中国農業大学 経済管理学院大学院
張竜(Zhang Long) 穆月英(Mu Yue-Ying)
中国は野菜の消費大国であるとともに生産大国でもある。近年、中国では野菜の生産量、作付面積ともに増加傾向で推移している(図1)。2017年の生産量は6億9193万トン(日本のおよそ52倍:2017年)、作付面積は19万9811平方キロメートル(日本のおよそ43倍:2017年)と、中国において野菜は穀物に次ぐ作付面積を誇る経済的重要性が高い作物の一つとして、その生産は地方の重要な産業となっている。近年、中国においても国民の生活水準の向上に伴い、環境に配慮して生産された野菜や有機野菜に対する市場ニーズが高まりを見せるなか、日本にとっても重要な野菜の輸入相手先であり、その量は輸入野菜全体の約5割を占めている(図2)。
野菜の生産方式には広大な農地を利用する露地栽培と、ビニールハウスなどの施設を用いる施設栽培があるが、施設栽培は生育環境を人為的に制御できることから、気候による制約を緩和するとともに、高い生産効率のもと高品質で安全な農産物の生産が可能である。特に中国北部では冬季に露地栽培ができない地域もあるため、施設栽培は年間を通した野菜の生産を可能にし、供給の安定化を図り、農家の生産性を向上させる重要な生産方式となっている。
本稿では、1980年代から施設栽培が展開され、産地ブランドや規模、人材、技術などあらゆる面において一定の成果を収めている、野菜の主要産地である山東省寿光市の生産者(35者)に対する調査に基づき、中国における野菜の施設栽培の現況について報告する。
なお、本稿中の為替レートは、1中国元=15.30円、(2020年5月末日TTS相場)を使用した。
中国における野菜の施設栽培の作付面積、生産量および生産額は増加傾向で推移するなか、野菜全体の作付面積に占める施設栽培の作付面積の割合は2008年以降20%程度で推移している(図3)。施設栽培の持続的発展によって、年間を通した野菜供給の安定化とそれに伴う価格変動幅の縮小、生産者の安定収入確保のほか、連棟温室や日光温室など、園芸施設の進化による環境への負荷低減などが期待されている。
中国における施設栽培を俯瞰すると、おおむね全土的に野菜産地が形成されている中、特に環渤海および黄淮海地域に集中しており、全国の総面積の約60%を占めている。次いで長江中下流域地区で20%、西北地区で7%ほどを占め、主に山東、遼寧、河北、江蘇、浙江、寧夏、内モンゴル、上海などの特定のエリアに集中し(図4)、野菜生産システムの産業化や流通システムの強化が進み、年間を通しての供給の安定化が図られている。現在は、冬期の野菜自給率強化を主な目的に、大都市および中堅都市の近郊および全国野菜産業計画重点県(注1)に施設栽培の野菜産地が新たに形成される傾向にあり、具体的には吉林、山西、陕西、四川、甘粛、湖北などが挙げられる。
注1:全国的に均衡のとれた野菜供給能力を整えるため、地理気候や地域的な優位性などを考慮し、全国の野菜生産地域を六つの地域(華南、長江、西南、西北、東北、黄淮海および環渤海)に区分し、580の県などの区域を野菜産業重点県(市、区)として指定した。
中国における施設栽培に用いられる野菜の品目は、主にトマト、きゅうり、ピーマン、なすなどが挙げられる。施設栽培作付面積の順位を見ると、トマトが高収益性などを背景に、施設栽培作付面積が最大の野菜であり、その面積は1167万ムー(77万8000ヘクタール)で、トマトの総作付面積の57.2%を占め、次いできゅうりの874万ムー(58万2667ヘクタール:きゅうりの総作付面積比47.9%)、ピーマン(852万ムー(56万8000ヘクタール):ピーマンの総作付面積比26.6%)、なす(760万ムー(50万6667ヘクタール):なすの総作付面積比58.3%)と施設栽培率の高い品目が上位を占め、その後、ちんげんさい(272万ムー(18万1333ヘクタール):ちんげんさいの総作付面積比13.3%)、はくさい(111万ムー(7万4000ヘクタール):はくさいの総作付面積比4.0%)と続いている。
