調査情報部 国際調査グループ
EUでは、農業従事者の減少・高齢化などから今後の安定した農業生産への影響が懸念される中、現行の共通農業政策(CAP)においては、新規就農支援が重視され、強化が図られている。現地調査を実施したフランス、ドイツでは、それぞれの国情に応じた支援に取り組んでおり、同様の課題を抱える日本の参考になるとみられる。
1 はじめに
日本では、農業従事者の減少と高齢化が進展しており、農畜産物生産の減少が懸念される中、新規就農者、特に若年層を中心とした担い手の確保と育成が急務となっている。このような動きは、日本のみならずフランスやドイツなど農業大国を抱えるEUでも見られ、今後の安定したEUの農畜産物生産への影響が懸念されている。
本稿では、前半としてEUの共通農業政策(CAP)改革の中で行われる各種の新規就農支援策の概要などを、後半として主要農業生産国であるフランス、ドイツの支援策とその実例を紹介する。
なお、本稿中の為替相場は1ユーロ=117円(2016年10月末日TTS相場:116.55円)を使用した。
2 EUの新規就農支援策
(1)農業経営者の年齢分布の現状
2013年に行われた欧州委員会の調査によると、EU域内全体の農業経営者に占める34歳以下の割合は5.9%であるのに対し、55歳以上が過半を占め(54.9%)、そのうち65歳以上が30.6%と約3割に達している(図1)。
国別では、34歳以下の農業経営者の割合は、ポーランド(12.1%)とオーストリア(10.9%)で高く、キプロス(1.7%)、ポルトガル(2.5%)、デンマーク(2.5%)で低くなっている(表1)。また、65歳以上の割合は、ポルトガル(50.1%)、ルーマニア(41.0%)、キプロス(40.0%)で高く、ドイツ(6.5%)、オーストリア(8.6%)、ポーランド(9.6%)で低い。
EUは、この状況が続くと以下の目的の達成などが困難であるとし、若年層を主体とした新規就農者の増加による世代交代の推進と農業分野での新たな経済活動の創出・発展を喫緊の課題としている。
●EU市民への十分な食料供給とグローバルな食料安全保障の確保
●EU農業の競争力強化
●環境に対する持続可能性の強化(農業による景観維持の役割を含む)
●農村地域の安定的・持続的な発展
(2) 共通農業政策(CAP)と新規就農支援
CAPは、農業を通じて公共利益を創出するための農業者支援を目的に1962年に策定され、その後の加盟国の拡大や国際的な農業交渉への対応などの観点から、数度にわたる改正が行われてきた。
2013年に合意された現行のCAP(新CAP、対象期間:2014~2020年)では、食料安全保障の確保、すなわち、安全かつ安定的な食料供給を確保しつつ、資源効率、気候変動、生物多様性といった環境問題への対応など、大幅な見直しが行われた。さらに、農村の地域保全を図りつつ、EU域内全体の包括的発展を促すこととし、新CAPの予算の枠組みも大きく変化した。
CAPは、主に2つの柱で構成されており、新規就農支援策は、従来、農村開発を目的とした「第2の柱」の中に組み込まれてきた。しかし、加盟各国で新規就農者の確保の必要性が取りざたされてきたことから、今回、約50年間続くCAPの歴史上初めて、CAPの中心政策である直接支払いを実施する「第1の柱」にも、全加盟国で実施が義務付けられる支援の一つとして、新規就農支援策である「青年就農スキーム(YFS)」が組み込まれたことが特筆される。
新CAPを構成する2つの柱
ア 「第1の柱」
「第1の柱」は、農家の所得支持政策であり、新CAP予算全体の約70%を占める。「第1の柱」の中心は、農家への直接支払いであり、農家の所得を保証するため、生産する農畜産物の種類にかかわらず全ての農家を補助の対象としている。新CAPでは、食品の安全性、環境、気候変動に対し一定の配慮を行うことを受給要件としている。
直接支払いは、「義務的スキーム」と「自主的スキーム」の2種類に大別される。「義務的スキーム」は、全加盟国で実施が必須であり、「基本支払い(BPS)」と「グリーン化支払い」のほか、新CAPでは、直接支払い予算の2%を上限に新規就農支援策である「青年就農スキーム(YFS)」が新たに組み込まれた。一方、「自主的スキーム」には、各加盟国の選択制を主とし、小規模農家への支給割合を増やすことを可能とする再分配支払いなどがある(表2)。なお、「青年就農スキーム(YFS)」および「自主的スキーム」の財源は、「基本支払い(BPS)」予算の一部が充当される。
