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東北タイのコミュニティマーケットの現状

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
中央農業総合研究センター
マーケティング研究チーム長 佐藤 和憲



1.東北タイ農業の問題点

 タイで最も貧しい地域といわれている東北タイでも、近年、タイ経済の全体的な拡大や農産物価格の上昇、農産品の輸出拡大も手伝って、農家所得は徐々に向上してきており、電化製品が普及しつつあり、中にはピックアップトラック注1)を持つ農家まで出現している。しかし、従来から指摘されてきたさとうきびやキャッサバの連作による地力低下や病虫害の多発、作目の少なさによる収益変動リスク、さらにそれらによってもたらされる農家の借金といった問題は解決されていない。また、現金収入に乏しい農家が野菜・果実や加工食品まで外部から購入してくるという生活面での問題も指摘されていた。

 こうした状況に対して、1990年代後半から農業経営の複合化や農家の食料自給を進めようとする動きがタイ王室を始めとして周辺から出てきた。タイ王室が主導するロイヤルプロジェクトでは、東北タイ各地で野菜や果樹を導入した農業経営の複合化に必要なため池の整備等を支援している。また、国際協力銀行(JBIC)のプロジェクトのひとつ円借款事業「タイ農地改革地区総合農業開発事業」注2)(以下「PRO-IAD」)では、1998年からため池や農道等のインフラ整備、農民参加型による組織やネットワーク開発、有機肥料による土壌改良と森林保全を進めている注3)

 また一方では、日本のNGOである(特定非営利活動法人)「日本国際ボランティアセンター」(以下「JVC」)は、農村住民の経済的な自立を促すため、村民による村民のための市場を支援する「地場の市場プロジェクト」を、2000年から2005年にかけて東北タイ・コンケン県ポン郡を中心として進めてきた。朝市を始めた地域は、当初2地域4集落であったが、現在では8地域16集落に広がっている注4)。この朝市は、村民が自分の村で朝市を立ち上げて、自分の作った作物や総菜加工品を村人に販売している。この運動は、この地域の周辺の東北タイ農村に影響を与えており、先に挙げたPRO-IAD事業でも、この「地場の市場プロジェクト」で設立された「町と村を結ぶ市場」をモデルとして、PRO-IAD事業導入地区においても、その集落に住んでいる農民が自ら運営し、農民が作った農産物などを生産し、集落またはその周辺部の住民に販売する「コミュニティマーケット」と呼ばれる市場の設置を進めている。その他にも、東北タイ各地に農家やNGOによる運動や補助事業によって、こうした市場が設置されている。


図1 東北タイと関係地区

 著者は、残念ながらポン郡の「町と村を結ぶ市場」を見学する機会は未だ得てないが、PRO-IAD事業の一環として設置されたコミュニティマーケットについて、現地取材したので、その事例について紹介する。


注1)米国の自動車の分類のひとつで、大型以外のボンネット型トラックの総称

注2)日本の政府開発援助(ODA)の事業のひとつ。東北タイ4県(ムクダハン、サコンナン、マハサラカン、コンケン)の農地改革地区において、ALRO(農業協同組合省農地改革局)より開墾地の耕作権を配分された農民(農家)に対して農業用ため池と周辺農道の整備、マイクロ灌漑等の支援をすることにより、総合農業の普及を図り、農民の生活改善、農民グループの活動を通じたコミュニティ全体の体力強化、また農地に隣接する保全林の開墾の抑制、森林の保全に寄与する事業(JBICホームページより)

注3)小田哲郎「タイの参加型農村開発事業における『村の市場(いちば)』の果たす役割」 国際開発学会2006年度春季大会報告論文集、25-28参照

注4)日本国際ボランティアセンターのホームページ
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/thailand/prj01cover.htmlによる



