雪印種苗株式会社 取締役 岩見田 慎二
中国は広大な国土とさまざまな地理的、気候的条件を持つことから、多種多様な野菜種子の生産が可能であり、低コストと併せて野菜種子の生産、供給基地として期待されている。しかし一方では、経済的成長に伴う賃金コストの上昇や種子生産労働力の減少、中長期的な気候変動や同一地域での継続生産による生産、品質の不安定化、また、知的財産に対する認識の問題など課題も多い。平成21年度に、旧社団法人農林水産先端技術産業振興センターが受託、実施した「種苗安全保障確立のための調査、研究委託事業/海外及び国内野菜採種現地調査」の中で、中国の主要な採種地域である華北地域(遼寧省)および西北地域(甘粛省)の採種業者を訪問し現地調査を行なったので、その概要を報告する。
中国における野菜種子生産は、1970年代後半に中国の種子流通システムが国家による管理から種子業者(種子公司)に移行されて種子流通の市場化が進められたのと時を同じくして、アメリカの種苗業者による委託生産をきっかけに商業的な生産が本格化し、80年代中期には日本を含む十数ヵ国に拡大していく中で生産地域が確立されていった。90年代前半までは中国種子公司が独占していたが、中頃からは生産専門会社ができて産業として成長し、採種技術の発達や生産者の熟練も進んできた。
輸出入統計から中国の近年の野菜種子の輸出動向を見ると、輸出量は約5,000トンで横ばいからやや減少傾向にあるが、輸出額は増加傾向にあり08年には60,000千US$となっている。また、国、地域別では、韓国とオランダへの輸出が多く、次いでイタリア、フランスやアメリカなどの欧米諸国、台湾、日本やタイなどのアジア諸国が中心で、日本へは05年で約280トンとなっている。一方、輸入量は5,000~7,000トンで中国国内の野菜種子総需要約40,000トンの12~17%となっている。
中国の主要な野菜種子の生産地域は図1の通りで、トマト、とうがらしやきゅうりなどの交配種子(F1)生産が多い華北地区(遼寧省)、だいこんやはくさいなどが多い華東地区(山東省)、すいか、メロンやにんじんなどが多い西北地区(甘粛省)などが主要な生産地域となっている。
南北約30度の緯度にまたがる広大な国土とさまざまな地理的、気候的条件があることから、ほとんどすべての野菜の種子生産ができ、かつ、適当な地域や栽培時期を選ぶことによって多様な生産、出荷時期に対応可能なことが優位点であり、低コストと合わせて中国の野菜種子生産の特長となっている。
遼寧省西部の中緯度地帯に位置し、温帯湿潤~半乾燥気候に属し年平均気温は8~10度、年間降水量は540~640ミリで比較的四季がはっきりしているが、大陸性が強く通年温度差も比較的大きい。とうもろこし、コウリャン、大豆や小麦など穀物の生産が主となっているが、80年代にアメリカの種苗業者が入ってきてトマト、とうがらしやきゅうりなど果菜類の採種地となった。種苗業者の指導で技術の習得、向上が図られハウス栽培による交配種(F1)は遼寧省が中心的な採種地となっている。ウリ科野菜の中でメロンとすいかについては上記業者が持込まなかったため生産しておらず、内蒙古から現在は甘粛省が中心となって生産されている。
朝陽市喀左蒙古族自治県はとうもろこしの生産が主となっており、ここ10年くらいでとうがらしなどの採種地として育成された地域。品目はトマトやとうがらしなどのナス科、きゅうりなどのウリ科野菜の交配種(F1)が中心で、この地域で約10,000畝(667ヘクタール)のハウスがある。一戸当たりの生産面積2~3畝(13~20アール)で、とうもろこしより高収入なことから取り組まれている。農家の収入は10,000元/畝(130千円/10アール)が基本となっているとのこと。
