国立大学法人 千葉大学大学院
園芸学研究科 准教授 丸尾 達
■施設栽培の概況
オランダにおける施設園芸面積の概略は上述したが、1995年からの2004年までの推移と2010年の予測値について表1に示した。これを見ると、経営規模の小さい生産者(2.5ha以下)数が減少し、経営を続ける生産者はより規模を拡大する傾向にある。その結果、施設面積全体の変化は比較的少ない。この傾向は、2010年の予測値を見てもほぼ同様である。このことからも分かるが、オランダでは、温室は生産者に固定化されておらず、比較的容易に売買されている。つまり、必ずしも世襲制ではなく、新たに経営をはじめる際は比較的小規模の施設ではじめ、経営が安定してきたら徐々に規模を拡大することもある。そのための融資や保険等の精度もかなり充実しているようである。
■選択的集中による競争力の強化
オランダ施設園芸の特徴は、選択的集中により競争力を強化した大規模効率的経営と言えるかも知れない。例えば、施設野菜では、トマト、パプリカ、きゅうり、いちごの4品目で、栽培面積のほぼ3/4を占めている(表2)。つまり、経営的に有利な作
物に特化し、それらの作物について、集中的に品種、施設・設備、流通、情報、エネルギー等の各分野で総合的に研究開発を行って、優位性を保つ戦略をとったのである。
もちろん、生産される当該作物は国内消費ではなく輸出が主体(ほぼ80%が輸出)になり、他の野菜については輸入も多い。個々の農家だけでなく、地域・国を挙げて戦略的に研究開発を行い、徹底的なコストダウンを図ることで、気象条件(冬期の温度・日照)・社会条件(人件費・環境問題)の不利な状況を克服してきたのである。
アムステルダムから南西40kmに位置する施設園芸が盛んな街ナールドワイクの緯度は、実に北緯52度であり、我が国周辺でいえば、サハリン北部に相当する。夏期の温度条件・日照条件は極めて良いが、当然冬期の日照条件は極めて厳しいし、気温も低い。人件費についてもパートタイム労働者の賃金が時給2,000円を超えることが多いという。
■コストダウンと効率化
上記のようにオランダでは、気象環境・社会環境の不利な点をコストダウンにより克服してきた。施設園芸分野におけるコストダウンは以下のようなカテゴリーに分けることが可能である。
①生産性の向上による削減
②施設・設備償却費の削減
③労働コストの削減
④エネルギーコストの削減
ここで、①の生産性の向上については、養液栽培の導入・品種改良・施設の改良・炭酸ガス施用・補光・接ぎ木栽培などにより、徐々に生産性があがり、現状でトマトでは60t/10a以上の収量をあげる品種/栽培システムが確立している。
②の施設・設備償却費の削減によるコストダウンには、規模の拡大による効果が大きいため、新設の施設は大規模化している。30ha以上の施設も多く、40~100haの規模のものも存在あるいは計画されている。しかし、現状では、20haまではコスト削減効果が期待出来るが、それ以上ではあまり変わらないとの報告もある。
③の労働コストの削減によるコストダウンは、作業の自動化・機械化の進展の方向(ロボットの導入も含める)とレジスターシステムの導入・普及が大きな役割を果たしている。
労働コスト削減のため、自動化も進んでいる。
最後に④のエネルギーコストの削減によるコストダウンは、最近の燃料価格高騰により、より大きな意味を持つようになった。
しかし、エネルギーの使用は①の補光や炭酸ガス施用など栽培環境の向上と極めて密接な関係があるため、両者のバランスを保ちつつ効率的なコスト削減を図る必要があり、現状ではCHPと呼ばれるコジェネレーションシステム(Combined Heat & Power Generation)の利用が進んでいる。
また、コストダウンとは異なるが、以下の点についても競争力の付与に大きな役割を果たしている。
■レジスターシステム
欧州や北米の大型施設ではレジスターシステムと呼ばれる労務管理システムが広く導入されている。これは、主としてパートタイム労働者等の労務管理や、施設内の収量管理、病害虫管理など栽培施設内で必要になる種々の入力作業を一元管理するものである。本システムにより、雇用労働力の効率的管理や適正評価が可能になると同時に、栽培作物の開花・収穫・収量等のデータを列毎に入力し(計量システムや選果システム等と連動させて)効率的に解析し、各種管理の判断の際に使用する。
また、病害虫の発生エリア等も入力することができるため、施設内環境改善や防除計画の判断にも使用することが可能である。最終的には、前述の生産予測にもつながり、販売がより有利になることで、10~20%の収益性の向上が期待できるとされている。
■CHP(トータルエネルギーシステム)の導入と補光
