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ベトナムにおける野菜の生産・加工および流通の現状

調査情報部長  加藤 信夫
調査情報第二課 高田 直也


はじめに
 日本とベトナムを含むASEANとの間では、2005年4月から経済連携協定(EPA)交渉が開始されている注1)。

 そこで、今年度に実施したチリ、ラオス、タイの調査と同様に、国産野菜の価格安定と今後のEPA交渉の推進などに資するため、ベトナムにおいて野菜の生産・加工及び流通に関する基礎的な調査を平成17年10月18日から10月28日にかけて実施した。本稿では、この調査の概要について報告する。

図1 ベトナムの地図


1.自然環境と農業事情
(1) 自然環境
 ベトナムはインドシナ半島東部に南北約1,700kmという細長い国土(北緯8度~23度)を有しており、中国、ラオス、カンボジアと国境を接している。国土面積は約33万2000km2であるが、平地はその約21%の6万9000km2に過ぎず、残りは山がちで2000m~3000m級の山脈や1000m前後の高原台地を形成している。平地は北部の紅河デルタと南部のメコンデルタによって代表され、この二つのデルタで平地の81%を占めている。二大デルタ以外には、海外線に沿う形の海岸平野、中小河川の河口にある小規模なデルタ、山間部に点在する小規模な平地、中央高地の台地などが農地として利用されている。

 ベトナムでは地域、あるいは標高により気候条件が異なっている。首都ハノイ市の位置するベトナム北部は、四季のある温暖冬季少雨気候に区分され、年平均気温は約24℃で7月の最高気温は40℃以上に達する一方、冬季の1月には3~8℃(最低気温)にまで低下する。熱帯モンスーン気候に属するベトナム南部は、乾期(11~4月)と雨期(5~10月)に大別される。南部に位置するホーチミン市では、年間の温度差はわずかであり、平均気温はほぼ25~29℃で推移する。中部はこれらの中間的な気候であり、また台風の上陸が最も多い。また、中部に位置する海抜600~1500mの高原地域の年平均気温は22~24℃であり、最高気温は36~39℃、最低気温は6~7℃である。

(2) 農業事情
 工業化の初期段階にあるベトナムでは、農林水産業は雇用の58.8%(2004年)、GDPの21.8%(2004年)、輸出総額の26.2%(2004年)を占める重要な産業である。農業の経営規模は1戸あたりの農地面積は全国平均で0.7ha、比較的大規模なメコンデルタでも1.2haであり、一般的に零細脆弱な農業構造にある。とりわけ北部の紅河デルタ地帯では、1戸あたりの農地面積は0.3haに過ぎない。

 市場経済化に伴い、都市周辺では換金性の高い野菜、果樹、畜産物などの発展が期待されているものの、市場の未発達や輸送や貯蔵などのインフラ整備の遅れ、技術開発普及体制の不備、投資機材や資金、安全性対策の不備などの課題がある。

 代表的な輸出品としては、水産物、米、コーヒーなどが挙げられ、これらは重要な外貨収入源となっている。これらは比較的価格競争力があり、品質改善の努力が進められているものの、まだその技術は未熟であり、収穫後の処理技術も十分ではない。


2.ベトナムの農業政策
 1975年の南北統一後に導入された集団農業生産体制は、農民の生産意欲を減退させ、農業の低迷につながった。1981年には個別農家と合作社注2)との間の生産請負制が導入されたものの、制度そのものの欠陥と経済全体が不振の中で食料危機に至った。

 ベトナムの農業政策は、こうした情勢を反映し大きな変遷を経てきた。1986年に決定されたドイモイ(刷新)政策は、社会主義市場経済化に向けての抜本的改革である。この政策による生産・販売の自由化、そして1993年の農地法制定などにより農民のインセンティブが強まり、農産物の増産につながった。農地法では、長期土地使用権が確立されると同時に、1世帯あたりの土地保有面積の上限が通常作物の場合には、3ha(南部)、または2ha(北部・中部)とされた注3)。

