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豪州における青果物消費と小売・卸売流通の変貌

中央大学 商学部
教授 木立 真直


1.はじめに
 近年、中国をはじめとするアジアの国々の農産物流通研究が蓄積されつつある一方、豪州の農産物流通に関する調査研究は多くはない。日本とのかかわりでみた豪州農業は、牛肉や小麦などの輸出大国としての側面が大きく取り上げられ、国内流通についてはあまり関心が向けられなかったからであろう。しかし、豪州では食品小売市場の寡占化が顕著であり、その状況下での農産物・食品サプライチェーンの実態を解明することは興味深い課題である。本稿では、豪州における青果物の消費と流通を対象に、第1に消費の動向について簡単に触れたうえで、第2に小売業とくにスーパーの動向を整理し、第3に青果物流通の中心的担い手としての卸売市場の変貌について考察したい。

 ここで依拠した主な資料は、2005年4月から2006年3月までのメルボルン・モナシュ大学での調査研究、ならびに2000年豪州青果物流通調査で実施した聞き取り調査、収集した論文・報告書である。入手した論文・資料にはやや時間を経過したものも含まれており、最新の状況についての事実確認が十分できていない点がある。その意味で、あくまで仮説的な整理であることをお断りしておきたい。

2.豪州における食生活の変化と小売市場の構造
(1)豪州における食生活の変化と青果物消費の増加傾向
 豪州の食生活は、伝統的には宗主国であるイギリスの影響が強く、パン、ばれいしょ、肉を中心とする、かなり簡素なものであった。しかしながら、第二次世界大戦後、イタリアやギリシャからの移民が増え、それらの国の料理や食文化が持ち込まれた。1972年以降になると、中国やインドに加え、韓国、タイ、ベトナム、フィリピンなどのアジア諸国からの移民が急増し、豪州の食はさらなる多様化を遂げていった。近年では、健康志向が強まり寿司に代表される日本食がブームとなり、現地消費者にとって身近な食として定着しつつある。日本食品店やアジア系食品店のみならず、現地スーパーの店舗でも、日本やアジアの食材が品揃えされるようになっている。

表1 豪州における青果物消費の長期トレンド

 シドニーやメルボルンのような大都市では、イタリア料理から中華料理、ギリシャ料理から日本料理にいたる世界中の食が提供されている。農村部では依然として食の選択肢は限られているが、都市部における食の多様化は明らかである。同時に、若年層を中心にハンバーガーやフライドポテトなどのファストフードを利用する機会が増え、食生活のアメリカナイズ化もみられる。外食と中食の両者を併せた広義の外食市場は、消費者の食に対する支出の約4分の1を占めている。人口約1800万人の豪州の外食市場規模は、日本との比較では相対的には小さいが、1人当たりGNPはほぼイギリス並みの水準であり、最近の好景気の影響もあり、消費者の購買力は高く、これが外食の増加を後押ししている。

 このように豪州では、内食、外食を問わず、また消費者の出身国を問わず、いわば場所と人種を超えて食の多様化が生じている。その要因として、この国においては元来、伝統的な食文化が確立されていなかったこと、そして、その結果として、新たな食への順応性が高いことが考えられる。

 品目ベースの変化では、肉と穀類の消費量が着実に減少する一方、青果物や水産物の消費量が増加している。生鮮に加工を加えた青果物消費の長期トレンドを表1から確認すると、果実、野菜のいずれも1980年代以降、増加傾向で推移してきている。青果物消費の増加は、多様な食文化の普及という面とともに、最近では肥満対策を含めた消費者の健康志向が強く影響している。また、生鮮青果物消費について2000年から2002年の平均値をみると、果実消費は年間一人当たり92kgと日本の54kgを大きく上回っている。他方、野菜消費は、年間一人当たり96kgと、イギリスの88kgを上回るものの、韓国224kg、中国239kg、ギリシャ265kgに遠く及ばず、日本の110kgよりも低い水準となっている。

