調査情報部調査課 課長補佐
平石 康久
米国農業法は国内の農業政策の枠組みを決める基本的な法律であり、おおむね5年に1度改正されている。2008年5月に、新しい農業法(2008年食料・保全・エネルギー法案、Food, Conservation, and Energy Act of 2008、以下「2008年農業法」)の枠組みがほぼ決定(2008年6月18日に正式に成立)したが、その中でいままで農業法の中で独立した扱いを受けていなかった園芸作物(注)に関する施策について、新しい農業法の枠組みに含まれることになった。
このことから、2008年農業法の中に包括された米国の野菜等に関する政策について報告を行う。
(この原稿は、下院の法案H.R.6124PCSの条文を元に執筆した。なお2008年農業法の主要な内容や成立の経緯については、当機構「畜産の情報」2008年7月号の記事「米国の2008年農業法と酪農乳業への影響」を参照いただきたい)
http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2008/jul/index2.htm
1.2008年農業法における園芸作物政策の扱い
2007年に行われている園芸関係政策については、2008年農業法の中でもほとんど継続されている。ただし、これらの政策は2008年農業法の中で正式に位置づけられるとともに、規模が拡充されることになった。以下はその内容となっている。
なお、項目に添えられている記号は農業法における条文の番号(H.R. 6124 PCSの条文テキストを利用)を示しており、I-A-1107はTITLE I-Commodity Program-のSubtitle A-Direct Payments and Counter-Cyclical Payments-のSection 1107を指している。
(1)作付柔軟性について
(Planting Flexibility)I-A-1107
補助金を受給している穀物などの農産物(Program Cropと呼ばれる)との関係では、作付柔軟性(Planting Flexibility)と呼 ばれる、園芸作物生産に関する作付制限措置が存在している。これは米国の穀物などの生産者に支払われている直接支払いについて、園芸作物が生産されている面積は、一部の例外を除いて原則的に支払額を計算する対象面積から除外するものである。
この措置は、多額の補助金を受けている穀物生産者が直接支払いを受けつつ園芸作物の生産に参入することを防ぎ、穀物生産者に比較して規模の小さい園芸作物生産者を保護する役割を果たしてきた(注:以前はこの措置についてはPlanting Restrictionと呼ばれていた)。
2008年農業法において、直接支払の対象となる面積に、園芸作物の作付面積が認められるようになったが、全7州(イリノイ、インディアナ、アイオワ、ミシガン、ミネソタ、オハイオ)、加工用野菜(きゅうり、えんどう、ライマ豆、かぼちゃ、スナップ豆、スイートコーン、トマト)で、合計75,000エーカー(30,375ha)のみに限定され、引き続き穀物生産者が園芸作物生産に参入することを制限している。
ただしこの作付についてはパイロットプロジェクトの一環として認められていることから、直接支払の対象面積で行われる園芸作物の生産が、生鮮および加工用青果物の供給や価格にどのような影響を与えるかの、評価を受けることになっている。
(2)連邦農業流通プログラム
(Federal Agricultural Marketing Program)X-A-10108
USDAの農業流通局(Agricultural Marketing Service, AMS)が担当している。
農産物の効率的な市場流通の促進、生産者の販売力維持を目的として、①出荷数量規制、②出荷品位規制(規格の統一)、③市場流通改善促進(情報提供や共通の販売促進)などを目的とするために、生産・出荷者間での取り決めを制定し、農務長官名で発令を行うことによって強制力を持たせる農産物市場流通制度である。例えば、供給調整手段として出荷休日の取り決めを行えば、これを農務長官名で発令を行うことにより、関係者はすべて規制の対象となり、その日の出荷が行えないようになる。連邦レベルだけでなく、州レベルのプログラムも存在する。
該当品目の関係者すべてが規制の対象となるマーケティングオーダー(市場流通統制令)と、協定締結を行った関係者のみが規制の対象となるマーケティングアグリーメント(市場流通協定)の2つのタイプが存在する
プログラム運営経費は、該当農産物のすべての生産者/取扱業者から徴収される賦課金によって賄われるのが原則で、金銭的貢献なしにプログラムの恩恵を受ける『タダ乗り生産者/取扱業者』の出現が防止される仕組みとなっている。
2008年農業法においてもアボカドのマーケティングオーダーの追加が図られる以外は、従来の仕組みがそのまま継承されるものと見られる。
(3)生鮮果実・野菜プログラム
(Fresh Fruit and Vegetable Program) IV-C-4304
USDAの食料・栄養サービス(Food and Nutrition Service, FNS)が行っている。2002年農業法(Farm Security and Rural Investment Act of 2002)により、パイロットプログラムとして開始した。
