調査情報部
1 はじめに
いんげんは元来、豆を意味したが、若採りしたものがサヤをつけたまま野菜として利用されており、日本において和食や洋食などで幅広く使用されている。
国産のさやいんげんは、6月から9月を中心に出回り、主に家庭消費向けとして量販店などで販売されているが、他の莢実類同様、収穫・調製作業は機械化が進んでおらず手間がかかるため、生産者の高齢化に伴い作付面積および生産量は減少傾向にある。
一方、輸入品のうち生鮮いんげんは、品薄になる冬期の家庭消費向けに中東のオマーンから補完的に輸入される程度であるが、冷凍いんげんは、中国産、タイ産などが外食・中食などの業務向けや家庭消費向けに年間を通して広く流通している。特に、材料コストの抑制が求められる低価格志向の外食・中食や、消費者向けのディスカウントストアなどでは、安価な冷凍いんげんは、欠かせないものとなっている。
日本のタイ産冷凍いんげんの輸入量は、1980年代までは少なかったものの、90年代に入り大きく伸長し、2015年では中国に次ぐ第2位の輸入先国であり、輸入量全体の約3割を占める(図1)。
本稿では、主要な輸入先国であるタイのいんげんの生産および輸出動向について紹介する。
なお、本稿中の為替レートは、1バーツ=3円(2016年5月末日TTS相場:3.18円)を使用した。
2 いんげんの生産状況
(1)主産地の動向
東南アジアに位置するタイは、標高が高く比較的冷涼な北部、降水量が少ない東北部、熱帯特有の気候条件で穀倉地帯の中部、中部よりも雨季が長くゴムノキなどの生産が盛んな南部に区分され、いんげんなどの野菜は主に冷涼な北部で生産される(図2)。
タイのいんげん栽培の始まりは不明だが、1985年のプラザ合意以降、円高基調となった為替相場を背景に日系企業がタイに進出し、日本向けの野菜を含む加工食品の生産が活発に行われたことや、タイ政府による第6次農業開発計画(1987-91年)、第7次農業開発計画(1992-96年)により、野菜生産や農産物加工業の発展支援が行われたことで、作付面積、生産量ともに増加してきた。特に第7次農業開発計画では、農外の就業機会が少なく中部より所得の低い北部などの農家所得の向上を目的に、輸出向け野菜の契約栽培を推進した。これらのことから、北部の輸出向けいんげん産地が確立したとみられる。
(2)栽培工程
北部では、ほかの地域同様、水田栽培が農業の主体となっているため、いんげんは一般的に水田裏作として栽培されている。温暖な気候のタイは、雨季と乾季でコメの二期作が可能であるが、コメは活着期から登熟期にかけて小まめな水管理が求められるため、かんがい未整備ほ場では乾季のコメ栽培ができない。コメの生産性の高い中部ではかんがい整備が進んでいるが、比較的冷涼で生産性の低い北部は、かんがい未整備ほ場が多いため、ほ場の有効活用として雨季作(6~10月)の裏作にいんげんなどの野菜が栽培されている。また、北部は冷凍加工企業が多く立地しており、原料としての需要が大きいため、冷凍加工企業へ出荷する農家の多くは、周年でいんげん栽培を行う。
一般的な水田裏作では、コメの収穫が終わった11月に耕うんや土作りなどのほ場準備が行われ、12月には種が行われる。また、コメの雨季作との兼ね合いから栽培期間の短いつるなし品種が栽培されており、収穫期間は3月の1カ月間と短い(図3)。
一方、輸出向け契約主体の栽培では、長期間収穫を目指すためにつるあり品種が栽培されており、1月から3月収穫の場合は9月から10月には種を行い、7月から12月収穫の場合は5月から6月には種を行う。つるあり品種の栽培は1条植えで、日本で一般的なネット栽培ではなく1株ごとに支柱を立ててつるを絡ませており、草丈は日本同様2メートル程度になる(写真)。
(3)栽培契約
冷凍加工企業は、個々の生産者ではなく地域の代表者と栽培契約を結ぶ(図4)。冷凍加工企業は、品種、肥料、農薬などを指定しており、指定資材を地域の代表者に一括販売し、地域の代表者が個々の生産者に分配する。個々の生産者が自身のほ場で冷凍加工企業の栽培基準による栽培を行い、冷凍加工企業の栽培指導員が各生産者のほ場を巡回指導し、産地全体の栽培技術の統一を図っている。収穫・調製作業は生産者が共同で行い、出荷は地域の代表者が集約して行う。販売代金は、冷凍加工企業が地域の代表者に一括して支払い、地域の代表者が個々の生産者の出荷量に応じて分配する。
