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海外調査報告


ドイツの農産物直売調査から

明治大学 農学部 食料環境政策学科
准教授 市田 知子


1.はじめに
  日本では外国産の農産物、食品が大量に出回る一方で、安全で新鮮な食べ物を手に入れようとする志向、国産や地産地消に対する関心がにわかに高まっている。事実、中国産冷凍ギョーザ事件以降、直売所の売上げが伸びているという。

  こうしたごく最近の現象を持ち出すまでもなく、直売、産直など、生産者と消費者が大規模な流通ルートを介さずに直に結びつこうとする動きは、日本だけでなく、欧米諸国、アジア諸国にもみられる。とくにヨーロッパの定期市には中世までさかのぼるものもあり、その形態は時代とともに変わってはいるが、都市の成り立ちや変遷を考える上で興味深い。また、1990年代のBSE、ダイオキシン汚染など一連の事件以降、食品の安全性に対する不安、不信が拡がっていることから、直売や地産地消に対する需要が全体的に高まっている。

  筆者らは2007年3月、ドイツの農産物直売の実態調査のために北部から南部まで、ちょうどライン川を南下するルートで直売農家やその支援機関を訪ねた(図1、表1)。本稿では、その調査に基づきドイツにおける農産物直売の実態をトピック的に紹介する。


図1 調査対象地域の位置

表1 調査対象地域の人口、面積

資料:http://de.wikipedia.org/wiki.
注:人口はデュッセルドルフのみ2007年8月末の、その他は2006年末のデータである。

2 そもそも直売経営とは?
  日本と同様、直売経営、すなわち「直売を行う農業経営」についての公式統計はドイツにもない。ボンにある連邦食料・農業・消費者保護省を訪ねたが、そこでも「1割程度だろう」との回答しか得られなかった。たとえば隣の家に卵を数個売る程度のも含むべきかどうかなど、どこから「直売」とみなすかがはっきりしない限り、公式統計をとることは難しい。

 数字が少し古いが、2000~2002年に連邦政府が行った委託調査(以下「連邦委託調査」)の場合、生産者の住所・農場名が明記されている生産物のデータベース(2002年時点のもの)を利用し、重複を削除した上で、直売経営の数をはじき出している。この調査を手懸かりにすれば、2001年時点での1ha以上の経営総数448,936のうち、直売経営は14,495、つまり3%ほど存在することになる。州別では南部のバイエルン州が4,322と最も多く、同じく南部のバーデン・ヴュルテンベルク州(2,764)と合わせると、直売経営全体の半数近くになる。ドイツの平均経営規模は40haほどであるが、南部は零細な経営が多く、都市とのアクセスもよいので、直売が盛んになるのであろう。

 また、最近伸びているプラスチックボックスでの宅配(コンテナ宅配)に見られるように、顧客個々の健康状態、ライフスタイルに応じた商品提供をするには消費者直売型の方が適していることが考えられる。

 一方、直売は有機農業経営の方が圧倒的に多く、有機農業経営14,702の3割もが直売を行っている。慣行農法のように量産できないため一般の流通ルートにのりにくいことによるものと思われる。

3.直売経営の販売アイテム
  直売では主にどのようなものが売られているのか。近年、消費者の簡便食志向を反映して加工品を販売する経営が増えている。2002年の時点で直売経営14,495の79 %が加工品を販売している。加工品販売経営の中で品目別に割合を見ると、肉製品(家禽を除く)が49%(有機農業経営では59%、以下同じ)、穀物製品(パン、パスタ等)が22%(31%)、乳製品が17%(34%)、果物製品(ジャム、ジュース等、ただしワインを除く)が20%(27%)を占めている(表2)。また、生鮮品(非加工品)のみを販売する直売経営(21%)の中では、ばれいしょ40%(54%)、野菜32%(52%)、果物34%(52%)、卵31%(41%)などが上位を占める。

 いずれもドイツ人の日常の食生活に欠かせない品目であり、直売に対するニーズが高いことがうかがえる。

 ドイツの1人当たりの消費量を1950年当時と現在とで比べると、穀物やばれいしょは大きく減少しているのに対し、野菜は1950年には50kgであったのが2003年には93kgというように2倍近くにも増加している。一方、野菜の自給率(重量ベース、ばれいしょ除く)は90%から40%に減少している。これは消費量が80年代を境に激増していることとも関連するが、南欧諸国のEU加盟によりトマトなどの生鮮野菜が多く流入するようになったことが大きい。

表2 直売経営の主な販売品目(2002年)

