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韓国における野菜の生産・流通事情
~力強さの要因を探る~

中村学園大学 流通科学部 教授 甲斐 諭



1. はじめに

 韓国では、1993年2月に発足した金泳三政権が従来の農業政策とは異なる自由化時代の新農政を掲げ、その中で「攻めの農政」を強力に展開して、日本向けの農産物輸出を推進した。1994年3月には、農漁村の競争力強化、農漁村産業基盤施設の拡充、農漁村地域開発事業に必要な財源を確保することを目的に「農漁村特別税」を導入し、農業部門への財政的な支援を強化した〔1〕〔2〕。その後も1999年の「農業・農村基本法」の制定、2004年以降のチリ、シンガポール、EU、米国とのFTA(自由貿易協定:FreeTrade Agreementの略で、特定の国や地域の間で、物品の関税やサービス貿易の障壁などを削減・撤廃する協定)の推進などを経て、韓国の農政は競争力の強化に努めている。
 特に韓国は農産物の輸出に官民一体となって取り組んでおり、日本の農産物輸出政策にとって参考になる点が多いと判断し〔3〕、2009年8月に韓国の対日野菜輸出基地と流通施設を調査した。以下、その調査の事例分析を通して輸出を行う農業生産法人と農協直営型量販店の成長要因を分析し、今後の日本にとっての課題を考察する。

2. 対日野菜輸出会社・農産貿易株式会社の成長要因分析

(1) 会社の概要

 韓国全羅北道金堤市にある農産貿易株式会社(以下、「農産貿易」と略記)は、韓国を代表する農業会社法人であり、パプリカとトマトを生産し、輸出する会社である。パプリカを年間約1,000万ドル( 約9億3千万円)、日本の企業を通じて日本国内の大型流通企業に輸出している。

(2) 農産貿易の現状

 ① 生産段階の規模

 農産貿易は、営農法人および22の施設農家(参加農家94戸)により構成され運営されている。会員農家の施設栽培面積はパプリカ10万5千坪(約35ヘクタール)、トマト2万8千坪(約9ヘクタール)である。生産量はパプリカ約6,000トン、トマト2,800トンであり、それらの生鮮農産物を輸出と国内向けに販売している。選別、包装、出荷は共同で行われ、生産農家の栽培履歴と商品の管理および共同マーケティングを実施している。ロックウール(玄武岩、鉄炉スラグなどに石灰などを混合し、高温で溶解し生成した人造鉱物繊維)、種子および農薬、天敵などの施設園芸に必要な資材は共同で購入し、また輸入も行っている。ISO9001(品質マネジメントシステム規格)認証による管理体系の革新、栽培履歴管理による安全性強化、GAP(適正農業規範)認証による安全性の確保に努めている。
 労働力にはフィリピン人労働者を多く雇用している。農家段階でもERP システム(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)を採用し、生産、出荷、労働力管理に利用している。先進農業国の新技術と情報を収集しており、栽培技術の把握、分析、教育を定期的に実施している。ERP システムを通した環境と水分と天敵の管理、収穫量予測、品質管理などのすべての栽培情報の管理、点検を行っている。

写真1 外国人を雇用した大型パプリカ生産

写真2 栽培管理などに活用している電算システム

 ② 集荷・流通・輸出段階の規模

 集荷選果場は930坪、低温貯蔵庫は180坪、一般倉庫および職員福祉厚生施設は400坪である。パプリカとトマトの選果機各1基、40フィート(約12メートル)コンテナ専用ドック、冷蔵車両専用ドック、そのほかを保有している。
 物流はコールドチェーンシステムであり、生産履歴、流通履歴追跡用バーコードシステムを採用している。また、ERP システムで運営されており、栽培管理、商品化、流通、事後管理処理などの一貫処理および管理がなされている。韓国農水産物流通公社が2004年に開発した輸出農産物共同ブランドである「Whimori」の認証を受けている。
 一方、国内では、サムスンホームプラス、ホームエバー、ロッテマート、GSリテールなどの大型流通企業およびデパート、公営卸売市場に出荷している。農産貿易から販売されている韓国国内向け商品は韓国内の量販店に納品しており、自社冷蔵車両を利用して顧客に届くまで鮮度を維持した高品質のパプリカを提供している。

