東京大学大学院 農学生命科学研究科
博士課程 祁 侠
これは、低価格、輸送コストの削減、野菜の品質向上等によるものと考えられ、特に、1990年に中国政府農業部(2)の農墾部門(3)が始めた「緑色工程」(食品安全プロジェクト)の推進は、輸出を目指した取り組みとして注目される。「緑色食品」はその一環として、食品の安全性を意識した栽培や管理などが高く求められている認証制度である。
(2)日本の農水省にあたる。
(3)農墾局、農業部の管轄下にある。
管理・認証機関
中国政府は「緑色工程」推進の決定を受け、1990年5月15日に農業部直轄の「中国緑色食品発展センター」(China Green Food
Development Center)を設立した。その後、2年半の準備期間を経て、同機関は1992年11月に「緑色食品」(4)の開発、管理、各規準の制定などを実施する最高権威機関として正式に発足し、「緑色食品」の認証を行っている。
(4)「緑色食品」は、「有機食品」ではない。
緑色食品の基準
図3のように中国の緑色食品はAA級とA級の二つに分かれる。AA級は生産地環境、生産技術、製品の品質、包装などの項目において厳しい生産基準に基づき生産されるものであり、A級はAA級と比べるとやや緩やかな生産基準の下で生産されるものである。
緑色野菜
緑色野菜は、緑色食品の重要なカテゴリーの一つとして注目されており、その背景として以下の3点が挙げられる。
1)中国では、食品安全の問題が深刻である。2004年の時点では、国の基準を上回る野菜の残留農薬による不合格率は、検査対象の8.0%であった(表1)。2001年12月には「中国野菜の47%に残留農薬」という日本のマスコミ報道があったが、中国ではかなり前から各メディアが頻繁に取り上げていた。近年、経済成長で豊かになってきている市民は食品問題に対してより敏感に反応しており、食品安全への関心が高まっている。
2)経済成長に伴い環境問題が深刻化する中、汚染源となりやすい農薬、化学肥料の過剰使用を抑えることによって環境保全につなげる。
3)付加価値の高い野菜の栽培および輸出の拡大によって農家の増収を図る。経済成長に取り残され、顕在化してきた1億人とも言われる農村部の余剰労働力を吸収するために新産業として野菜生産の育成が急務となっている。とりわけ、WTO加盟後は農業分野の市場開放を迫られており、国際競争力を向上させることが大きな課題となってきている。
黒竜江省の野菜生産
黒龍江省は極めて寒冷な地域であり、野菜の栽培には適してない側面があるため、広大な耕地を有している反面、野菜の栽培面積は決して上位ではない(図4)。
野菜生産は収益性が高いため、80年代後半から栽培面積が拡大している(図5)。「緑色工程」がスタートした90年代初め頃から、環境汚染が比較的少ない黒龍江省において野菜の生産と輸出が政府主導で行われている。
2004年は野菜の作付面積・生産量がともに減少しているが、野菜生産コストの上昇によるものではないかと考えられる(図6、図7、図8)。
価格の推移
中国では、緑色野菜の価格推移に関するデータが少なく、一般的には普通野菜より3~5割ほど高いと推測されている。
輸 出
広大かつ肥沃な土地を有し、また3,000km以上にもおよぶロシアとの国境線(アムール川-黒龍江)をもつ黒龍江省は、80年代半ばから対ロ国境貿易に積極的に取り組んでおり、そのことが緑色野菜の輸出にもつながった。日本への輸出を主にしている山東省などとは異なり、黒龍江省産の野菜のほとんどはロシア向けである。省内には、いくつかの緑色野菜の栽培・輸出拠点が指定され、饒河県(写真)はその一つである。1997年に緑色野菜栽培・輸出のモデル地区に認定され、2001年に省政府の財政援助(250万元)も受けていた。2003年時点で800ムー(15ムー≒1ha)の温室でトマト、きゅうりなどを栽培しており、このうちロシア向けは150ムーに達し、年間800~1000トンの「緑色」トマトが対岸のハバロフスク(人口80万人)に運び出されている。
