調査情報部
塩蔵等しょうがは、がりや紅しょうがの原料としてわが国に輸入されているが、輸入量の7割強をタイ産が占めている。日本市場では中国産と競合関係にあるが、タイは、2007年に発効した「日・タイ経済連携協定」により、関税面で有利な状況となっている。今月号では、タイにおける塩蔵等しょうがの生産および輸出動向を紹介する。
「がり」は、寿司の「つま」として、魚の臭みをとり、口直しの役割を果たす食品として、欠かすことのできないものである。わが国は、がりや紅しょうがの原料などとして、しょうがを塩漬けにした「塩蔵等しょうが」を海外から輸入している。主な輸入先国は、タイおよび中国である。2017年の塩蔵等しょうがの輸入量は1万8312トンであり、その7割強を占める1万2903トンがタイからの輸入である。本稿では、主要な輸入先国であるタイの塩蔵等しょうがの生産および輸出動向について紹介する。
なお、本稿中の為替レートは、1バーツ=3.58円(2018年9月末TTS相場)を使用した。
タイでは、しょうがは古くから一般的に生産・消費されてきた作物で、タイ料理においても、さまざまなメニューの食材として使用されてきた。また、食用以外でも、薬用のハーブとして、日常的に利用されてきた。このため、しょうがは、基本的に企業による契約栽培ではなく、古くから一般の農家が自由に栽培し、それをブローカーと呼ばれる仲介業者が買い取り、加工工場やバンコクなどの消費地の卸売市場で販売するという流通形態で発達してきた。
また、しょうがは連作障害を生じ易い作物であるため、輪作体系を組まなければならないが、タイでは近年農地が不足しつつある状況であるため、しょうがを生産する農家数および作付面積は、減少傾向で推移してきた。
しかしながら、2016年の生産量は、天候などが良好で単収が大幅に上昇したことから、前年比83.3%増の8万6937トンと大幅な増加となった。(表1)
タイにおけるしょうがの主産地は、タイ北部および東北部に位置するルーイ県、パヤオ県、チェンライ県、メーホンソン県、ペチャブーン県となっている。(表2および図1)
タイ農業・協同組合省農業普及局によれば、しょうがの栽培に適した圃場条件としては、
① 土壌は水はけが良く、極端な酸性土壌を嫌うためpH値が6~6.5であること、
② 土壌の深さは20~30センチ、傾斜は2~3%以下であること、
③ 気温は20~30度、湿度は60~80%であること、
などとされている。
2016年に最も生産量が多かった県は、東北部に位置するルーイ県であり、全生産量8万6937トンのうち、8割強を占める7万1223トンが同県で生産されている。
タイにおけるしょうがの産地は、大きく二つに分けることが出来る。
一つは北部と東北部の境に位置しているルーイ県、ペチャブーン県で、主に貯蔵しょうがが生産されており、これらの多くは香辛料として生鮮でタイ国内で消費、または海外に輸出されている。
もう一つは、北部の北側に位置するパヤオ県、チェンライ県、メーホンソン県で、主に日本向けに輸出される塩蔵等しょうが用の新しょうがが生産されている。
また、タイで栽培されているしょうがの品種は、大きく分けて2種類ある。
一つは、「キンユアク」と呼ばれる大しょうがで、塊茎は大きく多収で、タイで生産されるしょうがの大部分をこの品種で占めており、日本向け塩蔵等しょうがも、この品種が使用される。
もう一つは、「キンタイ」(「在来種のしょうが」を意味する)と呼ばれる中しょうがで、塊茎は比較的小さく、辛味が強い。生産量は少なく薬用に使用される。
タイのしょうが生産は、露地栽培が中心であり、毎年4~6月に植付けされる。日本向け塩蔵等しょうがは、繊維質が少ない新しょうがが求められるため、一般的に植付けから4カ月経過した時点(8~11月初旬頃)で収穫される。タイ国内および輸出市場で調味料として消費される貯蔵しょうがは、10月から翌年2月の間に収穫される(図2)。
