栽培されていることが分かる(図1、写真1)。
主産地の気候を概観すると、従来、北部では乾期に0度近くにまで下がる状況にあったが、地球温暖化などを背景に、近年では気温の上昇が見られる。タイ気象庁の統計によると、チェンマイ県の気温を2007~2012年と2013~2019年に分けてそれぞれの5カ年平均値を比較すると、最も変動幅が大きい5月は気温が1.5度上昇し、えんどうの栽培が盛んな11月にも1度上昇していることが分かる(図2)。
また、生産者や仲介業者への調査によると、近年において乾期に降雨量が増える傾向があり、うどんこ病
(注1)が頻発しているとのことだった。従来タイでは乾期にはほとんど雨が降らなかったが、近年乾期でも季節外れの降雨が増え、2007~2012年と2013~2019年に分けてそれぞれの平均降雨量を比較すると、2013~2019年は2007~2012年より、乾期の降雨量が増加していることがわかる(図3)。また逆に、3月から9月を見ると、2013~2019年の平均降雨量が2007~2012年より少なく、雨期が移行していると見ることもできる。
注1:うどんこ病は、葉の表面に白いカビが生える病害。1カ所から広範囲に広がる。葉の表面がカビで覆われることで、光合成が出来ず生育不良を引き起こす。
(2)生産概況
農業普及局の統計によると、タイのえんどう生産量は近年減少傾向にあると言える(表1)。同局が把握しているえんどう生産農家は、2011年には329戸だったものが、2018年には9戸まで激減している。同様に収穫面積においては、2011年は348ライ
(注2)(55万6800平方メートル)だったものが、2018年には30ライ(4万8000平方メートル)と、およそ10分の1の規模にまで縮小し、収穫量においても16分の1程度にまで落ち込んでいる(表1)。
注2:ライは、タイの広さを表す単位。1ライ=1600平方メートル。
タイ政府の指定品目(コメ、キャッサバ、飼料用トウモロコシなど)の生産農家においては、農家販売価格が市場価格を下回った場合の不足分について、政府から交付を受けることができる収入保証制度がある。本制度を利用するためには、各県の農業普及局の事務所に生産状況などを登録する必要があり、ここで取り上げた数値もこの生産状況に基づくものである。しかし、えんどうは指定品目外であることから円滑な登録がなされず、同局が把握していない栽培農家や栽培面積が多数存在する可能性に留意する必要がある。
なお、えんどう生産者や仲介業者への聞き取りによると、2010年頃からえんどうの主産地であるタイ北部では、いちごやパッションフルーツなどの他作物の生産が増え、えんどうからの転作が多かったとのことであり、上記統計の傾向を裏付けるものであった。そのうち、特にいちごについて言及する関係者が多く、それらをまとめると、いちごは、えんどうのように支柱を立てる必要もなく、収穫作業の負担も小さいことなど、栽培が比較的容易であること、さらに所得向上に伴う食の多様化などを背景に、同国では2000年頃から国産いちごの需要が増え、仲介業者への販売価格も従来の1キログラム当たり100バーツ(400円)から約2倍にまで高騰していたことなどを背景に、いちごへの転作が進んだということであった。
価格面を見ると、同国内の主要農産物市場であるタラートタイ市場が公表しているえんどうの卸売価格(国産と輸入品の区別はされていない)では、2020年はそこまでの高騰は見られず、2018年および2019年は、同140~160バーツ(560~640円)を付ける時期もあるものの、概ね同80~100バーツ(320~400円)の範囲で推移する状況にある(図4、写真2、3)。
(3)栽培工程とコスト
ア 栽培工程
タイは11月~翌3月までが最も気候が涼しい乾期(4月~5月が暑期、6月~10月が雨期)となっており、えんどうは主にこの時期に栽培が行われている。
タイ北部の高地開発を進める公共組織である、高地研究開発所(Highland Research and Development Institute (Public Organization))によると、タイにおけるえんどうの栽培プロセスおよび生産コストは以下の通りである。
・
播種の2週間前から土壌の分析を行い、その結果に従い石灰を0~100グラム/平方メートル散布して耕しておく。播種の前に化学肥料(0-4-0)
(注3)を40グラム/平方メートルおよび(12-24-12)
(注3)を25~30グラム/平方メートル施肥しておく。また、堆肥を1キロ/平方メートル散布する。
・深さ5センチメートルの溝を作り、10~20センチメートル間隔で種を蒔く。列の間隔は50センチメートルとする。播種10日後に支柱を立て、その高さは2メートルとする。
・追肥は播種後20日後に化学肥料(46-0-0)
(注3)30グラム/平方メートル施用する。さらに播種30日後に化学肥料(13-13-21)
(注3)30グラム/平方メートル施用する。
・播種から収穫開始までに45~70日を要する。収穫は3日毎に行う(写真4、5)。収穫期間は栽培の状態によるが15~25日間行うことが出来る。
注3:数値はN(窒素)-P(リン酸)-K(カリウム)の割合を指す。
イ 栽培コスト
高地開発研究所の報告によると、タイにおけるえんどうの生産コストは表2の通りである。雨期と乾期の生産コストを比較すると、水やり賃金などの費用が乾期の方が高くなっており、乾期の方がコスト高になっているが、平均収穫量は乾期の方が多くなっていることがわかる。乾期の1ヘクタール当たりの生産コストは8万3462バーツ(33万3848円)となっており、うち最も大きな割合を占めているのは水やり賃金の1万5822バーツ(6万3288円)である。
また、タイでは2011年からタイ政府が設定している最低賃金が大幅に引き上げられ、同国においても農作業における人件費の高騰は、大きな課題となっている。2000年におけるチェンマイ県の最低賃金は1日当たり140バーツ(560円)だったが、2011年に最低賃金を引き上げ、2013年には同300バーツ(1200円)と10年余りで2倍以上と大幅に上昇した(図5)。その後も賃上げ傾向は続き、2020年3月時点では同325バーツ(1300円)となっている。このように最低賃金の上昇を背景とした人件費の増加により、生産者が作付品目を選択する上で、比較的人手を要する農作物の作付を避ける傾向にある。今回の調査先の一つであるチェンマイ県クンワーン郡のえんどう
圃場では、周囲にいちご圃場が広がり、写真1の周囲では、いちごに転作されるまでは、全てえんどうが栽培されていたとのことだった。