調査情報部
豪州におけるアスパラガス生産は、1970年代の対日輸出開始を契機に増加したが、現在は国内向けにも多く出荷されている。日本では、豪州産のシェアはメキシコに次ぐ第2位を占めており、国産の端境期に当たる秋冬期の輸入が多い。
1 はじめに
アスパラガスは、豪州の野菜生産において主要な品目ではないが、日本の輸入量に占める同国産の割合は約3割となっており、国内供給量のうち7%を占めている(図1)。豪州産は、日本とは逆の季節を生かして、国産の端境期に当たる秋冬期に輸入され、メキシコに次ぐ主要な輸入先国となっている。ここでは、豪州産アスパラガスの生産および輸出動向を紹介する。
なお、本稿中の為替レートは、1豪ドル
=85円(1月末日現在のTTSレート:84.87円)を用いた。また、豪州の年度は7月~翌6月である。
2 生産動向
(1)生産地域
アスパラガスの主産地はビクトリア州で、同州産は同国全体の生産量の95%近くを占めている。中でも、州都メルボルンから南東約65キロメートルに位置するクーウィーラップとダルモアの2地域での生産が盛んである(図2)。クーウィーラップでは、アスパラガス以外にも、たまねぎやブロッコリー、スイートコーンなどの栽培も見られる。2地域以外では、ニューサウスウェールズ州との州境付近のミルデュラや、西オーストラリア州の一部地域でも生産がみられる。
(2)生産概況
豪州でアスパラガスの生産が始まったのは1940年代で、当初は少量のホワイトアスパラガスが国内市場向けに生産されていた。その後、1970年代後半以降、ビクトリア州政府が一次産品の輸出を促進していたこともあり、当時日本で消費が伸びていたグリーンアスパラガスの生産・輸出へと、シフトしていったとされている。
利用できる最新の統計(2010年度)によると、アスパラガスの生産量は1万276トンとなっている(表)。これ以降は、洪水や高温、雹害といった自然災害に毎年見舞われ、減産傾向にあるとされており、業界団体の調査によると、2014年度は6345トンとされる。
生産者出荷額は、同統計では6210万豪ドル(52億7850万円)となっており、出荷価格は1キログラム当たり約6豪ドル(510円)程度と推計される。
生産面積は、ビクトリア州の生産者団
体である豪州アスパラガス協議会(Australian Asparagus Council、以下「AAC」という)によると、主産地のビクトリア州ではおおむね横ばいで推移しているが、近年は、西オーストラリア州で面積拡大の動きがみられている。これは、ビクトリア州よりも温暖な気候を生かし、輸入品のシェアが高い春先の端境期に、国内市場向けに出荷しているためである。
生産戸数は、おおむね100戸弱で安定しているが、1戸当たり生産面積については、ビクトリア州と他州では大幅に異なっている。これは、ビクトリア州で輸出向けの生産が盛んなためとみられる。単収も同様に、ビクトリア州では日本とほぼ同水準の10アール当たり511.4キログラムであるのに対し、他州では同220.9キログラムと、2倍以上の開きがある。
(3)品種・栽培状況
現在生産されているアスパラガスの大半はグリーンアスパラガスで、主な品種は、日本でもきわめて一般的な品種である「ウェルカム(UC157F1)」である。このほかに少量、10月中旬から12月中旬にかけて紫アスパラガスの生産がみられる。ホワイトアスパラガスについては、生産コストが高い上に需要もあまりないため、現在はほとんど生産されていない。
日照時間や平均気温が異なるため、収穫時期は地域によって前後するものの、一般的な作型については、図3の通りである。最近は先述の通り、国内消費の増加に対応するため、出荷時期を前後に延ばす取り組みが散見される。なお、前倒しで8月ごろに収穫された西オーストラリア州産アスパラガスは、1キログラム当たり14~16豪ドル(1190~1360円)と、通常期の倍以上の高値で取引されている。
一般に、アスパラガスは露地栽培されている。9月に苗圃に播種された株苗は、翌年の5月に3つ程度に株分けされ、殺菌剤に漬けられたのち、冷蔵保存される。その後、冬場に当たる5~9月にかけて、基本的に手作業で、25~30センチメートルの株間で一条植えされる。定植した年とその翌年は、本格的な収穫は行わず、発芽した茎を軽く刈り取るのみである(写真1、2)。
なお、アスパラガスは永年性作物であるため、一般的に、一度定植した株苗からは、10年以上の長期にわたって収穫が可能である。
クーウィーラップ周辺の土壌は比較的水持ちの良い粘土質であるため、かんがいの利用は少ないものの、一部ではスプリン
クラーかんがいや平行移動式かんがい(lateral irrigators)の導入も見られる。特に、収穫時期を夏に後ろ倒しする場合は、かんがいの利用が不可欠となる。また、別の作物との輪作事例もある。
