[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

海外情報


カンボジアにおける野菜の
生産・流通事情について

東京農業大学 国際食料情報学部 国際農業開発学科 教授 板垣 啓四郎



1. はじめに

 東南アジアでは、国民1人当たりの所得の増加に伴い、多様な野菜に対する需要が増大してきている。しかしながら、消費される野菜の種類と量、市場向けの供給量、栽培形態、流通システム、輸出入の大きさ、政策のあり様などは、それぞれの国に与えられている自然条件、利用可能な資源賦存量と質、技術や資金などへの入手可能性、野菜に対する嗜好や消費慣習、経済発展の水準などの違いを反映して域内諸国間で大きく異なっている。特に、野菜の貿易においては、域内の取り引きだけでなく、わが国市場へ向けられる潜在的な輸出可能性はますます高まってきている。それだけにわが国においても、東南アジアにおける野菜の生産と流通の実態については、強い関心を持たざるをえないところである。
 筆者は、過去2年間、独立行政法人日本貿易振興機構の委託を受けて、メコン川流域諸国における農業と食品の分野に対するわが国の民間投資の可能性1)につき、カンボジアに焦点を絞って調査を実施してきた。その一方で、東京農業大学では文部科学省の国際協力イニシアティブ教育協力拠点形成事業の一環として「NGOと大学との連携による食農環境教育支援システムの構築」と題した活動をカンボジアとタイを対象国として平成18年度から継続・実施2)しており、筆者も実施者の一人として参加してきた。これらの調査や活動の中で、カンボジアの野菜生産と流通の実態についても、いくつかの知見を得たところである。
 本稿では、東南アジア諸国の中でもカンボジアに的を絞り、同国における野菜の生産と流通の実態について調査で得た知見に基づき明らかにするとともに、野菜の生産と流通に関わる諸課題を整理し、課題解決に向けた試みを紹介することにする。

2. 野菜の生産と流通

(1)野菜の生産

 カンボジア農林水産省の統計によると3)、2007年における野菜の収穫面積は42,000ヘクタール、また生産量は226,400トンであった。しかしながら、野菜は通常、裏庭など農家の周辺で自家消費のために栽培されるケースが多く、統計に出てこない収穫面積や生産量も大きいと考えられ、これらの数値は多分に過小評価されている。また、野菜の生産量は重量ベースでカウントしても、その数量が実態を正確に表わすことにはならない。
 野菜の栽培は、概して稲の収穫が終わった11月から2月にかけての乾季前半に、稲の後作として栽培されるケースが多いようである4)
 カンボジアで栽培されている野菜には実に多くの種類がある。キャベツ、空心菜、レタス、青梗菜、中国ケール、からし菜、はくさいなどといった葉菜類、ナガササゲ、さやいんげん、フジマメなどといった豆科野菜、きゅうり、シロウリ、すいか、かぼちゃなどの果菜類、それにサツマイモのような塊茎根類などが栽培されている5)。これらの野菜は、首都のプノンペン市内にある卸・小売市場、スーパーマーケットでよく見かける。
 市場では一見品目数や販売数量が多いように見えるが、このすべてがカンボジア産とは限らない。むしろ、キャベツ、しょうが、ばれいしょ、にんじん、トマト、はくさいなどは、その多くを輸入に依存している。かつてはタイからの輸入が多かったようであるが、最近ではべトナム南部とカンボジアを結ぶ幹線道路が改修されたことを背景に、カンボジア-ベトナム間の物資往来が格段にスムーズになってきており、ベトナム産野菜の輸入が急増してきている。タイ産よりもベトナム産の野菜が安価で量もまとまっている事情も背景として存在する。統計に表れない非公式な輸入も多く、輸入量の確定した数値が容易に示されない。また、安価なベトナム産野菜のまとまった流入は、国内の市況を圧迫していると伝えられており6)、それが野菜増産への意欲を失わせている。
 しかしながら、ベトナム産の野菜は、外観はよくても栽培の過程で肥料・農薬を多投していると言われており、安全性に問題があると指摘されている7)。その点、カンボジアの野菜栽培は、肥料・農薬の投入量が少なく、トンレサップ湖、メコン川の流域およびその支流域における雨季の稲作の後作として土壌養分の補給に家畜の排せつ物や稲わら、豆がらなどを材料としたたい肥を施用しながら8)、あるいは適時に灌水しながら生産が行われている。ビニールのマルチやトンネルなどの施設はほとんど見かけず、種子もその多くは自家採取したものを利用しているようである。裏を返せば、外部から供給する種子や肥料などの投入財の利用が少なく経常的にコストが低いといえるし、また、その分安全な野菜を栽培しているともいえる。とはいえ、種子を更新し、許容できる範囲で投入財を使用しなければ、自然条件に左右されて作柄が不安定となり、病虫害を被りやすくなって減収する恐れがある。事実、ほ場では、病虫害によって野菜の可食部分がダメージを受けている様子を随所で観察した。

