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海外情報(野菜情報 2013年1月号)


米国における野菜採種の概況

株式会社サカタのタネ
生産・物流本部 福島 巧


【要約】

 米国は農業先進国のひとつとして種子生産においても大きな役割を担ってきています。現在、同国での野菜種子生産地はその9割以上が太平洋側の西部に集中していますが、南北広範囲に展開しながら、産地ごとに異なる気象条件に合った品目と作型を利用して経済的な採種事業を発展させてきています。一方で、これら特異な気象条件に由来した立地の優位性が、米国内で各産地を独自に発展させてきた強みとなっているようにも見えます。また、その経済的規模から地元州立大学が、農家、民間種子生産会社と協力する仕組みを確立しています。これもまた世界における米国の種子生産の強みを維持している大きな要因といえるでしょう。

1. 米国における野菜種子生産の概況

 周知の通り、米国が農業先進国として発展してきた要因として、機械化の進化による大規模生産、かんがい設備の発達による農地の拡大、また、企業的経営思考などがよくあげられています。当然、同国の野菜種子生産についても、それら恩恵を受けて発展してきたといえますが、当分野においては要求される条件が特殊であることから、例えば、開花に求められる日長、開花・収穫時期の気象条件、また、交雑環境(※1)を管理するための地元州立大学を中心とした地域ぐるみの支援体制なども、これまでの発展を支えてきた重要な要因といわれています。今回は代表的な生産地域ごとに、前記した発展要因を裏付ける情報を集めながら、各産地の特徴と最近の動向について記していきます。

(※1)交雑環境 種子生産では品種の意図する遺伝的な純度を次世代に継承するために、異品種間の種子生産は決められた距離をおいて実施されなければなりません。宅地化が進んでいる産地では家庭菜園もその対象になります。

 

1)米国の主な野菜種子生産地域

 米国の野菜種子生産額は、農家売上ベースで1億ドルの規模があります。地域別に見ると、地図1の通り西海岸沿いの3州(カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州)、また、それら3州と東側で隣接する2州(アイダホ州、アリゾナ州)の5州(地図1)が代表的な産地となり、金額ベースでは全米の97%を占めます。これら5州は、南は北緯32度から北は48度の広範囲に展開しており、天水農業を中心とする北西部(ワシントン州、オレゴン州)、かんがい農業を中心とする南西部(カリフォルニア州、アイダホ州、アリゾナ州)に大きく分けることもできます。詳細に記せば、北西部2州の内陸部では降雨量が少ないことから、かんがい農業が発展しています。米国のかんがい設備の発達は、豊富な水量を供給する山脈、それをつなげる河川とダム、雨水を貯水池、細密にわたって農地まで張り巡らされた水路、また、組織的な農業用水供給管理によって実現され、これら5州でも同様に各地域での農地の拡大、また、計画的農業経営に大きく貢献しているといわれています。

2)生産地域別の気象条件と代表作物

 前記した通り、主要産地となる5州は南北広範囲に展開するため、各産地では現地の気象条件にあった品目の種子生産が実施されてきています。表1は代表的な生産地域とその採種品目を記しています。また、グラフ2とグラフ3に代表産地別の特徴を裏付ける気象データを月間推移で表します。

3)米国生産地の特徴と最近の動向

 米国を代表する種子生産地の特徴と最近の動向を州別に記します。

① アリゾナ州

 アリゾナ州は低緯度に位置していることから、温暖な秋冬期の作型を利用した種子生産が中心になります。代表的な産地としてユマ市があります。降雨量が極少なく、また、コロラド川を水源とする大規模なかんがい設備が整備されてきたことから、天候不順に左右されにくい安定的な種子生産が行われてきています。最近では、地元州立大学が主催するオンライン採種ほ場隔離地図によって、農家、種子生産会社間のコミュニケーションをうながし、現地での高品質生産活動への支援を行っています。今後は各ほ場の栽培履歴をデータベース化し、当年のほ場管理だけではなく前作の残渣種子対策を実施するプロジェクトも進んでいるようです(当該活動は、セキュリティー管理により関係者のみに制限した情報共有が実施されます)。一方で、最近ではブロッコリー、サラダ用野菜(※2)など青果栽培の急拡大により、農地の単位当り期待収益が上昇していることから、同地域の種子生産コストへ大きな影響を与えています。

(※2)サラダ用野菜 レタス、ホウレンソウ、テーブルビートなど、現地のスーパーマーケットではサラダミックスパックとして販売されます。

   

② カリフォルニア州

 全米有数の農業州でもあり種苗会社の事務所、研究所が数多く立地して、種子の販売、生産、育種活動を行っています。穀物種子を含めた種子生産では、州内の58市のうち36市で採種が行われています(「UC資料」)。また、農家売上ベースでは全米野菜種子生産の43.5%、また、同花卉37.7%を占めており、それぞれ第1位にランクしています。野菜種子生産で見れば、代表的な生産地は春夏に温暖乾燥する北中部のサクラメントバレー、中南部のサンワーキンバレー、南東部のインペリアルバレー、地中海性気候の太平洋沿岸部のサンタバーバラがあげられます。近年目立った傾向として、生産地の中心が南から北へ移動していることが指摘されています。当州での代表的な採種品目であるタマネギは、サクラメントバレー、インペリアルバレーを中心に年間800ヘクタールで生産され、農家売上は1200万ドルにのぼると報告されています。

