調査情報部 小峯 厚
調査情報部 審査役 河原 壽
中国では、労働賃金や生産コストの上昇、人民元の切り上げによって輸出環境が悪化している。一方、国務院は、高速道路の整備や緑色通道の適用の徹底による有料道路の免除などの政策を実施している。
平成23年3月の東日本大震災の発生によって、日本国内の加工業務用野菜などの需要が減少し、中国の冬春野菜産地では打撃を受けた。これによって、作物転換を余議なくされる産地もあり、今後の輸出環境に影響を与えている。このような中で、コスト上昇への対策として中国の輸出公司は、地域の取引先である農場主と設立した専業合作社を活用し、農業用機械の共同利用を行なうなどコスト削減の工夫を始めている。
中国の急速な経済発展によって、国際的な人民元の上昇圧力が高まっている。2011年に実施された米中交渉では中国政府も緩やかな人民元の上昇を認めている。また、中国国内では、人件費をはじめとしたさまざまなコストの上昇が続いており、輸出環境が悪化している。
日本向け輸出は、円高傾向が続いていることから、中国の輸出相手国として良好な輸出環境を保っていると思われる。米国は、景気の先行き懸念の広がりからドル安が進行し、欧州では、ギリシャの財政悪化に端を発する欧州の統一通貨であるユーロへの信頼も揺らぎ、欧米の通貨安という情勢にある。
また、2011年3月11日の東日本大震災の影響により、消費者心理が冷え込み、日本国内では、一時、外食需要の低下が起こった。
これらの社会情勢が中国の農産物輸出に対してどのように作用し、冬春野菜の輸出動向にどのような影響を与えたのか。中国南部の野菜産地の現状を把握することを目的に聞き取り調査を実施したので報告する。
(1)労働コストの上昇
中国国内では、人件費などの物価の上昇が続いている。昨年の調査でも労働者を集めるために、賃金の上昇や福利厚生の充実などの工夫が見られた。賃金の上昇は現在も続いているが、これに加え農産物加工施設や農場で従事している労働者は、工業分野やサービス業に比べ3Kのイメージが強いため、若者が敬遠し平均年齢が高くなるなど、労働者集めに苦労している。
東部沿岸部に集まる農産物輸出加工公司は、これまでは中西部地域から労働者を集めてきた。しかし、郷鎮企業と呼ばれる農村企業の発展により、中西部地域の雇用状況が改善し、出稼ぎ労働者も減少傾向にある。このため、今後、東部沿岸地域の労働賃金はさらに上昇するとともに、労働者の確保そのものが困難となると思われる。
また、2011年より外国人労働者に社会保険料の納付が義務付けられた。北京ではすでに運用が開始されており、ほかの地域でも実施を決めている地域も出てきている。この政策によって、外国人が中国でビジネスを行なう際のコストの上昇が見込まれる。
(2)増え続ける生産コスト
生産コストの上昇について、雲南省のたまねぎ輸出公司を例にとって検証する。同輸出公司への聞き取りによると、コストの中で値上がり幅の大きいものは、労働費、種代および肥料代だという。定植やマルチ作業に雇った労働者の賃金は、2010年は1人1日当たり40元であったのが、80~100元と倍以上になっている。
同輸出公司では、たまねぎの種は、種苗会社の代理店を通じて購入しているが、多収が期待できる日本の品種の種は一定量しか供給されないため、一部、米国の品種の種を使用している。どちらの種代も上昇しており、過去には1貫当たり280元であった価格は、2010年には420元、2011年には450元と年々上昇している。
近年、干ばつが続いている雲南省では、近隣を流れる河川やため池を水源とした灌漑施設を頻繁に利用して水を確保しており経費の増加に繋がっている。このほか、施肥では、羊の糞などのたい肥だけでは対応できず、化学肥料の使用量も増加しており経費の増加に拍車をかけている(表1)。
たまねぎ生産ほ場
灌漑用のため池
なお、2005年を100とした場合の農業生産資材価格指数は、2005年以降100を下回る数値はなく、農業生産コストが上昇傾向にあることが分かる(表2)。
(3)輸送条件の有利なトラック
