調査情報部
ベトナムのにんじん生産は、主に国内市場向けとなっており、国民の所得向上と人口増加を受け、生産量は増加している。
日本市場では、ベトナムからのにんじんの輸入量は、2014年に増加した後、1000 ~2000トン台で推移している。しかし、チャイナプラスワンを志向する動きがみられる中、同国のにんじん生産の動向を注視する必要がある。
にんじんは、日本では、周年で出荷され、季節により春夏にんじん(4~7月)、秋にんじん(8~10月)、冬にんじん(11~3月)に大きく区分される。春夏にんじんは徳島県や千葉県、秋にんじんは北海道や青森県、冬にんじんは千葉県、長崎県を中心に生産されている。作型および産地の切り替わりの時期に外国からの輸入は増加し、中国に次ぐ輸入量であるベトナム産は1~6月に輸入される(表1、図1)。
ベトナムからのにんじん輸入量は、2014年に増加し、その後大きな伸びはみられないものの、毎年一定数量の需要がある。
本稿では、近年、一定量の輸入があるベトナムにおけるにんじんの生産・流通動向を中心に紹介する。
なお、本稿中の為替レートは、1ベトナムドン(VND)=0.005円および1米ドル=108円(2018年2月末日の参考相場:1ベトナムドン=0.0047円、TTS相場:1米ドル=108.37円)を使用した。
ベトナムは、地理的および気候的な環境条件から紅河デルタ地域、北部丘陵山岳地域、北中部・中部沿岸地域、中部高原地域、南東地域、メコンデルタ地域の6つの地域に分けられている(図2)。
にんじんの主産地は、紅河デルタ地域のハイズオン省とバクニン省、中部高原地域のラムドン省となっている。2016年の作付面積は、6226ヘクタール(前年比11.8%)と増加傾向で推移しており(表2)、このうち主要3省で5510ヘクタールと、全体の9割弱を占める。特に、ラムドン省の作付面積は、2014年以降大幅に増加し、全体を押し上げている。生産量は、作付面積の拡大に伴い増加しており、2016年は過去最高となる19万9198トン(同11.2%増)となった。
ハイズオン省とバクニン省では、2016年の耕種部門の企業経営数は1社のみで(表3)、ハイズオン省農業・農村開発局(以下「DARD」という)によると、紅河デルタ地域の野菜生産者の多くは、1戸当たり平均経営耕地面積30~50アールの零細・小規模生産者とのことである。そのほとんどが個人経営で、資金力のある者は協同組合などに所属して生産を行っている。協同組合に加入するには一定額以上の出資金(土地など現物による出資も可)を支払う必要があるが、競争力を持つことで大都市圏の量販店やレストランなどとの取引の実現にもつながっている。しかし、大部分の零細・小規模生産者は、資金不足から加入することができないのが現状である。
ラムドン省も個人経営の零細・小規模生産者が主体だが、周年栽培できる気候と安価な労働力に期待した外資の進出が相次いでおり、企業経営数が増加傾向にある。企業経営には、旧国営企業が民営化したもの、外資系企業、生産者が共同出資を募り新たに法人を設立したものなどがあり、種類は多い。外資系企業は、自社または出資子会社で加工施設を保有し、自社農場や契約生産者から調達した原料を加工し、本国に輸出しているケースが多く見られる。
VietGAPとは、2008年にベトナム農業・農村開発省(以下「MARD」という)が定めた規範で、農産物の安全性を保証するための安全生産管理基準である。野菜の栽培から収穫、流通までの各工程で遵守すべき基準を規定している。認証を取得するためには、栽培記録を付ける、重金属の含有量の検査を行うなど種々の条件をクリアする必要がある。認証は2年ごとに更新する必要がある。
認証取得に費用が掛かることや認証取得が価格に反映されないことが多く、安全な野菜の生産に対するインセンティブが働かないといった理由から、個人経営が大勢を占めているにんじん生産においては、その普及は限定的である。
