調査情報部
にんじんは、生産量ではばれいしょ、たまねぎ、トマトに次ぐ第4位(シェア約18%)、輸出額では第1位(同約20%)である。日本のにんじんの輸入量に占める豪州産の割合は、生鮮にんじんは非常に小さいが、にんじんジュースは増加傾向にある。本稿では、日本とは逆の季節を生かして、生鮮品の春先の輸入が多くなる豪州産のにんじんについて、生産および輸出動向を紹介する。
なお、本稿中の為替レートについては、1豪ドル=90円(2015年12月末日TTS相場=89.57円)を使用した。
2013年度(2013年7月~翌6月)のにんじん生産量は24万3000トンと、2011年度に31万9000トンを記録して以降、2年連続で減少している(図1)。
州別に見ると、豪州最北端のにんじん生産地であるクイーンズランド州は、2010年度から2013年度にかけてラニーニャ現象(注1)による大洪水で表土が流出し生育環境が悪化したことで、2009年度と比べ4割近く減少した。一方、タスマニア州は前年度と比べ2割程度増加したが、これは、平均気温の上昇や干ばつ、洪水により豪州本土の生育環境が悪化する中、比較的冷涼で生育に適した同州での栽培が拡大したためである。
にんじんの主産地は、西オーストラリア州やタスマニア州、ビクトリア州といった豪州南部および西部で、これら3州で豪州全体の生産量の77%を占めている。
クイーンズランド州では、南東に位置するロッキャーバレーやファッシャファーンバレー、ニューサウスウェールズ州ではリヴェリナ、ビクトリア州ではイーストギプスランド周辺の南部地域、南オーストラリア州ではリバーランド周辺で多く栽培されている。豪州全体の3割近くを生産する西オーストラリア州では、南西に位置するジンジン周辺に多くのにんじん農場がある。タスマニア州では、9割以上が島の北部で生産されている(図2)。
輸出用にんじんについては、95%が西オーストラリア州で生産されている。一方、同州以外の州で生産されるにんじんは大半が国内向けで、ビクトリア州では通年で生産が行われているが、1月から5月の夏場にかけては、比較的冷涼なタスマニア州での生産が多くなる。
注1:太平洋赤道域の海面水温が低下する現象。発生すると、春先以降、豪州東部で多雨傾向となることが多い。
にんじんの栽培面積は、近年は5000ヘクタール前後で推移しているが、2013年度はタスマニア州以外の州で減少し、4519ヘクタールと、ここ5年では最も少なかった(表1)。タスマニア州は、前年度比28%増となったが、これは、同州の冷涼な気候により糖分含有量が他州産の1.5倍以上と甘味が強い同州産のにんじんに対する国内需要の高まりを受け、大手生産者が同州での生産を開始したことが背景にある。一方、主産地の一つであるビクトリア州では微減傾向で推移しているが、これは都市化による土地や水資源の価格上昇により生産コストが増加し、これを回避するため産地移動が発生していることによるとみられる。
にんじんの生産者数については、大規模化などを背景に近年は減少傾向にあり、2013年度は207戸と、2009年度の270戸から23%減少している。州別内訳を見ると、最大産地である西オーストラリア州では、栽培面積は豪州全体の3割近くと最大ながら、1戸当たり栽培面積が65ヘクタールと大規模生産が展開されているため、19戸と、豪州全体の1割にも満たない。一方、州別生産量第2位のタスマニア州は、西オーストラリア州とは対照的に生産者数が最も多く、豪州全体の4割にあたる83戸となっている。州の栽培面積は928ヘクタールと、西オーストラリア州の75%程度で、1戸当たりの平均栽培面積は11.2ヘクタールと豪州平均の約半分の規模にとどまっている。
単収については、豪州全体の平均では10アール当たり5.4トンと、日本(同3.4トン)の約1.6倍となっており、生産量上位2州では同6トンを上回っている。
にんじんの主な品種は、長さが約20センチで甘みが強くカリカリとした食感が特徴のナンテス系(リカルドなど)を筆頭に、約35センチと大きめで色味が濃いインペレーター系(レッドホット)、約30センチで丈夫な品種のオータムキング系(ウェスタンレッド)、15センチ程度と小さめだが貯蔵性が高いチャンテネーなどが多い(写真1)。これ以外にも、近年は交配種や新品種(紫にんじんなど)の栽培も見られるが、加工・業務用向けに特化した品種の栽培は、あまりみられない。
