調査情報部
ベトナムのほうれんそうの生産は、主に加工企業向け出荷で、作付面積は加工企業側の意向で変動する傾向にあり、加工企業の買取価格は、栽培条件の良い乾季は出荷量が集中して安値になる傾向がある。
加工品である冷凍ほうれんそうの主な輸出先は日本である。輸出先国の日本は、加工・業務用野菜を中国に一極依存していることによる不作時の欠品リスクの回避と、中国の著しい生産コストの上昇により、チャイナプラスワンを志向する動きからベトナム産を使用している。
ベトナム産冷凍ほうれんそうの輸出量は、大きな伸びは見られないものの、チャイナプラスワンとしての位置づけから、今後も注視すべき必要があると思われる。
1 はじめに
ほうれんそうは、日本ではさまざまな料理に活用されることから、なくてはならない野菜である。軟弱野菜で収穫後の鮮度劣化が速いほうれんそうは、国産品は、かつては消費地周辺で産地が形成されてきたが、物流環境が発達した現在では、遠隔地のものも流通しており、主に家庭消費向け生鮮野菜として販売されている。一方、輸入品は、冷凍技術の発達と消費者の低価格志向により、冷凍野菜として家庭消費用はもちろん、中食・外食などで多く活用されている。
日本におけるベトナム産ほうれんそうの輸入は、2001年から始まり、2015年には中国、台湾に次ぐ輸入量となっており、家庭消費向けの冷凍野菜などで多く見かけるようになった。
本稿では、近年輸入量が増加してきたベトナム産ほうれんそうの生産および輸出動向について紹介する。
なお、本稿中の為替レートは、1ドン=0.005円(2016年4月末日為替相場:0.005円)を使用した。
2 ほうれんそうの生産状況
(1)主産地の動向
東南アジアに位置するベトナムの国土は南北に長く、北部が温帯性気候、南部が熱帯性気候となっているが、いずれの地域でも平地では高温のため、ほうれんそう栽培には適していない。このため、標高1400メートル程度で比較的冷涼な南部のラムドン省ダラット市に産地が形成されている。なお、ダラット市では、冷涼な気候特性を生かし、ほうれんそうだけでなく、いちご栽培なども行われている(図1)。
ダラット市におけるほうれんそう産地の形成は、1960年代にベトナム出身のフランス人が、避暑のためにダラット市に来る外国人観光客向け料理の材料にほうれんそうを使用するため、現地農家に生産させたことから始まった。
欧米各国との関係改善や、ASEANなどへの加盟が行われた1990年代以降、国外冷凍加工企業が中心となり、ダラット市産ほうれんそうを調達し加工する工場を設置したことで、本格的な国外向け栽培が始まった。2000年代に入ると、生産者の間で「ほうれんそうは収益性が高い」との評判が伝わり、収穫量が大きく伸長した。しかし、収穫量が工場の加工能力を超えたことに加え、生産者の技術が未熟で生産されたものが低品質だったため、企業の買取価格が下落し、多くの生産者が他作物に転作したことで収穫量が減少した。
その後、対日輸出向け冷凍加工企業が工場を設置し、対日輸出向け契約栽培量が伸びたことで、2005~2009年にかけて作付面積が増加した。しかし、再び生産過剰に陥ったこと、は種後の本葉展開不良による生育不良やネキリムシなどの虫害などによる育苗時の枯死などにより、作付面積は2013年まで減少傾向となった。2014年以降は日本側からの発注量が増加したことで、増加傾向となっている。
(2)栽培工程
高冷地にあるダラット市だが、雨季と乾季が存在する南部の熱帯性気候の地域に位置するため、ほうれんそう栽培の収量は時期により大きく異なる。特に、多湿になる雨季は、収量が著しく低下するため、乾季の露地栽培だけを行うほうれんそう生産者が全体の7割と多い傾向にある。このため、乾季は出荷量が工場の処理能力を上回ることが多く、買取価格は安くなる傾向にある。これに対して、雨季は出荷量が工場の処理能力を大きく下回ることが多く、買取価格は乾季より高い傾向にあることから、雨季出荷を狙う生産者は、湿害による生理障害と病害防止のために施設栽培を行っている。このように、ダラット市におけるほうれんそう栽培は、乾季を中心とした露地作型と、周年栽培が可能な施設雨よけ作型の2作型に分類される(写真1、2)。