 熱帯から温帯にいたる気候条件を基礎に多様な農業が展開する豪州では、マンゴやパパイヤからブドウ、オレンジ、ナシ、桃、リンゴにいたる多様な果実が消費されている。野菜は、ばれいしょ、たまねぎ、にんじん、レタスなどが主体であるが、ばれいしょの消費が減る一方、はくさい、だいこんなどのアジア野菜が消費されるようになってきている。このように生鮮野菜消費が多様化すると同時に、冷凍・加工品の消費も大きな比重を占めつつある。

(2)食品小売市場の動向
 豪州において外食を含めた広義の食品小売業は、小売販売総額の約46%を占める小売業の最大部門である。表2から最近における食品小売売上高の推移をみると、2001/2002年度は768億ドル、2004/2005年度は918億ドルと1.2倍に市場規模が拡大している。こうした食品市場の規模拡大は、豪州経済の好況を反映するものであり、直接的には食品単価の上昇によって生じた面がある。

表2 豪州食品小売業の年間販売額の推移
(2001/02‐2004/05)



 この食品小売市場の内訳をみると、スーパーマーケット・食品雑貨店が約65%、カフェ・レストランが約10%、持ち帰り調理食品店が10%弱である。他方、クラブ、パブ、タバーン(居酒屋)、バーは調査が3年毎にしか実施されないことから、この食品小売業の数値には含まれていない。ここでの食品小売業に外食や中食が部分的に含まれている点には留意する必要があるが、いずれにしろ、全体として豪州の食市場が拡大基調にあるということは明らかである。

 豪州の食品小売市場の構造は大手2社で約75%のシェアを占める寡占状態にある。業界雑誌Food Weekによると、2001年末の企業別の食品小売市場シェアは、ウールワース(Woolworths:ビクトリア州では店舗名はSafeway)が38.6%、コールズ(Coles)が32.5%であった。両社にとって主力業態であるスーパーマーケットについてみると(2006年11月時点)、ウールワースは全国に756店舗、コールズは737店舗を展開する。実際には、両社ともに、スーパーマーケット業態以外にガソリンスタンド併設コンビニエンスストアなど複数の業態を展開し、企業としての成長を図っている。例えば、ウールワースの店舗網は豪州全土、タスマニア、ニュージーランドに広がり、スーパーマーケット、CVS、ディカウントストアなどの多業態を展開し、2005年度で約535億ドルの巨大な売上高を誇っている。

 この2社に続くのがフランクリンズ(Franklins)、中小零細店舗の連合組織であるIGAであるが、上位2社との格差は拡大傾向にある。こうした中で注目されるのがアルディ(Aldi)である。ドイツ系ディスカウント・ストアであるアルディは、豪州に進出後、EDLP(Everyday Low Price)の低価格訴求を基本にしつつも、品質重視の品揃えにより消費者の支持を獲得し、店舗数を着実に増やしている。これが今後、豪州の小売市場に一定のインパクトを与える可能性はあるが、生鮮青果物の品揃えが少ないことから、生鮮食品部門での他業態に対する影響は当面、限定的とみるべきである。

(3)消費者の店舗選択とその要因
 消費者が食品小売店を選択する基準を示すのが表3である。全体の回答率をみると、「便利な立地」が85.9%ときわめて高く、「低価格」、「駐車のしやすさ」、「開店時間」、「幅広い品揃え」と続いている。他方、「高品質」は44.1%で第6位にとどまっている。第1位の「便利な立地」と第2位の「低価格」の間に18.6ポイントもの格差があることからは、店舗小売業にとって立地要因がいかに重要であるかがわかる。