写真3 清潔な密閉式選果場

写真4 日本の大型量販店への輸出用パッケージ

(3) 農産貿易の成長要因

 農産貿易の成長要因は次のように分析される。
① 緻密な生産計画を立て、品種選択、は種日の指定、農家別色種分配、資材共同購入を実施している。
② 契約栽培を行い、生産履歴管理、収穫量予測、栽培技術教育、GAPを忠実に行っている。
③ 確実な収穫のため、収穫予定日の管理、冷蔵車両による運送、ERPへの出荷内容の入力を実施している。
④ 入庫量をERPに入力し、入庫数量を確認し、農家別、色別分類を行い、入庫品の品質評価をしてERPに入力している。
⑤ 厳格な選別・包装を行うため、生産者別に農産貿易の標準規格と品質基準による選別を行い、バーコードによる電算化を図り、ERPによる共同計算を実施している。
⑥ 大口顧客への輸出と国内販売を行っている。輸出は日本市場の大型流通企業へ納品し、国内には最大流通企業に出荷している。
⑦ 生産履歴の確認、天敵などの有機農法の推進を行っている。
⑧ 広報、販促(販売促進活動)による消費促進、最盛期の集中広報、販促、市場成長規模予測、生産計画の策定を行っている。
 以上のように農産貿易の成長要因は8つ指摘できるが、結論的に言えば、1. 栽培農家の生産管理を行い、2. ERPシステムによる栽培農家の生産履歴と農薬使用内訳の管理を行い、3. GAPによる運営が行われていることの3点を重要なポイントとして明示できる。
 日本の農産物の輸出を目指す農業法人にとって、この農産貿易は参考になる好例である。

3. 株式会社farmsonの生産・流通・輸出戦略

(1) 会社の概要

 韓国忠清南道論山市にある株式会社farmson(以下、「farmson」と略記)は、トマトやいちごを大量に効率良く生産し、国内の量販店と契約により流通させ、米国、台湾、ロシアに輸出するなど、力強く発展する農業法人である。
 低温貯蔵庫、GAPの前処理設備、選果施設を備え、高品質の農産物を差別化したブランドと先進的な流通システムを構築している。その結果、国内外の消費者に安全で環境にやさしい農産物を供給することが可能になっている。


資料:調査収集資料より作成

(2) 事業分野

 取扱品目は、いちご、すいか、みかん、なし、トマト、りんごなどのうち、親環境認証品(有機・減農薬栽培認証品)を主に生産し、流通させている。主要取引先は、国外では米国、台湾、日本、ニュージーランドなどであり、国内ではEマート、ニューコアアウトレット、インターパークマート、ホームプラスなどである。

写真5 アジア屈指の大きさを誇るハウス

資料: 調査収集資料より作成

写真6 メロンなどに利用される非破壊型選果機

(3) 事業推進の現状

 ① 商品化戦略

 GAP認証農産物の認証施設3カ所(論山市、晋州市、高霊市)を所有しており、そこで差別化された商品を開発し、GAP認証農産物の販売先へ出荷している。親環境認証農産物とGAP認証と連携した商品化により、消費者の信頼確保および売上高の増加を進めている。
 農家の組織化および会員のデータベース構築を進めている。農家の組織化では親環境農産物生産農家団体およびGAP認証生産団体の組織化を、15の市郡の32組織における842人を対象に展開している。