(1)生産者の特徴
調査対象である寿光市の施設栽培を行う生産者の傾向として、世帯主は男性がほとんどであり(およそ9割)、年齢は50歳代が過半を占めていることが挙げられる(図5)。一方で若年層である30歳代はわずか6%、40歳代は14%であり、世帯主は全体としては豊富な経験と技術を持っているものの、高齢化および後継者不足が問題となっていることが読み取れ、産地の持続的発展のためにも大きな課題であると言える。家族構成としては、調査対象生産者35者のうち、20戸以上が5~6人家族の世帯である一方、家庭労働人数はおおむね2~4人であり、そのうち、家族労働人数が、2人しかいない世帯は17戸であった。これは寿光市における施設栽培農家の状況をおおむね反映していると考えられる。
また、今回の調査対象は主に個人経営のため、施設は経費負担の少ないビニールハウスが主体となっている。経営規模は比較的小さく、ハウス栽培面積は主に1~1.5ムー(6.7~10アール)程度で、内訳は1.5ムー(10アール)が13戸(37.1%)、1ムー(6.7アール)が11戸(31.4%)であった(図6)。この結果から、当該地区は典型的な小規模農家の生産経営モデルであることがわかる。
(2)作付品目と作型の特徴
野菜の施設栽培において、作型は生産者の収益に影響する要素の一つであるが、まず、調査先の主な野菜の品目を見ると、最も多く栽培が行われている野菜はトマトであり、15戸(42.9%)が栽培している。次いで、なすが10戸(28.6%)、ピーマンおよびきゅうりがいずれも5世帯(14.3%)と続く(図7)。
それらの作型を見るとトマトおよびきゅうりは生育期間が短く、年2回の収穫が可能である一方、なすおよびピーマンは生育期間が長く年1回の収穫となっている。生産者の多くは自らの栽培環境および市場ニーズを考慮して、生育期間の短いトマトまたはきゅうりと生育期間の長いなすまたはピーマンを組み合わせて生産性向上に努めている(表1)。
(3)投資コストの特徴
野菜生産を左右する要素にしっかりと投資することは、とても重要なことである。これらの要素は主に、自然資源、労働力、資本、生産技術に分けられ、1ムー当たりの平均投資コストは1万714.1元/ムー(245万8874円/ヘクタール)となっている。
今回の調査を行った寿光市の生産者35者は、すべて比較的安価なビニールハウスを利用し、温室を用いている生産者は一部であった。
野菜生産の平均従事年数は25年で、そのうち施設栽培に従事している平均年数は21.9年と施設栽培の熟練度合がうかがえる。また、現在使用しているビニールハウスの建設時期はほとんどが2010年前後であり、平均使用年数は8.9年と10年以下であった。施設建設費用はハウス当たり平均7万357.1元(107万6464円)で、骨組みのパイプやビニールシートのほか、巻上げ機も含まれる。ビニールシートは平均で年1回のペースで交換され、交換費用はハウス当たり平均2640.9元(4万405円)である。メンテナンス費用全体としてはハウス当たり平均5818.2元(8万9018円)ほど必要となっている。一部の生産者ではビニールハウスなどの施設に加え、耕作農機も購入しており、その購入費用は1台当たり平均4876.9元(7万4617円)、使用年数は平均11.2年であった。なお、一般的には耕作機械は、リースを選択することが多く、1台当たり400~900元(6120~1万3770円)であった。このほかに発生している費用としては、井戸掘削、輸送手段の確保、パソコンなどの導入費用などがあった。
生産技術コストをみると、3630.4元/ムー(83万3177円/ヘクタール)となっている。具体的には灌漑設備、植物成長調整剤、有機肥料、生物農薬などが含まれ、技術集約型の栽培形態であることが分かる。