子供の肥満が問題となっている米国で、学童期の青果物消費の習慣を付けることの必要性が意識されていること、また、連邦政府の栄養プログラム(たとえば学校給食プログラム)において、生産果実・野菜の利用は限られていたという側面もあり、業界から生鮮の青果物消費促進の要望も強かったことが背景にある。2004年に法律(The Child Nutrition and WIC Reauthorization Act of 2004)制定により恒久的なプログラムとなった。
このプログラムは各学校において生鮮青果物(このレポートでは青果物は野菜と果実をいう。以下同じ)を朝食や昼食以外の時間で提供するために、生鮮青果物の購入費用を補助するものである。貯蔵機器や追加労働力の費用についても総額のうち、一定の割合以下であれば利用できる。
2007年度には20州で事業が実施され、9百万ドル(9億円、1ドル=105円で四捨五入)の予算規模であった。
2008年農業法においては、対象州が50州およびコロンビア特別自治区に拡大されるとともに、予算が増額されている。
(4)園芸作物の輸出の技術支援
(Technical Assistance for Exports of Specialty Crops)III-B-3203
園芸作物の生産者、輸出者に対して、輸出に当たって問題となるSPS(衛生と植物防疫の措置)その他技術上に関する障害を解決するための取り組みについて、財政的な補助を提供する制度である。この制度は2002年度農業法ですでに規定されていたが、特別の法律(2004年園芸作物競争力強化法、Specialty Crops Competitiveness Act of 2004)により拡充され、2008年農業法において、独立した制度として位置づけられた。プログラムの予算枠は2007年度で4百万ドル(4億円)であった。
(5)園芸作物州別補助金の拡充
(Specialty Crop Block Grants)X-A-10109
州の農業担当部局に対して提供される資金であり、その州の実情に応じた園芸作物の競争力を強化する活動を支援する。官報(Federal Register 11859 Vol.73, No.44, 2008年3月5日)によれば、補助の対象となる具体的事例として、研究、販売促進、マーケティング活動、栄養、貿易促進、食品安全や食品セキュリティ、植物衛生プログラム、教育、地産地消、消費拡大、技術革新、生産性向上、配送コストの削減システム、環境保全、製品開発、協同活動促進が挙げられている。
2004年園芸作物競争力強化法で定められた制度の一部として実施されていたが、2008年農業法では、農業法の一部として、独立した制度として位置づけられることになった。
2007年度は7百万ドルの予算枠であった。
(6)病害虫管理と被害防止措置
(Plant Pest and Disease Management and Disaster Prevention)X-B-10201
園芸作物生産に甚大な被害をもたらす侵入病害虫などに対して、早期予察のシステムをUSDAの動植物検査局(APHIS)、州の農業部などと協力して構築する。
2004年園芸作物競争力強化法で定められた制度の一部として実施されていたが、2008年農業法では、農業法の一部として、独立した制度として位置づけられることになった。
(7)ファーマーズ・マーケット促進プログラム
(Farmers' Market Promotion Program)X-A-10106
ファーマーズ・マーケットなど、生産者から消費者への直接販売について補助を行う事業である。
1976年農業者-消費者直接販売法(Farmer-to-Consumer Direct Marketing Act of 1976)により規定されていたプログラムであるが、2008年農業法で、独立した制度として位置づけられることになった。
(8)園芸作物研究イニシアティブ
(Specialty Crop Research Initiative) VII-C-7311
食品安全、機械化、遺伝子、交配、病害虫などの研究対象に対して、品目や地域にあった科学的ツールを開発し、園芸作物の生産者や出荷者のニーズに対応する制度である。
2008年農業法により新たに位置付けられた。
(9)国家清浄植物体ネットワークの設置
(National Clean Plant Network)X-B-10202
果樹、ナッツ、ワイン用ブドウなどの健全な苗木を供給するためのネットワークの構築を行う。
2008年農業法により新規に制定された。
(10)園芸作物のセンサス調査対象への追加
X-A-10103
2008年農業法によって、園芸作物もセンサスの調査対象に新規に追加されることになった。
(11)食品安全性に関する教育イニシアティブ
(Food Safety Education Initiatives)X-A-10105
消費者や園芸作物産業の関係者に対して、生鮮青果物に病原菌が付着しないような扱いや、交差汚染を防ぐための取り扱い方法について、食品安全に関する教育プログラムを提供する
2008年農業法によって新規に制定された。
(12)園芸作物市場情報提供の強化
(Specialty Crops Market News Allocation)X-A-10107
タイムリーな出荷量や価格情報の提供を行うため、情報提供の拡充を行う。
2008年農業法によって新規に制定された。
(13)アスパラガス生産者への損失補てん
(Market Loss Assistance for Asparagus Producers)X-C-10404
2008年農業法により特別に定められたプログラムである。2004~2007作物年度の間、米国のアスパラガス生産者が輸入により生じたマーケットロスに対して補償を行うものである。