資料:Recke, G. et al.(2004), p. 11
注:品目は複数選択である。

4.直売経営の販売ルート・場所
(1)全体的な傾向
  直売経営は様々な販売ルートをもっている。「連邦委託調査」が200の経営を調べたところ、販売ルートが1つである経営は20%、2つがあるのは9%、3つが22%である。5年前の同様の調査結果を比べると、全体に販売ルートが多様化している。
  具体的な販売場所を見ると、表3に示すように9割以上が庭先販売(自家農場での販売)を行っており、それ以外では市場(定期市等)が34%、他の直売経営34%、大口消費者(レストラン)への直接搬入(32%)の順に多い。

表3 旧東西ドイツ別、有機、慣行農法別にみた直売の販売ルート・場所
(単位:%)

資料:Recke, G. et al.(2004), p. 34.
注:販売ルート・場所は複数選択である。

(2)自家農場での販売
  販売ルートの中では最も多く、直売経営の94%が行っている。後述の事例のように、店舗を設ける場合、農家の納屋などを改装することが多い。日曜以外は毎日、開店している場合もあるが、今回、訪ねた農家ではいずれも週数回の開店であり、開店時間も限られていた。

 農家店舗(Hofladen)では通常、自家産の農産物・加工品に加え、他の直売農家の産品、既製品(食品以外の日用品もある)を販売している。パパ・ママ・ストア(Tante Emma Laden)の色彩が強いが、これは「一ヵ所で買い物を済ませたい」という消費者の需要に応じるためである。

 農家店舗は、そのデザイン、接客態度、サービス、付帯設備(レストラン、カフェほか)を含め、全体に設備の高度化や高級化が進んでいる。逆に言えば、ベニヤ板に野菜、果物を並べただけの簡素な形態では生き残りにくくなっているのである。

(3)定期市(Wochenmarkt)
  販売ルートの中で2番目に多いのが定期市である。全体の34%が利用している(表3では「市場」に該当)。曜日毎に町の中心部の教会前広場で開催され、土曜日と水曜日の午前中に開催されることが多い。近年、働く主婦の需要に合わせて夕方まで開かれるようになってきた。

 定期市の運営は市町村役場が行っている。出店を希望する者は役場に出向いて出店権利を得なければならない。フライブルク市中心部のミュンスター広場で開催されているような伝統的な定期市の場合、出店権利が代々譲られるため、新規参入が難しい状況である。 
  出店権利を得た農家は、市場当日の早朝、荷物を運び込み、所定の位置に商品を並べて売る。場所の利用料は、店が通路に面している部分の長さに応じて決まっており、役場に払い込む。

 定期市には農家以外にも小売店、スーパーが出店するようになってきたことから、1980年代後半から農家だけの市、農民市(Bauernmarkt)が開催されるようになっている。農民市は、出店する農家が組合を作り、そこが会費を徴収して運営している。

 農民市はたいていの場合、独自に開催されるのではなく、定期市の一角で開催される。フライブルク市ミュンスター広場でも教会を挟んで北側の地区が農民市専用とされていた。ピンクやオレンジのチューリップ、バラが広場全体を華やかにし、春の訪れを告げている(写真1)。早朝から開かれることから、パンや卵などを買って朝食代わりにしている人もいる。

 農民市の出店者はざっと数えたところ50名ほどであり、全体に年配者が多い。男性(70代)から少し話を聴くことができた。市場から10km程の所に住み、妻と2人で小さな農業を営む年金生活者である。主な販売品は卵であり、この日はイースターの前なので色とりどりの卵を売っていた。売上げは小遣い程度である。息子は農業以外の仕事をしていて、継ぐ見込みはない。定期市には原則的に週3回来るが、来られない場合、売り場(6mほど)は別の人が使っている。

(4)小売店との提携販売
  直売経営の中にはスーパーなどの小売店と提携販売しているものも3割程度あり、近年、増加傾向にある(表3では「小売業への直接搬入」に該当)。

 ドイツ中央のヘッセン州のリッヒ(人口13,460人)にある大手スーパーREWEを訪ねた。REWEは安価な食品を大量に売る従来型のスーパーだったが、昨年から地産地消を重視した販売戦略をとっている。我々が訪ねた日の1週間ほど前、写真2のような特別コーナーが設けられ、周辺30km以内の農家で生産された野菜、果物、ジャム、肉加工品、乳製品が生産者毎にボックスに入れられ、売られている。売上は上々とのことである。販売手数料は売上の2割程度である。「南アフリカ産のいちごよりも、近所の農家が作ったいちごの方が新鮮で栄養価も高く、輸送コストが安い。また、消費者もそれを望んでいる」と店長。まさにフードマイレージであり、日本の地産地消、韓国の身土不二と重なる。



写真1 フライブルク市のミュンスター
広場の農民市(定期市の一角での開催)

写真2 小売店での販売コーナー
(リッヒの大手スーパーにて)

5.直売経営の事例
  南部のフライブルク市中心部から20kmほど離れた農村部に、農家店舗と定期市を利用している経営者S家を訪ねた。S家が店舗を設置したのは1999年であったが、その後、2005年に改築した。その際、連邦政府の利子補給プログラムを利用した。1階を写真3のような店舗、2階を家族の住居としている。