「第1の柱」には、直接支払いのほか、緊急時の危機管理を目的とした市場介入措置なども含まれるが、割り当て予算額はわずかである。
イ 「第2の柱」
新CAP予算全体の約30%が「第2の柱」である農村開発に向けられる。新CAPでは、農村地域の景観維持や条件不利地域の支援策などの従来のスキームが維持され、加盟国もしくは地域は、農村開発を目的とした以下の6つの「優先項目」の下で、それぞれの実情に合わせた農村開発プログラム(RDP)を作成する。総計118のRDPが、全加盟28カ国で実施されており、就農支援など新規就農者に対する幅広い支援策もRDPの下での実施が可能となっている。なお、RDPは、欧州委員会による事前承認が必要である。また、その財源は、欧州農業農村振興基金(EAFRD)および各加盟国が負担し、一般的な新規就農支援策では、各加盟国の負担割合は2分の1となる。
①知識伝承とイノベーションの促進
②農業の競争力と営農の継続能力の向上
③フードチェーンの組織化とリスク管理の推進
④自然保護地域の保全および生態系の維持
⑤資源の効率化および低炭素社会の推進
⑥社会参加、農村地域の貧困削減および経済振興
(3)新規就農支援策の概要
新規就農に際しては、EUにおいても、煩雑な手続き、土地・設備投資のための多額な資金調達など、さまざまな問題に直面することが多い。このため、新CAPでは、就農後の5年間を、経営を長期的に続けられるかどうかを決定する重要な期間と位置付けて新規就農支援策が設計された。
ア 第1の柱(直接支払い)による青年就農スキーム(YFS)
新CAPで新たに義務付けられた青年就農スキーム(YFS)の対象者は、40歳未満であって就農5年以内の農業経営者となる。これに該当する者は、「基本支払い(BPS)」に加え、YFSにより最長5年間にわたり基本支払い受給額の25%相当を上乗せして受け取ることが可能となる。
なお、YFSの予算額は各加盟国に配分される直接支払い予算の内数とされ、その上限は同予算額の2%までと定められている。
イ 第2の柱(農村開発プログラム(RDP))による新規就農支援策
欧州委員会によると、24の加盟国が農村開発プログラム(RDP)の下で新規就農支援策に取り組むとしており、新CAPの対象期間中の予算総額は53億ユーロ(6201億円)に上る。EU全体で約15万5000人の農業経営者が支援対象になると見込まれている。
また、新規就農に際しては多くの情報や助言が必要となることから、就業時に専門的な情報を提供する事業もRDPに組み込まれている。さらに、各加盟国は、新規就農者の具体的ニーズに対応した追加事業の実施も可能となっている。
コラム1 EUにおける新規就農者の課題
欧州委員会が2015年11月に公表した調査報告書(オランダのシンクタンクECORYSが、EU28カ国の2205人の40歳未満の就農者にインタビューした青年就農者の経営実態調査(複数回答))によると、課題として回答した割合(EU全28カ国)は、「農地取得(購入)」が60.8%、「農地取得(賃貸)」が56.8%、「補助金」が38.4%、「資金の確保」が33.4%、「質の高い労働力」が33.0%となった(コラム1-図1)。
ほぼ全ての項目で、1995年以前からの加盟国15カ国よりも2004年以降の新規加盟国13カ国の方が割合は高く、中でも、「質の高い労働力」、「季節労働力」および「機械設備」について両者の格差が著しい。
「農地取得(購入)」と「農地取得(賃貸)」が課題と答えた人の割合を国別に見ると、ルクセンブルク(95.7%)、フランス(82.6%)、ベルギー(82.3%)が80%以上と高く、他方、ブルガリア(33.1%)、イタリア(33.8%)、ポーランド(37.5%)、デンマーク(39.2%)は低かった(コラム1-図2)。
報告書は、ブルガリアとイタリアでは、主にオリーブなどの永年作物が生産されているため、広い農地が必要とはならず、課題として捉えられていない、としている。
さらに、同報告書は、青年就農者が成功するためには、EU域内外の交流プログラムに参加し、他国や他の農家の技術、手法などを効率的に学ぶことが重要であると提言している。
