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海外情報(野菜情報 2012年11月号)


イタリア農業における野菜採種事業について

トキタ種苗株式会社
育種第2部 中島 紀昌
生産課 小原 義規


【要約】

 海外における日本向け種子の生産輸出状況について、野菜種子安定供給の課題を、より実態に即して考えるためには、近年の大きな環境変化の下での国内外の生産実態を明らかにしながら、今後の安定供給方策を検討・策定することが必要である。イタリア国内では、農地および耕作面積が減少する中、野菜採種用の作付面積は増加傾向にある。イタリアにおける野菜採種の動向と将来性について考察を行なった。
 なお、本稿は平成21年、社団法人 農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)の「種苗安全保障確立のための調査・研究委託事業」の一環として、イタリアにおける野菜採種事業の調査を行い、同年に概況を報告書として取りまとめたものに、最近の動向および新たなデータを書き加えたものである。

はじめに

 イタリアは南ヨーロッパに位置し、アルプス山脈の南から地中海の南東に向かって突き出した長靴型の半島ほぼ全土と、半島西側に位置するサルデーニャ島、シチリア島などから構成されている。イタリア国土面積は、約301,336平方キロと日本の5分の4程度(約80%)の広さである。国土内北部、スイスやオーストリアとの国境付近の東西方向に、アルプス山脈が弧を描いており、マッターホルンやモンテ・ローザ、モンブランのような高峰がそびえている。また、イタリア半島の中央部を南北に縦断するようにアペニン山脈が形成されており、全体的に山がちな地形である。半島は北緯37度から46度の間で、高緯度に位置しているが(図1)、北大西洋海流と南のサハラ砂漠の影響(シロッコ)で、年間を通じて、比較的温暖な気候である。国土は南北に長く、丘陵地や山が多いため、各地域により、気候が異なり(表1)、地域にあった農業が行なわれている。

 ポー川流域のポー平原(ロンバルディア平原およびパダノヴェネタ平野等)が広がる北部では、年間雨量は比較的多く(表1 ミラノの気候データ参照)、また、かんがいも発達している。そのため、酪農と穀類(水稲、軟質小麦)の栽培が盛んである。一方の南部(表1 タラント気候データ参照)は、年間を通して比較的高温で、特に夏期に降雨が少ないため、硬質小麦、オリーブ、柑橘類の栽培が多くなっている(表2)。2010年版のイタリア農業センサスによると、農地面積は17,081,099ヘクタール、作付面積(永年作付地を含む)は12,856,048ヘクタールであり、国土の半分以上が農地であり、永年牧草地・永年作物地を除く耕作面積は半分であるとされている(約6,000,000~7,000,000ヘクタール)。

野菜採種の概要

 イタリアの種苗協会(AIS:Associazione Italiana Sementi)の調査によると、イタリア国内での採種品目は多肢にわたっており、採種作付面積は2008年の14,024ヘクタールから、2010年には19,374ヘクタールと38%増加している(表3)。農地が減少する中で、野菜採種耕地面積はむしろ増加を見せており、コリアンダーおよびたまねぎの採種が1,000ヘクタール以上増となっている(表3)。コリアンダーに関しては、近年、採種生産安定のために各社が採種地をイタリアに移したことで、採種面積が増加している。各品目の最終的な採種種子量については不明である。

 これら、野菜採種事業はイタリア国内20州の中で、北東部の3州、離島2州および南のバジリカータ州を除く、13州で行なわれている(表4、図2)。また、表4からも見られるように、主要な採種地はエミリア=ロマーニャ州、マルケ州およびプッリャ州の3州で、採種作付面積の約92%を占めている。

 2009年の訪問調査時点で、野菜採種事業にはイタリア国内の主要13社・組合が携わり、主に採種農家(採種組合・組織)へ委託することで事業を行っている。
 各社の規模は、各々違いはあるが、主要となる採種委託会社の従業員数は100名程度であり、採種した種子の調製施設や梱包施設の管理運営職員、数箇所にある営業所、出張所等の職員(農家を巡るフィールドマン等を含む)で構成されている。
 野菜種子は、イタリア国内販売のみならず、海外14カ国(オランダ、日本、フランス、韓国、インド、スペイン、ポーランド、ロシア、チェコ、ドイツ、アメリカ、中国、タイ、イギリス)より採種を受託している。日本からは、約30社の種苗会社が委託している模様である。年によって低温のみならず干ばつや大雨といった天候不順により、生産量が大きく変動するといった事例が見受けられる。ここ数年の採種において、日本の業者がイタリアの採種会社へ委託したもので、寒害により2年連続収穫ゼロとなった事例もあったとの情報もある。なお、日本からの委託採種以外に、イタリア種苗会社の採種種子の日本への輸出状況について、詳細な数量、品目については不明だが、委託品以外にもイタリアの種苗会社が日本の種苗会社へ野菜種子の販売を行っているようである。
 2009年に訪問調査を行なった3社も、これらの国々から受託、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、だいこん、その他のアブラナ科類、たまねぎ、ねぎ、にら、にんじん、チコリ、レタス、コリアンダー、ビート、きゅうり、かぼちゃ、ほうれんそうやえんどう等の採種を手掛けている。

