愛知学院大学 経済学部 准教授 関根 佳恵
イタリアの代表的な野菜といえば、やはりトマトである。イタリアのトマト全生産量のうち9割が加工用トマトを占め、かつ世界有数のトマト生産国、輸出国となっている(注1)。
しかし、2017年にはジャン=バティスト・マレ氏によるノンフィクション作品が発表され、イタリア産トマト缶の原料産地偽装、添加物、労働環境の問題などが相次いで指摘され、イタリアのトマト産業に激震が走った(注2)。この作品はフランスで権威あるアルベール・ロンドル賞を受賞したが、イタリアでは出版停止の扱いとなった。それでも、筆者が2018年度に約1年間ローマに滞在していた際には、これに関連した報道がたびたび地元メディアで流れた。また、同年8月にはトマト産地の南伊プーリア州でトマト輸送車が横転し、12名のアフリカ出身などの移民労働者が犠牲となり、いまだに改善されていないトマト産業の労働実態が再びクローズアップされた。
このような状況のなか、イタリア農業を代表するトマト産業に関わる原料トマト生産、加工、および流通の操業実態に対する消費者の関心は極めて高く、そのため最終製品の品質を保証するためのさまざまなラベル認証制度が発達してきた。なお、ここでいう「品質」というのは、味や色、形、香りといった五感で知覚できる品質のみを指しているのではなく、五感で知覚できない社会的品質(環境汚染をしていない、労働基準を順守しているなど)を含む幅広い概念である。近年、欧州においてはこの広い意味での「品質」が問われており、多様な認証制度が登場している。本稿では、こうした食と農に関する公的および民間の多様なラベル認証制度を指して「食農ラベリング制度」とよぶ。
以下では、次節で持続可能な社会への移行という国際的な文脈の中で発展してきたイタリアにおける食農ラベリング制度の展開を概観し、第3節では、筆者が2018年に実施した現地調査をもとに、イタリアの3つの代表的なトマト産地(エミリア・ロマーニャ州、カンパニア州、プーリア州)に着目して、食農ラベリング制度の活用事例を紹介する(図1)。最後に、イタリアにおける食農ラベリング制度を活用したトマト産地の新たな挑戦の可能性と課題をまとめる。
なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=122円(2019年11月末日TTS相場:122.09円)を使用した。
注1:引用・参考文献1、2
注2:引用・参考文献3
イタリアを含む欧州では原産地呼称制度などが古くから存在していたが、多様な食農ラベリング制度が発達してきたのは1990年代以降である。これは、国際的にWTO体制が確立して食品安全の分野で国際的整合性が重視されるようになったこと、そして、グローバリゼーションが進展し規制緩和が進む中で、公的機関による拘束力のある規制から民間企業による任意の自主規制に委ねる流れが強まったことにより、世界各国で起きた現象であった(注3)。さらに、環境問題や食品安全の問題、産地偽装事件などが社会問題化し、生物多様性の維持が人類共通の課題となる中で、持続可能な開発目標(SDGs)の実現にとって必要となる事柄が、農産物・食品の認証制度にも取り入れられていった。
注3:参考・引用文献4、5
(1) 第三者認証制度の食農ラベリング制度
このような時代背景の中で脚光を浴びることになったのが、ISOやGLOBALG.A.P.、HACCPなどの第三者認証制度である。第三者認証制度は、定められた基準を満たしていることを組織外部の専門家による監査を受けて証明を得る手法であり、食品安全などの分野でも幅広く用いられている。客観性が担保されると考えられることから、食農ラベリング制度における主要なアプローチとなっているが、認証自体にかかる費用や書類作成および保管の手間や費用負担が大きく、中小規模の農業生産者や食品事業者にとっては大きな障壁にもなっている。
なお、第三者認証制度で用いられる基準は、有機農産物の認証のように公的機関が定めるもの、地理的表示制度(以下「GI制度」という)のように農業生産者および食品加工業者などが定めて公的機関の承認を得るもの、民間組織が定めるもの(労働基準に関するSA8000など)がある。このように基準を定める主体が異なっていても、その基準を順守しているかを監査するのは法令に基づいて認可を得た第三者認証機関が担うことが多い。第三者認証制度を用いる食農ラベリング制度として、イタリアでは1993年にEUのGI制度(注4)を導入し、現在までに328品目を地理的表示産品として登録している(注5)(図2)。
注4: 参考・引用文献6
注5: 参考・引用文献7
