立教大学 経済学部
助教 関根佳恵
本稿では、フランスにおける野菜をめぐる動向について、以下の3点について検討する。第一に、「農業大国フランス」における野菜生産の位置付けと野菜生産者の経営状況、第二に、フランス国内の野菜流通経路および野菜生産者と大手小売りチェーンの間の価格形成・取引関係の規制をめぐる動向、第三に、野菜をめぐる新たな動きとしての品質認証制度、産直運動、食育に関する取り組みである。これらの動向は、欧州共通農業政策改革によりさらなる国際競争という文脈の中に位置付けられいていくと思われる。
フランスは、世界有数の農業大国であるといわれている。世界第4位の農産物輸出国(2009年)であり1、食料自給率(カロリーベース)は111パーセント(2007年)を誇る2。しかし、フランスの農業生産者はこの現状に満足していない。経営の窮状を訴えるため、大型トラクターや大量のりんごで道路を封鎖したり牛乳を欧州委員会の建物に浴びせかけたりと、過激なデモも辞さない。これは、フランス農業における部門間格差、ひいては地域間格差の矛盾を露呈しているともいえよう。
本稿では、フランス農業における野菜の位置付けを確認するとともに、生産、流通および消費をめぐる動向について検討する。
フランスはEU諸国内第4位(2010年)の野菜生産国であり、輸出国(2009年)でもある3。しかし、農産物輸出国フランスにおいて野菜は恒常的な輸入超過部門であり(表1)、野菜自給率(重量ベース)は73パーセント(2007年)である4。フランスの野菜生産者は、EU共通市場の拡大、WTOルールの適応およびCAP(共通農業政策)改革などによって厳しい国際競争にさらされ、苦境に立たされている。
ここで、野菜生産の現状についていくつか数字をあげてみよう。野菜生産を担う農業経営体はフランス全国に3万8,200(内9,000経営体が施設栽培)(2007年)5あり、野菜生産に従事する労働力は7万8,700人(2008年)6である。野菜粗生産額30億ユーロは農業粗生産額全体の5パーセントを占め、野菜生産量は生鮮用および加工用を合わせて550万トンにのぼる7。2010年の野菜作付面積23.6万ヘクタールは、農業経営耕地面積全体の約1パーセントを占める。
次に、野菜生産を経営体レベルで見てみたい。野菜生産者(販売額の9割以上が野菜の生産者)373戸を対象にした調査結果(2008年)によると、1戸当たり平均年間販売額50万3,000ユーロに対し生産費は49万1,000ユーロを占め、農業所得は1万2,000ユーロであった8。兼業所得を合算しても農家所得は2万6,400ユーロにとどまり、前年比で17パーセント減少している9。生産費に占める家族労働力の人件費
(年間1万7,100ユーロ/人)は、フランスの法定最低賃金(SMIC)10と同水準である。2000-02年に平均農家所得を32パーセント上回る3万3,900ユーロだった野菜生産農家の農家所得は、2009-11年には平均水準を20パーセント下回る2万300ユーロに落ち込んでおり、野菜農家の経営が厳しい局面にさらされている11。また、近年の農業資材価格の高騰は特に施設園芸農家の経営を圧迫しており、調査対象農家の35パーセントが財政的危機にひんしている12。
フランスには日本と類似した卸売市場制度があり、各地の中央および地方卸売市場には国内外から多種多様な野菜が集まってくる(写真1)。また、2006年から野菜のトレーサビリティが義務化されたため、産地の野菜集出荷場では、箱単位で生産流通履歴を追跡できるように細心の注意が払われている(写真2)。
しかし、日本と同様にフランスでは大手食品小売チェーンの台頭が著しく、卸売市場を経由しない野菜の取引量が増えている。2008年現在、国内で消費される国産および輸入青果物の7割がこうした大手食品小売のチェーン店で購入され、朝市や青空市といったいわゆる「マルシェ」のシェアは16パーセント、八百屋などの専門店8パーセント、外食6パーセントとなっている13。
写真1 パリ郊外のランジス市場にて
撮影:筆者(2008年10月30日)
写真2 仏南西部の野菜出荷団体にて
撮影:筆者(2009年4月30日)
こうした中、野菜生産者は小売チェーンが独自に課す品質基準を満たすことを出荷の条件として求められるようになってきている。欧州の小売チェーンでは、Global Gap、IFS、BRCなどの小売業界が策定した認証の取得を求める動きが強まっているが、フランス国内においてはカルフールなどの大手小売チェーンがGlobalGapよりもさらに厳格な独自基準を定めて生産者に順守させる動きが目立っている14。
さらに、小売チェーンの大型化による公正な農産物価格形成の阻害が、ここ数年問題視されるようになっている。2008年の世界的穀物価格と原油価格の高騰によってフランスでも農業生産費および農産物・食品の小売価格が高騰したが、2009年に農業生産費の高騰が収束しても小売価格が低下せず、農業生産者と消費者が中心となって小売チェーンの「不当利得」を糾弾したのが事の始まりである。小売チェーンによる価格低下圧力などにより2009年の農業者所得が前年比で34パーセント減少したことを重くみたサルコジ大統領は、同年11月に例外的支援の実施を表明した。また、政府は2010年の農業近代化法15の中で農業生産者と買付業者(加工業者および流通業者)の間の取引量と価格形成方式を明文化することを義務付けるとともに、「食品の価格・マージン形成監視機関」という行政諮問機関を設置して、小売チェーンの動向を監視・規制する動きに出ている。