生産コストは、2013年時点で1ライ当たり1万3050バーツ(10アール当たり2万9200円)となった(表3)。うち最も大きなシェアを占めるのが種子代で、ライ当たり5789バーツ(同1万2953円)となった。チェンライ県園芸作物研究所によると、一般的にタイでは栽培に1ライ当たり400キログラム(同250キログラム)の種しょうがが必要とされている。
なお、表3の生産コストには記載されていないが、ヒアリングの結果、植付けおよび収穫作業の外注費用が大きな負担になっているとのことであった。タイのしょうが生産は機械化が進んでおらず、植付けおよび収穫作業は全て手作業で行われている。
しょうがは、タイ国内で一般的に生産・流通し、タイ国民の消費生活上、定着した食品の一つとなっている。このような身近な食品であるため、農家は古くから自由にしょうがを栽培してきたことから、しょうがの取引は、基本的に農家と加工企業間の直接契約による栽培形態では行われていない。しょうが加工企業は、原料のしょうがを仕入れるため、仲介業者と連絡を取り合い、市場情勢に応じた価格を設定し、取引を行っている。仲介業者は工場が設定した価格から、マージンおよび生産地から工場への運送費を差し引いた価格で農家からしょうがを買い取る。チェンライ県に所在する大手塩蔵等しょうが工場の一つであるHsu Chuan Foods社(以下「HC」社という。)では、約20の仲介業者と取引を行っている。流通経路の概要は、図3の通り整理することができる。
タイにおけるしょうがの収穫は、手作業で行われる(写真1、2)。しょうがは、4~5月に植付けが行われ、9~10月頃には地上の茎や葉は全て枯れてしまう。その後、農家は収穫のための労働力を確保した上で、収穫作業を行う。収穫されたしょうがは、仲介業者を介して塩蔵等しょうが工場などの加工工場、または卸売市場に販売される。
しょうがの仲介業者は、それぞれの村に簡易なしょうがの洗浄施設を所有していることが多い(写真3)。洗浄されたしょうがは、サイズごとに選別された上で、加工工場または卸売市場に出荷される(写真4)。ルーイ県ダーンサーイ郡ナームマン村の仲介業者は、主にバンコクの卸売市場の業者に販売しているとのことである。
首都バンコクの代表的な卸売市場としては、タラートタイ市場、シームムムアン市場を挙げることができる。バンコク近郊の野菜小売業者およびレストランは、これらの市場からしょうがを仕入れていることが多い。
2017年12月時点の新しょうがの取引価格は、1キログラム当たり65バーツ(228円)であった。新しょうがは、8月頃から収穫が始まり、11月頃には収穫が終わり、保存がきかないため、1~7月の間は、市場で品薄になる傾向がある。
一方、貯蔵しょうがについては、冷蔵倉庫で保管すれば1年以上保存可能であることから、周年で流通している。2017年12月の卸売価格は、同45バーツ(158円)であった。
2014年11月には、貯蔵しょうがの卸売価格が同165バーツ(578円)まで値上がりしたが、業界関係者によると、これは前年(2013年)に中国でのしょうがの作柄が悪く、この影響を受けてタイ国内のしょうが需給がひっ迫したためとのことであった。中国産しょうがの供給量が減少することによって、パキスタンなどの輸入国が中国産の不足分をタイ産で補ったため、このような価格高騰が生じたと分析されている(図4)。
タイにおける塩蔵等しょうがの主要な加工企業は、表4の通りである。各社ともにチェンライ県、パヤオ県など新しょうがの主産地にそれぞれ工場を所有している。一部、タイの中央部地域に工場を所有している会社もあるが、それらは、塩蔵等しょうがの一次加工を担当する工場を北部に所在しているとのことであった。
チェンライ県に所在する大手塩蔵等しょうが加工工場の一つであるHC社を以下のとおり紹介する。
同社は、1993年に操業を開始した。元々は台湾で塩蔵等しょうがの商社を営んでいたが、顧客のメーカーから直接塩蔵等しょうがを買付けしたいとのニーズから、自らも生産部門に業務を広げ、台湾とタイの合資会社としてタイに工場を設立した。設立当初から日本向けの塩蔵等しょうが輸出が主要な業務となっていた。何度かの設備の増設を経て、現在、塩蔵等しょうが生産能力は年間1万トンとなっている。主な塩蔵等しょうが生産工程は、以下の通りである。