施設栽培を見ると、作付け回数は年7~9回で、は種はほ場ではなくポットに行い、パイプハウスで15~20日程度育苗した後、ほ場に定植する。ポットで仕立てるため、定植作業は手作業で行われるが、定植時にアルバイト作業員を雇用することで、短期間での定植が可能となっている。なお、育苗は露地作型でも行われているが、日本のようなほ場へのは種ではなくポット育苗を行うのは、初期生育の病虫害予防とほ場の有効活用のためであり、これにより、日本の施設雨よけ作型より2~3回多く作付けが可能となっている。その後の管理は、定植10日後と同20日後に農薬散布を行い、同30日後から収穫となる。
ダラット市は比較的冷涼とはいえ、冬期でも気温は18度程度と病害虫の越冬に適した環境であり、栽培期間の長い野菜などの場合、小まめな農薬散布が必要となる。しかし、ほうれんそうの場合、育苗により初期生育時の病害虫リスクを軽減するとともに、在ほ期間が30日程度と短くなるため、病害虫を被害密度以下に抑えた環境での栽培が可能となっている。また、後述する粗大有機物の施用により土壌物理性を高めているため、水はけがよく湿害の起きにくいほ場環境となっている。なお、露地栽培では、湿害防止の観点から高うね栽培や額縁排水(注1)を行い、病害リスクの軽減に努めている。なお、ほうれんそうは比較的連作障害の出にくい野菜であるため、ほ場を変えて栽培することはない。
肥料については、以前は化成肥料を連用することが多かったが、肥料コストの抑制や冷凍加工企業の指導などにより、現在では牛ふんなどの粗大有機物が主体となっている。施肥の流れを見ると、新規作付ほ場では土壌中の窒素が少ないため、市販の有機質肥料などを施用するものの、連作ほ場では年初に1回、その後は2作に1回のタイミングで粗大有機物を施用している。粗大有機物は、窒素の無機化(注2)速度が緩やかなため、年に数回継続的に施用することで、施用された粗大有機物の無機化窒素が緩やかに発現し続け、生育中の作物が窒素成分を吸収しても土壌中の窒素量を一定に維持することができるという特徴がある。ダラット市は、年間を通じ地温の変化が少なく窒素の無機化速度が一定であること、育苗によりほうれんそうの在ほ期間が短く要求窒素量も直は栽培より少ないため、化成肥料に頼らない粗大有機物施用によるほうれんそう栽培が可能になっていると思われる。しかし、粗大有機物による窒素の無機化速度よりもほうれんそうの吸肥速度の方が速いことから、生育時の窒素不足を防止するため、2作ごとに1カ月程度ほ場を休ませ、土壌中の窒素量を維持している。
栽培品種は、主に日本の品種で低温伸長性が高く生育が旺盛な剣葉種のダッシュ(日本での商品名:トライ)となっている。
在ほ期間中は、契約先である冷凍加工企業のフィールドマン(栽培指導員)が巡回指導を行っており、栽培ステージごとの栽培指導を行っている。
収穫はすべて手作業で行っており、収穫後はプラスチック製の通いコンテナに詰め、冷凍加工企業のトラックなどで工場に搬入される(写真3)。
注1:ほ場の四方に簡易な排水路を設置することで、まとまった降雨後のほ場内排水を促す技術。
注2:作物は無機化窒素を栄養成長に利用するため、有機物のままでは窒素として利用できない。
(3)栽培コスト
施設雨よけ作型の栽培コストを見ると、10アール当たりの栽培コストは7650万ドン(38万2500円)と、日本の26%程度となっている。現地の関係者によると、経営費の詳細は明らかでないものの、肥料は粗大有機物が中心となっていること、出荷は冷凍加工企業側のトラックで行われることから、肥料費および輸送費はほとんど掛からず、最も経営費に占めるのはアルバイト雇用による人件費としている(表1)。
粗収益は1億2600万ドン(63万円)であり、所得率は39.3%と日本よりも19.6ポイント低くなっている。所得率が低い要因としては、1回当たりの収穫量の低さが考えられる。日本の10アール当たり収量である7.5トンは、収穫基準を市場出荷用の規格である草丈25センチメートル、1作当たりの同収量を1.5トンとして、年間5作栽培したケースとなっている。一方、ダラット市の同収量の12.0トンは、1作当たりの同収量は日本同様1.5トンで、年間8作栽培したケースだが、収穫基準が加工・業務用の規格である草丈40センチメートル程度と大きい。日本の加工・業務用ほうれんそうの同収量は、草丈40センチメートルで1作当たり2~2.5トンを目標としていることを考慮すると、ダラット市の収量は、日本より0.5~1.0トン程度低いと考えられる。収量が低い要因として、1年の半分以上が多雨条件の雨季のため、日照不足や病害発生が挙げられる。