2011年6月の国会で発表された同監視機関の報告によると、野菜・果物の最終小売価格に占める小売業マージン率は品目によって35~60パーセントの間で安定しており(図1)、2009年の「農業危機」の象徴としてあげられる畜産・酪農部門に比べると、2008-09年の価格問題の影響は比較的小さかった16。しかし、年と品目によっては農家販売価格が生産費を下回ることもあり、特に燃料費がかさむ施設園芸農家には厳しい状況であることが指摘されている。
小売チェーンの発展により、より一層厳しい国際価格競争にさらされているフランス農業であるが、こうした競争から一線を画そうとする新たな動きが広がっている。
第1に、農産物・食品の公的な品質認証制度を利用した外国産農産物との差別化が進んでいる17。特に食料市場のグローバル化が進む中で、「原産地呼称統制」や「地理的表示保護」と呼ばれるラベル認証制度が近年注目されている。これは特定の地理的範囲で生産および加工される農産物や食品のみが取得できるラベル制度であり、国際価格競争力はないものの伝統的な生産手法や品種、味覚を守る小規模な家族農業経営体を維持し、地域を活性化する役割を果たしている。もともとは、ワイン、チーズおよびハムなどの加工品を中心に認証取得が進んでいたが、近年になって野菜や果物の取得件数が増えている。この認証を取得するためには、農産物や食品の生産者、加工・流通業者が一体となって自ら生産・加工の細かい仕様や品質基準を策定し、公的機関の厳しい審査を通過しなければならず、申請から認証取得まで5年かかるケースも稀ではない18。しかし、こうした基準作りや公的機関とのやり取りの中で地域の生産者や加工・流通業者らの関係が強化され、また品質に対する意識や地域づくりへの意欲が高まることから、地理的表示制度は地域おこしやピープル・エンパワーメントの手法としても注目されているのである。
第2に、食料市場のグローバル化によって延長されたサプライ・チェーンを見直す動きが活発化している。「短いサプライ・チェーン」を意味する“Circuit Court”と呼ばれる地産地消への取り組みがそれである。具体的には、朝市、青空市や曜市を含む直売所、AMAPと呼ばれる産消提携などがあり、いずれも消費者の居住地域の近く(Proximité)で生産されたものを食べようという試みである19。これらの取り組みは、伝統的品種の保存と継承に向けた取り組みとも連動しており、生物多様性の維持や地球環境問題への対応として持続可能な農業や食料消費を目指す運動にも連なっている(写真3)。
写真3 トマトの伝統品種祭りにて
撮影:筆者(2009年9月6日)
第3に、未来の食を担う子供の教育現場における取り組みがあげられる。フランス政府は、全国的に増加する肥満、心臓病および糖尿病などの防止策として、2001年から「全国健康栄養プログラム(PNNS)」に基づく食育を行い、野菜や果物の消費を推進している20。特に、2006年から始まった第2期(PNNS2)の取り組みでは、野菜や果物の消費量が少ないといわれる貧困層における消費促進が目指されている。また、青果生産流通業者協会(INTERFEL)も1日5点以上の野菜果物の摂取を呼びかけて、教育現場を含めて数多くのイベントを実施している。
こうした食育の現場で大きな役割を担っているのが学校給食であるが、フランス政府は2020年までに学校給食を含めた公的機関の食堂で用いられる食材の20パーセントを有機農産物にするという目標を掲げた。政府がこの方針を打ち出した2008年の翌年には、フランスにおける有機農産物の売上が前年の2倍(9,200万ユーロ)に増加しており21、国をあげた健康増進と持続可能な農業への取り組みが注目されている。自治体による学校給食や高齢者の宅配給食で有機食材を用いる取り組みはフランス全国に広がっており、こうした取り組みの一部は映画化されて日本でも話題を集めた22。さらに、フランスの教育現場では、教育ファーム23を通した農業体験やレストランのシェフによる味覚に関する授業も行われており、未来の食の担い手の教育が多角的に行われている。
フランスにおける野菜生産者は厳しい国際競争にさらされており、また大手食品小売チェーンの台頭によって価格交渉力の面でも課題を抱えている。しかし、他方では政府の公的品質認証制度や地産地消運動、食育といった活動に支えられて持続可能な農業生産を目指す野菜生産者が活躍している。
しかし、こうした取り組みも、WTOルールとの整合性を高める方向で進められている共通農業政策(CAP)改革の影響を免れることはできない。すなわち、青果物の輸出補助金や加工用青果物に対する補助金の段階的廃止は、フランスの野菜生産者全体により厳しい条件下での国際競争を強いることになるだろう24。また、CAP改革後は青果物生産に対する補助制度の対象が生産者団体(Organisations Professionnelles)を組織している生産者に限定されることから、特に生産者団体に加盟していない小規模生産者の経営環境はより不安定化すると予想される。フランスの野菜生産者たちは、ユーロ圏経済が不安定化する中、新たな大競争時代にどのように立ち向かっていくのか、今後もその動向に注目したい。