地域の代表者は、冷凍加工企業と生産者の仲介役としても機能しており、冷凍加工企業の栽培指導員と協力しながら個々の生産者の利害調整や栽培・調製技術の統一を行っている。地域の代表者が栽培指導員の補佐的な役割を担っているため、冷凍加工企業の栽培指導員が産地に巡回できない時も、農薬の不適切使用などの問題は起きにくいという。
(4)作付面積の推移
いんげんは、タイにおいて主要な野菜品目ではないために全国統計はないものの、主産地である北部のナーン県およびチェンマイ県は生産統計を整備している。公的指導機関である両県の農業事務所によると、生産統計は県内全ての作付面積を把握していないものの、栽培動向の指標になるとしている。
これによると、ナーン県では作付面積が減少傾向にあり、特に2014年は前年比69.6%減の7ヘクタールと激減した(表1)。ナーン県農業事務所によると、生育期の降水量不足により栽培を中止した生産者が多かったことによるとしている。
冷凍加工工場が多いチェンマイ県は、盆地のため雨季の気温が中部を上回る日も多く、ナーン県などの他産地よりも収量が低いものの(注1)、冷凍加工工場まで他産地よりも近いことから作付面積が拡大し、2014年は12.8ヘクタールとナーン県を上回った(表2)。
注1:いんげんは、高温条件下では着莢が悪化するため減収となる。
なお、北部で最も作付面積が多いとされるチェンライ県は、生産統計が未整備となっている。
タイでは、2011年から当時のインラック政権により大規模なコメ価格支持政策が行われ、高水準の価格形成を推し進めた。しかし、高価な政府買入米を安価に輸出することはWTOで規定する輸出補助金に該当するため、輸出できずに過剰な政府在庫となったことで巨額な財政損失となった。その後、軍事クーデターにより政権に就いたプラユット政権は、2014年にこの政策を廃止し、統制的に米価を引き下げた。コメ政策に関してプラユット政権は、低コスト化と生産性の向上のみならず、作物適性に応じたコメ生産地域の特定と他作物への転作などを計画しており、北部のようなコメの生産性の低い地域では、今後、野菜などへの転作が進むとみられている。
いんげんについては、主に冷凍加工企業との契約栽培となることから、冷凍加工企業による原料需要が増加する場合、コメからの転作が進み、作付面積の増加につながる。しかし、後述する冷凍加工企業による冷凍いんげんの生産量減少と冷凍えだまめへの生産シフトにより、いんげんの生産は減少傾向にある。このため、コメからの転作は、冷凍加工企業の需要が増加しているえだまめの作付面積の拡大につながるとされており、いんげんの作付面積は微減傾向となる可能性が高い。
3 いんげん加工を取り巻く状況
いんげんを含む輸出向け冷凍野菜加工は、国内企業と輸出先国の企業による合弁事業として始まったケースが多く、生産された冷凍野菜の8割から9割が日本などへの輸出向けとなっている。
主な加工企業としては、表3の3社が挙げられるが、代表的な事例として、日系冷凍加工企業A社について紹介する。
A社の設立は1988年と国内では先発で、 当時、 冷凍野菜の主要対日輸出国であった台湾の人件費増など生産コスト上昇により、日系商社と台湾の冷凍加工企業が生産コストの低いタイに新たな対日生産拠点の設置を目指したことにある。台湾での生産ノウハウと日本国内の販路は確保されていたことから、日台両企業は、国内での原料調達ノウハウを持つ国内農業生産企業との合弁に至った。
A社は、国内の冷凍いんげんの半分以上を生産しており、その仕向け先はほぼ全てが日本となっている。冷凍いんげんの生産および出荷量は公表されていないものの、年間6000~7000トン程度とされている。A社は、人件費などの生産コストの上昇により、冷凍いんげんの生産および出荷量は微減傾向にあるとしている。
A社の生産管理を見ると、生産者には自社で販売する農業資材以外の資材の使用を認めておらず、栽培期間中は、栽培指導員による巡回指導と肥料や農薬などの記帳が行われている。これにより、生産者全体の栽培技術を統一するとともに、ほ場からのトレーサビリティを可能にしている。収穫後、ほ場原料集荷段階では全生産者の出荷物について、ロットごとに日本の基準による残留農薬検査を実施し、基準値を超えて残留のあったロットは返品としている。冷凍加工工場では、HACCP(注2)に基づいた生産管理を行うとともに、GMP(注3)、ISO9000(注4)といった食品安全などに関する認証も取得することにより、日本の冷凍加工工場同等の食品安全対策を講じている(図5)。