オランダを初めとするヨーロッパの高緯度に位置する国々では、近年補光栽培がかなり一般化している。バラなどの栽培では、15,000lux(約200μmol)以上の補光をする場合もあり、環境への影響(光害)から種々の規制も設けられているほどである。植物工場のような完全制御型の栽培システムに発展しても良いと思われるが、不思議なことに植物工場はほとんど見られない。補光栽培に用いられる光源は、高圧ナトリウムランプが大半であるが、当然膨大な電力が必要であり、この電力を供給しているのがCHP(コジェネレーション)と呼ばれるシステムで、近年急速に普及している(図)。
CHPシステムは、天然ガスを燃料にして、ガスエンジンで発電し、排熱、排ガスも利用するものが多い(主要メーカーを表3に示した)。主として補光に使用する電力、暖房用に用いる熱、炭酸ガス施用に用いるCO2の3種類のエネルギー等を生成することから、コジェネレーションではなくトリジェネレーションとも呼ばれている。
本システムは終日稼働が前提であるが、補光は主として朝夕を中心とした昼間の時間帯が中心で、炭酸ガスの施用時間帯とも重なるので好都合であるが、暖房負荷は夜間大きくなるので、昼間発生した熱エネルギーを温水の形で巨大な蓄熱槽に貯蔵し、夜間利用する形態が採用されている。
現在は花卉類の生産施設が中心であるが、一部の野菜生産施設でも補光システムが導入されはじめている。昨年来のエネルギー価格の高騰により状況も変わると思われるが、導入の際には、エネルギーコスト削減の点からも、種々の検討が行われている。
最近では、地下帯水層に蓄熱する閉鎖型温室(SunergieKas(R))等も開発され、エネルギーコスト削減への開発意欲・努力には目を見張るものがある。
■小規模農家の選択
施設の大規模化が進むなかで、小規模(2ha程度以下)農家では、大規模農家の生産効率には勝てないことから、品目等について独自性を出す動きが出てきている。例えば、トマトであれば、ミニトマト、特殊な色・形の品種の栽培が増えているし、パプリカでも、最近高糖度で色も鮮やかな小型のスナックパプリカなどの栽培が始まっている。また、高級スプラウトの栽培やこれまでにない作物・品目へのシフトも見られる。いずれも、品種選択、需要開拓、販売ルートの確立等も含めた開発が必要であり、成功すれば先行者が有利になる。
例えば、あるミニトマト生産者は、独自ブランド(トミーズ:http://www.tommies.nl)でミニトマト等ミニ野菜を生産し、子供向けのパッキングを行って学校の自販機で販売する方法を開拓し、「Grower of the Year 2006」を獲得するほど成功を収めている。
■生産性の向上に向けて
グローダン社(デンマーク)は1970年に園芸用ロックウール(以下「RW」)製品を開発し、1975年にオランダに進出した。当初は、ガーデンクレスときゅうりの農家に導入された。また、RWを用いた養液栽培の普及と同時に、温室の世代更新も始まり、より陰が少ない軒高の高いアルミ製のフェンロー温室が中心になっていった。さらに、施設の大型化に伴い新たな誘引方法も開発され、ハイワイヤー栽培※が普及した。これも、光の利用率の向上につながった。例えばトマトについていえば、それらの技術革新を受けて70年代後半から80年代後半にかけて、10t/10a台の収量からから40t/10aの収量へと急激に向上した。この大幅な収量増には幾つかの要素が密接に関係している。
前述の養液栽培(RW)の導入、施設構造の改善(軒高の高いハウスによる採光性の向上)、炭酸ガス施用、整枝法の改善(ハイワイヤー)等はもちろんであるが、実際にはRW栽培やハイワイヤー誘引に適した品種改良が果たした役割が大きい。少数の作物に限定した選択的集中の結果、短期間にこれだけの収量増が可能になったものと思われる。
育種面で我が国と異なるのは、養液栽培用品種の育成が、共通の基本栽培システム(栽培プラットホーム)であるRWシステム上で行われた点であり、これにより育成効率も高まったとされている。
このように、オランダでは、特定の作物に限定して、各種栽培技術の向上と、施設構造の向上、そして専用品種の育成と改良が極めて効率的な連携をとりながら相乗的・相補的に進んできたのが特徴であり、現在でも収量増やコスト削減に対する取り組みが続いている。
■接ぎ木栽培
近年急速に普及した技術のひとつに接ぎ木技術がある。トマトでは数年間で80%を越える普及率であるとの報告もある。トマトの場合、接ぎ木の目的は病害抵抗性もあるが、草勢強化が主体である。オランダ国内で接ぎ木されるだけでなく、モロッコ等で接ぎ木されるものも相当あるという。70年代にRWが普及した際も同様であったが、オランダでは良いということになった技術・資材が極めて短時間に普及することが特徴の一つでもある。これが、技術革新と普及の速度が速い理由なのかも知れない。
■日本への輸出
オランダ園芸にとって日本の野菜マーケットはかなり魅力的でもある。それは国際的に見て、我が国の市場価格が他国に比べて高いからである。最近はユーロ高(円安)の影響もあり、日本への輸出圧力はそれほど高くなくなったと思われるが、基本的には輸送コストを考慮しても輸出可能なほど生産性に較差があることは事実であり、近年のめざましい品質の向上を考えると、近い将来再度オランダからの輸入は増加するものと思われる。