国際情報審査役補佐
平石 康久
2007年6月12日、EU委員会は1960年代から継続されていた青果物共通市場制度の抜本的な改革案が農相理事会において合意に達したことを発表した。このため、6月末までに明らかになった情報をもとに概要を報告する。
1.改革の背景
EU委員会の2007年1月24日付の農相理事会への提案(COM(2007)17)によると、青果物の生産はEUの農業生産額の17%を占め、EUの予算に占める青果物共通市場制度に関連する予算の割合は3.1%にのぼっている。
EUの青果物関連制度は、国境措置により海外からの青果物の輸入を制限し、域内においては、生産者団体の組織化および団体を通じた各種補助を通じて競争力や生産効率を高めることを目的としている。また、価格低落時にはEUの資金の負担によって需給調整を図るとともに、生産者に対する一定の資金を提供することによって、青果物の生産を支えてきた。
この他にも加工用青果物に対しては、生産に対する直接的な補助や規制が行われてきた。
今回の改革の背景については、同文書(COM(2007)17)の中で次のように説明している。
○ 価格設定力を持つ小売業の大型化、廉価販売店のシェアの増大が進展し、輸入農産物が競争力をつけている中、それに対応する生産者団体の組織化が進まないこと
○ 加工用青果物に対する制度が現在の改革された共通農業政策に適合していないこと
これらのことから、生産者団体の組織率の更なる向上と、改革された共通農業政策への政策の統合が求められていた。
またこの文書の中ではわずか1文でしか触れられていないが(...the objectives of the reform have been identified taking into account the need for WTO compatibility...)、WTOルールとの適合性についても意識されている。これはEUと同様に青果物の生産を支払い対象から除外している米国の直接支払い制度が、WTOの綿花パネルにおいて違反判決がでた※)ことから、修正を行う必要に迫られたためである。
更に近年の環境保護に対する意識の高まりと、青果物消費の促進活動に対するニーズ、複雑になった農業政策の簡略化(simplification)への要望にも答える必要があったものとみられる。
2.現状の制度と新制度の比較
現状の制度と、2008年から施行される新制度の比較を行うと次の表1のとおりである。
3.新しい制度が持つ意味
現行制度及び新制度のイメージは図1及び図2のとおりである。
この図によって明らかなとおり、改正された制度の下では、単一支払いの導入によって市場価格に関係なく生産者は一定の収入を得ることができる。また、価格低落時には低落時の補償が少なくなるとともに、EU及び生産者双方の積立金のみによって補償部分が賄われることから、生産者が供給を制限して市場価格が回復するための供給コントロールを行うよう、市場からのシグナルが反映され易くなることが期待されているものと思われる。
しかし一方では、青果物の性質として天候により作況が大きく影響を受けること、貯蔵性に乏しいことから、生産者団体による市場隔離措置を含め、生産者によるコントロールは限界がある。そのため、価格低迷が深刻な場合、単一支払いの額にもよるが、経営収支の悪化により翌年度の再生産に悪影響をおよぼすことも懸念される。
※)基準作付面積に応じて、作物の価格水準に関わらず支払われる直接支払いについて、基準作付面積から青果物の作付面積が除外されていることにより、当該直接支払いがWTO上の緑の政策(市場を歪曲しない政策。この場合は生産に影響を与えない収入支持政策)に当たらないと判断された判決
4.業界の反応
報道によると、青果物業界からは反対する旨の声明が発表されている。フランスの青果物生産者団体や流通業界の統合組織であるFreshfel Europeは、輸出補助金や加工用青果物に対する補助金の廃止について、市場を不安定化させる要因であると非難するとともに、青果物に対する補助を生産者団体を経由したものに限定していることは、各国での生産者組織の組織率を無視したものであるとして、憂慮を表している。
5.考察
青果物共通市場制度は、最後まで残されていた品目別の政策の1つであったが、今回の改正により、単一支払いをはじめとする共通農業政策の中に同化されることになった。これによりWTO上の黄色の政策の保護水準を下げることが可能となると同時に、EUの青果物制度がWTOに提訴される危険を避けることができたものと思われる。
この新しい青果物の制度により、EUの貿易交渉上の立場は強化され、特に、青果物生産を直接支払いから除外している同様の制度に対して、パネルでの違反判決を受けながら有効な代替案を決定していない米国に対する圧力になるものと推測される。
納税者へのアピールとしても、Cross Complianceの適用や有機農業への補助拡大、青果物の消費拡大に対する援助など、環境保護のグループや、食生活の改善を進める消費者サイドのグループにも目配りをした制度であると考えられる。
一方で、現時点で得られている情報のもとでは、天候要因などのコントロールできない理由による価格低落時において、翌年度の再生産に向けての十分な補償が行われず、生産の変動要因になるのではないかとの懸念は払拭できない。
更に輸入青果物に対する参入価格制度は温存していること。輸出補助金の撤廃の時期や手法についても明言を避けていることなどから、今後の貿易交渉の進展により、残された国境措置などにどういった修正が加えられるか、注意する必要がある。