この措置の背景には、輸入アスパラガスの増加によって圧迫される米国のアスパラガス生産者の存在がある。米国の市場における輸入アスパラガスのシェアは、ペルーやメキシコからの輸入量が増加するに従い年々大きくなり、8割近いシェアを占めるようになった一方、価格は120ドル/100ポンド(約280円/kg)を上回る価格水準であったものが、90ドル/100ポンド(約210円/kg)程度に低落していることが、データからも明らかである。
予算枠は2008年度単年ベースで、15百万ドル(16億円、生食用と加工用アスパラガス生産者に等しく分配)となっている。
2.農業関連プログラムの一環としての野菜関連制度
(1)国内栄養補助プログラムのための園芸作物購入のための第32項資金
(Section 32 Fund for Purchase of Fruits, Vegetables, and Nuts to Support Domestic Nutrition Assistance Programs)IV-D-4404
USDA AMSが行っている、品目調達プログラムによって、ローンレートなどで価格支持が行われていない農産物(園芸作物を含む)の買い上げが行われている。このプログラムは、根拠となっている1935年8月24日法の条項から、Section32と呼ばれている。Section32全体の財源については、米国の関税収入のうち30%を充てると定められている。なおSection32により提供される資金(総額70億ドル、7,350億円)の多くは、USDAのFNSによる子供・栄養プログラムの財源に充てられており、品目調達プログラムに向けられるものは財源の一部にすぎない。
青果物については冷凍、乾燥、缶詰の形態で買い上げられており、定期的な入札を通じて購入されるEntitlement Purchase(政府支給用購入)と、市場価格が下落し、余剰作物を処理する必要があるときに行われるbonus buys(特別支給用購入)が存在する。
調達した品目は、学校給食プログラム(School Meal Program)や連邦政府の食糧援助プログラム(フードクーポン等Federal food assistance programs)を通じて提供される。
2002年農業法により、園芸作物に対して少なくとも200百万ドル(210億円)、またそれに加えて国防省の調達ルートを通じた生鮮食料品プログラム(Department of Defense Fresh Fruit and Vegetable Program)と呼ばれる事業で50百万ドル(53億円)の調達が義務付けられることになった。
2007年度には、国防省プログラムを含まない実績で、8億1,760万ポンド(約37万トン)の青果物が、320百万ドル(約336億円)で購入されている。
2008年農業法においても、園芸作物購入のためのセクション32資金は引き続き確保されており、予算枠も若干増加している。
(2)地域産食料の購入(Purchases of Locally Produced Foods) IV-C-4302
国防省による地域で生産された生鮮青果物の購入ならびに配送事業(the Department of Defense, Fresh Fruit and Vegetable Program)などの地域産食料の購入事業について、農業法および1966年子供栄養法(the Child Nutrition Act of 1966)の資金を受け取ることを認める。(予算規模については不明)
(3)輸出促進プログラム
(Export Promotion Programs)について III-B-3102
USDA海外農業局(Foreign Agricultural Service, FAS)が行っている。
園芸作物団体が利用するプログラムとしては、市場アクセスプログラム(Market Access Program, MAP)があり、広告、販促活動、展示会への参加費用のほか、個別ブランドに関係しないかぎり、駐在員のコストや、米国内のトレードショーやセミナーの参加費なども補助の対象となる。
2007年度で200百万ドル(210億円)の実績があったが、園芸作物団体がその多くの額を受給している。
2008年農業法においても2008年度から2012年度まで、毎年200百万ドル(210億円)の予算規模である。
(4)その他
有機栽培などの栽培方法の種類によっては、土壌保全留保プログラム(Conservation Reserve Program, CRP)をはじめとする環境保全プログラム(Conservation Program)の対象になる場合があるほか、災害などによる単収の減少を補う作物保険プログラム(Crop Insurance Program)の一部も利用可能である。
3.園芸業界の関心事項について
上記の農業法改正の直接の対象となっていないが、入国管理法の改正(Immigration Reform)や青果物の原産地表示(Country of Origin Labeling, COOL)の義務化については、米国の園芸業界の強い関心事項となっている。
園芸協会は慢性的な労働力不足に悩まされていることから、農業に従事するための外国からの労働者に対する認証やビザ発給の簡素化を目的とした法案“The Agricultural Job Opportunities, Benefits, and Security Act(AgJOBS)”(上院S.340, 下院H.R.371)について成立を求めている。
青果物に対する原産地表示については、今回の農業法の検討段階で義務化する案が検討されたが、園芸業界の反対もあり、見送られている。