仲介業者からしょうがが搬入されると、トラックに積んだ状態で計量された後に、洗浄機で土などの異物を落とす(写真5)。
次に、皮がついたままの状態で塩、酢酸、クエン酸を調合した液に漬け込まれる。14日間漬け込むことで出荷可能な状態になる(写真6)。塩蔵したしょうがは、約2年間保存可能である。HC社は186個の塩蔵用タンクを所有しており、年間生産能力は1万トンである。1つのタンクで1度に60~100トンのしょうがを漬け込むことが出来る。漬け込んでいる間は、毎週ポンプを使ってタンク内の液を循環させ、均等に浸透させる。
14日間以上の漬け込みを終了した後、タンクからしょうがを搬出し、約200名の作業員により選別作業が行われる。塊茎に傷みがある場合は、これらの除去が必要となるが、作業は細部にわたることから機械化は困難で、全て手作業で行われる(写真7、8)。
製品への異物混入を避けるため選別作業に使う手袋、ナイフなど道具は毎日検査される。
傷みが除去されたしょうがは、①大きな塊茎、②小さな塊茎、③種しょうがに選別され、検品テーブルに運ばれる。検品テーブルでは、傷み部分の除去などが確認され、適切に除去されていない場合は、やり直しとなる(写真9)。
検品の結果、傷みなどの問題のないしょうがは、パッキングルームに搬入され、ベルトコンベアー上で異物の除去およびサイズの選別が行われる。しょうがは顧客の注文に従い、S・M・Lなどサイズに分けて梱包される(写真10、11)。出荷用の調味液と共に袋に充填され、45キログラムごとに輸出用木箱に梱包され、出荷される(写真12)。
チェンライ県の工場でコンテナに詰め込まれた塩蔵等しょうがは、陸路でバンコク港、レムチャバン港のどちらかに搬送され、輸出される。工場から港湾までの運送には、約1日の時間を要する。
タイ国内でのしょうがの消費形態は、生鮮品のほか、しょうが湯(粉末タイプのしょうが湯)、がり(新しょうがの甘酢漬け)、しょうが糖(砂糖漬け乾燥しょうが)などに加工された上で消費される。生鮮しょうがは、タイ国内では各市場やスーパーマーケットなどで一般的に販売され、調味料や生薬として消費される。しょうが糖、しょうが湯は、有名ブランドの製品が多数流通しており、スーパーマーケットなどの小売店で一般的に販売されている。
がりは、主にタイ料理、中華料理、日本料理など外食店で消費される。タイでは、近年、日本食が人気を博しており、2017年7月時点で約2700店舗の日本食レストランが展開されている。寿司や丼物を提供する店舗も多いため、がりはタイでも一定量のニーズがある。また、中華料理や日本食を好んで食するタイ人や日本人消費者向けにスーパーマーケットなど小売店でも販売されている。バンコクで販売されている新しょうがの甘酢漬けの例は、写真13~16の通りである。
タイは、中国およびラオスなどからしょうがを輸入している(図5)。業界関係者によると、このうち塩蔵等しょうがの原料として使用されるものはラオス産のみで、中国産は卸売市場でタイ国内消費用に仕向けられているという。2011年以降、中国からの輸入が急増したが、2014年は急減した。これは、2013年に中国でのしょうがの作柄が悪化したためとされている。
塩蔵等しょうが工場の関係者によると、近年、塩蔵等しょうがの原料としてラオスでしょうがを栽培する動きが強まっており、ラオスは土壌および気候がタイと類似しているため、タイ産と同等の品質のしょうがを栽培することが可能であるとしている。今後、タイの労働賃金の上昇、栽培農地の不足といった問題が深刻化した場合、タイの代替産地として、ラオスのしょうが生産量が増大する可能性があるとのことである。