 ② 専門的な人材の確保および教育

 専門的な人材の確保を図るため、公開採用により優秀な人材の確保を行い、3名を採用し、さらに農学修士2名、農学博士1名を採用している。同社には、GAP認証審査要員を7人擁している。マーケティング管理士を2人(流通公社教育院のマーケティング大学課程履修者)と農産物品質管理者を3人(1次合格者)擁している。

 ③ マーケティングとプロモーション

 大型専門売場を開設し、販売促進を行っている。また、Eマートとの合同で親環境専門売場を開設し、現在、8店で販売促進を行っている。
 さらに、トマト専門売場を開設し、Eマートトマト専門ショップの3店で販売促進を行っている。

 ④ GAP認証による高品質農産物認証の拡大

 当社は、2006年11月15日にGAP認証機関に指定された。認証対象はGAP農業を実践する個人と組織(部会、営農組合法人など)であり、認証対象地域は韓国全土である。

(4) 中東と日本への輸出努力

 同社は、国内販売はもちろんのこと、今後は海外への輸出に力を注ぐこととしている。特に、中東と日本を新たな輸出先として重視している。これは日本の農業法人にも非常に参考になる。

資料: 調査収集資料より作成

4. 農協流通とハナロクラブの食品安全・安心確保対策

(1) 農協直営型量販店

 韓国においては、食の安全性が重要になっている。ここでは食品小売業の中でも、農協流通と農協中央会が運営する小売店であるハナロクラブの食品安全性確保を検討する。
 韓国では、食品の安全性に対する消費者の関心が高まっているので、ハナロクラブを含むEマート、ホームプラス、ロッテマートのなどの大型マートは、安全性に配慮した流通システム構築に努力している。中でも、ハナロクラブ(良才店)は生鮮食品の安全性確保対策に熱心で、その分野のトップランナーである。取扱う商品はすべて韓国産であり、親環境農産物を多く陳列している。

(2) 韓国の生鮮食品流通における業態変化

 ① 拡大する大型マートのシェア

 韓国においては、1995年以降、生鮮食品流通における業態変化が顕著であり、百貨店とスーパーマーケット(以下、「スーパー」と略記)の販売額が停滞しているのに対して、大型マートとコンビニエンスストア(以下、「コンビニ」と略記)が著しい増加を示している。大型マートが成長した理由としては、大規模な売場面積を有し、豊富な品揃えによるワンストップショッピング(複数のジャンルにまたがる買い物や、金融サービスの利用などのあらゆる目的を、消費者が1箇所で済ますこと)が可能な場の提供、低価格での販売が指摘できる。
 韓国の消費者の食料購入先も変化している。若年層ほど食料の購入先として大型マートを利用する傾向が強く、20代と30代ではそれぞれ62.5パーセントと53.4パーセントとなっており、半数以上の消費者が大型マートを利用している結果となっている。

 ② 大型マートの中でのハナロクラブの位置

 韓国の大型マートの企業別販売額を検討すると、上位はEマート、ホームプラス、ロッテマートを中心としたいわゆるビッグ3企業が占め、ハナロクラブはカルフールについで第5位となっている。しかし、これは企業全体の売上であり、単一店舗での売上では、ハナロクラブの良才店が第1位、倉洞店は第2位と上位となっている。
 各企業の販売額構成比をみるとハナロクラブの場合、食料品の割合が80.1パーセントと他の大型マートに比べて高い。ちなみにEマートは49.5パーセント、ロッテマートは50.1パーセントである。