にんじんは冷涼な気候を好むので、夏には種を行い、冷涼な秋冬に収穫するのが一般的であるが、豪州では、にんじんはほぼ通年で栽培されている(図3)。比較的低緯度で気温の高いクイーンズランド州では、は種は1月から7月に、収穫は6月から翌1月に行われるが、冷涼なタスマニア州では、は種は8月から12月に、収穫は翌1月から5月に行われる。生育期間は、夏には種されたものは平均16週間、冬には種されたものは24週間前後である。
西オーストラリア州はにんじんが好む砂地が多く、にんじんの生育に適している。は種の最適密度は10アール当たり5~8万株で、コート種子(注2)を機械では種することが一般的である。また、風害から守るため、大麦などのは種を行ってからは種を行い、にんじんの生育後に、選択性除草剤を散布してこれらを除去するのが一般的である。
にんじんの生育に最適な温度は18~21度である。気温が7度以下になると抽だい(注3)のリスクが高まるが、27度を超えた場合、カロテンの生成が阻害され、形が悪くなったり、色味が薄くなることが多い。かんがいについては、スプリンクラーやセンターピボット(注4)の使用が主流である(写真2)。
注2:にんじんなど、種子の大きさが不揃いであることが多い品種は、そのままは種すると発芽が均一にならないことが多いので、種子の大きさを均一にするために、ポリマーなどの人工物で種子を被覆したもの。
注3:花芽が分化し、花をつけた茎が伸び出すこと。
注4:汲み上げてきた地下水に肥料などを混ぜ、散水管を通して円状に散布する仕組み。
収穫については、収穫機によりにんじんを引き抜き、葉を処理する機械収穫が一般的である(写真3)。収穫後は直ちに洗浄され、選別、梱包後、摂氏1度に温度管理された保冷室で出荷まで保管される。
生産コストは、平均では1トン当たり209豪ドル(1万8810円)と推定されているが、州ごとの差が大きく、最も高いビクトリア州と、最も低いタスマニア州の間には、300豪ドル(2万7000円)近い差があるとされている(表2)。タスマニア州の生産コストが他州に比べて低いのは、生産から販売まで手掛け、結果的に高コストな生産構造となっている豪州本土の大規模生産者と異なり、同州の生産者は小規模ながら生産のみに従事しているためである。
生産コストは近年、増加傾向にある。豪州政府関係機関の調査によると、2007年度から2011年度の5年間に、にんじんの市場価格は24%下落した一方で、燃料代や機械代、人件費を中心に生産コストは42%増加したとしている。また、輸入によって調達しているにんじんの種子の価格も高値が続いているため、生産者は洗浄やパッキング工程などにおける生産効率の向上(注5)によりコスト削減を図っている。
注5:タスマニア州では、洗浄工程に新システムを導入したことで、水と電力の使用量をそれぞれ23%、13%削減し、年間20万豪ドル(1800万円)近くのコスト削減に成功した事例がある。また、豪州野菜生産者組合の「豪州野菜産業の戦略的投資計画」(2012年度~2017年度版)によれば、にんじんの生産コストを1割減らすことができれば、豪州のにんじんの生産者の手取りは、年間約550万豪ドル(4億9500万円)増加すると見込まれている。
にんじん単独で、生産や販売、品種開発を管理する組織はないが、豪州野菜生産者組合(AUSVEG)が9000以上の野菜やばれいしょ生産者を代表する団体として、研究開発や生産者や出荷業者と輸出先国の流通業者との仲介など、野菜産業間のコミュニケーションの促進を図っている。
また、政府は、豪州で栽培されているにんじんに対して、生産者価格の0.5%を賦課金(注6)として徴収している。徴収された賦課金は、研究開発や農業経営者教育などの予算として、豪州施設園芸研究所(Horticulture Innovation Australia。豪州の園芸作物の研究開発を所管し、毎年1億豪ドル(90億円)以上の研究開発およびマーケティング事業を運営)が運用している。2013年度は、サプライチェーンの拡大や、海外産地の視察などの同団体の事業に活用された。
注6:生産者が直接小売販売を行っている場合は、生産者が年に一度、豪州政府に直接支払うこととなっている。また、中間業者を介している場合は、中間業者が四半期ごとに立て替え払いを行い、生産者から追って同額を回収している。