タイのしょうが輸出は、関税分類上、2つのHSコードに分けられるが、輸出の大部分は粉砕していないしょうがであり、この中に生鮮しょうがと塩蔵等しょうがが含まれている(表5)。2017年の粉砕していないしょうがの輸出量は、前年比88.3%増の8万3248トンと大幅な増加となった。大幅に増加した要因は、最大の輸出先国であるパキスタンおよび第3位のバングラディッシュ向けが増加し、全体の輸出量を押し上げたことである。第2位の日本向け輸出量も、2017年は前年比14.6%増の1万2234トンと好調な伸びとなった。輸出金額を見ても、パキスタン向けが大きな伸びとなったことから、前年比3.7倍の35億8,190万バーツ(125億円)に急増した。なお、パキスタン向けの輸出は生鮮しょうが、日本向けの輸出は塩蔵等しょうがが主体である。
日本は、生鮮、乾燥、塩蔵、甘酢漬け、酢調製品、その他調製品などのさまざまな形態でしょうがを輸入している。2017年度のしょうが全体の輸入量は約8万4000トンで、輸入先国別ではトップの中国が全体の8割近くのシェアを占め、第2位のタイは2割弱のシェアとなっている(注)。
タイ現地の業界関係者によると、中国産しょうがの強みとして、中国では広大な農地面積を有していることから栽培コストが安いこと、冬には温度が下がり土壌中の菌の活動が低下し、連作障害が発生しにくいため、一定の連作に耐えられることが挙げられている。
塩蔵等しょうがの輸入量は全体の2割強を占める1万8312トンであるが、これを輸出先国別に見ると、タイ産が1万2903トン(シェア70.5%)、中国産が4814トン(同26.3%)と、タイ産の方が大きく上回っている(図6)。タイの塩蔵等しょうがメーカーによると、塩蔵等しょうがについては、価格は中国産の方が安いが、品質面などの観点から、タイ産の方が高い評価を受けているためとしている。
注:中国のしょうがの生産動向等については、野菜情報2017年3月号の主要国の野菜の生産動向等に掲載。
タイ産塩蔵等しょうがの輸入単価は、2010年までは中国産とほぼ同水準であったが、2011年以降、タイ産の方が中国産より割高になっている。これは2011~13年にかけて、タイの最低賃金が、毎年引き上げられたことが影響していると考えられる。2017年の輸入単価は、タイ産が1キログラム当たり122円に対し、中国産が同100円となっており、その差は年々、拡大傾向となっている(図7)。
タイ産については、2007年に日・タイ経済連携協定が発効し、2012年以降、無税となっているが、中国産については、引き続き、9%の関税が課せられており、関税面で輸入価格の格差を縮小させている。
なお、2014年から輸入価格が上昇し、2015年にはタイ産は同215円、中国産は同194円にまで高騰したが、これは2013年に中国産しょうがの作柄が悪化し、国際的にもしょうが需給がひっ迫したためである。
タイで栽培されるしょうがは、タイ国内で消費される以外に、多くが生鮮品および調製品として海外に輸出されており、日本向けは、主に塩蔵品として輸出されている。一方、タイでは、近年、より価格競争力が高い中国やラオスなどからの原料用しょうがの輸入量が増大しており、タイのしょうが産業は海外の需給状況の影響を強く受ける構造となってきている。
生産段階では、干ばつや洪水被害によって生産量が安定しないことに加え、しょうがは連作障害を引き起こし易い作物のため、常に農地を変えて栽培しなければならず、近年、農地不足が顕在化しつつある。さらに、植付けや収穫作業などが人手に依存している中、労働者の最低賃金の引き上げにより、人件費の負担が大きくなってきており、中国などの競合国と比べ競争力の低下が懸念されている。
このようにタイのしょうが生産は多くの課題に直面しており、輸出量に大きな伸びは見られないが、日本向け輸出に関しては、競合国である中国産と比べて、日・タイ経済連携協定による関税面でのメリットを生かせる環境となっている。
タイ産塩蔵等しょうがは、日本市場において品質および安全性の面からも高い評価を受けており、根強い需要もあることから、今後も生産および輸出動向を注目していく必要がある。