(2) 参加型認証制度の「プレシディオ」
この第三者認証制度の興隆に対して、近年新たに注目されているのが参加型認証制度(PGS)である。もともとPGSは日本の有機農産物の産消提携運動の中で誕生したもので、安全性などについて合意した農業生産者と消費者の間の二者認証制度である。第三者認証制度と異なり認証自体にかかる費用や書類作成・保管にかかる負担が小さいため、中小規模の農業生産者や食品事業者に向いているとされる。第三者認証制度に代わるオルタナティブ(注6)な認証制度として近年注目を集めており、特に有機農産物の認証制度として国際有機農業運動連盟(IFOAM)などが推進していることから、徐々に各国で認知されるようになってきた(注7)。イタリアでは、スローフード協会が1999年に「プレシディオ」(砦の意)(注8)と呼ばれる独自の農産物・食品の認証制度を確立し、現在までに312品目を登録しているが、ここで採用されている制度は第三者認証機関による監査を用いない参加型認証制度(PGS)になっている(注9)(図3)。
もともとイタリアやフランスなどの南欧諸国では、小規模な家族農業を中心とした多様な農業が地域の豊かな食文化や食の遺産を支えてきた。しかし、食と農のグローバリゼーションと工業化による均質化の波は例外なく押し寄せており、多くの地域固有の伝統的な農産物・食品がその存続を危ぶまれるようになっている。その土地固有の自然条件や歴史、文化、伝統、技術などが生み出す品質の高い産品を工業的に大量生産された産品や安価な輸入品と市場で差別化し、高付加価値化できるように1992年に制度化されたのが、EUのGI制度である。EUのGI制度は農村開発手法としても注目されている(注10)。しかし、EUのGIの認証を受けている産品の中には、大手の食品メーカーが自社の経営方針に整合的な品質の定義や製造方法、衛生基準などを生産基準に持ち込むケースがあり、伝統的な手法で少量生産を続けてきた農業生産者や食品事業者が事実上制度から排除されたり、価格競争にさらされて苦境に立たされたりするケースもある(注11)。
そのため、GI制度では十分保護されない地域固有の品種の家畜や作物、伝統技術を用いた農産物・食品を後世に遺そうと制度化されたのが、スローフード協会の「プレシディオ」である(注12)。
スローフード協会は1990年代後半から「アルカ」(味の箱舟の意)プロジェクトを開始し、消滅の可能性がある地域固有の産品をリストアップする事業に取り組んできた。すでに世界で900を超える産品が登録されている。1999年からは、その中でも特に消滅の危機に瀕している産品をプレシディオに登録しラベルを付すことにより、市場で差別化をはかり、食育にもつながる「シェフの提携」と呼ばれる新たな販路の開拓などが行われている。
GI制度もプレシディオも、いずれも一般品に比べて高いプレミア価格を実現していることがさまざまな研究によって報告されており、生産者数や生産量の増加につながって、産地がよみがえったという報告もなされている(注13)。特定の原産地を保証することや伝統的な技術を重視する点で両者には共通点が多いが、後者の方が生物多様性の維持、環境負荷の低減、および動物の福祉などについて配慮することを明確に条件付ける制度になっている。イタリアでは、GIとプレシディオの双方を取得している生産者団体も存在するが、一般的に前者より後者の産品の方が少量生産で高付加価値化に成功しているケースが多い(注14)。
注 6:代案、既存のものに取ってかわる新しいもの
注 7:参考・引用文献8
注 8:参考・引用文献7
注 9:参考・引用文献7
注10:参考・引用文献9
注11:参考・引用文献10
注12:参考・引用文献10
注13:参考・引用文献11
注14:参考・引用文献7
(1) エミリア・ロマーニャ州 ~第三者認証制度と消費者参加~
イタリア北部では南部に比べてトマト生産の規模拡大が進んでおり、機械化に対応したハイブリッド品種(F1)を中心に栽培している。エミリア・ロマーニャ州は、北イタリアを代表するトマト産地である。この州を拠点とするカザラスコ農業協同組合は、2018年現在、350戸の大規模トマト生産農家(北部のエミリア・ロマーニャ州、ロンバルディア州、ピエモンテ州、ヴェネト州に立地)が加盟しており、イタリア最大の原料トマト供給量(年間55万トン)を誇る。カザラスコ農業協同組合は大型のトマト加工工場を同州のクレモナに有しており、イタリア国内だけでなく世界市場に製品を輸出している。数年前に国内で知名度の高いトマト加工品ブランド「ポミ」を買い取り、トマト缶(ホール、ダイス、ピューレ、濃縮)、トマトソース、トマトジュースなどを製造するほか、OEM(注15)でユニリーバ、ネスレといった多国籍アグリビジネスの商品も供給している。