表3 もっともよく利用するスーパーとその評価要因

 小売企業別には、迅速かつ親切な顧客サービスの点でフランクリンズがもっとも高い評価を得て、他方、親切なサービスではアルディがもっとも低い。高品質な商品という点では、企業間で大きな差はないが、その他の小売店が一番高い評価を獲得していることは興味深い。この中には小売市場に入居する青果専門店が含まれるものと思われる。事実、筆者が調査を実施したメルボルン市内のプラーン小売市場には、食肉・鮮魚専門店のほかに、複数のオーガニック青果専門店あるいはキノコ専門店、チーズ・ハム・パスタの専門店などが入居し、高品質志向の消費者のニーズに対応する、いわば高級スーパーのような位置づけを獲得している。


メルボルン市内のプラーン小売市場内にあるオーガニック青果専門店


 低価格という点でのアルディの競争優位性は圧倒的であり、他方、この点でのウールワースとコールズ大手2社に対する評価は低い。大手2社が消費者の支持を得ている要素は、便利な立地や駐車のしやすさ、開店時間などにかぎられる。こうした状況は、大手2社の高い市場占有率を背景に、小売間の価格競争が阻害されていることの結果とみることができる。

3.大手スーパーの青果物販売・調達戦略
(1)スーパーにおける青果物販売戦略
 スーパーのマーケティング戦略上、青果物部門は重要な位置を占める。青果物アイテム数は年間ベースで約900アイテム、食品売上比率では7~10%程度を占め、粗利益率のもっとも高い部門の1つである。しかしなによりも重要な点は、スーパーの入り口付近に配置された青果物コーナーは、スーパーの顔であり、集客力を高めるうえでもっとも重要な部門ということができる。とはいえ、現状では、不揃いな形状であったり痛みが生じている青果物が店頭に並び、十分な商品管理がなされてるとはいえない。

 生鮮青果物とはコーナーが異なり、代替関係にある青果物冷凍・加工品の品揃えが強化されている。生鮮青果物のほとんどが国内産で占められるのに対し、冷凍・加工品では輸入比率が高まる。中東産ベークドビーンズやスコットランドトマトスープ、ベルギー産冷凍さやえんどうなどがPB商品化されている。食品・日用雑貨のブランド力評価順位で、冷凍野菜のBird Eyeが19位、果実ジュースのGolden Circleが33位を占めていることは、青果物の冷凍・加工品が豪州の食生活にいかに定着しているかを示している。

 とはいえ、冷凍食品などの品揃えでは品質差別化が容易ではないため、スーパーにとって生鮮青果部門強化の重要性は変わらない。最大手スーパーのウールワースは1987年から「The Fresh Food People」という標語を掲げ、消費者の鮮度志向、健康志向への対応を強化してきた。具体的には、単なる店舗段階での戦略にとどまらず、生鮮食品の調達にあたって、生産者を巻き込んだサプライチェーン(Supply Chain)の構築への取り組みがなされている。

(2)卸売市場仕入から産地直接仕入へ
 1970年代、スーパーは青果物調達のほとんどを卸売市場に依存していたが、1980年代半ばには、徐々に生産者からの直接調達に取り組みはじめ、90年代に入って本格化していった。1990年当時、スーパーの青果物仕入はほぼ卸売市場経由であったものが、2000年にはウールワースで卸売市場仕入が約4割にまで低下し、産地直接仕入が約6割に達していた。現在では、産地直接仕入割合はさらに高まっていると推測される。

 スーパーが産地直接仕入を実行するうえで不可欠な要素が、物流センターとバイヤー組織の整備である。大手スーパーでは、青果部門担当者が100人を超え、そのうち約4分の1が本部、約4分の3が各流通センターに配置されている。本部サプライ・マネージャーが品質、価格、そして大枠としての発注予測数量などの商品計画を策定し、各センターのバイヤーがその計画を基礎に実際に供給者との取引交渉や情報交換を行う。

