英国王立園芸協会 日本支部
専務理事 栗本 義之
筆者は、園芸好きの人が集まって作った英国王立園芸協会の日本支部に勤務している。本部が英国にあることから英国の園芸や野菜事情に触れる機会が多く、本稿では、英国の野菜事情について紹介する。
1.英国の地理と野菜の位置
英国は、ヨーロッパの北西に位置し、イングランド、スコットランド、ウェールズと北アイルランドで構成されており、EU諸国のひとつである。国土総面積は、約24.3万平方キロメートルで、日本の約3分の2であり、人口は、約6千万である(表1)。
英国の野菜生産量をみると、約260万tで、他のEU諸国のフランスやイタリアと比べると少なく、野菜の自給率は60%となっており、日本の80%より下回っている。気候は、夏は短く最高気温も20度近くであり、冬は日の出が遅く、日没が早いことから、日照時間が短くまた日本と比較すると降水量が少ない。そうした気候のもと、英国は、生産面積でみると施設栽培が少なく、露地栽培が多いのが特徴である(表2)。
2 英国における菜食の歴史
19世紀の産業革命以来、英国の野菜消費は低かった。人々は工場労働により町に移り住むようになり庭(ガーデン)とは程遠くなる生活であった。必要最低限の食料をやっと買えるくらいしか収入が無く、大多数の人々は精製炭水化物、砂糖とわずかな動物性脂肪くらいしか買えない生活であり、一握りの富裕層だけが新鮮な果物や野菜を食することができた。
近年、人々の生活が豊かになるにつれ、一般家庭での野菜の消費が増えるようになったが、まだまだ不十分な摂取量であり、英国当局は、野菜の摂取が糖尿病、ガン、心臓疾患等の生活習慣病を、予防する方策であるとの認識のもと、我が国と同様に野菜摂取の増進に取り組んでいる。消費者の間でも、健康に気を配った食生活を心懸けて自分の体は自分で守ろうという気運が盛り上がってきている。
「毎日最低でも80グラムの果物と野菜」を摂取することを国が推進しているが、他のEU諸国に比べるとまだまだ摂取量は、少ないといえる。
3.生産農家の課題と輸入野菜
英国における生産面の問題点としては、生産コストが高く、輸入品に対抗した生産を行う必要があるため生産者は厳しい努力を強いられているといえる。
たとえば、いちごなどソフトフルーツも外圧に苦しんでおり、ポーランドから輸入されるいちごがその一例で、ソフトフルーツの作付面積は1995年の10,500ヘクタールから2005年9,000ヘクタールまで減少した。
トマトの国内生産は、1995年と2005年を比較すると6万6千から6万9千と横ばいだが、消費は1995年の379,000トンから492,000トンへと伸びている。この伸びは国内産のトマトの生産増大でなく、ほとんどのトマトが低コストで生産されているスペインからの輸入である。
主要輸入国は輸入量の多い順にスペイン、イスラエル、フランス、ニュージーランドとなっている。10月~4月の間スーパーマーケットで販売されるサラダ野菜(有機、非有機)はスペイン南部の巨大な温室で栽培されたもので、2004年4月~7月にスーパーマーケットで販売されたばれいしょはイスラエル産が多い。また、有機果物の多くはフランスやニュージーランドの果樹園から来ている。
4.野菜の消費動向
現在、英国ではどのような野菜が食べられているのか、主な品目は日本で手に入る西洋野菜と共通だと言える。また、ばれいしょ、にんじん、たまねぎ、キャベツ、トマト等は年中手に入るが、日本と比較すると、用途別のこまかな品種の選択肢はぐっと多く、同じキャベツでも季節や料理方法にあわせて選べ、トマトとなると、料理用、サラダ用、酸味の強いもの、甘いもの、地元産、外国産などと常時何種類もがスーパーに並んでいる(写真1)。
野菜の物価は日本より少し安いかどうかというところで、他のEU諸国、特にフランスやスペインなどの農業国と比べるとかなり高い。英国人が日常食している主な野菜は以下のようである。
(1)主な野菜(1)有機農家の動向