2.PRO-IAD事業によるコミュニティマーケットの実態

 PRO-IAD事業の導入地区では、2004年頃から自家消費分以上の野菜や果実を生産できる農家が出てくる中で、販売先の確保が必要となった。これに対して、PRO-IAD事業のコンサルタントチームは、当時JVCによってコンケン県ポン郡に開設されていた、「町と村を結ぶ市場」をモデルとして、ため池建設などのハード事業の導入地区のうち10地区をパイロット地区とし、コミュニティマーケットの設置を進めるためのサービスを追加し、農民参加型の調査活動や先進地視察を行いながら推進してきた。

 2007年現在、10地区のうち8地区でコミュニティマーケットが開かれており、2007年にはコンサルタントチームにより運営マニュアルも作成されている。以下では3つの地区におけるコミュニティマーケットの実態について見ていきたい(図1)。

1)ジョドノンケー集落
  コンケン県ポン郡ジョドノンケー区ジョドノンケー集落は、東北タイの中核都市であるコンケン市から車で南へ1時間弱の距離にあり、世帯数589戸、人口2,198人の集落である。

 集落内の農家経営は、1戸平均22ライ (3.5ha)注5)の農地で、自給兼販売用の水田水稲作を中心としながら、肥育牛、キャッサバ、さとうきびを中心として営まれている。1戸当たりの年間農業所得は約16,513バーツ(53千円)注6)であるが、東北タイの平均農業所得は約15,000バーツ(48千円)であるので、これより若干高い。

 ちなみに、東北タイの平均的な農家所得は約72,000バーツ(231千円)であるので、概して農業外の所得への依存度が高いことがわかる。この集落でも同事業によりため池が設置されてから、野菜や果実の有機栽培を取り入れた複合農業を始めた(写真1)。

 ジョドノンケー区の中心部には、11軒の商店があるが、これまで農家自らが消費者に直接販売できるマーケットはなかった。従来からわずかに行われていた野菜生産の販売先は集荷業者であった。同集落のコミュニティマーケットのリーダーであるA氏によれば、北部タイ・チェンマイの農民直売市場を見学してコミュニティマーケットの導入に踏み切ったという。

 マーケット用地(約1,500m2の空き地)は公衆衛生省の出先機関から無料で借りている。マーケットは毎週日曜と木曜の2回、15~19時に開催されている(写真2)。2006年の年間販売金額は1,130,000バーツ(3,627千円)に達しており、8地区のマーケットの中では大きいほうである。



写真1 PRO-IAD事業で整備されたため池
写真2 ジョドノンケー集落のコミュニティマーケット

 出店者は全体で40名近くいるが、常時出店しているのは27名前後である。同集落内の出店者は常時18名で、販売されている品目は、野菜、果実、総菜類である。集落の特産品は、鶏肉、蟻の卵、スパイスとして使う昆虫、カタバミ、スパイスとして使う野草であるというが、著者が訪れた日の市場では、野菜では空心菜、いんげん、葉ねぎ、トウモロコシ、ハーブ類、果実ではすいか、バナナ、シャカトウ、総菜類ではタイ風焼き鳥、チマキ、野菜のスープ風煮付け等が販売されていた。

 ただし、同集落の中心部に立地するためか、日用品や衣類を主体とした集落外の行商人(平均9~10名)の出店も許可されている。このため、商品の集落内生産比率は65%にとどまっている。マーケットの年間販売額を常時出店者1人当たりにすると約41,885バーツ(134千円)、集落世帯1戸当たりにすると1,918バーツ(6千円)となる。

 販売方法は、出店者が屋台で顧客と対面販売するといった方法である。顧客は集落内住民がほとんどであるが、周辺からの来客もある。手数料は、集落内出店者は1日5バーツ(16円)、集落外出店者は10バーツ(32円)を負担している。

 A氏によれば、複合農業による有機栽培野菜・果実の生産とコミュニティマーケットで販売することにより、従来、年1~2回に限られていた現金収入が日銭で入るようになったことで、農家経済を潤しているという。