 発注から納品までのフローをみると、店舗は通常、朝8時に確定数量の発注を本部にコンピュータで送信し、本部は必要に応じて修正をかけ10時に流通センターに物流指示を出す。温度管理された物流センターに保管されている市場調達品と産地直接仕入品を店別仕分けし、12時にはトラックが個店に向けて出発する。通常、1日2回配送を行っているが、遠隔地の店舗では週3回配送もある。配送は、運送会社1社にアウトソーシングしているが、温度管理、品質管理の徹底を要請している。

(3)スーパーによる品質管理の徹底-ウールワースのWQAの事例-
 近年、消費者は食品の安全性に対する要求を以前にも増して強めている。政府の食品の安全性にかかわる規制に加え、小売企業サイドの独自の取り組みもみられる。ウールワースでは“The Fresh Food People”を掲げた1987年から、独自の品質管理システムの構築をすすめてきた。それがWVQMS(Woolworths Vendor Quality Management Standard)、そして現在のWQA(Woolworths Quality Assurance)である。WQAの概要は図1に示すとおりである。


図1 ウールワースのWQAの認証取得の手順

 生産者は、この認証を受けてはじめてウールワースへの納品の資格を取得する。スーパー側としては、第1に生産者の施設から流通センター、店舗にいたるすべての過程での品質管理の徹底が可能になり、第2に本部が供給者の圃場から品種、農法などの情報、その他の品質に関連する情報などのデータベース化が可能になった。

 同社の青果物PB比率は20%未満と必ずしも高くはないが、それはWQAの取り組みが商品のブランドではなく企業ブランドに対する消費者の信頼を獲得することを最終的なゴールとしているからである。しかしながら、豪州のスーパーのPB戦略がイギリスのテスコなどスーパーと比較するとき、高品質のプレミアムPB、青果物でいえばオーガニックPBなどの商品開発に遅れをとっていることは明らかである。

4.豪州における青果物卸売市場の現状と新たな展開方向
(1)青果物卸売市場の現状と青果物流通
 豪州中央卸売市場協会(The Central Markets Association of Australia: CMAA)に加盟している主要卸売市場は、アデレード(Adelaide Produce Markets Limited)、ブリスベン(Brisbane Markets Limited)、メルボルン(Melbourne Market Authority)、ニューキャスル(Newcastle Markets Pty Ltd)、パース(Perth Market Authority)、シドニー(Sydney Markets Limited)の6市場である。組織名からわかるように、会社組織が4市場、公共事業体方式が2市場である。

 シドニー市場は、青果物の推定年間取扱高が約15億ドルに達するオセアニア地域最大の卸売市場である。市場には卸売業者、関連業者の入居とともに、生産者がテナント契約を結んで利用するスペースが設けられている。約100キロ圏内の地元生産者が野菜を中心に販売しているが、収穫と出荷・販売を兼ねることの負担は重く、近年、後継者の確保難もあり減少の一途を辿っている。

 豪州では、他の欧米諸国でもそうであるが、卸売市場流通についての正確な統計数値は存在しない。そうした中で唯一、信頼性の高いデータとして挙げられるのが、パーソンズがメルボルン市場調査を通して、ビクトリア州におけるトマトの流通チャネル別構成比(1995年夏)を推計したものである。トマトは、産地直接仕入割合が当時としては比較的高い品目とみることができるが、これから青果物サプライチェーンの1つの全体像を把握できる。


図1 ウールワースのWQAの認証取得の手順
 

図2 最近における青果物物流チャネルの比重
(2005年)

