九州大学大学院農学研究院
助教 新開 章司
1.はじめに
大規模農場での大規模生産と大量流通がアメリカ農業の大きな特徴である一方で、家族経営による小規模農家が依然として多く存在し、地域経済の重要な役割を担っているのもまたアメリカ農業の一側面である。そのような小規模農家の重要なマーケティング・チャネルのひとつであり、いわゆる「地産地消」の拠点ともなっているのが、本稿で取りあげるファーマーズ・マーケットである。
近年、日本でも農産物直売所が活況を呈しているが、アメリカ国内においてもファーマーズ・マーケットは増加している。米国農務省(USDA)の調査によると、1994年には1755件だったものが、最新の2006年調査では4,385件となり、図1でわかるとおり、年々増加している。その中の約500件がカリフォルニア州にあり、本稿では主にこのカリフォルニア州の「認定ファーマーズ・マーケット(certified farmers market)」(以下、これらを単に「ファーマーズ・マーケット」あるいは「FM」とする)に焦点を当て、同州での聞き取り調査をもとに、日本の農産物直売所と比較しながら考察を進める。
2.カリフォルニアのファーマーズ・マーケット
(1)認定ファーマーズ・マーケット
カリフォルニア州では1978制定の州法(Direct Marketing Act)によりファーマーズ・マーケットの設置が認められた。同州では農産物流通に関し、品目ごとに単位量と規格が標準化されており、それ以外のロットでは流通が許されていないため、原則として農家による消費者への小売りはできない。この州法により、FMにおける農家の直売が例外として認められることになり、以降、FM設置数が増加し、現在では約500件にのぼるとされている。カリフォルニア大学の調査(Feenstra、1999)によると1999年に355件であったとされるので、特にここ数年で急速に増加していることが分かる。
その背景には、小規模農家を中心として、生産者側のこだわり商品の販路を求める動きと、消費者側の食の安全・安心への関心の高まりや、環境意識の高まり、さらに“Buy Local”などの地元産品を買って地域経済を支えようという運動の盛り上がりがあると考えられる。
(2)マーケット
FMの開催は週1~2回というところが多く、営業時間も1回4~5時間だけというFMが多い。それは多くのFMが、公園や道路、駐車場などを一時的に占有して開催されていることと関係している(写真1)。常設ではないため、施設(構造物)をもたないFMがほとんどで、専用の施設を有するデイビスFMなどは珍しいケースであるといえる(写真2)。
立地もさまざまで、サンフランシスコやロサンジェルスの中心部で開催されるFMもあれば、郊外の住宅地や観光地で開催されるものもある。規模も区画(ブース)がひとつという小規模なものもあれば、大きいものでは100ブース程度あるFMもある。
カリフォルニア州では周年開催が一般的であるが、冬季の寒さが厳しい北部の州では周年開催が難しく、春から秋までに限定されるFMが一般的である。カリフォルニア州は全般的に温暖でありながらも多様な気候地帯があり、年間を通して多様な野菜や果物の生産が可能である。そのこともカリフォルニア州でFMが栄える要因のひとつである。
(3)FMの開設主体と目的
「小規模家族経営農家を支援する」ということを多くのFMの運営主体が掲げているが、それ以外の目的は開設者や立地に深く関係する。カリフォルニア州でFMを開設できるのは、①農家(グループ含む)、②NPO(教会、組合などを含む)、③行政(市や町)、の三者に限定されており、これら以外はFMを開設することができない。
目的は、例えば市政府によるFMであれば、その地域の住民に新鮮で安全な農産物の購入機会を提供することが主要な目的となるし(例えば、ビバリーヒルズFM)、NPOなどが開設主体である場合、そのNPO自体のミッション(使命)達成が主要な目的となる。例えばフェリープラザFMは消費者教育を目的とするNPOが開催しているため、FMに集まる消費者に対する食育活動が重要な目的となっている。
また、都市部で開催されるFMは、地域経済の活性化が目的の一部とされているものもある(例えば、サンタモニカFM、ハリウッドFM)。FMに人を集めることによって、周辺の商店街に人の流れを呼び込む牽引車となっている。
(4)出荷者
カリフォルニア州のFMで販売されるものはカリフォルニア州産でなければならず、出荷者は事前に郡当局の検査(書類及び実地)を受け、認定農家となっていなければならない。また、FMでの販売時は常にその証明書を掲示していなければならない。
州内に限定されているとはいえ、高速道路網が発達しているため、数百km離れたFMまで数時間運転して参加する出荷者も珍しくない。また、ひとつの出荷者が家族で分担し、同じ日に複数個所参加する例や、それを週に数回行い、合計週20ヵ所程度のFMに参加している経営もみられる。
スポット的な参加を認めるFMもあるが、多くのFMは、出荷者を事前登録制にしている。しかし、規定の農家数を満たし、登録待ちリストに多くの農家が連なっているFMも少なくない。
出荷者の経営規模は、小規模経営注1)が中心であるが、販売額的には日本の大規模経営に匹敵するものも少なくない。アメリカでは、大規模な穀物農場との比較において“小規模経営”と位置づけられるものの、労働者を雇用し、数十~百エーカー程度を所有する経営もFMに参加している。FMでの販売には、出店料金が課されるため、小規模な経営でも、手数料水準を下回るような参加はない。また販売額が小さい経営は、消費者のニーズが低いとして、マネージャー(後述)が次回以降の参加を断ることもあるため、日本の農産物直売所に散見される一日の販売額が数百円から数千円というような、楽しみだけを目的とした極めて小規模な参加はあまり見られない。