国内におけるにんじんの流通量はおよそ15万~20万トンと推測できる(表3)。
最近は、小売店が形や色味に関する規格を厳しく設定しすぎているとして、生産者団体から改善を求める声が上がっており、同団体によると、3割近いにんじんが、見た目の悪さが原因で規格外品になり、加工向けまたは飼料や緑肥とされているとしている。
世界のにんじんの輸出規模は2010年以降、250万トン前後で推移しており、中国、オランダ、ベルギー、米国からの輸出量がそのうちの半分近くを占めている。年間7万~8万トン(豪州のにんじん生産量のおよそ30%)で推移している豪州産の輸出量は、世界の輸出規模の4%を占めており、第9位のシェアとなっている。
輸出向けにんじんの95%は西オーストラリア州で生産されており、同州最大の(豪州全体でも4番目に大きい)コンテナ取扱港湾であるフリーマントル港から、主に中東や東南アジア向けに輸出されている。同州のシェアが高い背景には、輸送距離が短いという物流面での利点がある。2014年には33%がアラブ首長国連邦、シンガポールへ17%輸出されたほか、マレーシアおよびサウジアラビアへそれぞれ12%ずつ輸出された(図4)。
しかし、東南アジア向けの輸出量は、安価な中国産との競合から近年は減少傾向にある。マレーシアやシンガポール向けは、2004年には合計で全体の半分以上のシェアを占めていたが、2014年には29%にまで低下している。一方、中東向けが大きく増加しており、中でもアラブ首長国連邦やサウジアラビア向けは、2004年にはそれぞれ7700トン(10%)、1000トン(2%)であったが、2014年にはそれぞれ2万7000トン(33%)、9500トン(12%)と大幅に増加している。中東各国では、サイズが大きく、オレンジ色が濃い高品質なにんじんの需要が高いため、品質や安全性の高さをセールスポイントとしている豪州産のにんじんは高く評価されている。品質が同水準の米国産と比べて安価であることも、中東向け輸出の増加の要因となっている。
日本向けについては、中国産との価格競争により近年輸出量は減少傾向にあり、2010年の3500トンから2014年には760トンとなった。今後も中国産との厳しい価格競争が見込まれるが、2015年1月に発効した日豪経済連携協定(日豪EPA)による豪州産にんじんの関税(3%)撤廃による効果が期待されている。
日本のにんじん輸入量は近年増加傾向にあり、年間約8万トン(国内流通量の10%前後)で推移しているが、このうち9割以上は中国産である。
豪州産にんじんは、大半が加工・業務用として輸入されている。年間を通じて一定量が輸入されており、3月から5月にやや増加する傾向がみられる。近年は減少傾向で推移しており、2014年は約760トン(全輸入量の1%程度)と、過去10年で最も少なかった。輸入価格も、円安で推移する為替レートもあり、中国産を上回っている(図5)。2014年の東京都中央卸売市場における卸売価格の推移を見ると、中国産の価格が年間を通じて安定して低い水準にある。なお、2014年は秋にかけて日本の主産地における生産がいずれも好調であったことから、10月以降、国内産が豪州産の価格を下回る逆転現象が発生した。
しかしながら、にんじんジュース(にんじんペースト)(注7)においては、豪州産が米国産、ニュージーランド産、ポーランド産に次いで4位の輸入量となっており、全体の1割から2割のシェアを占めている(図6)。
注7:にんじんペーストは生鮮換算した場合、約6倍の量になる。また、生鮮にんじんとは違い、にんじんジュースには 4.8%の関税がかかる。
野菜全般の輸出拡大を目指す豪州政府は、野菜総輸出額の2割強を占めるにんじんの輸出量を長期的に拡大していきたいと期待している。中東向けの生鮮にんじんの輸出の拡大傾向が目立つが、ここ数年、アジア市場向けのにんじんジュースの生産が増加しており、豪州の大手食品メーカーが、加工業者からの高い需要を受け、濃縮にんじんジュースを日本、韓国、タイなどに向けて輸出を開始したという事例も見られる。
日豪EPAにより生鮮にんじんに対する関税が撤廃され、にんじんジュースの需要も高まっている今、生産コストや気候変動による影響などの課題をいかに克服し、 輸出拡大につなげるかが注目される。