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海外情報(野菜情報 2013年1月号)


タイにおける野菜採種の概況

タキイ種苗株式会社
生産部 課長 外山 信之


【要約】

 タイでの野菜採種の歴史は古く、20年以上前から欧米などの多くの種苗業者が採種を行っている。真面目で手先が器用な国民性と比較的安価な労賃からも果菜類の採種地として重要な位置を占めるようになってきた。しかし、近年では労賃の上昇、高品質種子要求への対応などが課題として上がってきている。

1. タイでの採種に関する一般情報

① 採種品目

 野菜としては果菜類が主体に採種されており、トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、スイカ、カボチャなどが採種されている。

② 種子輸出量

 主要作物の輸出金額は約25億バーツ(約65億円)。輸出金額としては、飼料用トウモロコシが約10億バーツ(約25億円)と群を抜いているが、それにトマト、スイカ、キュウリ、空芯菜、トウガラシ・ピーマン類などの野菜が続いている。

③ タイの種苗会社に採種を依頼している国と地域

 米国、欧州、イスラエル、日本、台湾、韓国などの会社がタイ国内の種苗会社に採種を依頼している。主要果菜類の輸出量では日本が最も多くなっているが、これは、スイカやカボチャなどの種子が大きい作物のウェイトが大きいことによる。一方、欧米ではトウガラシ・ピーマン類やメロンの量が多くなっている。韓国、台湾ではスイカの占める割合が極めて高い。

④ 採種に関わっている会社数

 タイ国内では、個人での採種家も含めると50社以上の種苗会社が採種に関わっている。

⑤ 採種の形態

 タイの種苗会社が採種農家に採種を依頼する形態をとっている場合が多い。また、採種業者がさらに別の業者や仲介人に採種を依頼するケースもある。
 しかし、大手の種苗業者では、最近より高い品質の種子の安定生産と原種保全を目的に直営農場でのハウス採種が増えてきている。

2. タイでの採種地

 野菜の採種については、比較的気温が穏やかな東北部と北部に採種地が集中している。特に東北部では多くの業者が採種を行っており、トマト、ピーマン類、キュウリ、スイカなどの採種が行われている。タイ北部はさらに気温が低いことから、トマト、キュウリなどの採種が行われている。
 タイ中央部や南部は気温が高いことなどから野菜類採種には適さない。

3. タイの採種地としての特徴

① 気象

 タイは熱帯~亜熱帯地区に属しているが、南北に長い国であることから、南と北では気温や降水の状況が異なる。図4からも分かるように、気温についてはタイ北部のチェンマイが最も低く、中南部のバンコクが高いことが分かる。タイ東北部のコンケン県については、4~6月ではバンコクと大きな差はないが、採種のメインの時期である9~3月ではバンコクよりも低い気温で推移する。9~3月の降水量についても、タイ東北部と北部は中南部のバンコクに比べて少ない。このような気象条件が東北部と北部に採種地を集中させることにつながっている。
 また、タイの季節は雨季、乾季、暑季に区分され、東北部では5~10月が雨季、10月~2月が乾季、2月中旬~5月が暑季となる。これらの季節をうまく利用することにより、各作物に適した作型を選択できる。果菜類採種の中心は乾季作であるが、キュウリ、スイカなどのウリ類では雨季にも採種が行われている。

② 出荷時期

 果菜類の採種は10~2月の乾季が主体になるため、春作が主体となる日本国内での採種に対して補完的対応が可能となる。他の主要採種地(アメリカ、チリ、中国、インド他)とも異なる時期に収穫、出荷が可能で、委託会社は出荷計画にあわせて採種地を選択できる。また、4~6月にタイから日本へ出荷できることは、十分に検査したうえでの種子販売を容易にしている。

③ 労賃

 中国などの他国と同様に人件費は年々上がっているが、2012年時点での農業従事者の賃金は約8ドル/日であり、採種地としての成熟度等を考慮すると比較的安い労賃と言える。

④ インフラ整備

 タイは国内の道路や航空のインフラがよく整備されており、生産地から速やかにバンコクでの輸出の手続きへと進めることができる。また、バンコクは空、海ともに輸出入のハブ的基地となっており、システムもしっかりしていることから、航空便であれば、出荷を依頼した次の週には発送が可能で、翌日には日本に届く。船便の場合は1週間ほどかかるが、他国よりは早い。

⑤ 農家

 タイ人農家は真面目で手先が器用であることから、除雄、交配などの細かい手作業が必要な果菜類の採種に適している。

⑥ 植物防疫システム

 タイ植物防疫所は、コンケン大学などの大学と連携しながら、基礎研究や基礎知識のレベルを高く維持することに努めており、栽培地検査を行う検査官等の質も高く保たれている。

⑦ 文化と価値観

 タイ人の多くが敬虔な仏教徒であることから、日本人との価値観も近く、スムーズなコミュニケーションが可能である。また、種苗業者の担当者の多くは英語が使えることから、情報交換もスムーズに行うことができる。