雲南省の同輸出公司では、たまねぎを輸出する際に、山東省の輸出公司を経由している。山東省へたまねぎを輸送する手段として鉄道とトラックがある。山東省までの輸送に係る日数は、鉄道で10日、トラックで4日とトラックを使用した場合の方が早い。さらに、トラックを使用する場合に比べ、鉄道を使用する場合は、トラック→駅→ホーム→列車→トラック→工場と積み降ろしの回数が多いために破損率が高い。聞き取りによると列車を使用した時の破損率は2~3割であるのに対して、トラックを使用した場合は、1割程度となっている。
(4)並び始めた鉄道とトラックの輸送コスト
国務院は、2010年8月27日「野菜生産をさらに推進し、市場供給と価格安定の保証に係る通知」を公布し、菜藍子工程(買物かご政策)の市長請負制の強化を打ち出した。
この政策の一つに‘緑色通道’の徹底がある。‘緑色通道’は、野菜の安定した流通を図ることを目的に全国レベルでの農産物積載トラックの有料道路の費用免除政策である。しかし、中国の地方政府では、緑色通道の実施が徹底されていなかった。今回の調査によると、高速道路の全国的な整備や国務院による同通知などの政策によって緑色通道の適用されている地域が増加している。
高速道路が整備され緑色通道による有料道路の通行料免除によって、雲南省から山東省へトラックで運ぶ時の経費は、2010年までは、トン当たり750元であったのが、2011年には520元と鉄道を使用した場合とほとんど変わらなくなったという。このため、現在では、全体の約8割がトラックを使用して輸送している。
また、北は黒竜江省の
(1)日本の輸入野菜の5割超を占める中国野菜
2011年の日本の野菜総輸入量は、2,718,601トンである。このうち中国からの輸入量は、1,409,985トンと半数以上を占めている。また、2002年からの統計を見ると日本の総輸入量が200万トンから300万トンで推移しているのに対し(図1)、中国からの輸入量が100万トンから170万トンと安定的に推移しており(図2)、中国からの輸入が日本の野菜輸入量に大きな影響力を持っていることが分かる。
(2)東日本大震災の影響
日本では2011年3月11日に起こった東日本大震災の影響により、一部の報道では、中国野菜の輸入量が増加するのではないかとの観測が流れた。国内供給への懸念から、同国からの輸入量がさらに増加するという可能性もあった。
一方、日本国内では国産野菜も出荷量が減少しているにもかかわらず、野菜価格が低迷するという現象が起きていた。これは、先行きに不安を覚えた消費者が外食を控えたため、外食産業の需要が大幅に低下したからである。結果として、外食などの加工業務用野菜として多く使用されている中国野菜の輸入量が増加しなかったのは当然であろう。以下は、中国の日本向け輸出たまねぎとねぎの冬春の産地への影響を検証する。
(3)輸出価格低迷によるたまねぎの作付け減
雲南省元謀県は、全国野菜重点地域発展計画では、揚子江上中流の冬春野菜の重点地域として位置付けられている。従来より、中国沿岸部の輸出加工工場へ原料を供給する野菜生産基地が多く、米とたまねぎの2毛作を中心とした農業が展開されてきた。1年間の農業の流れは、米は4月に育苗したものを6月に定植し8月に収穫する。この後、たまねぎをは種し、2~4月の上旬にかけて収穫を行っている。
日本国内でのたまねぎ生産は、北海道産が2009年、2010年と連続して不作になり、2011年の日本向け輸出量も増加傾向にあった(図3)。しかし、元謀県の出荷期間である3月に東日本大震災が発生したことで、日本国内で外食需要が思うようには伸びず販売価格が低迷した(図4)。これによって、元謀県では、2011年8月のたまねぎのは種面積が約半分に減少した。さらに2012年も、8月末~3月まで出荷される甘粛省産のたまねぎが豊作であったことから価格の低迷が続いており、甘粛省産のたまねぎの出荷が終わった後の価格によっては、2012年8月のは種面積は減少する可能性がある。