カザラスコ農業協同組合が採用しているのは、第三者認証にもとづく食農ラベリング制度である。ISO、GLOBALG.A.P.、BRC(イギリスの食品小売店主導の民間認証)、JAS(日本農林規格)、EUの有機認証、ハラル、コーシャなどの国際的な認証のほかにも、地域のイニシアティブで始められた品質管理(クアリタ・コントロラータ)、社会的フットプリント(就業者に占める女性比率、働きやすさなどを指標化した認証)を活用し、国際市場における地位確立を着実に行っている。
カザラスコ農業協同組合は、2012年から日本生活協同組合連合会とも提携しており、パルマの食品輸出企業を通じて、日本市場向けの紙パック入りイタリア産カットトマトを製造・販売している。日本に輸入されたイタリア産カットトマトは、同連合会を通じて、全国の加盟生活協同組合で「coop(コープ)」ブランドで供給されている。同連合会向けの製造を行うために、カザラスコ農業協同組合は同連合会が求める日本の商品企画基準(JAS、公正競争規約)を順守し、毎年2週間にわたる同連合会職員による現地工場訪問を受け、ときには同連合会傘下生活協同組合の組合員(消費者)による工場訪問も受け入れている。日本の生活協同組合では、伝統的に組合員による参加型の品質管理システムの確認や信頼関係の醸成を重視しており、それは海外からの消費財調達においても実施されている。
このように、イタリア最大のトマト産地エミリア・ロマーニャ州では、カザラスコ農業協同組合によって第三者認証にもとづく多様な食農ラベリング制度が活用されており、それによって日本を含む輸出市場への進出を進めている。同時に、日本生活協同組合連合会との取引のように、消費者による参加型の品質管理も柔軟に取り入れていることがわかる。
注15:製造を発注した相手先のブランドで販売される製品を製造すること。また、製造を請け負う企業を「OEMメーカー」という。
(2) カンパニア州 ~GI制度とスローフード協会「プレシディオ」~
イタリア南部の伝統的なトマト産地であり、トマト加工業が集積しているカンパニア州では、ナポリ近郊のヴェスヴィオ火山の山麓一帯(ナポリ、サルネーゼ・ノチェリーノ、サレルノなど)に平均規模1ヘクタール未満の小規模な家族経営のトマト農家が集積している。現在でもこの地域では、伝統的な細長い品種のサンマルツァーノ・トマトが自家採種で栽培され続けている。
この品種は皮が薄いため手作業の収穫が必要であること、支柱を立てて栽培する必要があることから機械化に向かず、栽培は全て手作業で行われている。この地域でも機械化に対応した改良品種が普及するにつれて、1980年代にその生産は激減したが、酸味が少なく、食感に優れ、加工しても香りが維持されるなどの優位性があったため、トマト農家は販売用に改良品種(F1)のトマトを栽培し、自家消費分はサンマルツァーノ・トマトを生産し続けたという。また、昔ながらの味を覚えている地元消費者からも根強い人気があり、産地ではその生産を維持する努力が行われるようになった。カンパニア州の財政的支援や地元の農学者らの努力によって、1990年代半ばには失われかけていたサンマルツァーノ・トマトの生産が回復してきた。現在でも、サンマルツァーノ・トマトは地元のナポリ・ピザの店では欠かせない食材であり、国内外の観光客は、より価格が高くても本物として認知されているサンマルツァーノ・トマトで作ったトマトソースと地元産モッツアレラチーズを使ったマルゲリータ・ピザ(写真1)を求めるという。
こうした気運のなか、地元のトマト加工業者らはトマト農家らとともに組合を組織して、1996年にEUのGI「アグロ・サルネーゼ・ノチェリーノ産のサンマルツァーノ・トマト」を取得した。このGIは、原料産地も加工地域も地元に限定されるため、EUのGIでもより高位に位置付けられるPDOというGIを取得している。これによってサンマルツァーノ・トマトは、手作業で栽培するという高コストな栽培方法を維持しながらも、加工用トマトとしては極めて高い生産者価格(1キログラム当たり0.40ユーロ(49円))および最終製品小売価格(1キログラム当たり4.20ユーロ(512円))を実現している。これは、改良品種(F1)を生産するエミリア・ロマーニャ州の生産者価格(1キログラム当たり0.08ユーロ(10円)の約5倍であり、慣行栽培の最終製品小売価格(1キログラム当たり1.2ユーロ(146円))の3.5倍である。また、最終小売価格に占める生産者取得割合をみても、慣行栽培が6.7%であるのに対して、GIのサンマルツァーノ・トマトでは9.5%にのぼる。このようにGI制度を活用することで、輸入品や改良品種の製品と差別化することに成功し、国内外の市場に向けて生産を拡大してきている。2000年には年間生産量は6000トンであったが、2018年には1万トンに増加した。組合では、今後生産者買取価格を引き上げてでも原料確保と産地拡大を目指す方針であり、さらなる生産拡大を志向している。