2014年にMARDは、農作物、畜産物、水産物の3分野において、再構築を図るための具体的な計画を発表した。生産振興は、従来、米主体であったが、現在は、以下の通り野菜にも力を入れるようになっている。
●野菜生産者1戸当たりの作付面積を拡大するとともに、単収の向上を図る。
●生産性向上のためのハイテク技術を推進し、それに対する補助を行う。
●野菜生産に適した土地を選定し、外国の輸入業者からの発注に応じることができる産地の形成を図る。
●VietGAPを活用した安全安心野菜の生産に取り組む。
ハイズオン省とバクニン省がある紅河デルタ地域は、雨季(5~10月)と乾季(11~4月)に分かれ、雨季は高温多湿で平均気温が30度近くまで上昇するが、乾季は20度前後とにんじんの生育に適している。また、同地域は、紅河が運んだ肥沃な土壌で形成された平野部が広がっており、多種多様な野菜を生産することができる。
一方、ラムドン省は、ダラット高原をはじめ標高が高く、年間を通して比較的気候が安定していることに加え、日照時間は、紅河デルタ地域に属するハノイ市の2倍近くあるため、年間を通して野菜の生育に適した地域となっている。
ここでは、主要3省のにんじんの生産動向および生産事例を以下に紹介したい。
ハイズオン省の作付面積は、2010年をピークに減少に転じ、その後、1400~1500ヘクタールの間で推移している(表2)。DARDの担当者は、この要因として、にんじんのほかにキャベツ、ほうれんそう、トマトなど多様な野菜を栽培できるため、生産者はより収益の上がる品目を作付ける傾向にあるとし、さらに、連作障害、とりわけ過度な作付けにより土壌中の成分バランスが崩れたことによる土壌病害が発生して、作付面積が減少したとしている。
主要生産県は、ナムサッチ県とカムザン県で、この2県が2016年の同省の生産量のうち8割を占めている。両県ともに紅河に接しているため、かんがい用の水は豊富で、平坦な土地が多く耕起が容易なため、野菜生産に適した地域となっている。
同省では、露地栽培が主流で、気温が低くなり始める9月上旬~10月下旬に播種し、11月下旬~1月上旬に収穫する作型が一般的である(図3)。後作として、引き続きにんじんを栽培する生産者もいるが、その戸数は少なく、米、メロン、スイートコーンなどを栽培することが多い。
DARDの担当者によると、数年前までフランス、オランダ、イスラエルなどの品種を栽培していたが、現在は、品質に優れ単収の上がる日本の品種が多く使われているという。手押し式播種機を用いて播種を行い、1回目の間引きを本葉3枚ごろに、その後、生育状況を見て、2回目の間引き、追肥、土寄せなどを行う。
バクニン省の生産量は、増加傾向で推移しており、2014年は4万8525トン(前年比32.3%増)、2016年は5万3416トン(同13.8%増)とここ数年で大きく増加している(表2)。
主要生産県は、ルオンタイ県とザービン県であり、この2県で同省のほぼ全てのにんじんを生産している。この地域は、紅河が運んだ肥沃な土が堆積し、保水性や通気性の優れる土壌が広がっているため、野菜生産に適しており、近年、国内外の企業の注目を集めるようになってきている。
バクニン省唯一の耕種農業の企業経営であり、輸出業者を通じて外国ににんじんを輸出している青果物販売加工企業A社の事例を以下に紹介したい。
【事例紹介:青果物販売加工企業A社】
2016年に設立された青果物販売加工企業で、7.5ヘクタールの自社農場のほか、契約生産者からにんじんを調達し、輸出向け、国内市場向けに加工、販売している。
同社は、にんじん生産に関する契約を生産者と締結し、同社が種子、肥料、農薬などを提供し、生産者は同社が求める品質のにんじんを生産し、出荷するという形態となっている。零細・小規模な契約生産者が多い。生産したにんじんは全量同社が買い取りを行う。買取価格は、1キログラム当たり2500VND(13円)程度とのことである。