 図1に示すように、産地からみると、約8割が卸売市場に仕向けられ、約2割がスーパーに直接販売される。メルボルン市場は、生産者販売部門ではほぼ全量、中小零細青果店・外食店に仕向けられる一方、卸売業者部門では約4分の3が中小零細生花店・外食店に、約4分の1がスーパーに仕向けられる。卸売市場全体では、中小零細小売店・外食店仕向が87%にのぼる。スーパーの側からみると、8割以上が産地直接仕入であり、残り2割弱が卸売市場仕入である。もっとも、前述のように、1995年以降、スーパーが産地直接仕入を増加させ、2000年以降、大手スーパーでは産地直接仕入が市場仕入を上回るにいたり、2005年の聞き取り結果からはすでに産地直接仕入が7割ほどに達していると考えられる。それゆえ、図2に示すように、卸売市場の販売先としては、スーパーの比重が大幅に低下し、これにかわって中小零細小売・外食店の占める割合が高まっているとみてよいであろう。

 青果物卸売業者のうちスーパーに納品している業者は大手に限られる。スーパーとの取引方法は、少なくとも1週間前に価格と品質についての交渉を行い、実際の数量は翌週に注文を受けることになる。スーパーの卸売業者からの仕入方法は、1週間前にウエアハウス・マネージャーと本部のバイヤーとが一緒に市場内を回り、価格と品質をチェックしたうえで、翌週の品質と価格の交渉に入る。卸売業者は、この事前契約に基づいて、翌週に日々のベースで数量の注文を受けることになる。すべての青果物取引はセリではなく相対である。

(2)スーパーにとっての青果物調達先としての卸売市場の将来
 スーパーは、青果物の産地直接仕入を増加させることを基本戦略としているが、産地直接仕入にまったく問題がないわけではない。

 第1に、すべての青果物に産地直接仕入が適合性をもつわけではない。パーソンズの論文によれば、スーパーは、青果物調達について卸売市場仕入、市場外卸仕入、産地直接仕入の3つのサプライチェーンを活用している。どの調達チャネルを選択するかは、(1)スーパーにとってのその商品の価値、(2)生産者と小売業者の間の距離と物流時間、(3)その商品のハンドリングやロジスティクスの要求による。例えば、ばれいしょやトマトは、他の野菜に比べ、周年的に品揃えされ、かつ数量的にロットが大きいため、市場外流通が志向される。反面、一定のロットにならない品目は、卸売市場がより効率的な調達先ということになる。

 第2に、国産青果物の供給条件が不安定なことから、価格の変動が激しく、スーパーが行う独自の長期値決めが生産者とスーパーの双方にとってリスクが過大になりがちである点が挙げられる。

 以上のことから、スーパーが青果物調達にあたって産地直接仕入に全面的に切り替えるということでは必ずしもない。シドニー市場内にコールズとフランクリンズが流通センターを運営し、ウールワースの流通センターも卸売市場からそれほど遠くない地点に立地し、また主要市場に対して温度管理施設の導入などを要請しているのは、市場からの調達を想定してのことである。パースやアデレードの市場では、過去2年間に温度管理施設を整備し、スーパーの要求する水準での品質管理を実現している。衛生・温度管理とロジスティクスの両面で十分な機能をもつことが卸売市場にとって不可欠の課題だということができる。

 その場合、市場機能の高度化に即したテナント確保が重要になる。22ヘクタールの用地に施設を整備し、隣接地に10.5ヘクタールの未利用地を所有するアデレード市場は、市場活性化のために、空き用地に優れたロジスティクス機能を果たす長期の安定的なテナントの確保を目指した。結果的には、大手物流企業であるDWNディストリビューションを入居させ、そのことにより温度管理物流の条件整備を実現した。

(3)卸売市場と地域社会・経済とのかかわり
 小売・外食業者などの実需者のニーズに応じた効率的サプライチェーンの一環としての機能強化とともに、消費者や地域社会との関係性を強化する卸売市場の取り組みがみられる。アデレード市場では、国レベルのキャンペーン‘Go for 2&5 TM’に協力するとともに、独自のキャンペーンとして‘ Kids Eat Fresh in the Canteen’を実施している。これは、健康な食生活普及のための一環として、地域の子供たちにより多くの青果物を摂取してもらおうという運動で、この成果として、学校給食により多くの青果物を利用したメニューが提供されるようになった。メルボルン市場では、2004年10月からMarket Fresh Schools Programというツアーを実施し、2005年3月までのわずか5ヶ月で57校、9,074名の生徒が参加した。すべての卸売市場にとって地域住民とのコミュニケーションが重要になっている。