たまねぎの価格の低迷を受けて、元謀県では、トマトやきゅうりなどの果菜類の栽培が増えている。たまねぎに比べ、手間もコストも必要となるこれらの作物は、たまねぎがムー当たり7,500元程度で取引されているところ、ムー当たり1万5千元と倍以上での販売が見込まれる。現在、北京などの都市部で果菜類は高値で取引されており、園芸作物の国内販売環境が良く、今後、元謀県での果菜類の栽培面積は増加すると思われる(表3)。
(3)輸出価格の低迷するねぎ産地
福建省漳浦市は、全国野菜重点地域発展計画では、華南の冬春野菜の重点地域となっているとともに東南沿岸部の輸出野菜重点地域として位置付けられており、同市漳浦県赤湖鎮では、12~6月にかけてねぎの出荷を行なっている。中国からのねぎの輸出量の統計を見ると、従来から日本向けが大半を占めていたが、2011年に入って日本以外の国への輸出が急激に増加している(図5)。これは、韓国における大寒波による影響で1~3月に韓国へのねぎの輸出量が増加したことが要因である。日本向けの輸出量は、平年並みの実績となっているが、東日本大震災の影響から引き合いが弱く価格は低迷している(図6)。
なお、韓国へ輸出されたねぎは、日本向けねぎの製品率が3割なのに対し、韓国向けは7割と品質に対する要求は低いことから、日本向けの規格外品が多く輸出されたと考えられる。このため、漳浦県赤湖鎮のねぎ輸出公司の2011年輸出先国割合は、日本向けと韓国向けがともに全体の47パーセント、残りが東南アジア向けになっている。産地では、今後の韓国への輸出見込みを聞いてみると、販売商社とは連絡が取れない状況のため、従来どおり、日本向けを中心とした輸出が今後も展開していくという。
近年、日本は円高が続いている。人民元もドルやユーロに対して上昇しており、2010年からの円の対人民元のレートを見ると100円当たり7.5~8.3元前後で上昇して推移している(図7)。しかし、国際的な人民元切り上げの圧力は続いていることから、人民元に対して円安となる日も遠くないと思われる。
このように人民元のレートが上昇することで、今後も輸出環境がさらに厳しくなっていくと思われる。
(1)専業合作社での機械の共同利用
中国では、経費の節減対策として、機械化が挙げられる。各農場主が個人で機械化している例もあるが、浙江省慈溪市の冷凍食品会社は、原材料を調達している農場主と専業合作社注1)を設立している。
この専業合作社は、冷凍食品会社、慈恵市の供鎖社注2)と冷凍食品会社と取引している42の農場主が出資して作った集団で、農業用機械の共同管理をしている。42の農場主は、トラクターなどの農業機械を個別に購入すれば、それぞれの農場に必要となるが、同合作社に参加している農場主なら安価なリース料で同合作社が所有している農業用機械を使用できる。また、同合作社に参加していない農場主へも有料で機械を貸し出しているが、これらの収益は、同合作社に参加している農場主に配当されるため、コストの削減に加え配当による収益も期待できる。
注1)2007年7月に施行された「農民専業合作社法」では、専業合作社とは、農村家族請負経営を基に、同類の農産物の生産経営者または同類の農業生産経営サービスの提供者、利用者が自ら連合し民主的に管理する互助的経済組織。
注2)供鎖社とは、伝統的に信用事業を担う農村信用合作社や農産物販売事業と生産資材の購買事業を行なう組織。
(2)限界を迎える機械化によるコスト削減
福建省のねぎ輸出公司では、農場主からのねぎの買い取り価格を輸出価格と利潤を勘案して決定している。同輸出公司は、農場主の出資で設立された会社であるため、お互いが利益を共有する関係にあるが、これまで取り組んできた機械化によるコスト削減対策は、可能な部分については、すべて取り組んでおり限界を迎えている。
このように密接な関係にあるが、2011年のねぎ輸出価格の低迷を受けて、にんじんの栽培へ移行する農場主も増えているという。
(3)中国政府の農産物価格抑制の取り組み
