調査情報部
さといもは和食を中心として多く利用されており、家庭消費、加工・業務用になくてはならない野菜である。一方、国産さといもは、作付面積、生産量とも減少傾向にあることから、輸入さといもは、国内の安定供給に欠かせないものとなっている。
主に加工・業務用野菜として用いられる中国産さといもは、日本の生鮮および冷凍さといも輸入量のほぼ全量を占めているが、2014年は、栽培コストの上昇などの要因により、輸入量は大きく減少している。
本稿では、日本のさといも需給に大きな影響を持つ中国産生鮮および冷凍さといもの動向について紹介する。
なお、本稿中の為替レートは、1元=19円(2015年8月末日TTS相場:19.09円)を使用した。
対日輸出用さといもの主要産地である山東省における、2014年の作付面積は、前年比11.1%増の1万3333ヘクタール、収穫量は同15.2%増の38万トンであった(図1)。山東省における平均収量は10アール当たり約3トン程度で、日本の同1.3トンよりも多い。2013年は夏期に高温、干ばつに見舞われて生育、肥大に影響があったため、同2.8トンに落ち込んだが、2014年は高温傾向となったものの、一定の降雨があったことから、同2.9トンに回復した。
山東省では、さといも生産は主に山東半島で行われており、2014年の同半島における主産地は、
なお、2011年の作付面積が1667ヘクタールだった
注1:莱陽市および海陽市は、
注2:省および市政府ではなく、国務院が関与し、国家戦略として開発を進める地域。
作付面積については、輸出向けは輸出企業や冷凍加工企業などが輸出野菜栽培基地(以下「基地」という)で栽培しているため、計画的に行われている一方、国内向けは個人農家による栽培、出荷が主体となるため、価格による変動幅が大きいという傾向がある。
さといも栽培では、植え付け期の地温確保による発芽促進と、生育期の雑草繁茂防止のために露地マルチ栽培が行われており、栽培工程は、4月中旬に植え付けを行い、9月下旬から順次掘り取りを行う(図3)。日本の産地における生育ステージと比較すると、関東地方の産地と同様となっている。
栽培品種を見ると、中国の品種のほか、日本の早生種である石川早生が栽培されている。
10アール当たりの栽培コストは4120元(7万8280円)で、このうち栽培コストに占める割合が36.4%と最も高かったのが土地賃借料であった。次いで人件費で29.2%を占めた(表2)。日本では、主に自己所有ほ場で、家族経営による栽培が行われているため、土地賃借料、人件費とも栽培コストに占める割合は低い。これに対して中国の輸出用さといも栽培は、農家(協同組合組織である合作社を含む)から借り受けたほ場を集積して行われていること(注3)(図4)、加えて、山東省は経済発展により開発が進み、地価が高騰していることから、土地賃借料の栽培コストに占める比率が高い。また、人件費も、経済発展により雇用労賃が上昇傾向にある上、日本のように管理作業の機械化が進んでおらず、追肥、防除作業などが手作業で行われていることから、栽培コストに占める比率が高くなっている。
注3:企業は、地域内の各農家の土地の利用権を集約した農地利用権集積者(農家の代表者)と賃貸借契約および栽培契約を締結することで、基地を形成。
一方、10アール当たりの取引価格は5400元(10万2600円)となっており、これから栽培コストを差し引いた利益は1280元(2万4320円)であり、利益率は23.7%と、日本(利益率63.3%)と比較して低くなっている。
中国では、製造業などの他産業による労働者需要の高まりにより、西部などの内陸農村部から多くの労働力が上海市や山東省などの東部沿岸地域に供給され、さといもなどの野菜栽培や冷凍加工などの関連産業も、多くの労働力を受け入れてきた。しかし、出稼ぎ労働者にとって、労働条件や賃金体系で魅力的な他産業の労働力需要が高まったため、近年、農業およびその関連産業では労働力の確保が難しくなっている。また、一人っ子政策(注4)による労働適齢人口の減少と、農村部を含めた修学年数の延長と高学歴化も、農業およびその関連産業への就業希望者減少の一因となっている。