1 FAOSTAT(輸入額ベース)
2 農林水産省(http://www. maff. go. jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011. html、採録日:2011年12月30日)
3 FAOSTAT(EUの野菜生産量第1~3位はイタリア、スペイン、ポーランド、輸出量第1~3位はオランダ、イタリアで、スペインである)。
4 農林水産省「食料需給表」
(http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/pdf/2007foreign-country-sankou3.pdf、採録日:2012年1月2日)
5 FranceAgriMer et al, Observation des exploitat-ions : Légumières-Résultats 2008(原資料:Agreste, 2007).
6 年間220日のフルタイム労働を行う農業労働力を1人(1UTA)として換算した
(FranceAgriMer et al. ibid. 2008. )。
7 FranceAgriMer et al. op. cit. 2008. データはいずれも2008年のものである。
8 FranceAgriMer et al. op. cit. 2008.
9 農家所得減少の原因のひとつは、生産費が前年比2.7%上昇したのに対し、販売価格は0.9パーセントしか上昇していないことだとされる(France AgriMer et al. op. cit. 2008)。
10 月間169時間で12か月間労働した場合の最低賃金と比較している。
11 Comission des comptes de l’agriculture de la Nation, Les comptes prévisionnels par catégorie d’exploitations pour 2011, 20 décembre 2011, p. 12.
12 2007年比で農業資材代は6パーセント上昇した。中でも肥料代18パーセント、燃料代9パーセントの上昇が経営を圧迫している(FranceAgriMer et al. op. cit. 2008)。
13 FranceAgriMer, Observation des prix et des marges : Filière Fruits et légumes. Caractère généraux du marché, Octobre 2009, p. 3(原資料:CTIFL, Infos-Ctifl, Decembre 2009).
14 筆者のインタビューによる(2009年2月2日、於仏プロヴァンス・アルプ・コート・ダジュール地方)。
15 正式名称La loi de la modernization de l' agri-culture et de la pêche(No. 2010-874)。
16 Observatoire de la formation des prix et des marges des produits alimentaires, Rapport au parlement, Juin 2011.
17 詳しくはフランス原産地呼称機関(INAO)のホームページ(http://www. inao. gouv. fr/)を参照されたい。同制度は、EUの農産物・食品認証制度とリンクしている。
18 筆者のインタビューによる(2010年1月21日、於仏リムーザン地方)。
19 Amemiya Hiroko(ed.), L'Agriculture partici-pative, Presses Universitaires de Rennes, 2007.
20 羽生のり子「野菜果物の消費を重視するフランスの食育」『REAL Nikkei Style』日本経済新聞社、2009年11月eats号、p.26-29およびPNNSのホームページ(http://www. mangerbouger. fr/pnns/)を参照のこと。
21 フランス農業省(http://alimentation. gouv. fr/du-bio-a-la-cantine、採録日:2012年1月2日)。
22 映画ジャン=ポール・ジョー監督『未来の食卓』(原題Jean-Paul Jaud “Nos enfants nous accuse-ront”)(http://www. nosenfantsnousaccuse-rontlefilm. com/)。
23 教育ファームについては、大島順子『フランスの教育ファーム』日本教育新聞社、1999年を参照のこと。
24 青果物に関わるCAP改革の方向については、平石康久「EUの青果物(野菜・果実)共通市場制度の改革案の合意について(概要)」『月報野菜情報』2007年8月を参照のこと(http://vegetable. alic.go.jp/yasaijoho/kaigai/0708/kaigai1.html、採録日2011年11月29日)。
本稿は、日本学術振興会科学研究費補助金特別研究員奨励費および科学研究費補助金基盤(S)「食品リスク認知とリスクコミュニケーション、食農倫理とプロフェッションの確立」(新山代表)による海外調査をもとにしている。