こうした組合の方針に距離を置き、生産拡大よりも地域の環境保全と30以上の多様な系統のサンマルツァーノ・トマトを維持しようと努めているのが、スローフード協会のプレシディオ「ナポリの伝統的トマト品種」(写真2)を2000年に取得したグループである。もともとGIの組合に所属していたトマト加工業者らがスピンオフして設立したこのグループでは、トマトの栽培を手作業で行うだけでなく加工における作業も、部分的に導入している家庭用サイズの機械を除けば、全工程を手作業で行っている。そうすることによって、あえて生産性を抑制し、過剰生産による地力低下や環境の劣化を防ぐのが目的だという。また、GIのサンマルツァーノ・トマト加工品では認められている農薬・化学肥料や天然由来の食品添加物(酸味料)も一切用いない。原料トマトの生産者価格は1キログラム当たり1ユーロ(122円)と改良品種(F1)の12.5倍であり、最終小売価格は1キログラム当たり6ユーロ(732円)と慣行品の5倍である。また、最終小売価格に占める生産者価格の割合も16.7%と極めて高い。
現在、このグループの代表を務める加工業者の社長は、「父親が社長だった頃は大規模なトマト加工業をしていたが、誰からも見向きもされなかった。しかし、自分の代になって方針を転換して生産規模を縮小し、環境や体に優しい本物を志向するようになったら、子どもたちが工場見学に来てくれるようになった。こんなに誇らしいことはない」と語った。現在、この製品は日本を含む海外にも輸出されており、数年先まで予約が入っているという。スローフード協会の販路「シェフの提携」を通じて販売したり、「母なる大地(テラ・マードレ)」というスローフード協会のマルシェに出店する機会も多い。また、イベントで講演を依頼されることがたびたびあり、忙しくも充実した毎日を送っている。
以上のように、伝統的トマト産地であるカンパニア州では、GIとスローフード協会のプレシディオという食農ラベリング制度を活用して、大規模栽培されている改良品種の製品および産地と差別化し、自らの製品を高付加価値化することに成功している。プレミア価格と価格の安定化を実現しており、それによって産地拡大にもつながっている。いずれも伝統品種サンマルツァーノの維持を通じて地域の生物多様性に貢献しているが、特にスローフード協会のプレシディオでは生産量の抑制や農薬・化学肥料、食品添加物を用いないことで環境保全にも積極的に取り組んでいる。このような食品を求める消費者が増加しており、またプレミア価格の支払い意思を示していることは、「新しい品質」を理解し支持する消費者が増えており、「新しい市場」が急速に成長していることを示唆している。
(3) プーリア州 ~スローフード協会「プレシディオ」~
イタリア南部のプーリア州は、エミリア・ロマーニャ州に次ぐ規模のトマト産地である。ここで栽培される加工用トマトは、ナポリ周辺のトマト加工業者に向けて出荷されることが多いが、プーリア州では生食用トマトも栽培されている。レジーナ・トマトは、プーリア州トッレ・カンネ地域で栽培される伝統品種の生食用ミニトマトである。安価なチェリートマトが普及したことによって、生産量が減少していたが、2010年にスローフード協会のプレシディオ「トッレ・カンネ産レジーナ・トマト」として登録されたことで復活を遂げた。
海岸沿いの砂丘に位置する州立公園内の農地で生産されており、塩分を含む土壌で育まれたレジーナ・トマトは味が濃く、地域内外の消費者の人気が高い。昔からこの地域で栽培されていた綿花と混植する農法が伝承されている。現在は輸入の紡績糸に席巻されてしまったが、昔はこの地域で綿糸が紡がれ、その糸で収穫したレジーナ・トマトをぶどうの房状に結って吊るし、地元の伝統的な祭りで飾り付けられ、残りは翌年の春まで冷暗所で貯蔵された。現在では、糸こそ機械紡績の輸入糸になってしまったが、今もレジーナ・トマトは綿花の近くで栽培されている(写真3)。また、皮が分厚く貯蔵性に優れるため、収穫後は糸で束ねて吊るされ、翌春まで電力を使わずに涼しい場所で保存される。農法は有機栽培であり、小規模な家族経営農家が少量多品目栽培する品目の一つとして受け継がれている。プーリア州のトマト農園では移民労働者による季節労働を活用するケースが多いが、レジーナ・トマト栽培は地元の生産者や地元住民によって担われている。真夏の暑い日差しを避けて、早朝から収穫作業をはじめ、ときに労働歌を歌い、休憩にはすいかを食べて水分補給する。そんな伝統的な風景が、トッレ・カンネにはある。