イタリアの採種環境や採種する技術面の優位性について

・気候:開花や収穫時期(夏期)が乾燥する典型的な地中海性気候であること(雨期:秋~冬)。特に採種の重要地である東海岸沿いは夏季の雨量が少ない。

・環境:微気象や自然環境が異なる多くの地域があり、作物ごとの採種に適した地域があり、対応が可能である。

・地域性:イタリア中部から南部にかけては丘陵地で、秋播きでの採種品目が適しており、平野の広がる北部では春播き採種品目が適している。

・採種技術(農家):主要な採種農家は概ね20年以上に及ぶ経験を持っている。採種事業に対する政府、団体等の種苗産業の振興についての方策(支援、戦略等)についての情報は、得られなかった。

・採種面積(農家):イタリア農家の平均的な面積は7~10ヘクタール程度の経営規模で、EU他国と比較しても、それ程大きくない。そのため、小面積での試験的な採種であっても柔軟に対応が可能である。

イタリアにおける種子の輸出入について

 2009年から2011年の3年間におけるイタリアの種子に関する輸出入の状況は表5の通りである。野菜種子の輸出量は、ここ3年間で増加しており、作付面積増と照らし合せても、合致する内容である。一方、野菜種子の輸入は3年連続減となっており、これも、採種以外の作付面積の減少が影響しているものと推察される。
 採種された種子をイタリア国外へ輸出する場合、輸出に関する制限は無いが、輸出先の国や地域により、植物検疫合格証を要求される。しかし、EU内であれば植物検疫合格証が無くても、種子を持ち運ぶ事は可能である。ただし、EU外に輸出する場合、たまねぎ種子及び鱗茎に関してはネマトーダ等、線虫がいない事が条件として挙げられ、植物検疫合格証にその旨、記載を求められる。
 また、輸入相手国であるインドなどからの要求事項として、採種期間中の栽培母本に対して、検査を要求しており、これも植物検疫証に追記する必要がある。また、他国を経由してインドに輸出する場合も同様である。

採種における問題点について

・品質面:各社とも、ますます高品質な種子を要求している。発芽や純度のみならず、健全種子(無病害)についても、重要になっている。

・採種価格:採種に掛かるコストが上がっている。採種価格の安い中国等に採種が流れている。
 採種コストアップの主な理由は、バイオエタノール関連による競合作物(とうもろこし・麦類)の作付け増、あるいは化学薬品メーカーの参入による採種地、農家の囲い込みなどが要因として挙げられるようである。
 採種が中国などに流れているが、これは委託各社が採種品目によって、中国のみならず、より採種コストが掛からない他の採種地に委託をしているようである。

・採種農家:採種農家(作人)が高齢化しており、後任を探すのが難しくなっている。

・地球温暖化の影響、今後の懸念については、イタリア国内だけでなく、世界的な異常気象が農業全体に影響を与えているのは事実である。採種能力等を考慮し、より適した地域を探す必要性が出てくる可能性がある。

・交配種の管理については、親系統の流出といった危険性が懸念されるが、委託会社と生産会社(生産農家)間の信頼関係により、管理は徹底されているとみている。

・植物検疫面で、日本企業からみた不都合な点としては、イタリアへの輸出(原種種子:採種を行うための親系統の種子)で、現地検疫に時間がかかる場合(1ヶ月近く)があり、播種時期から、検疫期間を考慮し、早めに日本から出荷する必要がある。

最近の野菜採種動向と将来の採種事業について

 有利な立地条件である場所は、採種地として存続していくであろうが、「採種生産上の問題点について」でも述べたような問題点に直面することになる。今後、他国(他地域)に比べ、これらに適切、柔軟に対応する事がイタリア採種会社には必要となり、イタリアが採種地として生き残るすべであろう。
 さらに、過去3~4年についてみれば、コリアンダーの採種が増加しているように、必需品目の採種は増加するであろう。将来的にはF1キャベツ、たまねぎ、だいこん、レタス、アブラナ科の採種も重要となり、2008年から2010年での野菜採種作付面積の増加からも見られるように、F1採種の作付け増によるものと考えられる。  
 各社、技術的に可能な作物についてはF1化を行ないたいと考えている。これはF1化により、青果物の品質を向上させる事が目的であり、食味、揃い、機能性、特異性を重要視する市場が、世界的に広がっている事を意味しており、従来では採算が合わない品種(採種の難しい)であっても、各社の努力により、近年は採種が行なわれる傾向にある。
 イタリアにおける種苗企業のM&A(合併と買収)の状況を把握する事は難しいが、近年は世界的に化学薬品メーカーによる種苗会社の買収が行われているので、影響無しとは考えられない。また、これら化学薬品メーカーが母体の種苗会社は農家を抱え込み、正当な競争を妨げている。
 総体的に見て、イタリアの採種地としての将来性を、ほかの国、地域と比較してみると、安定的に高品質な種子を生産できる品目(作物)は、今後ともイタリアでの採種需要が増すと考えられる。また、ほかの国、地域と競争するにあたり、価格面や採種規模等、委託会社の要望に対して、柔軟適切に対応する事で、採種地として生き残る事ができるであろう。



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