注2:食品の製造・加工工程のあらゆる段階で発生する恐れのある微生物汚染などの危害を事前に分析し、その結果に基づいて重要管理点を定め、連続的に監視することで製品の安全を確保する衛生管理の手法。
注3:製造適正規範。製品が安全に作られ、一定の品質が担保できるよう製造工程を管理する基準のこと。
注4:製品またはサービスが所与の品質要求を満たしていることの妥当な信頼感を与えるために必要な全ての計画的および体系的活動に対するISO(国際標準化機構)の認証制度。
A社のいんげんを含む冷凍野菜の仕向け先は、日本が92%、そのほかの国が7.2%とほとんどが輸出向けとなっており、国内向けはわずか0.8%にすぎない。対日輸出されるA社の冷凍野菜は輸出先企業のブランドで販売されており、日本でA社の企業名が入った冷凍野菜を目にすることはない。
A社を含めたタイ産冷凍いんげんは、原料が全量契約栽培によることから、日本では「農場指定」などとして、ほ場が限定されていることを消費者に訴求した販売が行われている。
A社やB社などの日系冷凍加工企業は、主な仕向け先が日本のため、日本側の需要に生産量が影響される傾向がある。近年は、日本のタイ産冷凍いんげん需要が伸び悩んでいるため生産量は微減傾向で、えだまめやミックスベジタブルに生産がシフトしているとのことである。これに対して、日本向けの比率が両社より低い国内資本のC社は、他国向けや国内向け生産量を伸ばしている。
4 いんげんの輸出動向
冷凍いんげんの輸出量は、2013年以降、主要輸出先である日本の需要減少により、減少傾向にあるが、特に2014年は、原料の主産地であるナーン県が不作となったことで減少に拍車がかかった(図6)。日本の需要減少は、タイとともに主要輸入先である中国産との価格差が2013年に拡大したため、仕入先を中国にシフトしたことによる(図7)。中国との価格差拡大は、インラック政権が2012年、最低賃金を大幅に引き上げたことで生産コストが上昇したことが大きな要因となっている。生産コストの上昇は、人件費高騰による生産拠点の国外移転を招くことから、最低賃金は2013年以降、据え置かれているものの、2015年の中国産との価格差は依然として1キログラム当たり39円となっている。
日本側は2014年、ナーン県の不作を受け、中国産を代替として使用することとなった。2015年も、タイ産は数量確保の面で不安が残ったこと、中国産は安価で数量が安定しており品質も均一であることなどから、日本側が中国産を増やした結果、タイ産の輸出量はさらに減少した。
一方、冷凍えだまめの輸出量は、増加傾向にある(図8)。日本のえだまめ輸入において、中国は台湾に次ぐ主要輸入先であったが、2012年に中国産冷凍えだまめから基準値を超えた残留農薬が検出されたことなど食品安全上の問題の影響から、タイ産へのシフトが続いている。冷凍いんげんの製造レーンは冷凍えだまめ生産に転用されており、冷凍加工企業との契約生産者もいんげんからえだまめへ作付けをシフトしている。日本においてえだまめは、冷凍野菜輸入の2割を占めており、家庭消費はもちろん、外食などでも大量に使用されるなど需要が大きい。これに対していんげんは、冷凍野菜輸入の1割に満たない上、えだまめに比べ外食などの使用量も少ないため、えだまめより需要が小さい。
これらのことから、冷凍野菜の主要な輸出先国である日本の需要動向の影響を受けるタイでは、いんげん生産および輸出量の減少と冷凍えだまめ生産および輸出量の増加が継続するものとみられる。
5 さいごに
タイのいんげん作付面積は、冷凍加工企業の日本向け出荷が主体のため、日本側の発注量に大きく左右される傾向があり、近年は、日本側が安価で生産量が安定している中国産へシフトしていることから、減少傾向となっている。また、タイの日本向け冷凍野菜生産全体としても、冷凍いんげんの生産および輸出量は、2012年の国内最低賃金の引き上げに伴う生産コスト上昇により、微減傾向となっている。こうしたことから、タイの野菜生産・輸出については、他の品目の生産・輸出状況はもちろん、生産コストの上昇につながる施策も対日輸出に影響を及ぼしていることがわかる。
タイの冷凍野菜加工業の発展は、日系企業の積極的な進出が契機であり、いんげんからえだまめにシフトするなど品目は変化するものの、今後も中国とともに主要な輸入先国として、多くの冷凍野菜が日本に輸入されることが見込まれる。