国務院は、2011年12月に「生鮮農産物流通体系確立強化に関する国務院弁公庁の意見」を出した。この意見の中に、野菜の流通段階における付加価値税の免除を示した条項がある。対象となる野菜は根菜類、いも類、ねぎ類、はくさい類、葉物野菜類など14種219品目の野菜である。前述の緑色通道政策と同様に流通経費を削減することで農産物生産コストを抑制することが目的と思われる。
(1)なくならない欧米向け輸出
人民元に対するドル、ユーロ安という状況の中で、欧米に対する輸出環境が急激に変化している。このような中で、欧米向けの輸出が減少するのではないかと考えられているが、欧米向けと日本向けの輸出にはいくつかの大きな違いがある。
一つ目は、欧米向け輸出は、対象品目が少なく1品目当たりのロットが大きいため、輸出コストを抑制できる。一方、日本向けは、対象品目が多く、小さなロットのものを混載して輸出することが多いため、輸出コストが高いことだ。2つ目は、欧米向けは、規格に対する要求が緩やかであるため、製品率が高いことが挙げられる。日本向けは規格に対して厳しいため、欧米向けを日本向けに転換することはできない。これらのことから、欧米向け輸出がなくなることはないと思われる。
(2)国内向け販売
海外への輸出環境が厳しくなり、中国国内の内需が急速に拡大する中で、国内向け販売が増加することが考えられる。中国は、共働き世帯が多く、祖父母が家で料理などの家事を行ない孫の面倒を見ることが多い。共働き世帯も自由市場で生鮮野菜を購入し、これを家庭で調理し、食事を行なうことが一般的だが、今後、日本のように核家族化が進めば、冷凍食品など手軽に調理できる商品が普及すると思われる。このため浙江省慈溪市の冷凍食品会社では、中国国内で冷凍食品が普及するには、時間がかかると考えている。実際、中国のスーパーでは、冷凍餃子などの加工品や肉類は販売されているものの、野菜類の冷凍商品は、冷凍食品の陳列された冷蔵庫の一角で、さといもやとうもろこしなどがわずかに販売されているだけである。
同冷凍食品会社では、国内向けに販売する野菜商品として、調理食品が売れると考えている。また、すぐ食べられるものが好まれることから、ドレッシングなどの調味料とセットになった商品開発を目指している。
中国では日本への輸出は、ほかの輸出先国に比べ、安全性や規格に厳しいという意見がある。一方で、金銭の決裁が確実、数量の安定した販売先と認識されている。このように中国にとって日本は重要な輸出先という状況は変わらない。また、ロシアやベトナムなど東南アジアといった近隣諸国や欧米についても日本より規格が緩く製品率が高いことから、輸出は続くと考えられる。
しかし、生産コストの上昇が続く中で、農場主は、少しでも条件の良い農産物の販売先を探している。その結果、輸出加工企業と契約しているにもかかわらず、条件の良い産地商人へ販売してしまうといったことも起こっている。日本で契約取引に対し、このような行為があった場合は、信頼関係を損なう行為と見られ、その後の取引を中止するなどの罰則を科すが、中国では珍しいことではなく、輸出加工企業もある程度、このような行為を見込んで野菜の調達計画を立てている。しかし、このような不確定要素の多い状況下では、長期的に安定した野菜の調達を行なう環境づくりは難しいと思われる。
中国の産地でも輸出用農産物を生産していたほ場が国内向け農産物に転換を図る事例も見られる。例えば、たまねぎは、国内向けと日本向けでは好まれる規格が異なっていることから、輸出用たまねぎすべてが、国内へ販売されることはない。しかし、雲南省元謀県のように国内での販売条件の良いトマトやきゅうりなどの果菜類の栽培へと移行し、国内向けの品目へ転換することは考えられる。結果として、輸出用たまねぎの生産量は減少し、輸出価格も上昇していく。このように、中国の農産物の価格は右肩上がりの状況が続くと思われる。一方、中国政府は、施設の導入などにより中国国内の野菜生産の拡大を図り、卸売市場やコールドチェーンの整備、緑色通道の適用による有料道路の通行料免除、付加価値税である増値税の免除など需給安定の政策を推進している。
今後、日本が安定した農産物の供給を行なうためには、国内の需給の安定により野菜の調達を行なうとともに、安定した産地を作り上げる必要がある。