図1 雨季稲の後作としての野菜栽培
(コンポンチャム州)筆者撮影 2008.12

(2)野菜の流通

 国内における野菜流通のシステムは複雑で多様である。現地での聞き取り調査の結果に基づく具体的な事例から、その現状を明らかにする9)。
 プノンペン市内で主として野菜の流通を取り扱っている国内の流通業者T社を取材した。T社は野菜の栽培農家に対して、種子の供給、栽培技術の指導および資金の提供を行い、農家が収穫した野菜を会社が買い上げ、レストランやスーパーマーケットへ販売するというシステムを構築している。聞き取りによると、
① 農業者組織の形成が不十分で野菜の集荷が難しい
② 農業者が同社以外の買い手に販売するケースが後を絶たない
③ 技術講習の機会を設けても農業者が集まらず技術を習得するに至っていない
④ ベトナム産の安価な野菜が市場に出回り価格を圧迫している
などの問題点が聞かれた。T社がいうには、国内に市場需要は確実に存在するものの、均質な野菜の一元的な集荷が困難で供給が対応しきれず、供給の不足分をベトナム産で補っているのが実態のようである。野菜の基本的な流通経路は、農家での生産、産地での集荷、産地からの輸送、卸売市場での取引、小売市場での取引、消費者の購入の順であるが、これにT社の事例でみた農家との契約栽培のような経路、農家から直接消費者やホテルやレストラン、スーパーマーケットなど大口需要者へ販売するケースなどが加わり、流通経路が多元的で不透明性であることは否めない。また野菜が種別ごとに、大きさ、形状、熟度、鮮度、外観などの規準で明確に仕分けされているとは限らず、価格の形成プロセスは必ずしも明らかではない。また、野菜のどの部分が直接消費者向けで、どの部分が加工用なのかもはっきりとしない。またそれぞれの場合の取引形態や価格決定のメカニズムも明らかでない。
 こうした流通システムの不完全性のもとでは、農業者と消費者あるいは流通業者と食品加工企業など実需者の間で野菜の取引が安定的に行われているとはいえず、これに貯蔵施設の不備、市場情報収集の困難さとデータ信頼性の問題が加わり、野菜の市場価格は大きく振幅する。そこには価格の乱高下につけこんで相場を左右する投機的な動きも見られると考えられる。
 流通システムの不完全性は野菜に限られた話ではなく、ほかの農畜水産物にも等しく当てはまる事態と考えられる。これでは健全な農業の発展と食品加工業の振興にはほど遠いといわざるをえない。また、物流に要する輸送費が高いことも、T社をはじめ取材に応じたいくつかの流通業者から同様に聞かされた。高い輸送費は最近のガソリン価格の高騰に加えて、道路事情が悪いこと、輸送車両が不十分なことなども大きく影響していると考えられる。高い輸送費は高い流通経費を招き、野菜など農産物の円滑な輸送を阻害する要因の一つになっている。

図2 農家が営む集落での零細な雑貨店
(コンポンチャム州)筆者撮影 2008.12

 3. 生産・流通の課題と今後の展望

 カンボジアにおいて、野菜の供給が需要を賄いきれず不足分を輸入に依存しているのは、結局のところ生産と流通に関わる以下の諸要因が相互に作用しているからといえる。すなわち、

① 栽培する野菜の種類が限られている

② 土壌の管理や灌水・排水などが不十分である

③ 資金不足により農業投入財を調達できない。そもそもこうした投入財の価格が高い

④ 生産者の知識や能力の制約により、栽培技術が未熟で生産の安定と増産が図れない

⑤ 価格動向など市場の情報が不足しており、市場では野菜の過不足を起こしている

⑥ 野菜の集荷から、仕分け・結束・梱包などの作業、共同出荷・輸送に至る流通システムが不備である

⑦ 市場価格が不安定であることから野菜に生産特化するには生産農家の経営リスクが大きすぎる

⑧ 安価な輸入野菜の流入により市場価格が低く抑制されている

⑨ 大口需要者のニーズに対応できるような種類、規格、ロット、品質の野菜が必要な時期と場所にタイムリーに配送されない。要するに、市場販売価格が低位不安定で、栽培する野菜の種類が少ない上に生産量と市場供給量の規模が小さく、価格など市場情報が少なくて流通システムの不備により野菜をタイムリーに需要者へ配送できない。