写真7 非常に広い韓国伝統食品売り場

(3) 農協流通における食品の安全・安心確保への対策

 食の安全・安心確保に関する事項については、GAPの認証農産物の導入、親環境農産物の販売、ハナログリーン365運動などにみることができる。このほか、生産履歴が公開された農畜産物やDNA検査を行った韓牛をPB(自ら企画、生産して販売する独自のブランド商品であるプライベートブランドの略)として販売するなど食品に対する安心確保に対する対応も実施している。
 1998年3月に良才農産物総合流通センターに残留農薬の迅速検査が導入され、同年7月に倉洞農産物総合流通センターに品質管理室が設置されたのを契機として、品質管理に対する取り組みが実施されている。農協流通では、社内に設置された品質管理委員会を中心に、品質管理への取り組みが行われている。品質管理委員会は、2000年7月に組織された品質管理チームから構成されており、2004年には農産物の品質安全分科会、原産地表示点検班の発足など新たな組織が発足している。
 安全について品質管理委員会を中心とした体制が構築されており、これらを通した安全管理が行われている。一方で、親環境農産物の販売など環境に配慮して生産された農産物、生産履歴が公開された農産物の販売などを通して、消費者の安心を確保しようとする対応がみられる。なかでも、農協流通独自のトレーサビリティ・システムを開発するとともに、システムに対応したPB農産物を販売するなどの対応を行っている。

写真8 店舗全体で輸入品を取り扱わない売り場

写真9 伝統食品を客の前で計量販売する売り場

5. むすび

 韓国の輸出志向型食料生産法人と農協直営型量販店を調査した結果、次の諸点を力強さの要因として指摘できる。
① 企業は高い経営理念を持ち、大規模化と先進的な農業の展開のために絶え間ない努力と農業の企業化を推進し、同時に農民の所得増大と権益保護を図っている。
② 生産者・販売者主体の流通戦略ではなく、消費者の要求に合わせた流通戦略を構築し、持続的発展に努めている。
③ 共同選別、共同包装、共同出荷を行い、生産農家の栽培履歴管理、商品品質管理および共同マーケティングを実施している。日本では農協が実施していることを韓国では農業法人がきめ細かに実践している。
④ ISO9001認証による管理体系の革新、栽培履歴管理による安全性強化、GAP認証による安全性の確保に努めている。
⑤ 労働力として外国人を多く雇用している。
⑥ 農家段階でもERP システムを採用し、生産、出荷、労働力管理に利用している。
⑦ 国外に農産物を輸出するとともに、国内ではサムスンホームプラス、ロッテマートなどの大型量販店およびデパートと直接取引をしている。
⑧ 大型農業法人が親環境認証組織やGAP認証組織になり、親環境農産物とGAP農産物の普及と生産拡大に努めている。
⑨ 大型農業法人が韓国農林水産情報センターや電算化専門業者の株式会社ユービネット本社と連携し、電算網の構築を進めている。
⑩ 専門的な人材の確保を図るため、公開採用により優秀な人材の確保を行い、農学修士や農学博士、マーケティング管理士、農産物品質管理者を雇用している。
⑪ 農協中央会が農協直営の大型量販店を全国主要都市に展開し、親環境農産物など安全性に配慮した農産物を販売するとともに、トレーサビリティ・システムを構築して消費者に安心感を与えるなど、広く国民の支持を得ている。
 以上のように、韓国の農業法人は力強く展開しているが、その背景には国家的な支援が大きいことも指摘しておく必要がある。食品の安全・安心では国立農産物品質管理院が担当し、農業技術や情報化には政府研究機関である農村振興庁などが協力し、農産物の輸出には農産物流通公社が貢献している。
 本稿で検討したように、韓国の官民一体となった輸出志向型食料生産法人の育成と農協直営型量販店の展開による農業の展開、農村の振興への努力は、日本の農政施策の立案にとって学ぶべき点が多い。

≪参考文献≫
〔1〕 柳 京煕・姜 暻求「韓国の農業政策の転換と野菜生産・流通の新たな展開(1)~韓国の農業政策の展開過程~」『野菜の情報』2009年12月号、2009年。
〔2〕 柳 京煕・姜 暻求「韓国の農業政策の転換と野菜生産・流通の新たな展開(2)~韓国の青果物流通変遷、自由化による大変身~」『野菜の情報』2010年1月号、2010年。
〔3〕 甲斐諭『食農資源の経済分析』農林統計協会、2008年。



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