このため、農業およびその関連産業では、他産業並み、もしくはそれ以上の雇用条件を打ち出さざるを得なくなっている。また、輸出産業の伸長に伴うさらなる労働者賃金の上昇と、労働保険の強制加入や労働者福祉の向上といった労働者保護政策などにより、人件費が一層上昇しているため、輸出向け栽培、加工企業を中心に、栽培、製造コストが押し上げられ、収益率が低下しつつある。
さといもの輸出企業は、輸出先との契約などにより、計画的な生産を行い、計画的に収穫数量を確保している。日本向けでは、輸出先国である日本の農薬取締法などに則った栽培管理を行うことにより、食の安全を確保している(図5)。基地で栽培指導を行う植保員(注5)は、輸出企業の職員であるが、栽培および収穫を担うのは、ほ場の賃貸契約と栽培契約を結んだ農家や出稼ぎ労働者であり、これらの者の確保が難しくなっている。
土地賃借料および人件費の上昇傾向は現在も継続しており、取引価格が上昇しなければ、今後の経営は厳しいものになっていくと見られる。
注4:1979年から始まった人口政策。中国国内の急激な高齢化を受け、2014年11月開催の共産党第18期中央委員会第3回全体会議で、「夫婦どちらかが一人っ子の場合、第2子の出産を認める」との見直しが決定。
注5:企業に属する農業技師で、企業の指示に基づいて労働者(栽培者)に対して、施肥設計および施肥指導、病害虫防除計画の策定および農薬散布の指導などを実施。
なお、国内向けは、個人農家による栽培および出荷のため、人件費が栽培コストに大きく反映されることはないものの、市場価格が不安定で、安値の年は収益性が大きく悪化して他品目への転換が進むため、不安定な生産となりがちである。また、農家の高齢化が進行していることに加え、農家子弟の高学歴化による後継者不足や、農外就労機会の増加による他産業への従事などにより、農家数は減少傾向となっている(注6)。
注6:中国国家統計局によると、2011年の農業者数は約2億7000万人で、9年(約3億3000万人)と比較すると約5323万人の減少。
中国における冷凍さといも加工企業は、日本企業を主な取引先としており、2015年現在の企業数は約1000社で、2008年と比較すると3分の1に減少した。企業数の減少は、①日本の消費者の国産志向などを受け、日本企業が原料を中国産から宮崎県などの国内産に切り替えてきていること、②日本側の求める、きめ細かい規格や基準に沿った製造に対応するための新たな設備投資などにより、収益が減少したことなどによる。現在では、淘汰が進んだことから、冷凍さといもの製造は、経営体力のある大企業が主になりつつある(表3)。
なお、ほとんどの冷凍さといも加工企業は、輸出許可企業であり、自社で加工した製品を自ら輸出するが、輸出許可を持たない少数の企業は、輸出許可を持つ貿易商社などに製品販売を委託している。
原料となるさといもは、基地で日本の農薬取締法など輸出先国の法規などに合致した栽培基準により栽培されている(図6)。一般的な基地におけるほ場の構成比は、契約農家が65%、次いで合作社が25%、自社ほ場が10%となっており、原料の多くを契約農家に頼っている。自社ほ場と契約農家で栽培されたさといもは、全量が冷凍加工企業に出荷されるのに対し、合作社では冷凍加工企業へ出荷されるものは約20%程度で、約80%は産地市場などへ出荷されている。
なお、合作社は、国内に出荷している場合でも、外国向けは冷凍加工企業が指定する栽培基準に合わせた栽培を行っている。
日本などへ輸出される冷凍さといもは、残留農薬の基準超過や不純物混入などの防止のため、原料栽培から冷凍加工まで、輸出先国の法規や基準に従うことはもちろん、その管理ノウハウを輸出先国から導入するなど、徹底した安全対策が講じられている。残留農薬検査については、①収穫4日前の無作為抽出によるサンプル検査(10アール当たり2キログラム分)、②製品出荷前の冷凍庫内無作為抽出によるサンプル検査、の計2回行われる。①で不合格となった場合、基準値を下回るまでは収穫を行うことはできず、基準値を下回ったことが確認できてから収穫作業を行う。また、②で不合格となった場合、そのロットは廃棄される。これらの検査は、冷凍加工企業の品質管理部門の検査測定施設において、地区を管轄する第三者検査機関であるCIQ(注7)が駐在して検査を行っている。