また、同省の同江市、慶安県、ハルビン市の香坊区などには栽培・輸出拠点がある。このうち、慶安県は、昨年8月に年間1,500トンもの各種野菜の生産、輸出が可能な基地建設を完成させたばかりである。(13) また、省都所在地のハルビン市香坊区にある民営企業「盛興グループ」は、ウクライナと2008年まで総額1.4億米ドルの緑色野菜(主にばれいしょ、にんじん、にんにく、はくさい)と木材との物々交換貿易契約を執行開始した。(14)
(13)新華通信社
(14)中国商務部
2000年-2010年黒龍江省緑色発展計画によると、野菜を含む「緑色食品」の作付面積を省内耕地全体の20%にまで引き上げ、日本と韓国のマーケットをも視野に入れているようだ。2005年の業界全体の総売り上げは160億元(約2,400億円)に上り、すでに石油化工、機械製造、医薬、エネルギー、森林工業に次ぐ第6番目の産業にまで成長してきた。また、「株式会社」の農業参入が可能なため、今後、野菜生産、輸出を一貫した「産業化」が一層加速する可能性が高い。
輸出促進に対する中国政府の取り組み
中国政府は、輸出拡大を促進している。2003年10月1日に中国とタイの二国間では、野菜と果物の関税が撤廃され、これによりタイを「足がかり」としながら東南アジア全般への輸出拡大の機会をうかがっている。
2005年には、福岡市で福岡商工会議所の協力を得て「中国緑色食品発展センター」の主催で中国緑色食品セミナーを開催した。
他方、同年2月24日~27日の4日間、ドイツ・ニュルンベルグで行なわれた世界最大規模のオーガニックメッセ、BIO FACH(ビオファハ)にも、九つの省から有力企業13社が「中国選抜チーム」として組織され、初めて出品するなど、積極的に取り組んでいる姿勢が目立っている。展示会開催中、「中緑華夏有機食品認定センター」と「ドイツ有機食品認定センター(BCS)」の間で合作協議の調印が行われるなど、中国の緑色食品のヨーロッパへの道開き第一歩とも言える成果があがっている。
国内市場開拓の課題
海外への輸出とは対象的に、緑色野菜の国内市場の開拓は決して容易ではなく、黒龍江省産の緑色野菜のほとんどは省外には出回っていない。北緯43°26'-53°33’に位置する黒竜江省には気候的な制限から、流通インフラは別として、生産コストは南方よりはるかに高い。また、南北では食生活習慣の違いがあり、加えて多様な南方野菜に比べて、黒龍江省産の野菜は品目が限定されていることから、省外での競争力は高くない。
消費面でみても冬季には、他の省から流入してくる野菜が省内シェアの80%を占めている。これには、他省で温室栽培が普及してきたことも影響していると考えられる。株式会社の農業への参入が可能な中国では、経済成長の進んだ沿海地域の業者は栽培技術だけでなく、ビジネスのノウハウを有している。今後5年程度は、省内の野菜シェアの構図は変わらないだろうと、政府の関係者は指摘している。
さらに、しばしば摘発される偽物事件で消費者の選択を躊躇させてしまうのも、国内市場開拓が厳しい要因のひとつである。2003年に、2年間にわたり「緑色野菜」を偽って販売し続けていた黒龍江省と同じ東北地方にある瀋陽市の有名業者が摘発された事件は、国内市場全体に大きな打撃に与えた。
今後の展望
小規模の生産者、業者が乱立し、いわば無秩序競争のなか、野菜をはじめ緑色食品の「産業化」には先駆的経営手腕を有した大規模生産者の存在が必須である。この点は、大規模な国営農場を有する黒龍江省には有利と考えられる。
しかし、黒龍江省を含む中国の「緑色食品産業」全体は、いくつかのハードルをクリアしない限り、大きな成長は見込めないであろう。
第一に、法の整備が必要とされる。人民大会(日本の国会にあたる)に「中華人民共和国緑色食品法」の法案が提出されたものの、未だに実現されていない。
第二に、許認可の透明性を高め、また政府の強力なリーダーシップを生かし、認可ナンバー乱用の防止、偽物摘発、知財保護などの強化が求められよう。
第三に、トレーサビリティの確立が挙げられる。生産者から消費者に至る過程の管理を徹底するため、人的要素を減らし、政府主導で消費者に産地・生産者の情報提供システム(ICタグといった先端技術)の導入などが緑色野菜の付加価値をさらに高めることになる。