 また、消費側からみると、従来、外部から購入していた加工食品や総菜等の一部をコミュニティマーケットで購入できるようになったことから、現金の集落外への流出が減少したという。さらに、定期的にマーケットに人が集まることにより住民間での交流が活発になったともいわれている。

 今後の課題は、これからもコミュニティマーケットを継続していく維持するための、手段や方法を考えていくことである。

2)ノントン・ノンタム集落
  マハサラカム県ボラブー郡ノンデン区ノントン・ノンタムの両集落はコンケン市から東南にある県都マハサラカム市から自動車で30分程度の平坦農村にあり、世帯数280戸、人口1,369人の集落である。農家経営は、1戸当たり平均18.4ライ(2.9ha)の農地で、自給兼販売用の水稲と肥育牛を中心とし、その他にキャッサバやさとうきびを加えて営んでいる。

 1戸当たりの年間農業所得は約16,353バーツ(52千円)である。野菜については、従来からわずかではあるが生産し、集荷業者に販売していた。

 一方では、バンコクなどへの出稼ぎが少なくない。こうした中で、PRO-IAD事業で82戸分にため池が新設・拡張され、42戸で野菜や果樹の有機栽培を取り入れた複合農業が開始された(写真3)。この集落での複合農業の特徴は、農家自身の所有地での生産だけでなく、公有ため池を水源として共有地70ライ(11.2ha)でも、生産を行っていることである。


写真3 ため池を水源として灌漑された野菜畑

 集落内には6軒の商店があるが、一般農民が直接販売する形態のマーケットはなかった。こうしたことから、2004年に両集落が共同でコミュニティマーケットを設置した。マーケットは毎週金曜日に1回開催していて、通常22名前後が出店している。集落内出店者(平均20名)が販売する品目は、野菜、果実、総菜類で9割以上を占めているが、外部の行商人は平均2名で少数である。

 したがって、商品の集落内生産比率は91%と高い。集落の特産品は、ケール、カリフラワー、ちんげんさい等の野菜だという。販売方法は、出店者毎の顧客と対面販売するといったものである。顧客は集落住民が主体である。2006年の販売金額は33万バーツ(1,059千円)で、8地区のコミュニティマーケットの中では小規模である。マーケットの年間販売額を常時出店者1人当たりにすると14,991バーツ(48千円)、集落世帯1戸当たりでは1,178バーツ(4千円)になる。

 また、ため池を利用して有機農業を行っている農家は、集落内のコミュニティマーケットの他に、ボラブー郡公立病院で開催しているグリーンマーケット、およびマハサラカム市のサンデーマーケット(有機農産物の直売市場で毎週日曜開催)にも出店している(写真4)。


写真4 ボラブー郡公立病院内のグリーンマーケット

 なお、公立病院のグリーンマーケットは、PRO-IADコンサルタントのA氏が病院長をポン郡の「町と村を結ぶ市場」に案内したのを契機として病院が開設したもので、病院としては患者やその家族に安全な食品を提供することを目的としている。このため衛生検査や残留農薬検査は病院側が行っている。

 両集落の有機農業グループ(42戸)は交代で4~5戸がグリーンのマーケットに出店しているが、自家生産した野菜・果実の他に他の農民から買い取ったものを併せて販売している。著者が病院のグリーンマーケットを訪ねた時には、野菜では空心菜、葉ねぎ、チシャ、ハーブ類、果実ではバナナ、ナツメ、その他総菜類が並べられていた。

 同集落のコミュニティマーケットのリーダーによれば、有機栽培は、化学肥料を使わず、農薬も使わないため手間がかかるが、現状では需要が多く、生産が追いつかない状況にあるという。

3)ノンケン集落
  ムクダハン県ドンルアン郡ノンケン区ノンケン集落はラオス国境のメコン川沿いのムクダハン市から自動車で1時間弱の森林地帯にある世帯数146戸、人口688人の集落である。農家経営の特徴についてみると、1戸当たり農地は平均18.3ライ(2.9ha)あるが、農業所得の9割以上を畑作のキャッサバに依存しており単作的な傾向が強い。1戸当たりの年間農業所得は12,723バーツ(41千円)とやや低い。