 店舗の開店時間は火曜から金曜までは9時から12時30分、15時から18時30分、土曜日は8時から12時30分である。利用客のほとんどは近所に住む固定客である。

 経営主のS氏(40代前半)の家族は妻と子供3人である。妻は下の2人の子育てに忙しいため店舗の仕事にはほとんど従事していない。主にS氏本人と姉が切り盛りし、それぞれの年長の子供が手伝っている。

 S氏が父親から移譲を受けたのは1983年である。父親の代では耕種(畑作、ワイン)と畜産(牛、豚、鶏、七面鳥など)の複合経営であった、肉類の価格低下、臭気に対する苦情のため、1980年代初めに野菜作に転換した。S氏は元来、農業を継ぎたくなかったが、弟が母親の実家を継ぐことになったため、自分が父親の経営を継がざるを得なくなった。

 現在の経営面積38haのうち15haでは実取りトウモロコシ、3haではワイン用ブドウを栽培する一方、5haではキイチゴ、スグリ、いちご、リンゴ、ホルンダー(ニワトコの一種)などの果実類を栽培している。ジュース、ジャムなどに加工して直売の目玉にしている。

 S氏はまた10年前からフライブルク市中心部で土曜日の午前中のみ開催される農民市ヴィーレ(Wiehre)市場に出店している(写真4)。店の長さは当初7mだったが、10mまで拡張した。これについては年間1,000ユーロを農家組合に支払っている。

 農家店舗と市場の売上の比較は難しいが、どちらかといえば市場の方が大きいとのことであった。



写真3 農家店舗(S家)
写真4 ヴィーレ市場での出店の様子

6.直売経営に対する様々な支援
  直売を行う経営に対しては、連邦、州などの公的機関だけでなく、民間団体も支援を行っている。また支援の中身も様々である。

 農家店舗の改装、新築に対する資金援助は、連邦政府の農業投資支援プログラムおよび各州による農村振興プログラムのなかで行われている。内容は投資助成、利子補給、融資など、金銭的な支援である。たとえば、直売用の売り場、貯蔵庫スペースを併せて300m2新築するのに税込みで6万ユーロかかった場合、連邦政府の農業投資支援プログラムからその4分の1(1万5千ユーロ)の助成を受けることができる。

 また、今回、訪ねた中では、北部のノルトライン・ウェストファーレン州とヘッセン州で地域ブランド支援を行っていた。

 連邦政府、州政府以外では、たとえばフライブルク市およびその周辺町村をエリアとしている「直売支援協会」のような半官半民的な団体が農家向けにアドバイス、講演会、ワークショップなどを行っている。同じくフライブルク市の例であるが、シュタイナー学校が有機農業団体のデメター(DEMETER)と提携して、直売活動の支援とともに食育的な活動を行っている。同校では、3年次には校内の農園の一区画で栽培、収穫、パン加工まで一通り体験し、9年次には国内外のDEMETER会員の農家で3週間ほどホームステイ、作業手伝いを体験するプログラムを組んでいる。

7.おわりに
  ドイツの直売経営は農家店舗や定期市のような伝統的な形態に加え、小売店などとの提携、宅配など近年の消費者のニーズ(安全、簡便)に対応すべく様々な販売方法をとっている。

 ただし日本でよくあるようなJA直売所、道の駅など、半ば公共の施設に農家が品物を持ち込む形態ではなく、個々の経営が独自に店舗や定期市、あるいは宅配などのルートを使って販売している。支援策もそれに応じたものである。

 直売経営は今後、グローバリゼーションに対する対抗勢力としてどの程度の力をもつのだろうか。また、ドイツの農産物直売について、今回トピック的に紹介したが、今後日本において参考にするためには、直売部門の経営上の位置づけ、とくに、労働力配分、原価計算の仕方(定期市での売り子への賃金支払い等を含む)などについて詳しく調べる必要があるだろう。また、農家店舗や定期市を利用する客とスーパーなどの大型店舗を利用する客は別なのか、同じ人が両者を使い分けているのか、さらに、今回訪ねたスーパーの事例のように、大型店舗の側が地産地消や直売を戦略として取り込む動向がどの程度のものなのかも調べる必要があると思われる。

参考資料
Bundesministerium fur Ernährung, Landwirtschaft un Verbraucherschutz : Föderung landwirtschaftlicher Unetrnehmen―2007
Recke, G. et al.(2004): Situation und Perspektiven der Direktvermarktung in der Bundesrepublik Deutschland, Landwirtschaftdverlag.
Statistisches Bundesamt: Statistisches Jahrbuch über Ernährung, Landwirtschaft und Forsten.
Wonnentäler Bauernladen(Familie Schwarz) http://www.wonnentaeler-bauernladen.de/index.html




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