3 フランスの新規就農支援策
欧州委員会によると、2013年のフランスの34歳以下の農業経営者の割合は、8.8%とEU平均の5.9%を上回り、ポーランド、オーストリアに次ぐ第3位となっている(表1)。これは、従前から、CAPに基づく各種プログラムに加え、独自の枠組みで青年就農者支援に取り組んでいることに起因する。
(1)支援の概要
ア 新CAPに基づく支援
(ア)青年就農スキーム(YFS)
1経営体当たり34ヘクタールを補助対象の上限としている。1ヘクタール当たり単価は70ユーロ(8190円)としていることから、最大で1経営体当たり年間2380ユーロ(27万8460円)が基本支払いに上乗せされて支給される。
(イ)青年就農者助成金(DJA)
「第2の柱」の農村開発プログラム(RDP)の下、青年就農者助成金(DJA)が、1973年に開始され、新CAPでも継続実施されている。これは、一定の要件を満たす40歳未満の農業経営者に対し、助成金を支給するものである(表3、表4)。助成金は2回にわたって支給され、1回目として助成金の8割が就農1年目に、2回目として残り2割が就農5年目に支給される。また、後継者ではない新規就農者、付加価値や雇用を創出する者、有機農産物生産者に対しては、それぞれ基本支給額に加算がある場合もある。
(ウ)青年就農低利融資(MTS-JA)
同じく農村開発プログラム(RDP)の下、若年層の就農者向け低利融資制度として青年就農低利融資(MTS-JA)が行われている(表5)。
受給要件は所得制限がないこと以外、青年就農者助成金(DJA)と同じである(表3)。融資対象は、就農時に必要となる資金や就農1年目の運転資金などであり、市中金利と貸付利率の差額を政府が補助金で利子補給する仕組みとなっている。
イ 独自の支援
(ア)農村土地整備公社(SAFER)による支援
農村土地整備公社(SAFER)は、同国の法律によって50年以上前に設立された非営利団体で、農地の先買権を有している。
同団体は、先買権を活用し、青年就農者へ優先的に農地を売り渡すことにより農地を守るという重要な役割を担っている。また、銀行と連携することにより、新規就農者が資金を準備できる前に農地を購入し、当該新規就農者が資金調達できるまでその農地を管理するなどしている。
同団体によると、2014年に売却した農地の38%が新規就農者(近年就農した者による規模拡大分を含む)向けであった。
(イ)その他
青年就農者助成金(DJA)または青年就農低利融資(MTS-JA)の受給者は、5年間にわたり、所得税が減免される。就農1年目は100%免除され、その後4年間は50%減税となる。また、18歳から40歳未満の全ての新規就農者に対し、社会保険料が5年間軽減されるなどの優遇措置が行われている。
(2)課題
フランスは、積極的な新規就農者支援を行ってきた国であるが、青年就農者助成金(DJA)や青年就農低利融資(MTS-JA)の利用率は、それほど高くはない。
2014年のDJAの利用率は、53%であった。半数近くが要件を満たさず対象外となるか、申請を見送っている。また、MTS-JAは、市中金利の低下によりメリットが低下しており、利用率が下がっている。
フランス政府は2015年5月、MTS-JAについて廃止、DJAを増額した上での廃止など6つのシナリオを提示した報告書を公表し、利用率の向上に向けた見直しを進めている。
コラム2 低利融資を活用し、3代目経営者に(フランス)
パリから西へ車で1時間ほどの郊外にある生産者を訪ねた。2000年に法人化し、50ヘクタールの農地で主にレタスを生産している。労働力は、農場経営者であるステファン氏(33歳)と共同経営者である父親、そして収穫、出荷などの作業を行う季節労働者を35名雇用している。この地域は、主要消費地のパリから近く、カルフールをはじめとした国内大手スーパーなどに出荷を行っている。
同氏は、2012年に株式の35%を父親から購入する形で経営に参画した。フランスでは、農業大学卒業後、農場経営者になる場合、就農支援研修を受ける必要がある。就農支援研修では他国での実地研修が必須であり、同氏は、英国で1週間、スペインで1カ月の研修を行った。