収穫については、アスパラガスの鮮度を保つため、深夜のうちに全て手作業で行われる。茎の緑色の部分が25センチメートル以上のものを、ロングハンドルナイフで地際から刈り取り、畝に沿って数メートルおきにまとめて並べておく(写真3、4)。並べられたアスパラガスの束は、自動操舵システムを搭載したトラクターで回収される(注1)。作業員1人1日当たりの収穫量は、60トン程度である(製品重量ベース、1.6~2ヘクタール程度に相当)。
注1:トラクターの運転手が、自動操舵中のトラクターから身を乗り出してアスパラガスをまとめて回収できるため、作業の省力化や人件費の削減につながるとされている。
(4)生産コスト
アスパラガスの生産コストについての統計はないものの、近年は増加傾向にあるとされている。AACによると、生産コストの3割近くを占めているとされる人件費の増加が特に深刻で、1990年代後半から2004年にかけて約2倍になったとの報道もある。
アスパラガス収穫は、手作業によるところが大きく、クーウィーラップ地域では約1200人が収穫作業に、約1000人がパッキング作業に従事しているとされているが、労働環境が過酷であるため、労働力不足が深刻化している。そこで、同地域のアスパラガス農家は、豪州政府が2012年に導入を決定した「季節労働者受け入れ制度(Seasonal Worker Program)」を活用し、地域全体で毎年250~300人程度の労働者を、豪州の東に位置するバヌアツ共和国から受け入れている。同制度は、生産者が季節労働者に対し、1人当たり500豪ドル(4万2500円)の航空運賃の負担と宿泊施設の提供を義務付けている。3カ月の季節労働で得られる収入が、バヌアツでは2~3年分の年収に相当するため、働き手側の需要は比較的高い。中には、農家側が契約上のトラブルから損失を被る例も散見されるものの、豪州の農業部門全体を見渡すと、不足しがちな働き手を補うために、同制度を活用した季節労働者の受け入れに積極的な意見が多い。
また、人件費のほかには、地価やかんがい用水費、輸送費の上昇が、農業経営に影響を与えているとみられる。その一方で、販売収入については、主要な売り先である大手小売による買い叩きを受けて伸び悩んでいるとされており、生産者手取りは減少傾向にある。
(5)業界団体の役割
1988年に組織改編により成立した
AACは、ビクトリア州のアスパラガス生産者(24世帯。生産量では9割以上を占める)や流通業者などを傘下に抱える業界団体である。
ビクトリア州産アスパラガスの包括的なマーケティングや、産業を取り巻く諸課題に取り組んでおり、生産拡大および消費促進に力を注いでいる。AACの主要目的は、豪州産生鮮アスパラガスの売り上げの最大化と、経済的・環境的に持続可能なアスパラガス産業の発展であり、5カ年開発計画(注2)を策定し、実行している。アスパラガスの販売や輸出、生産資材調達や輸送の支援などは実施していない。
AACの主な財源は、会員が任意で納める年間賦課金(生産量1キログラム当たり1豪セント(85銭))やスポンサーからの資金、自治体の支援、会費であり、年によっては州政府から補助金(補助率2分の1)が支給されることもある。年間予算は約10万豪ドル(850万円)である。なお、西オーストラリア州にも、州内の生産者と卸売業者により形成される同様の生産者団体がある。
注2:5カ年開発計画は、「収益と市場拡大」(国内および海外市場の需要拡大や需給の調整、生産量や単収の増加)、「生産とマーケティング」(栽培法の改善や労働力の供給、コスト面での制約への対応、マーケティング・プロモーションの戦略策定など)、「AACの会員、財源、活動」(会員数の増加、会員間の情報共有などの支援、豪州農漁林業省や他団体との連携、財源の確保など)、「環境的・経済的持続可能性」(アスパラガス産業の環境負荷などの分析、農薬使用の指導、病害虫のモニタリング、土壌の保護など)、「消費者満足度・コミュニケーション」(消費者向け広報活動や消費者調査など)の5分野からなる。
3 流通動向
(1)流通概況
アスパラガスは傷みやすい作物であることから、収穫後は早急に選別・パック詰めされる。選別やパック詰めは、生産者が個々に所有している選果場(パックハウス)で行われる(図4)。パックハウスでは、付着した土や汚れを洗浄した後、長さを揃え、太さごとに包装、冷却を行う(写真5、6)。一部では選別機の導入も見られるものの、手作業による部分が多く、労働力の確保が課題となっている。パックハウスには、外部の温度を遮断するため、屋根や壁に断熱材(アルミ箔)が使用されている。
また、生産者の多くは、栽培から出荷までの全工程について、SQF(注3)やグローバルGAP(注4)などの品質保証システムを導入している。
注3:Safe Quality Foodの略。コーデックス委員会のガイドラインに基づき、1994年に豪州で制定された、食品の安全や品質を担保するための国際規格の一つである。
注4:グローバルGAPとは、GAP(農業生産工程管理)の一つで、欧州を中心に世界80カ国以上で導入されている。安全な農産物を目指す基準と手続きを定めたプロトコルで、これまで延べ10万件以上が認証されている。