ハウス栽培のため基本的に収量、品質は安定している。ハウスはとうもろこしほ場の中に設置し、連作による収量、品質低下を避けるために数年ごとに移動、また、種子伝染性病害防除のための種子消毒を徹底している。
遼寧省金城原種場*にある中国種子公司は野菜交配種子(F1)の生産拠点で、80年代前半に海外種苗業者からの委託でトマトやピーマンなどのF1種子の生産に取り組み、以来、中国国内の野菜の交配種子(F1)生産の先導的役割を果たしてきた。野菜種子生産の担当は26名。
*金城原種場は52年に種子の生産、供給を行なう国有農場として設立され、省内の農作物の優良品種の選抜と種子生産を担ってきた。現在は国のとうもろこし種子生産および中国種子公司の野菜種子の拠点としての役割が中心となっている。敷地は約30,000畝(2,000ヘクタール)、人員は約5,000人。
トマトやとうがらしなどのナス科、きゅうりなどのウリ科野菜の交配種(F1)が主体で、これら交配種子の生産は約3,000~4,000畝(200~267ヘクタール)、うち600畝(40ヘクタール)が原種場内での生産で、ほかは外部の生産者に委託している。近年の生産量は40~50トン、売上高は約24,000千元(約312,000千円)。以前は海外向け(輸出)が主だったが、国内およびアジア、ロシア輸出向け生鮮、加工野菜生産の増加に伴い国内のF1品種の需要が増えたこと、一方で主要な輸出先である韓国でとうがらしの作付けが大きく減少したことなどから、現在は90%が国内向けの生産となっている。
F1種子を生産するための交配パートなどの人件費の上昇と働き手がいなくなってきているのが大きな問題で、種子生産の将来に不安を持っている。20年前に3元(約40円)/日/人程度だったものが、現在は50元(約650円)でも安い方になっている。種子生産地である農村には若者がいなく主婦や高齢者に頼らざるを得ない状況となっている。労力の確保、コスト(人件費)の点から、将来の採種地として北朝鮮が有望と考えているとのこと。
甘粛省の西北部、旧シルクロードの一部をなす河西廻廊の西端に位置し、南部の祁連(チーリエン)山脈の融雪水が作るオアシス都市酒泉と周辺の農村部からなる。暖温帯大陸性乾燥気候に属し、年平均気温5~9度、年間降水量80~100ミリで、日照時間が長く夏冬の温度差も大きく乾燥した気候で種子生産に適しており、野菜の種子生産では中国で一番大きい地域となっている。
当地域は消費地が遠いことから野菜(青果)などの生産は成立せず、とうもろこし、小麦やヒマワリなどの生産が主体となっているが、野菜、草花などの種子生産はこれらより収益的に安定していることから重要な品目となっている(種子生産による平均的な収益(農家の人件費を除く)は4,000~5,000元/畝(78~97千円/10アール))。甘粛省内でも以前は蘭州市周辺が採種の中心地であったが、高齢化と若者が都会へ流出してしまったため当地のような農村地域へと生産地域が移動してきている状況にある。
酒泉市(地域)全体の野菜種子の生産面積は約60,000畝(4,000ヘクタール)、生産が多い品目は①ウリ類、②アブラナ科、③豆類、④葉菜類(レタス、ほうれんそう)、⑤ナス科で、中国国内のすいかとメロンの採種はほとんど当地域で行なわれている。中国国内向けと海外向けの比率はほぼ5:5で、海外からの委託は葉菜類が多く、国内向けはウリ類(すいか、メロン)が多い。海外からはEUやアメリカを始め大半の種苗会社が入っており、EUとアメリカで約80%、残りが韓国などのアジアで、日本はまだわずかだが品目も含めて増えてきている。
社長が大学卒業後、98年に外資系種苗会社の採種部門に入社して甘粛省で種子生産管理業務に従事、02年に独立して設立した種子生産専門の会社。社員は12名、うち11名が生産管理担当でエリアによって担当分けしており、品質検査、精選、調整業務はパートで対応している。酒泉市街に事務所、同郊外に精選、調整および保管のための倉庫ならびに開花テストのための試験ほ場を持っている。