作付けは、ハイズオン省と同様に9月ごろ播種、12月ごろ収穫が主流で、栽培品種は、日本の品種が多い。自社農場でのかん水は、スプリンクラーを使用している。
収穫作業と加工施設までの搬送は、同社と契約したミドルマン(注)が行う。加工施設に搬入されたにんじんは、洗浄、仕分け、計量、加工、箱詰め、冷蔵保管の工程を経て出荷される。仕分けと計量の工程では、3L、2L、L、M、Sの5段階に規格分けされ、良質のものは主に輸出用に、規格外のものは乾燥チップに加工され(写真1)、主に国内向けのカップラーメンの具材として使用される。輸出用は10キログラム詰めの段ボールに、国内用はラベル表示のない20キログラム詰めのビニール袋に入れて販売されている(写真2、3)。
輸出用は、輸出業者に販売した後、そこから日本、韓国、マレーシアに輸出されているが、同社の社名は表示されないという。輸出用の販売価格は、1キログラム当たり6000VND(30円)程度で、この中から輸出業者が提供する段ボールなどの資材費が差し引かれる。国内用は、最大で同4000VND(20円)程度で販売している。
注: ミドルマン(地域によっては、コレクター、バイヤー、ブローカー、リーダーとも呼ばれる)とは、農産物や農業資材の販売を職業としている中間商人を指すことが多い。
ラムドン省の生産量は、2013年以降右肩上がりで増加しており、2016年は8万4193トン(前年比10.0%増)と、2010年と比較して約3倍となり、ハイズオン省、バクニン省を抜いてベトナム最大の産地となっている(表2)。
主要生産県は、ドックチョン県で、2016年の同省生産量全体の74%を占めており、次いで18%を占めるダラット市と合わせると同省のほとんどを生産している。
紅河デルタ地域には端境期が存在するが、ラムドン省は、比較的気候が安定しているため、雨季(4~10月)の単収はやや低下するものの、周年栽培が可能である(図3)。
ここでは、自社農場においてVietGAP認証を取得し、日本への輸出に意欲を示している野菜生産販売企業B社の事例を以下に紹介したい。
【事例紹介:野菜生産販売企業B社】
ラムドン省ドックチョン県にある野菜生産販売企業で、2006年にだいこんの生産を開始し、現在は、だいこん、にんじん、かんしょの3品目を生産、販売している。105ヘクタール(うちVietGAP認証面積は30ヘクタール)の自社農場のほか、700戸の契約生産者からにんじんを調達している。このうち、200戸が平均3ヘクタールの耕作地を有しており、残りは零細・小規模生産者となっている。A社と同様に事前に生産資材を生産者に提供し、生産物の全量買い取りを行う。買取価格は、国内市場の需給動向などを踏まえて決定しており、出回り量が多い時は1キログラム当たり2000VND(10円)程度で、10~11月の端境期には品質が良いものは、最高で同1万4000VND(70円)程度になる場合もある。
自社農場の10アール当たりにんじんの生産コストは、324万VND(1万6200円)となっており、うち人件費が4割弱、次いで農薬・肥料費、種子代、水道・光熱費の順になっている(図4)。
契約生産者に対しては、自社の栽培指導員が栽培方法や農薬の使用方法などの指導を行っている(写真5、6)。栽培指導員によると、生産者は、10年近くにんじんを栽培しているため、栽培技術は高く、細かな指導は必要ないという。栽培上の課題としては、ネコブセンチュウなどの病害虫に寄生されて生育が抑制されることがある。その対策として、かんしょ、だいこん、にんじんの順に輪作体系を組んだり、抵抗性品種の使用、土壌消毒などの対策を行っている。
栽培品種は、品質に優れる日本の品種を使用することが多く、栽培時期や耕作地の条件によって、耐暑・耐寒性、耐病性、晩抽性などに優れるものを使い分けている(写真7)。かん水はスプリンクラーで行う。自社農場と契約生産者の圃場での収穫作業は、同社職員と契約生産者が行い、それを自社トラックで集荷し、ホーチミン市などの主要卸売市場または輸出業者に10キログラムのビニール袋に詰めて販売している(写真8)。