豪州で生産されたアスパラガスのうち、輸出向けは4~7割を占める。輸出向けは、1メートル×1.2メートルのパレット(約600キログラム)でトラックにより冷蔵輸送されたのち、主に旅客機の直行便により空輸されている。日本向けは、7割がメルボルン、残りがシドニーから出荷されており、ビクトリア州で収穫されたアスパラガスは、30~40時間後には、日本の小売店の店頭に並べられている。
しかしながら、産地から空港までの道路には未舗装区間が多い上、重量制限もあることから、生産者からは、荷傷みの発生や輸送効率の悪さがたびたび指摘されてきた。こうした経緯もあり、2015年、ビクトリア州政府や地方自治体が中心となって、一部区間の舗装が実施された。
一方、国内市場向けは、180グラムや360グラムの束(細茎タイプの場合は、100グラムの束や500グラムの大袋)に包装され、多くは卸売業者や大規模小売店へ出荷されている(写真7)。ただし一部は、小売店や外食業者などの最終実需者へ直接出荷されている。なお、豪州には冷凍・缶詰加工施設がないため、国内に出回る国産品は、ほぼ全量が生鮮(冷蔵)であり、缶詰などの加工品は輸入に依存している。
(2)国内消費・輸入動向
AACによると、豪州では元来、アスパラガスを食する習慣はなかったが、AACのプロモーション活動などが奏功し、1人当たり年間消費量はこの10年で150グラムから300グラムに倍増した。豪州国内では、アスパラガスは「トレンディ」な野菜として、主に炒め物での消費が増加している。
しかし、主な収穫期である9~11月以外は生鮮品の流通量が極端に減少する上、国内に冷凍・缶詰加工施設がないことから、輸入への依存度が高まっており、2011年度以降、アスパラガスの純輸入国となっている。主要な輸入先国は、メキシコやペルーである(図5)。港湾別に見ると、ニューサウスウェールズ州が過半を占めており、これは、大都市圏を有する同州内での消費が多いためとみられる。
(3)輸出動向
世界の生鮮アスパラガスの輸出規模はおおむね30万トン強で、ペルーやメキシコ、米国がその7割強を占めている。年間2500~4000トン(生産量の4~7割)で推移している豪州産の輸出量は、世界の輸出規模からみれば、1%程度にすぎない。
国内に冷凍・缶詰加工施設がないため、輸出される豪州産アスパラガスのほぼ全量は、生鮮品(冷蔵)で空輸されている。作柄が悪かった2011年から2013年にかけて、輸出量は低迷したものの、その後は回復基調にある。2015年現在、日本向けシェアは8割弱となっているが、近年は、シンガポールや台湾、香港、韓国など、輸送コストが安い、近隣のアジア地域向け輸出も増加している(図6)。
4 日本市場での豪州産アスパラガス
日本のアスパラガス輸入量を見ると、豪州産は、メキシコ産に次ぐ第2位のシェアを有しており、6割が小売向け、加工・業務向けと外食向けがともに2割ずつとされている(図7)。近年は、メキシコのほかに、豪州と同じ南半球に位置し収穫期が一部重なるペルー産との競合に加え、円安豪ドル高で推移する為替レートを背景に、豪州産の価格競争力は弱まってきている。
その一方で、豪州農業資源経済科学局(ABARES)は、2015年1月に発効となった日豪経済連携協定(EPA)によって3%の輸入関税が即時撤廃されたことを受け、日本市場における豪州産の優位性が再び高まるとみている。
荷姿は木箱が主で、バラ詰めの10キログラム箱または100グラム結束での取引が多い。アスパラガスの1キログラム当たり取引価格を見ると、輸入品は、国内産よりも一般に安値で取引されており、国内産の生産量が激減する秋冬期にかけて、国内産の最安水準を下回る同700円前後で取引されている(図8)。特に、9~11月は、豪州産が旬を迎えることもあり、輸入量も多く、安値で取引されている。なお、日本へ輸出されるアスパラガスの輸送コストは、2010年の時点では1キログラム当たり約1.7豪ドル(145円)と比較的安価であった。
また、東京都中央卸売市場における生鮮アスパラガスの月別入荷量を見ると、九州産が多く出回る3~4月と、その後発として他地域産(長野県や北海道産が中心)が出回る5~9月は国産のシェアが高まるが、それ以外の秋冬期は輸入品が中心となっている(図9)。日本の大手輸入業者によると、豪州が生産のピークを迎える9~11月は、国産品の端境期とちょうど重なるため、豪州やニュージーランド産が多く輸入されるが、それ以外はメキシコ産やペルー産(12~3月)、米国産のシェアが高まっている。
サイズなどの規格に関しては、豪州産も他国産も基本的に同じであるが、豪州産は、主に温帯気候で生産されているため、乾燥気候での生産が主となるメキシコ産と比べて、甘くて茎が太いものが多いとされている。
5 おわりに
豪州のアスパラガス生産は元来、対日輸出を機に本格化したが、近年は内需の拡大を受け、国内市場向けのシェアが増加傾向にある。輸出量は、2011から2013年に減少したものの、近年は回復基調にある。日本以外にも、中国などアジア市場への輸出も拡大すると見込まれており、豪州産アスパラガスの今後の生産・輸出動向が注目される。