就農時、株式を買い取る資金として、青年就農低利融資(MTS-JA)により10万5000ユーロ(1228万5000円)の融資を受けた。その他、社会保険料や、所得税の負担軽減は大きな助けとなったが、青年就農者助成金(DJA)は、所得制限により受給していない。
同氏は、行政の支援を受ける際の問題点について、必要書類が多い、時間がかかることを指摘した。新規就農者を増やすには、農家収入と就労条件の改善が必要と語ったが、自らの将来を見据え、必要な支援を選択し、3代目経営者としてさらなる事業拡大を目指している。
4 ドイツの新規就農支援策
欧州委員会によると、2013年のドイツの65歳以上の農業経営者の割合は、6.5%とEU加盟国の中で最も低く、EU平均の30.6%を大きく下回った一方、34歳以下の割合は6.8%とEU平均の5.9%を上回った(表1)。この背景には、担い手を育成するための教育・研修システムが充実していることや、高齢の農業経営者の世代交代を促進する退職制度が整備されていることなどがある。
(1)支援の概要
ア 新CAPに基づく支援
(ア)青年就農スキーム(YFS)
1経営体当たり90ヘクタールを補助対象の上限としている。1ヘクタール当たり単価は45ユーロ(5265円)としていることから、最大で1経営体当たり年間4050ユーロ(47万3850円)が基本支払いに上乗せされて支給される。
(イ)その他
「第2の柱」の農村開発プログラム(RDP)の下で行われる新規就農支援策の予算は、各州に配分され、それぞれの州が必要な支援を行っている。
バイエルン州は、同州に配分されたRDP予算の13%にあたる4億6600万ユーロ(545億2200万円)を新規就農支援策に充て、青年就農者や有機農業者向けに技術革新、農業経営指導、研修などを実施している。また、ノルトライン=ヴェストファーレン州は、同じくRDP予算の15.5%にあたる1億8380万ユーロ(215億460万円)を青年就農者、有機農業者などに焦点を当て、農家間の知識伝達や協力体制の整備のための支援を実施している。
イ 独自の支援
(ア)マイスター制度
マイスター制度は、農業経営に関して、生産、企業経営、指導の3分野における専門技術や知識を習得する制度である。マイスターには、農業経営者として自らの経営の強みと弱みを認識した上で、政治的、経済的な状況の変化にビジネスモデルを適応させ、生産技術の進歩に合わせ、投資家を獲得しビジネスパートナーに対応し、雇用労働者に十分な学習機会や指導を与える能力が求められる。試験に合格し、マイスターを取得すると、農場経営の専門家(Landwirtschaftsmeister)と呼ばれる。受験資格は、以下のいずれかの要件を満たした者に与えられる。
●農業経営に関連した学位を取得後、農場で最低2年間の実務経験
●他の農業分野に関連した学位を取得後、農場で最低3年間の実務経験
●農場で最低5年間の実務経験
試験は、連邦規則などに従って全国で実施される。ニーダーザクセン州農業会議所によると、受験の主要な動機は、自らまたは雇用されている農場の経営の成功のために必要な、専門的な能力や技術を習得するという意志である。受験にあたっては、各州レベルで、試験準備専用の研修コースが提供されており、受験の必須要件ではないが、参加が強く推奨されている。同州農業会議所は、試験は非常に難しいが、研修参加者の80%が合格していることから、研修による支援は非常に有益であるとしている。
(イ)就農者向けの退職制度における農地譲渡条項(HAK)
「高齢就農者の社会保障に関する法律」第11条は、「65歳に達した農業経営者は所有する農地を売り渡す場合にのみ年金を受給することができる」とし、農業経営者向けの退職制度における農地譲渡条項(Hofabgabeklausel。以下「HAK」という)と呼ばれている。
HAKは、1957年に導入され、農地譲渡を年金受給の必須条件とすることで、農業における世代交代を図るとともに、世代交代を通じた農業技術の革新と近代化の促進を目的としている。ドイツの年齢分布から、HAKは非常に成功していると評価する見方が多い。
(2)課題