3 ほうれんそう加工を取り巻く状況
近年、輸出先国である日本は、これまで原料調達を中国に大きく依存してきたが、不作時の欠品や為替変動などのリスク回避のため、ASEAN諸国から原料や加工品を調達する動きもみられる。中でもベトナムは、比較的人件費が安いため、中国の補完的な調達先となっており、日系企業がほうれんそうなどの加工・業務用野菜の調達や加工食品の製造拠点の設置を行ってきたことで、ほうれんそう輸出は伸長してきた。
ベトナムにおける輸出向けほうれんそうの加工企業は、原料集荷が行いやすいことからダラット市周辺に立地している(表2)。加工企業の多くは、輸出向け生産を主体とし、各社とも、輸出先からの受注量に基づいた生産を行っている。
このようなベトナムの代表的な加工企業事例として、冷凍加工企業のA社とフリーズドライ加工企業のB社について紹介する。
(1)冷凍加工企業A社
1976年に国営企業として設立されたA社は、ダラット市を代表する野菜生産・加工企業であり、冷凍加工野菜だけでなく、生鮮野菜の国内外向け販売も行っている。A社の原料野菜調達は、300ヘクタールの自社直営農場を設置して自社生産も行っているほか、ダラット市内および周辺の500戸以上の生産者との集荷契約により行っている(図2)。A社では、自社社員であるフィールドマンが契約生産者のほ場を巡回しており、主な輸出先である日本の農薬使用基準に基づいた防除指導などを行っている。収穫に関しては、フィールドマンの収穫前巡回結果に基づき、自社の収穫作業員が契約生産者のほ場に入って、収穫と集荷を行うため、生産者は収穫作業を行わない。このため、A社と契約した生産者は栽培のみに専念できるようになっている。
A社の冷凍野菜および生鮮野菜商品は、75%が輸出向け、25%が国内消費市場向けとなっている。このうち冷凍ほうれんそうは90%が日本向けとなっているが、近年は、冷凍野菜の需要の高まりにより国内消費市場向けも増加している。
なお、A社は、ほうれんそう以外ににんじん、スイートコーン、ブロッコリーなどの冷凍加工も行っている。
(2)フリーズドライ加工企業B社
2004年に日系資本100%で設立されたB社は、フリーズドライ加工を主体とした企業である。B社の原料野菜調達は、契約生産者との集荷契約のみで、自社直営農場は設置していない。B社では、生産者との集荷契約に際し、ほ場の残留農薬、重金属測定、土壌診断などを行い、自社基準を満たす者とのみ契約を行っている。種子や農薬などは、B社が一括購入して契約生産者に配布し、自社社員であるフィールドマンが巡回して栽培、防除指導を行い、栽培履歴を記録することで、原料野菜の品質管理をほ場から行っている(図3)。
B社の生産したフリーズドライほうれんそうは、全量が日本の親会社へ輸出される。
B社のフリーズドライほうれんそう生産量は、ここ数年減少傾向にあるが(表3)、それは、輸出先である日本の親会社が原料の品質基準を厳しくしたことにより、契約生産者から集荷するほうれんそうの数量が減少したためである。2014年は、契約生産者の栽培面積などに変化はないものの、気象条件による品質低下により加工工場への出荷基準に満たないものが多く原料集荷量が減少したため、フリーズドライほうれんそう生産量も前年比20%減の400トンとなった。
2015年については、気象条件などに恵まれ原料集荷量が増加したため、フリーズドライほうれんそうの生産量も増加する見込みとしている。
4 ほうれんそうの輸出動向
ほうれんそうは軟弱野菜で長時間の物流に適さないため、輸出されるのは主に冷凍品となっており、加工企業各社によると輸出先国は日本が大部分を占め、ごく少量が韓国向けとしている。
ベトナム側の冷凍ほうれんそうの詳細な統計資料がないため、日本の統計を見ると、2012年以降、ベトナム産の輸入量は減少傾向にあるが、2015年は前年比53.0%増の1163トンであった(図4)。ベトナム産の減少要因は、ほうれんそうの減収や品質低下などによる原料調達量の減少や、日本側の品質基準が高くなったことが挙げられる。