③ オレゴン州

 主要産地は天水農業を行う西部のウィラメットバレーとかんがい農業を行うマドラスを中心とした中部地域です。前者では温暖な海洋性気候を利用した越冬作型によるキャベツ、また、春夏作型でのウリ類、ホウレンソウ、ハツカダイコンの種子生産が行われています。一方で、後者は夏期の安定した冷涼で乾燥した気候、コロンビア川を水源としたかんがい設備を利用して全米でも有数のニンジン、タマネギの種子生産地となっています。この地域は起伏が目立つことから傾斜した場所にほ場が立地すること、また、ほ場内でも土質が複数あることから、かんがい設備を設置する業者はGPSを利用することで効率的で安定的なかんがい設備の設計を発展させてきています。両地域ともに、地元州立大学を中心としたほ場隔離管理、技術サポートが充実しています。

④ アイダホ州

 種子生産の中心は西部に位置するトレイジャーバレーです。主要な作物はトウモロコシ、ニンジン、タマネギです。特にトウモロコシは、スイートコーンに分類される品種だけで5,000~7,000ヘクタールの面積で生産され、全米シェアでは90%、世界シェアでは70%に上ります。また、州の中南部周辺では、夏期の温暖乾燥とかんがい農業が発達していることからインゲン、エンドウなどマメ類の種子生産も盛んです。

⑤ ワシントン州

 西ワシントンでは天水農業を行うピュージェットサウンド、東ワシントンではかんがい農業を行うコロンビアベイスンが種子生産の中心です。前者の西ワシントンでは年間2,400ヘクタール、後者の東ワシントンでは3,600ヘクタールの野菜種子生産が行われています。当地域は海洋性気候で冬期も降雪が少ないことから、キャベツ種子の生産が盛んで全米の約75%のシェアがあります。また、夏期の長日日長、冷涼で湿潤な気候を利用して歴史的にホウレンソウ、テーブルビート種子生産が盛んで全米の約50%のシェアがあります。西ワシントンだけで農家売上は概算で1000万ドルになります。最近では、有機栽培種子の生産がポートタウンゼント市で広がっています。東ワシントンでは、オレゴン州中部、アイダホ州と似かよった気象条件であり、かんがい設備を利用した春夏作型でハツカダイコン、ニンジンやタマネギの種子生産が盛んです。従来から、地元州立大学の東西各拠点を窓口にしたほ場隔離管理、病理情報提供などの組織的な活動が充実しています。

2.米国種子生産をサポートする地域的な取り組み

 前記した5州では、種子生産産業を経済的に発展させていく目的から、地元州立大学が採種農家、種子生産会社と協力しながら採種事業経営や採種技術向上の支援を実施してきています。具体的には、交雑を低減するための採種隔離の管理(交雑環境の管理)、近代的な雑草と病害虫の防除方法の普及、収量を向上させるための施肥試験、輸出植物防疫に係わる証明書の発行などです。前記した通り、種子生産では高品質を保証する目的から交雑環境の管理が重要な課題となり、当然、地域ぐるみで組織的な取り組みが求められます。そこで、地元大学が中心となり、種子生産農家、民間企業などの採種関係者を取りまとめて、ほ場隔離地図の管理サポートを実施しています。また、定期的なセミナーなどを開催することで、前記関係者間のコミュニケーションの向上、技術的な情報提供を通して、各産地での採種産業発展に貢献してきています。

3.今後の課題

 米国における種子生産地を評価する視点を採種技術、種子品質、また、生産コストとした場合、前者2点については、これまでの経験がこれからも蓄積されていくことから、とても魅力的であるといえるでしょう。特に、地元州立大学を中心にした採種事業への支援体制は米国生産の大きな強みとなっています。一方で、生産コストについては、最近の企業的経営をベースとしたリスクマネジメント思考が浸透しており、今後の動向が注目されています。特に、農業部門においては農業従事者の労賃上昇が目立っているようです。以下の通り、生産コストに連関する労賃上昇の話題をまとめます。
 一般的に米国では、将来の種子生産コストを予見する基礎的な指標として、同地域で生産される換金作物の収益性(期待収益金額)、また、州ごとに決まる最低労賃(投入コスト)、以上2つの動向が話題になります。前者については先に記したアリゾナ州のケースが代表的です。一方で、後者については、品目によってまだまだ労働集約的な作業が大きな比重を占めるため、生産コストにおいて重要な要因といわれています。グラフ4は全米で最も上昇しているワシントン州における1990年以降での年度別(変更年のみ)最低賃金とその上昇推移を記しています。2001年以降、ワシントン州、アリゾナ州、オレゴン州を含めた10州では、州法によりインフレ率と消費者物価指数に連動した最低賃金の見直しを行ってきています。90年代までは政治的な要因が強く影響しながら不定期に変更されてきた最低賃金ですが、その後、これらの経済指標を使用するようになってからは比較的上昇率が安定してきていることがわかります。

4. 資料

 平成21年度に農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)が実施した「種苗安全保障確立のための調査・研究委託事業」において、米国における採種事業および採種地について調査を行ったので、その報告書を基に、最近の動向および新たなデータを加筆、追記したものである。

(1)ウェザーデータベース, Canty and Associates LLC(2)米国センサス, USDA(3)種子産業, USDA(4)カリフォルニア種子産業, UC Davis(5)ワシントン州統計, 2010(6)News releases, Washington State Department of Labor & Industries, 2012



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