政府系の研究機関の報告によると、HAKに対する社会的不平などが課題となっている。具体的には、仕事を続けながら退職年金を受給できる他の自営業者に比べて不利な立場に置かれている。また、大規模農家は自分の子どもに事業を譲渡する場合が多いのに対し、小規模農家はそれほど収益の高くない事業の後継者を見つけなくてはならないという難しさに直面している。同報告書は、HAKの要件を緩和して、就農者を強制的に退場させるのではなく、事業の維持を望む場合には退職年金を減額して受給できるようにすべきと提案している。
コラム3 自らの経験をさらに次の世代へ(ドイツ)
ブレーメンから西へ車で1時間ほどの郊外にあるニーダーザクセン州の生産者を訪ねた。3ヘクタールの農地で、きゅうり、トマトといった有機野菜を生産し、隣接する直売所で販売も行っている。労働力は、農場経営者であるピーター氏と共同経営者である妻、そしてアルバイト1名と研修生1名である。
ピーター氏は、30年前に現在の農場で就農し、15年後に、農場経営者となるためにマイスターを取得した。取得まで、生産技術、企業経営、指導力の3分野における専門技術と知識を学んだが、最も苦労したのは、それまで身近に感じたことのなかった企業経営であったと語った。
そして現在は、自らの経験を次の世代に伝えるため、研修生を受け入れている。研修生は主に2年から3年のサイクルで実務経験を得るために農場で従事する。同農場では過去にも数人の研修生を受け入れており、先輩農家として新しい世代にできる限りのことをしたいと考えて、日々の作業の中で、自らの経験を一つずつ丁寧に伝えるよう心がけているとのことである。
研修生は、主に州の農業会議所の紹介により受け入れている。調査時に会った研修生は34歳で、一般的には遅いスタートとのことであったが、それを補うほど非常に有意義な時間を同農場で過ごしていると語った。2018年8月までの研修となるが、その後すぐにマイスターを取得するかは未定とのことであった。
同農場の研修生には、その後マイスターを取得した者もいる。ピーター氏は、指導した研修生たちを常に気に掛け、同業者として互いに協力しながら経営を続けられたらよいと考えていると語った。ドイツでは長年培われた充実した教育体制により、次の世代へとその経験が伝えられている。
5 おわりに
EUの共通農業政策(CAP)は、市場経済を志向し、効率的な生産を推し進めてきたことで、規模拡大による農業従事者の減少は特に問題とはされてこなかった。しかしながら、農業従事者の高齢化と若年層の減少は将来的な食料供給の観点から望ましくないことから、新CAPでは新規就農支援策が拡充されることとなった。
EUは、歴史・地理・気候風土・経済事情の異なる28の加盟国を抱えることから、CAPの新規就農支援策は包括的なものとなり、具体的な支援策は各加盟国がそれぞれの国情に即して選択し、事業の細部は各加盟国の裁量に任されている。このため、各加盟国の新規就農支援策は、その国の農業の位置付けを如実に表しているといえる。
例えば、フランスは幅広い新規就農支援策を実施しているが、これは同国が広大な農地に恵まれながらも山間地などの条件不利地の生産者を多く抱え、生産者の多様性を認めていることによる。一方、ドイツは退職制度により農業経営者の世代交代を促すことで、将来を担う若年層が、限りある農地を取得できるよう仕向けている。
新CAPでは、若年層の新規就農支援策に焦点が当てられ、その効果が期待されているが、このカギを握るのは新規就農者に経営力をもたらす教育であるとの見方が強い。EUの農畜産業は、その必要性が域内で幅広く理解されているものの、必ずしも売り手市場ではない。このため、生産者は、他の産業と同じく消費者のニーズを把握し、付加価値のある生産を行うとともに、コスト低減のための効率化も求められる。これらには新規就農以前の準備と経験が重要であり、今回紹介したドイツの農場経営の専門家と呼ばれるマイスター制度は、農畜産業に欠かせないマネジメント力を重視している。
農畜産業への新規参入には、設備投資などに多額の資金が必要になることから、それに対する資金面の支援には効果はあるが、その後の経営を継続させる担保とはならない。フランスでは、就農に当って政府の支援を受けようとする場合、収支計画などの経営プランを作成する必要がある。そのための手続きは煩雑であるが、支援の対象となった者の離農率は低い。
日本の農畜産業では、「強い農業づくり」が進められている。EUに負けない強い農業を担う新規就農者の拡大が期待されるところである。
(大内田 一弘、中野 貴史(JETROブリュッセル))