また、2013年以降、中国産との価格差が拡大していることで、日本における輸入冷凍ほうれんそうの主な仕向け先である外食・中食事業者が、コスト面を重視してベトナム産から中国産に原料をシフトしたことも減少した要因と考えられている(図5)。
ベトナム産冷凍ほうれんそうは、中国産よりも原料の調達量や品質などが不安定なこと、また、価格面でも不利なことから日本向けは減少傾向にあるが、原料の安定した確保や品質向上、中国産との価格差の解消ができれば、伸長する可能性があると思われる。
日本では、食の簡便化の進行により冷凍食品の消費量が伸びてきた。2014年の国民全体消費量は、前年比1.9%減の271万トンとなったものの、4年前の2010年よりも10.1%増加した(コラム図1)。冷凍食品は、家庭消費向けだけでなく、外食・中食などの業務向けに多く使用されており、今後も消費は伸長すると見込まれている。
日本で流通している冷凍食品は、一般社団法人日本冷凍食品協会によると国産品が3割程度しかなく輸入品が多い。これは、冷凍食品の大口仕向け先が外食・中食事業者であること、また、量販店などにおいて冷凍食品は、大幅値引きなどにより値ごろ感のある商品として販売されてきたことから、販売価格を抑える必要があったことによる。現在、家庭向け冷凍食品の大幅値引きは以前ほど行われなくなり、国産冷凍食品も多く見られるようになったものの、外食・中食では、安価なメニューを中心にコストの安い輸入品が多く使用されている。
国産冷凍食品は、2007年の中国産冷凍ギョーザ農薬混入事件による国産志向の高まりにより家庭向けを中心に生産量が伸び、冷凍ほうれんそうも宮崎県産を中心に生産量が伸びた。
宮崎県は、消費地から遠距離のため、古くから漬物などの野菜加工業が盛んで、1960年代から野菜加工業の高度化を進めるために缶詰工場が稼動し、1970年代には冷凍野菜工場が稼動するなど、国内でも先進的な地域であった。このような宮崎県においては、栽培から冷凍加工・販売まで行うべく、県内のJAが2010年に冷凍野菜工場を設置し、冷凍ほうれんそうなどの生産を開始するとともに、2010年に県内で発生した口蹄疫の復興対策として、同年に県経済連も冷凍野菜工場を設置した。これらの冷凍野菜工場では、ほうれんそうをはじめ、こまつなやさといもなどの冷凍野菜を生産しており、原料野菜はすべて県内から調達し、付加価値のある国産冷凍野菜として家庭消費用などに販売されている。
このほか、既存の市場出荷産地などでも市況に左右されない安定収入確保手段として加工・業務用ほうれんそうは注目されており、加工原料向けの低コスト栽培技術の確立や収穫機の導入などにより、徐々に生産量が伸び、国産品供給拡大の素地が構築されつつある。
家庭消費用の冷凍野菜では、国産品を目にする機会が増えた中、加工・業務用ほうれんそう産地、冷凍加工企業などによる外食・中食向けの営業活動も活発に行われており、今後のさらなる国産品の需要拡大が期待される。
5 さいごに
ベトナムのほうれんそうの生産は、主に加工企業向け出荷のため、作付面積や生産量は加工企業側の意向により変動する傾向にある。また、加工企業の買取価格は、栽培条件の良い乾季は出荷量が集中するため安値になる傾向がある。さらに、葉茎菜類のほうれんそうは、露地作型では雨季の作付けが難しいこと、また、施設栽培でも1作当たりの収穫期間が短いことから、生産者の中には、ほうれんそうから連続収穫が可能な果菜類に転作する動きが見られる。
ベトナムのほうれんそう加工は主に日本向けであり、日本の需要の影響を強く受ける傾向にあるが、最近は需要だけでなく、産地の原料集荷量の減少や為替変動の影響を受けており、輸出量の大きな伸びは見られない。
しかし、日本側が、加工・業務用野菜を中国に一極依存していることによる不作時の欠品リスクの回避と、中国の著しい生産コストの上昇により、現時点ではベトナム産の方がコストは高いものの、チャイナプラスワンを志向する動きがみられることから、今後もベトナム産ほうれんそうの動向は注視すべき必要があると思われる。