(5)運営システム
FMには通常マネージャーがおり、運営を取り仕切っている。マネージャーには運営上の大きな権限が与えられており、例えば上述の出荷者の登録についても、マネージャーにその権限を与えている場合もある。マネージャーはFMの方針と品揃え、顧客の評価を考慮したうえで、農家を選抜する。また各営業日における出荷者の選択と配置(ブースの割り当て)もマネージャーが行うことが一般的である。
出荷者は、指定されたブースに自らテントを持参し、商品を陳列、販売する。商品と代金のやり取りも出荷者と消費者が直接行う。まさに「青空市」的な形態であり、FMのマネージャーやスタッフは取引には関与しない。
営業後、出荷者はFMに出店料金を支払う。料金体系はFMによって異なる。例えば、その日の販売額に対し所定の割合を課すFMもあれば、一定の基本料金を課すFMもあり、また、その両者を組み合わせているFMもある。
(6)「地産地消」の拠点
FMはいわゆる「地産地消」の拠点ともなっている。出荷者である農家と消費者である都市住民が、「顔の見える」農産物販売によって交流を深めていることはもちろんのことながら、FMが社交の場ともなっており、地域の住民同士の交流の場ともなっている。
また、食育の場ともなっており、先述したフェリープラザFM以外でも、例えばサンタモニカFMでは地元の教育委員会と連携し、小学生をFMに招いて、農産物や食に関する教育を行っている。旬の果物や野菜の紹介・試食、糖度の計測実験、買い物体験などを行っている。また同FMでは、早くから学校給食への食材供給(主にサラダ)に取り組んでおり、今では同FMを含むロサンジェルス地区のFM連盟にその動きが広がっている。
レシピの配布やシェフによる料理教室などのイベントも多くのFMで頻繁に開催されている。食や健康に関する情報も提供されている。市や病院や協会などの非営利組織による開催が多いこととも関係して、政府のWICやFood Stamp注2)などのプログラムや地域活動を支援するなど、社会貢献に積極的なFMは多い。
そのような背景には、外食・中食依存が高まっていることへの危機感があると考えられる。消費者の食の安全・安心への関心や有機農産物などへのニーズは高まっているものの、家庭での調理機会が減少しており、いくらいい青果物を揃えても買ってもらえないという状況が多くのFMで懸念されている。食に関する基礎的な知識が不足している消費者も多い。そのため、新鮮な農産物のおいしさやその効能、調理法などを普及することがFMおよびカリフォルニア農業の重要な課題として認識されている。
3.日米比較
本稿ではアメリカのFMの概要をカリフォルニア州のFMを事例に焦点を絞って整理した。日本の農産物直売所と比較した場合のFMの特徴として、以下の三点が指摘できよう。
① 常設ではなく、定期市/青空市的であること
② 直売を厳守していること
③ 消費者主導の地産地消であること
一つ目の「青空市的であること」は、農産物直売所とFMの営業形態の違いである。日本の農産物直売所は大型化し、POSシステムやトレーサビリティ・システムを導入するなど施設や設備が高度化しているが、他方F Mは原始的な形態を維持している。
その形式的な相違は、二つ目の「直売であること」と関係が深いと考えられる。すでに述べたように、FMでは農家と消費者が直接商品と現金のやり取りをする。また、販売する商品は自らの農場で生産したものでなければならず、生産品目や生産量は郡当局とマネージャーにより検査・監視されている。つまり農家から消費者へ、第三者を介しない直接販売がルール化されており、法によっても義務付けられている。
他方、最近の日本の農産物直売所は委託販売が主流で農家は取引に介在しない場合が増えている。むしろ、販売は雇用された職員任せが一般的になっている。従来の流通に比べれば流通段階は少ないかもしれないが、もはや直売とは言えないものも多い。また、農産物直売所では加工品や仕入れ品の販売割合も高い。
三つ目の「地産地消」概念の相違については、日本の地産地消における「地」の広がりは生産者を基礎として考えている場合が多いが、カリフォルニアのFMの場合むしろ消費者の広がりが基礎となっていると考えられる。日本の場合は、消費者がドライブして郊外の農産物直売所を訪れるケースが多い。つまり「産」のエリアが狭く、「消」のエリアが広い。一方、カリフォルニア州のFMの場合は、農家が数時間ドライブして都市部のFMに参加しており、消費者は近隣の住民が多数を占める。「産」のエリアが広く、「消」のエリアが狭い。
この相違は、FMの開設自体が消費者団体や消費者行政と関係が深いことが影響していると考えられる。また、日本の農産物直売所が農村振興策であることが多いのに対し、FMは都市振興策としての側面が強いことが背景にあると考えられる。
4.おわりに
本稿では、近年増加しているアメリカのFMをカリフォルニアの事例に焦点をあてて考察した。消費者の食の安全・安心へのニーズが高まる中、日本では農産物直売所が、アメリカではFMが活況を呈している。両者は共通点があり、同一視されることもあるが、詳細に比較すると両者は似て非なるものであるといえよう。日本の農産物直売所は大型化高度化しており、アメリカのFMは原始的な青空市の形態で直売を維持している。また、FMには消費者主導ものもが多くみられる。
どちらにも一長一短があると考えられるが、農産物直売所もFMも従来の大量流通の隙間を埋める「顔の見える関係」を基礎として消費者の支持を得てきた背景を考えると、FMの方に長期的な戦略性が垣間見える気がする。
参考文献