露地トマトの収穫期は7月から9月だが(写真4)、この時期の卸売価格は1キログラム当たり0.40~0.60ユーロ(49~73円)ほどだ。しかし、その価格が冬には同2~4ユーロ(244円~488円)に跳ね上がる。生産農家は、傷がなく長期貯蔵に向いているレジーナ・トマトを見極め、徐々に水分が抜けて軽くなるレジーナ・トマトの状態を見守りながら、どのタイミングで卸売市場に販売するかを考えるという。レジーナ・トマトは、地元のレストランでフルコース料理として地元住民や近年増えている観光客にふるまわれる(写真5)。
首都ローマでは、クリスマスシーズンになると食料品店でレジーナ・トマトと同様に房状に吊るされたミニトマトが木箱に入れて売られており、贈答品として好まれている(写真6)。
このように、プーリア州ではスローフード協会のプレシディオを活用して、地域の伝統品種レジーナ・トマトの知名度をあげることで栽培を再生した。さらに、有機栽培による環境負荷の低減と高付加価値化、少量多品目生産による小規模生産者の所得安定化、生物多様性の維持、綿花を使った伝統的な農法と景観の伝承、地域の祭りや地産地消の取り組みをするレストランと結びついた文化の伝承と観光振興に取り組んでいる。
本稿では、イタリアのトマト産地における食農ラベリング制度を活用した新たな挑戦について、三つの事例を紹介した。いずれの産地にも共通しているのは、時代の変化に伴う市場や消費者からの要請の変化に応えて、多様な食農ラベリング制度を活用して高付加価値化や生産拡大、輸出を含む市場拡大、高付加価値化に成功している点である。そして、その市場の新たな要請とは、必ずしもコスト低減ではなく、食品安全、伝統品種の保護、生物多様性の維持、環境負荷の低減、伝統的農法の継承、農薬・化学肥料および食品添加物の低減または不使用などの持続可能な開発目標(SDGs)の時代にふさわしい方向に移り変わっている。イタリアのトマト産地、原料生産者、加工業者たちは、積極的にこの時代の変化に対応しているのである。地元レストランやマルシェとの連携、物語のある体験を求める観光客や消費者、食育に対する需要とつながることで、イタリアのトマト産地は新たな局面を切り開いている。日本の野菜産地も学べる点が多いのではないだろうか。
引用・参考文献
1 (独)農畜産業振興機構 調査情報部(2016)「イタリアのトマトの生産状況およびトマト加工品の生産、輸出動向(前編)」『野菜情報』2016年10月号。
2 (独)農畜産業振興機構 調査情報部(2016) 「イタリアのトマトの生産状況およびトマト加工品の生産、輸出動向(後編)」『野菜情報』2016年11月号。
3 ジャン=バティスト・マレ著、田中裕子訳(2018)『トマト缶の黒い真実』太田出版。
4 中村洋子(2005)『フィリピンバナナのその後―多国籍企業の操業実態と多国籍企業の規制―』七つ森書館。
5 関根佳恵(2007)「多国籍アグリビジネスの今日的経営戦略―グリーンキャピタリズムを掲げるドール社―」『クォータリーあっと』太田書店。
6 (独)農畜産業振興機構 調査情報部 国際調査グループ(2019)「EUにおける野菜の地理的表示(GI)の活用について 」『野菜情報』2019年7月号。
7 Sekine, Kae (2019) Potential and Challenges of Geographical Indications toward Sustainable Food Systems: Cases in Japan and Italy. FAO.
8 農林水産省(2019)「有機農業をめぐる事情」農林水産省生産局農業環境対策課。
9 関根佳恵(2017)「農産物・食品の地理的表示保護制度の意義と課題」『農村と都市をむすぶ』第67巻第9号、26-34頁。
10 関根佳恵(2018)「食の遺産を伝える仕組み―テロワールと伝統を守る―」『農林金融』2018年6月号、48-49頁。
11 Slow Food Foundation for Biodiversity (2018) Labeling Framework in Slow Food Experience. Slow Food Foundation for Biodiversity.