 今、メルボルン市場にとっての喫緊の課題となっているのは移転問題である。現在のメルボルン市場は、メルボルン市内中心街に隣接する地区に立地しているが、市北部エピングに130ヘクタールの用地が確保され、2010年に移転することが決定された。物流施設の整備、関連企業の誘致により、豪州でもっとも近代的な卸売市場に転換するとされている。

 しかしながら、National Marketplace News (2005年5月号)によると、生産者には現在地での営業を希望する意向が根強く、また移転費用が小規模な業者に大きな負担になるとの懸念もある。それは、移転に要する総費用10億ドルのうち公的補助3億ドルを差し引いても、約7億ドルの費用が市場管理組織や業者の負担になるからである。そしてなによりも市場移転後も地域の生産者や中小零細小売・外食店などへのサービスの維持、そして地域との関係性の強化が可能かについて懸念があるからである。スーパー対応が重要であるとしても、卸売市場機能の多面性に配慮した対策が求められている。

5.おわりに
 豪州の食生活は、多様化を基調に急激に変化しつつあり、今後、消費者の健康志向のために青果物需要がより増加することが予想される。多様で高品質な青果物を供給するうえで、生産者はもとより卸・小売・外食業者の果たす役割は大きい。

 スーパーは産地直接仕入を拡大しながら、独自の認証システムを導入し、効率性と有効性の高い青果物サプライチェーンの構築に取り組んでいる。卸売市場・卸売業者は、スーパーの調達ニーズに対応できるような温度管理を含めた物流機能の高度化を目指しながら、同時に青果物の供給とともに青果物消費拡大のためのキャンペーンに取り組み、地域の消費者ないし地域社会との関係性を強めようとしている。

 このように小売業者や卸売業者の戦略的な対応を基礎に、青果物サプライチェーンはその機能を高度化させつつ、多面的に進化しつつある。しかしながら、主体間の関係性、とくにスーパーと生産者との関係性は、必ずしもパートナー関係と呼べるような提携的な性格を強めているとはいえない。問題は、スーパーと生産者との間で価格と契約をめぐる衝突がより一層、顕在化している事実である。

 例えば、ビクトリア農業者連盟(Victoria Farmers Federation)は、卸売市場との関係性よりもスーパーとの関係性について大きな懸念を表明している。スーパーが高いマークアップを実現し、供給者に対して物流関連チャージを課す一方で、生産者の手取価格は著しく低迷し、生産費を償っていないとの主張である。タスマニアの野菜農家は、2005年7月には小売業者による野菜輸入の増加と不公正な表示の影響で、大幅な売上減に直面し、地場の野菜産業もコミュニティも崩壊してしまうとの懸念から、広汎な抗議行動を展開した。価格問題の解決は、サプライチェーンが消費者に対して長期・安定的に多様かつ高品質・安全な食品を供給していくうえで避けて通れない課題なのである。

(引用・参考文献)
Hermione Parsons, Fresh Fruit and Vegetable Supply and Melbourne Market Bypass, PhD Thesis, Monash University, 1998.
Department of Agriculture, Fisheries and Forestry, Australian Food Statistics, 2005.
The Age, 18 July, 2005.
在メルボルン日本国総領事館資料『豪州の農業情勢について』2003年。
在メルボルン日本国総領事館資料『ビクトリア州概要』2005年。
在メルボルン日本国総領事館資料『タスマニア州概要』2005年。
JETRO『平成15年度貿易情報海外調査報告書-豪州編-』2004年。
日本施設園芸協会『先進的野菜流通システム実態調査委託事業報告書』2001年。




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