 結果として野菜農家の収入水準は低く、野菜の流通も十分に機能しない。したがって、こうした深刻な問題を克服し解決していかないことには、野菜の生産・供給が消費・需要に対応できないのである。
 ここで、野菜の安定的増産を目指した供給システムと野菜価格情報提供システムの構築に向けて活動している2つの事例を取り上げることにしたい。
 アンコールワット近在のシェムリアップにあるT. F社は、貧困な地方の農業者に仕事の機会を与えることを目的にして設置された会社である。T. F社自体は2ヘクタールのほ場で野菜や果実を栽培しているが、近在の農家を組織化してT. F社と農家の間で契約関係を結んでいる。T. F社の経営方針に沿って、農家はT. F社から農業者の自己負担により種子を購入し、資金の供給と技術指導を受け、野菜などを栽培・収穫している。農家の自給用を除く余剰生産物は、T. F社が全量買い上げるというシステムをつくっている。野菜は葉菜類が中心であるが、根菜類も栽培している。ほかにも各種の果実を生産している。栽培方法は、外部からの供給となる肥料や農薬を極力使わず、在来の豊富な資源でたい肥をつくり、マルチ材にはヤシの葉を使用するなどした有機農業である。農家からの集荷は大きな問題で、徐々に農業者組織は形成されつつあるものの、ほかの買い手が有利な条件を出せば、そこへ販売してしまうケースが後を絶たないようである。また、農業者が新しい技術や情報を得てもそれを理解し認識する能力が不足しており、技術講習などの集会を開いても農業者が集まらないという。モデル農家を育成し、そこを中核として農業者による技術普及も実施している。また、生産者は女性が中心なので、女性にターゲットをしぼった技術の普及と研修などを実施していきたいとのことであった。T. F社が今後売れそうな野菜として目指しているのは、パセリ、リーキ、バジル、レッドサラダなどである。
 一方、野菜価格情報提供システムの構築を目指して活動しているのは、カンボジア農林水産省統計企画部に設置されているCAMIP(Cambodia-Canada Agricultural Market Information Project) である。CAMIPの主要な目的は、農業者、流通業者そして政策立案者に対して関心の深い市場情報をタイムリーにアクセスできる仕組みづくりである。聞き取りによると、CAMIPは市場の情報(市場ごとの農産物別の価格の動き)を、FMラジオ、Webサイト、出版物などを通じてタイムリーに関係者(農業者、商人、政策立案者など)に送信するシステムを開発し、すでに実用化しているとのことであった。CAMICの実施主体であるAMO(Agricultural Marketing Office)は情報システムの改善に努めながら、主要な市場から農産物ごとの価格情報を集約し、それを農業者や普及機関などに発信している。また市場情報を活かして、農業者が収益の上がる農産物を選択したり、出荷最盛期を外したオフシーズンに出荷するタイミングなどを教示したりしている。また、農産物を腐敗しやすい農産物(野菜、果実、畜産物など)と腐敗しにくい農産物(穀物など)に区別して、透明性の高い市場情報を活かす方法を考えている。品質の違いに基づく等級別の市場情報も必要なので、そうした情報提供システムの構築も今後の取り組むべき重要な課題としている。CAMIPの業務は大変重要と考えられるが、実際のところそれを関係者などが利活用する機会は少ないようである。シェムリアップ市でインタビューに協力した農業者の間で、その存在を知る者は誰もいなかった。この情報提供システムの普及が今後の課題である。
 以上のように、カンボジアではここに示した野菜の安定的増産を目指した供給システムと野菜価格情報提供システムの構築といった地道な努力を通じて、野菜の増産と円滑な流通を少しずつ進めていきながら、さまざまな課題を克服し、野菜の自給率向上を目指している。

1)独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部委託事業「東アジアの食糧安全保障と日本の役割~GMS地域協力への新たな取り組み~」(主査:荒木義宏)。本稿の内容は、JETROに提出した報告書「カンボジアにおける農業の現状と食料・農産物輸出の可能性」(板垣啓四郎、2010年、未定稿)に依拠している。

2)東京農業大学が平成18年度から実施している「国際協力イニシアティブ」教育協力拠点形成事業であり、21年度は『開発途上国の初等教育における食農環境教育の普及と推進モデルの構築』(課題代表者:三原真智人)と題して活動を行った。22年度も継続して実施する予定である。

3)Cambodia Statistics Office, Department of Planning and International Cooperation が刊行しているStatistical YearbookのなかのAgriculture, Forestry and Fisheriesの統計数値に依拠している。

4)河原壽・吉田由美「カンボジアにおける野菜の生産・流通・貿易の現状」(「野菜情報」2006年5月号)vegetan. vegenet. jp/ippan/cambodia. pdf(アクセス日:2010年4月9日)

5)引用文献は4)と同じ

6)板垣啓四郎(2009)「カンボジア 農業・食品加工投資の現状と課題」ジェトロセンサー、第59巻第705号、日本貿易振興機構、pp.64-67

7)現地調査のインタビューに応じてくれた複数の市場関係者、食品企業者が異口同音に指摘している。

8)カンボジアにおけるたい肥の作り方は、2)の事業活動の一環として作成したテキスト"Sustainable Farming Practices for Environmental Conservation"(eds. Machito MIHARA andAkimi FUJIMOTO)に詳しく説明されている。

9)野菜の流通および生産・流通の課題については、1)と6)に記した引用文献に依拠している。



元のページへ戻る


このページのトップへ