同社担当者は、今後、日本企業からの引き合いがあれば、それに対応できるだけの生産余力は十分にあるとしており、VietGAP認証も取得していることから、日本の品質基準にも対応できるとしている。
にんじんの流通は、地域によって異なっており、類型化は難しいが、生産者が自ら販売する経路と、ミドルマンがホーチミン市やハノイ市などの大消費地の卸売市場などに流通させる経路が大勢を占めている(図5)。DARDの担当者によると、卸売市場向けが80%、小売業者(量販店など)向けが15%、輸出向けが5%であるという。
収穫および集荷作業は、ミドルマンが行っていることが多い。収穫はミドルマンに雇われた日雇い労働者が行い、それをミドルマンが集荷して卸売市場、小売業者、輸出業者などに販売している(写真9、10)。
輸出については、輸出業者が、ミドルマン、加工企業などからにんじんを購入し、韓国、日本などに輸出している。紅河デルタ地域の輸出業者は、購入したにんじんをトラックでハイフォン港まで運び、そこから海上輸送している。ハノイ市からハイフォン港までの輸送費は、1コンテナ(24.5トン)当たり260万VND(1万3000円)程度、ハイフォン港から日本までの海上輸送費は、同1500米ドル(16万2000円)程度となっている。
にんじんの国内供給量は、国民の所得向上と人口増加などを受けて、国内生産量が増加したため、2015年は20万2000トン(前年比8.6%増)となった(表4)。輸入量については、国内供給量の1割程度を占めており、ほぼ全量を中国から輸入している。
A社の担当者によると、国内での販売形態は、家庭用(生鮮)が6割、業務用が3割、加工用が1割とのことであり、加工用は、ジュースや乾燥チップなどにされ販売されているという。ホーチミン市など都市部を中心に量販店が増加してきているものの、全国的には、一般市民が食料品など生活必需品を購入する伝統市場や地元の小売店などが占める割合が高く、消費者は、これらでにんじんを購入することが多い。
高所得者層が住む都市部では、食の安全に対する関心が高まっており、残留農薬が懸念される中国産を避ける傾向にある。そのため、中国産のにんじんは主に伝統市場などで販売されていることが多い。
2015年のにんじんの輸出量は、前年並みの約8000トンとなっている(表4)。国別では、韓国が全体の49.6%を占め、マレーシアの18.5%、日本は13.5%と続いている。
日本のベトナムからの輸入は、1~6月に集中しており、日本の作型や産地の切り替わる時期や国内供給量が不足した場合に輸入されているものと思われる。2014年に輸入量は大きく伸びた後、1000~2000トン台で推移している(表1)。近年、日本からの需要が増加した要因として、中国産野菜への安全性に対する不信感から、中国産を使用しないチャイナフリー運動による需要がある上、中国の人件費上昇などもあり、日本企業は、野菜の安定供給のため、ベトナムなど東南アジアにリスク分散する動きが高まってきていることが考えられる。
ベトナムのにんじんの供給量は、所得向上や人口増加を背景に増加しており、作付面積、生産量ともに増加している。主な主産地は、肥沃な土壌に恵まれている紅河デルタ地域と周年供給可能なラムドン省で、これらの地域は、他品目との競合や連作障害などの課題もあるが、原料調達という点で潜在能力は高いと感じられる。
輸出については、国内需要が増加していることから、国内向けが主となっており、2014年以降横ばいとなっている。日本向けについては、日本の需要の影響を強く受ける傾向があり、ここ数年は1000~2000トン台で推移している。
しかし、中国の人件費の上昇や食品安全をめぐる問題を契機にチャイナプラスワンを志向する動きがみられる中、対日輸出に前向きな企業もあることから、今後も同国のにんじんの生産動向は注視する必要がある。