注7:国家質量監督検験検疫総局が各地に設置した出入国検査検疫機関または国家質量監督検験検疫総局が認可した検査機関。
輸出する冷凍さといもは、約7割が日本向けとなっており、その他の輸出先国は、アラブ首長国連邦(UAE)、ベトナム、米国、サウジアラビアなどとなっている(図7)。
輸出先国別の輸出量の推移を見ると、2007年12月から2008年1月にかけて発生したメタミドホス(注8)が混入した中国製冷凍ギョーザによる食中毒事件により、2008年から2010年にかけて日本からの需要が減少し、対日輸出量は減少した(図8)。この減少分は、他国への輸出に振り替えられ、特に、ベトナム向けが、2008年、2009年に大きく伸長した。また、2010年は、さといもの植え付け期である春期の低温多雨と、生育後半期である夏期の干ばつから不作であったため、輸出量は大きく減少した。
2011年は、前年の不作に起因した国内価格高から作付面積が増加したことに加え、日本の早掘りさといもの不作により日本からの需要が回復したことから、日本向けを中心に輸出量は大きく伸長した。また、2012年は、日本で景気の悪化などにより消費者の低価格志向が進んだことから、日本産より安価な中国産の原料需要が高まったため、輸出量はさらに伸長した。
2013年以降は、米ドルや円に対して元が上昇したことにより、輸出量は減少した。
注8:日本では登録のない有機リン系殺虫剤。
日本国内において、冷凍食品は、単身世帯や高齢世帯の増加、女性の社会進出などに伴う食の簡便化や調理の時短化志向、個食化の進展などを背景としてニーズが高まってきた。このため、冷凍加工企業は、野菜を原料として、消費者ニーズに即した冷凍食品を製造、販売しており、そのアイテム数は増加し続けている。また、冷凍食品は、ファミリーレストランなどの外食事業者や集団給食事業者において、リードタイム(コラム注1)の短縮に寄与する食材として多く活用されている。
農畜産業振興機構の「平成25年度冷凍野菜等需要構造実態調査」(コラム注2)(以下「実態調査」という)によると、実需者などが冷凍食品原料として、さといもを含む輸入野菜を利用する理由として、国産野菜よりも①低価格、②安定調達が可能、といったことが挙げられている。
コラム注1:調理などの工程に着手して完了するまでの時間。
コラム注2:2013年11月上旬から12月下旬に実施した調査。
日本における輸入冷凍さといもは、そのほとんどが中国産であり、大きさ(重量)による規格以外にも、未加工(カット加工していない自然形のもの)、丸、六角形、乱切りカットといった形状の規格などがあり、さまざまな用途に対応できるアイテムが流通している(コラム写真1、2、3)。
また、実態調査によると、中国産冷凍さといもは、食品卸売会社など多くの実需者に販売されており(コラム図1)、9割の実需者が、今後も販売および利用を拡大したいとのことであった。
一部の外食、中食事業者などの実需者は、近年の消費者の国産志向の高まりを受けて、付加価値の見込める商品やメニューへの国産さといもの利用を始めている。しかし、値ごろ感のある商品価格を設定している多くの実需者は、利益率を維持するために安価な中国産冷凍さといもが欠かせないことから、引き続き高い需要が見込まれる。