4. タイでの採種技術

 前述の通り、農家が手交配を高い精度で行えることが果菜類採種地として強みとなっている。栽培方法について、これまでは露地での栽培が主体であったが、近年はナス科野菜を中心に病虫害対応や原種保全を目的としたネットハウスや雨除けハウスが急増している。ナス科野菜については、接木栽培が急速に普及していることから、青枯れ病などの土壌病害による被害は減少している。潅水については、従来は畝間潅水が主体であったが、近年はチューブ潅水やドリップ潅水が増えており、作柄の安定に大きく貢献している。
 種子品質への要求がさらに高くなってきており、委託元業者からの依頼には以下の3つのタイプがある。

① 普通の採種+病気に対して特別な要求はないタイプ。
② 普通の採種+栽培地検査など病気に対する追記が必要なタイプ。
③ クリーンシード採種:業者が要求するプロトコルに従って採種栽培を行う。
 最近では、クリーンシード生産の体制を整える業者が増えている。また、欧州で種子を販売する際に必要なGSPP(Good Seed and Plant Practice)の認証を取得して、高品質種子生産を行う業者も現れてきている。

5. タイでの採種の課題

① 採種栽培上での課題

 タイは高温・多湿な亜熱帯地域であるため、一般的には病害虫が発生しやすい環境にある。採種栽培に限らず青果栽培においても、病害虫の発生が収量を大きく落す原因となっている。そのような環境化では、病虫害の制御が安定した採種のためには不可欠となっている。基本的には、乾季に作付けすることにより病害の発生を抑えているが、乾季も中後半になると害虫の密度が増えてくることから、雨季の終りから乾季の初期にかけて播種・育苗を始めることで対応している。ナス科野菜にとっては青枯病が収量を大きく落す原因であるため接木栽培が不可欠となっている。害虫制御に対しては、ネットハウス利用により害虫密度を抑えることが必要である。ウリ科野菜は、乾季では土壌水分の乾湿の大きな変化の影響を受けやすいため、雨季に採種されることも多いが、病害発生のリスクは高くなる。
 また、乾季における水の確保も重要な課題の一つで、用水路などが完備している水田地帯での採種が多い。乾季の中後半は水田地帯でも水が不足しがちで、作物の生育や収量に影響を及ぼす場合がある。地域によっては地下水も豊富であるが、塩類が多く含まれている場合があり、使用には注意が必要である。最近では潅水チューブやドリップ潅水の普及により限られた水を有効に利用できるようになってきており、丘陵地などでの生産安定にも貢献している。

② 採種農家および労働力の確保とコスト

 好調なタイ経済に支えられ農家の仕事に対する選択肢が増えたことなどから、採種農家および交配手などの労働力の確保が年々難しくなってきている。最近ではゴム、サトウキビ、キャッサバの価格が高く推移していることも、農家の採種離れを促している。このような状況に加えて、政府が決める最低賃金も上昇していることから、採種に必要な人件費も上昇傾向にある。

③ 高まる高品質種子への要求

 欧米および日本の種苗業者からの種子への高品質要求も年々高くなってきており、タイの種苗業者および採種農家は苦しい対応を迫られている。業者の技術者はより高い技術力が求められ、優良農家の確保がより重要となってきている。また、採種の施設化への投資も必要になってきている。

④ 原種保全と採種環境確保

 以上のように、高品質種子を安定的に生産するための条件を満たすためには、おのずと多くの会社が同じ地域に採種を集中させてしまう。そのため各社が原種保全のための対応をしなければならない。また、オープン採種(花に袋掛けをしない採種)を行う品目では、他品種との十分な隔離距離を確保すること(採種環境確保)が必要だが、時折十分な採種環境が確保できずトラブルにつながるケースもある。

6. タイでの採種の今後の展望について

 以上のように、タイは恵まれた気候と真面目で器用な国民性に加え、整備されたインフラとバンコクというハブ拠点を持つ輸送での優位性もあり、果菜類の重要な採種地として栄えてきた。10年ほど前には、多様な気候帯と安価で十分な労働力を抱える中国へ採種が移行する傾向もあったが、近年の中国での労働コストの上昇と労働力不足などから、再び採種がタイに戻ってきている。一方、最近ではミャンマーなど周辺の東南アジア諸国でも多くの業者が採種を展開していることから、それらの国々との競争が厳しくなることが予想される。そのような状況下でタイが重要な野菜採種地としての地位を維持していくためには、安価生産では生き残っていけず、前述のような現在持つ優位性に加え、クリーンシードへの対応など、さらに高い品質要求に対応していける体制作りと人材育成が重要となってくる。

7.資料

 平成21年度に農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)が実施した「種苗安全保障確立のための調査・研究委託事業」において、タイにおける採種事業および採種地について調査を行ったので、その報告書を基に概要と最近の動向をまとめたものである。



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