労働コストをみると、調査対象の生産者は生産規模の小さい家族経営の生産者が多く、自家の労働の比重が高い一方、人件費および土地代への充当は少なく、大規模化が進んでいない。生産者の耕作面積は1~10ムー(6.7~67アール)とさまざまで、平均は4.0ムー(26.5アール)となっている。このうち、野菜の作付面積は3.4ムー(22.9アール)であり、ほとんどの生産者は2~3カ所の畑で生産を行っている。(なお、畑の細分化が深刻で、作付面積の広い生産者の多くは耕地を借り入れており、借地料は年間で平均421.7元/ムー(9万6773円/ヘクタール)となっている。)1年のうち農繁期は9カ月で、この期間における1日の労働時間は一人当たり12.5時間である一方、農閑期である3カ月は3.5時間である。また、ビニールハウスまでの移動時間は平均で15.8分だった。調査を行った生産者のうち、労働者を雇用している生産者は16戸で、雇用人数はハウス当たり平均12.2人であった。労働者を雇用している生産者の平均耕地面積は4.4ムー(29.5アール)と全体平均を上回っている。雇用にあたり発生する費用は456.7元/ムー(10万4822円/ヘクタール)で、生産全体コストの4.3%を占めている。
そのほか、生産者は井戸から汲み上げた水を用いて灌水を行い、1作当たりのその灌水時間は20.8時間、水量は550.3立方メートル、水道光熱費は250.3元/ムー(5万7442円/ヘクタール)であった。
(4)施設栽培技術の特徴
栽培技術の向上は、生産性を向上させるために重要な要素である。寿光市における調査では生産者が導入している生産技術について大きく二つに分けられる。一つ目は増産に関する技術である。具体的にはマルチング、植物成長調整剤、土壌消毒、セル成型苗育苗、遮光ネット、深耕などが挙げられる。もう一つは品質向上に関する技術である。これには有機肥料、防虫ネット、生物農薬、蒸し込み(注2)、防虫シートなどが挙げられる(図8)。
一方で、土壌試験や稲わら発酵たい肥などのバイオリアクターの導入、節水灌漑技術など、環境に配慮した技術の導入はまだまだ少なく、今後の課題となっている。
生産者がさまざまな栽培技術を取り入れるにあたり障壁になっているのは、主に資金や労働力の問題および技術導入する手段が乏しいことが要因にある。例として、点滴灌漑技術を挙げると、点滴灌漑技術の効果により労働時間の削減や生産量の増加が見込めることについて35戸中31戸は理解していたものの、実際に採用しているのは11戸(31.4%)であった。
生産者への技術採用に対する投資意欲に関する調査では、節水技術については初期投資できる金額の上限は平均で642.9元/ムー(14万7536円/ヘクタール)となった。一方で、節水設備を一式そろえるためには合計で2000元/ムー(45万9000円/ヘクタール)ほど費用が発生することから、政府からの補助なしに生産者が自発的に節水技術を導入することは、困難な状況にあると思われる。
生産者が栽培技術に関する情報を入手する手段としては、地域行政の農業技術部門による現地指導やスマートフォンなどによる情報提供などのほか多様であるが、現況、主な手段としては近隣生産者や熟練者との交流や独学によるものである。新技術を導入するかどうかの判断傾向をみると、多少のリスクを負ったとしても、良い技術であれば導入するという採用意欲の強い生産者は14.3%である一方、リスクを負うことをなるべく避けたいと考える生産者は54.3%に上った。こうしたことから、リスクを伴う技術は生産者に評価されにくく、新技術が開発されても、広く普及していくには時間がかかることがあると思われる。
注2:ハウスを閉め切り、太陽光を利用して高温により病害虫などを殺虫、殺菌する処理。
(5)生産コストの増加要因と自然災害リスクへの対応