 PRO-IAD事業でため池が設置され、野菜の有機栽培を取り入れた複合農業が導入されているが、農地所有権を持たないため、ため池が設置できない住民もいる。

 同集落は、かつて森林や河川からの採集物に依存した自給自足に近い状態にあったとみられる。現在では集落内に15軒の商店があるが、一般農民が直接販売できるマーケットはなかった。2005年に集落内の寺の敷地にコミュニティマーマーケットを設置した。

 マーケットは毎週金曜日に1回開催していることになっているが、農繁期は農家でもある出荷者が忙しいため、開催できないことが多い。出店者は通常13名前後である。集落内出店者(平均10名)が販売する品目は、森林や河川からの採集物(タケノコ、キノコ、山菜、淡水魚類、昆虫類、その他)が多く、次いでそれらを原料とした加工品や総菜類、ため池灌漑で生産した有機野菜となっている(写真5)。


写真5 販売用として袋詰めされたタケノコ

 集落外の行商人はほとんど出店していない。このため商品の集落内生産比率は86%と比較的高い。販売方法は、出店者が露店で顧客と対面販売するといったものである。顧客は集落住民がほぼ100%を占めている。2006年の販売金額は34万バーツ(1,091千円)であり、8地区のコミュニティマーケットの中でも小規模なほうである。マーケットの年間販売金額を常時出店者1名当たりにすると30,476バーツ(98千円)、集落世帯1戸当たりにすると2,328バーツ(7千円)になる。

 著者がたまたま訪れた時に開かれていた集落ワークショップでは、住民から、メリットとして「現金が集落内で循環する」、「コミュニティマーケットは、ロットの小さい商品でも売れる」、「顧客にとっても商品選択の機会が増えた」、「良い品が買える」、「地元の安全な食品が買える」、「買い手にとっては価格が安い」、「運賃の節約になる」などがあった(写真6)。


写真6 ノンケー集落でのワークショップ

 また、一方では、「農繁期(雨期)には集落住民は皆忙しいため出店者、顧客とも少なくなってしまう」、「品数が全般的に少ない」、「顧客は価格だけに関心があり安全性に対する関心は薄い」、「マーケットの屋根が傷んだまま放置されている」、などの問題点も指摘されていた。


注5)1ライ 1,600平方メートル

注6)1バーツ 3.21円(2008年8月6日現在)で換算


3.コミュニティマーケットの特徴と課題

 今回、紹介したPRO-IAD事業によるコミュニティマーケットは、前段でも紹介したが集落住民自らが運営する、集落またはその周辺部を集荷圏及び商圏とし、多様な生産と消費を直結させる市場(いちば)である。

 また、有機農業や複合農業の一部門として生産される有機農産物、小ロットで不均一な農産物、および手作り総菜類に適した流通経路としての性格もあげられる。この点については、ノンケン集落が典型である。

 ただし、ジョドノンケー集落やノンタム・ノントン集落では、集落外からの出店者や顧客もある。一方、ノンタム・ノントン集落では外部のマーケットへの出張販売も行われており、やや広域での流通の一端を担っている。マーケットの年間販売金額を集落の住民1世帯当たりにしてみるとわずかな額にしかならないが、常時出店者1人当たりでみると副業としてはそれなりのウエイトを持つ。

 それは、他の商品作物の収入は収穫時期等に集中するため、コミュニティマーケットから得られる日銭は少額でも貴重な現金収入であり、集落内の経済の循環を促すとともに、農家経営の活性化に側面から寄与しているといえよう。今後の課題としては、マーケットの維持存続に必要な資金積立金の仕組みの確立、および野菜や果樹の栽培技術の全般的な向上が求められるところである。




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