生産する品目構成によって変動するが、生産面積は約1,500~2,000畝(100~133ヘクタール)、生産量は100トン前後、売上高は2,000~4,000千元(26,000~52,000千円)。生産はすべて地域の農家へ委託しているが、農家1戸当たりの作付面積は小さく委託農家数は約1,000戸、生産管理担当1名当たり約80~90戸の生産者を持っている。乾燥気候のため基本的に雨除け(ハウス)栽培の必要はないが、高品質種子生産のためピーマン(EU、アメリカ向け)やパンジーはハウスで生産している。潅水については南部を走る祁連山脈の融雪水による地下水が豊富なため、水の供給については問題ないと考えている。
生産ほ場管理も含めて高品質種子の生産を重視しており、発芽などの品質確認は倉庫に入庫後生産者ごとに確認、すいかやかぼちゃなどのウリ類を主体に海南島で交配種子(F1)の純度確認のために後代検定を行なっている。また、契約基準以下の種子は買上げず、生産者への支払いも品質確認後に数量が確定してからとするなど、高品質種子を生産させるよう管理、指導を徹底している。
今後の生産環境については、人件費や品質保証などに係るコストの上昇が一番の問題で、特に高齢化や若者の都市への流出によって交配パートの確保が賃金の上昇も含めて難しくなり、生産価格上昇の圧力となっていることが大きな問題。また、07年は8月に雨が続き、翌年は良かったものの、今年(09年)はこの3日間で1年間の降水量(100ミリ)に匹敵する降雨があるなど、近年の異常気象に不安を抱いている。
上述のとおり、低コストと多様な野菜種子生産を特長としてきた中国においても、生産コストの上昇や種子生産労働力の減少、中長期的な気候変動や同一地域での継続生産による生産、品質の不安定化などの問題が顕在化してきており、また、知的財産に対する認識の問題などの課題も多い。
(1)高齢化や若年労働者の都市への流出による農業人口の減少に加えて、交配作業のためのパート確保が難しくなってきていることなど、種子生産労働力の減少が大きな問題となっている。
(2)さらに、中長期的な気象の変化、同一地域での長期的な生産の継続による生産量、品質の不安定化などから、産地の移動が必要となってきている。
(3)経済成長に伴う交配パート人件費の上昇、また、高品質種子生産のための生産管理や品質管理に係るコストの増大などによって生産コストが上昇、一方で種子価格のアップは少なく、相対的に種子生産の収益が低下してきている。
(4)海外委託採種を中心に生産技術の向上と生産者の熟練が進んでいるが、一戸あたりの生産面積が小さいこともあって、全体的な採種技術の平準化はまだ十分ではない。
(5)若い世代や海外との取引経験を積んだ種苗関係者が増える中で知的財産に対する認識も強くなってきているが、中国全体で見れば不正種子の流通など課題も残っている。
(1)広大な国土かつ多様な種子生産環境を確保できる中国の潜在能力は高いと思われるが、東北、華北などの沿海部を始めとする労働コストの上昇や生産労働力の減少、西北地域においては遠隔地であるための輸送、生産管理コスト高、また、若い世代を中心に国際的な感覚を持った種苗関係者が増えてきているものの、生産技術の平準化や知的財産に関する認識水準などに課題があるのも事実。
(2)中国およびアジアを始めとした種子市場の拡大が見通される中で、すでに主要な国、企業からの種子生産を受託してきた実績があり、今後とも世界の種子生産、供給の中心であろうとする強い意思が感じられた。これは、中国が昨年策定した第12次5ヵ年計画の中で種子産業を今後育成すべき新産業の一つとして取上げ、業界再編と世界の大手に伍する有力企業の育成を図るとしたことにも表れている。