野菜の生育は天候による影響を大きく受けるため、天候の変化により出荷量および価格は、短期間で乱高下しやすい特性を有している。また、近年は生産コストの増加により収益性が悪化しており、廃業する生産者が現れ始めている。今回の調査においても、全体の2割となる8戸の生産者が廃業を考えたことがあると回答しており、産地では収益性の改善が大きな課題となっている。生産コストが増加している主な原因としては、野菜価格の変動の大きさ、新技術導入の困難さ、労働力不足などへの対応が挙げられる。特に、連作障害に対応するための輪作と価格変動の両方を考慮に入れ、作付品目を選択する必要があることは、生産者の大きな悩みの種となっている。
また、近年の自然災害リスクも大きな影響を与えている。2018年の施設栽培において82.9%の生産者が強風、大雪、ひょうやあられ、豪雨などの自然災害に見舞われたと回答しているものの、栽培設備に対する保険に加入している生産者は6戸のみで17.1%に過ぎない。行政からの保険料に対する補助を受けるにもハードルが高く、補助を受けることができている生産者は4戸に過ぎなかった。
(6)施設栽培野菜の販売の特徴
寿光市の生産者の野菜販売経路は、仲買人による買い付けと提携会社による買い付けが主であり、それぞれ53%、33%である。次いで、販売代理店への送付、農産物取引市場での小売りやスーパーマーケットでの直売となっている(図9)。
そのうち、生産者が市場やスーパーマーケットなどに野菜を搬送する場合は輸送費用が発生し、その平均金額は138.5元(2120円)、さらに仕分け作業に掛かる費用が79.7元(1219円)となっている。また一部の市場では、入場料を徴収する場合もある(なお、仲買人に販売を委託する場合はこれらのコストは省くことができる)。
また、野菜のブランドについても生産者の収益に大きく影響する要素となっているものの、野菜出荷時に等級で厳格に区分し、品質を安定させてブランドを確立することを重視している生産者は、31.4%に過ぎなかった。また、新規販売方法の導入に関しては、45.7%の生産者がインターネットなどを用いた電子商取引により野菜を販売できると考えているが、54.3%の生産者はその技能がないため、電子商取引の実現が困難であると考えている。このため、マーケティング教育を強化し、ブランド意識を浸透させるとともに、生産技術や生産から販売までの管理能力を身につけさせ、現代的な経営者を育成することが必要である。
中国における施設栽培の持続的発展のためには、次の三つの対策が重要であると考えられる。
(1)行政関連機関の経済的支援の強化による労働力の確保
社会の工業化、機械化が急速に発展している現代において、都市部への労働力の流出により、野菜生産の労働力不足が進んでしまっている。施設栽培の継続的な発展のためには、行政関連機関の経済的支援を強化し、施設栽培をより魅力ある産業へ育てることにより、労働力を確保することが必要である。
(2)施設栽培に関する各種作業の機械化の促進
調査の結果、野菜の施設栽培に関する作業の機械化が進んでいないことが把握できた。この要因として、第一に、寿光市の人件費が安いため、機械に頼ることなくある程度の収益の最大化が図れていることが挙げられる。第二に、中国国内の機械化水準が高い品質を求める市場ニーズの水準を満たせるレベルに至っていないことが挙げられる。市場ニーズに合わせて野菜の色、大きさ、形状などにより多元的に収穫、選別することができず、野菜の損傷率も高い。ただし、人件費の高騰は近年の問題であり、機械化を進めることは今後必須となってくるであろう。
(3)自然災害時などに対応するための生産設備に対する保険制度の整備
生産設備に対する保険制度の整備が不十分であることも課題である。施設栽培の持つ、初期投資の大きさや自然災害による影響を受けやすいという特性を考えると、リスクに備えるために生産設備の保険への加入は極めて重要であり、生産者にとって加入しやすい保険制度の整備が待たれる。