有機農業を行っていない英国の農家の収入は1995年の平均年収24,700ポンドから2005年17,300ポンドにかなり落ち込み、小規模農家の多くは農地を売却したり、複数集まって大規模に統合したり、あるいはロンドンや大都市の銀行・商社等に買収されている。村民の大多数が農業に従事し、複数の農場があった村は現在1~2の大規模農場に集約され村民は村外の仕事に従事しているところもある。土地にとどまりたいと願う多くの農家にとって急成長している農産物の有機市場は小さな希望の光りとなっている。英国の農地全体の約3%は有機栽培に転換しており、日本の0.5%に比べるとかなり高い(表3、表4)。
また、この有機農産物市場を取り込もうと様々な流通業種がしのぎを削っており、特に、群を抜いているのがスーパーマーケットでの有機市場における2003年の売り上げは67%を占めていたが、2005年には占有率が60%に落ち込んでいる。その理由としては、人気が出てきている箱売り形式の野菜と比較するとスーパーの品物は値段が高い、過剰包装、新鮮ではないと消費者が考えているからであるとの見方がされている。
(2)箱売り野菜
箱売りの有機野菜販売は1970年代米国で小さな規模から始まった。箱売りとは、その週に取れた野菜を家族構成サイズに合わせて箱を二つの大きさに分けて販売することである。「季節の新鮮野菜を手に入れる画期的な方法」と口コミで広がり年々需要が拡大してきている。
1990年代になると大手の農場がこのアイデイアを取り入れるようになり安定した伸びが期待できるようになった。地域の農家と手を組んで野菜農家の協同組合を組織し、売り手のフランチャイズ化を推し進めるという野菜の箱売りをさらに新しいレベルまで引き上げていっている農場もある。
(3)箱売りの問題・課題
箱売りの問題の一つは天候である。英国は冬季が長いので、10月下旬から4月上旬にかけて収穫量が最低ラインになってしまう、つまり春になるまでに長ねぎ、たまねぎ、キャベツ、冬の果物等が終わってしまうと新鮮な国産の野菜や果物は品薄になってしまうことである。
この状況は新キャベツ、カリフラワー、サラダ菜、アスパラガス、春たまねぎ、ビーツ、にんじん、いちご等の収穫量が多くなる6月中旬まで続く。「閑散期」(4月~6月)は自分の農場からの収穫物に頼っている箱売り小規模経営者にとって厳しいものがあり、海外に農場を所有し必要時に野菜を輸入する大手の農場が断然有利になっている。このような背景から大手の農場は小規模農家が品薄になってしまう春にたくさんの新規顧客を獲得し、市場拡大を図っている。逆に小規模農家は苦戦している。
(4)地場食品
2004年以降地場食品を求める声が大変強くなってきている。「ローカルこそが新しい有機」と主張する人々もいる。つまり食に費やされるマイル数を減少することによって省エネが図られ環境を大切にするということにつながるという考え方である。
輸入されてから何日も棚の上に置かれていた有機食品を買うよりも本当に新鮮な食品を買う方が消費者にとっても良いことといえる。
「有機といっているけれども完全に有機ではないのではないかという疑いもあり、遠くから運ばれてきたものが本当に有機だと確信が持てるか。」という疑問の声も上がってきている。年間で国産野菜を90%販売しているある大手の農場でさえ最近ではとみに「非ローカル」とみなされるようになってきている。
6 おわりに
以上、英国の野菜事情を述べてきたが、英国の野菜をめぐる問題点としては、生 産コストが高いために輸入品に対して苦戦を強いられていることである。また、日本との違いはなんといっても長い冬季の生産環境であろう。冬季が長いこと、高緯度のため日中が短いことから日照時間が短いこと、生産コストが高いことなどから、施設栽培が少ないと思われる。
また最近の英国の野菜事情を説くキーワードは、(1)品種の多様性、(2)食品の安全性、(3)フード・マイル、(4)グリーン(環境に優しく)という4つをあげることができる。
最後に資料名のないデータについては、現地の生産者から直接取り寄せた数字であることを、申し添える。