冷凍さといもの輸入量は、中国産冷凍ほうれんそう残留農薬問題(コラム注3)以降、一時減少したものの、食の簡便化志向などによる需要の高まりから増加に転じた。その後、2006年のポジティブリスト制度(コラム注4)の施行により翌2007年は減少し、2008年の中国製冷凍ギョーザによる食中毒事件でさらに減少した。しかし、①ポジティブリスト制度導入後、日本国内の冷凍加工企業による残留農薬検査が厳格化されたこと、②中国国内でも国家質量監督検査検疫総局による栽培基地登録審査(コラム注5)などの対策が講じられたことにより中国産野菜への信頼も回復し、2011年以降、再び増加に転じた。なお、これらの対策以外にも、安価できめ細やかなロットの調達が安定的に可能であることも増加要因となった。2014年は再び減少に転じたが、この要因としては、前述の通り、人件費の上昇や円安による輸入価格の上昇が挙げられる(コラム図2)。
輸入価格の上昇への対応として、日本の冷凍食品企業などは、中国の自社工場や提携先工場での機械化を進めることで、製造コストの多くを占める人件費の抑制を図る取り組みがみられる。
コラム注3:2002年3月、中国産冷凍ほうれんそうから基準値を超える有機リン系殺虫剤成分であるクロルピリホスが検出されたことを受け、同年6月から翌年2月まで輸入業者に対して輸入自粛を指導。
コラム注4:2006年5月から施行された、全ての「農薬など」の残留を原則禁止した上で、残留が認められるものをリスト化した制度。
コラム注5:植保員や農薬の管理および使用責任者を配置した、周辺に汚染源がない20ヘクタール以上のほ場を栽培基地として審査、登録する制度。
一方、中国産冷凍および生鮮さといもの輸入価格の推移を見ると、2009年までは食の安全に係る問題などから国産さといも価格とは連動していなかったものの、2010年以降は、国産さといも価格に連動した動きとなっている(コラム図3)。ここで特筆すべき点として、日本における中国産冷凍さといもと中国産生鮮さといもの価格差が挙げられる。2005年に62円であった価格差は、2010年には80円台を超え、2014年は124円と、2005年の2倍となった。これは、雇用労賃の上昇や機械化による設備投資の増加による、冷凍さといもの製造コストおよび冷凍加工工場でのコスト上昇などが原因である。
中国では、地価の上昇や都市部での労働者需要の高まりにより、農業生産および野菜加工業において、土地や労働力の確保が難しくなっている。そのため、さといも栽培も、土地賃借料や雇用労賃の上昇による高コストでの栽培を余儀なくされている。
一方、さといもの輸出を見ると、生鮮および冷凍とも日本向けが大部分を占めており、輸出先である日本の動向次第で、輸出量は大きく変動している。近年では、日本向けが減少した分、日本ほど原料および製品仕様が厳格でない東南アジア諸国などへの輸出量が伸びており、今後、これらの地域への輸出についても、その比率は低いものの、確実に伸びていくと考えられる。
和食を中心に、さといもが多く消費されている日本は、農家の高齢化などの要因により国産さといもの作付面積および生産量が減少傾向にある。日本国内の物価上昇などから、比較的安価できめ細やかなロットの調達が安定的に可能な中国産生鮮および冷凍さといもは、今後も外食および中食を中心として高い需要が見込まれる。しかし、一方では、栽培、製造コストの上昇により、さらなる価格上昇が予想されるため、中国産生鮮および冷凍さといもを使用するメリットが薄れることが考えられる。その結果、値ごろ感を訴求する日本国内の外食、中食事業者による輸入さといもの使用が難しくなり、長期的には業務用需要の減少につながる恐れもある。このため、日本における低コスト栽培および冷凍加工への取り組みを進めるとともに、今後の中国産生鮮および冷凍さといもの動向にも注視すべきである。
参考資料
(1)穆月英「中国における野菜生産の現状と将来性」(独立行政法人農畜産業振興機構「野菜情報:2015年1月号」)
(2)河原壽、小峰厚「中国における野菜輸出企業の動向~新たな展開と対日輸出の動き~」(独立行政法人農畜産業振興機構「野菜情報:2010年11月号」)
(3)平石康久、伊澤昌栄「中国山東省および江蘇省の野菜生産・流通事情について~日本向け流通に与える要因と安全対策~」(独立行政法人農畜産業振興機構「野菜情報:2009年10月号」)
(4)独立行政法人農畜産業振興機構「平成25年度冷凍野菜等需要構造実態調査報告書」