 農業分野におけるドイモイの重要な側面として、計画経済の根幹をなしてきた配給制度(バオカップ制度)からの決別が挙げられる。社会主義的計画経済は、各産業における生産物ごとの生産数量の指令、生産のための必要資材の国による低価格での供給、生産物の国への低価格での納入、配給という循環の上に成り立つシステムであった。配給品において重要な割合を占めていた農産物であったが、1970年代は農業生産が低迷していたことから、配給制度維持のために食料の輸入、公定価格の引き上げなどに迫られ、政府の財政を深刻化させた。このため、政府は1985年にドイモイ決議に先立ち配給制の廃止を決定した。

 表1にある社会経済開発5ヵ年計画と社会経済開発10ヵ年戦略によれば、農林水産業のGDPは、他の産業セクターに比べれば低いとはいえ、年率で4%以上という目標値を掲げており、重要な産業としての位置付けが伺える。

表1 社会経済開発5ヵ年計画および10カ年戦略の主な経済目標値

出典:社会経済開発5カ年計画及び社会経済開発10ヶ年戦略は、いずれも
   ベトナム共産党第9回大会の第8回中央委員会に提出された計画お
   よび戦略の数値。
 *1 「公共投資5ヵ年計画2001-2005」から引用 共に2000年価格表示
 *2 2000年の実績値、2005年および2010年の目標値
 *3 CPRGSから引用

3.農業を取り巻く状況
 「2006年」はベトナムを取り巻く状況が大きく変化する年になる。WTO加盟、AFTA(ASEAN Free Trade Area/ASEAN自由貿易地域)の関税撤廃の猶予期間終了など、貿易環境が変化する。また、ベトナムのダナン港を東の基点に、ラオスのサワナケット、タイ東北部のムクダハンを経由し、ミャンマーまでつなげる物流網となる東西経済回廊の整備(図1)、ハノイ-広州(中国)間の高速道路の開通が予定されている。

 こうしたベトナムを地理的な中心とする道路インフラの完成により、中国産・タイ産農産物との市場争奪競争が激化するという見方がある。特に、国境間で密輸の横行しているこれらの地域では、関税撤廃などの貿易環境の変化による影響に比べて、道路などのインフラ整備の方が物流に大きく影響するという指摘もある。

4.外資への優遇制度
 ベトナム政府は、外国資本の投資環境を整えており、特に以下の奨励分野における投資については、手厚い優遇措置が講じられている。

(1) 輸出製品の生産
(2) 農林水産物の栽培、養殖、加工処理
(3) 高度な技術および知識を含む投資
(4) 環境保護
(5) 調査および開発
(6) 労働集約的産業
(7) 原材料および天然資源の有効利用
(8) 主要インフラおよび生産能力事業

 優遇措置の大部分は、投資家に課される税の免除または減免である。ベトナムでは、すべての事業形態に法人税が賦課される。2003年5月に法人税制の改正が行われ、税率は国内企業、外資企業を問わず、標準税率28%が適用されている。外国投資への優遇として、ベトナム政府は税率の減額(条件に応じて10、15、20%の優遇税率がある)、一時的な免税期間(タックス・ホリデイ)を新規のプロジェクトに与えている。

 農林水産業や食品加工業への投資は、金額、投資件数とも全体の約1割を占めており、台湾、韓国およびタイが主な投資国となっている。外資に対する耕作権(土地の使用権)の付与は許可制で、多くの場合は50年(70年まで延長可)となっている。設備などの初期投資に課される輸入関税は免税となっており、種子や農薬などの生産資材は当初の5年間は免税される。現時点では、投資ライセンスが必要となっているが、資本金や品目などの制限はなく、既にフランス、タイの資本が農業生産に進出している。

 野菜分野への投資は、中部の高原地帯に位置するダラットに集中している。日系企業による農業分野への直接的な投資事例はほとんどなく、食品加工業への投資が若干行われている。

5.野菜の位置付けと生産状況
(1) 野菜の位置付け
 表2はベトナムにおける野菜関連の指標について時系列で示したものである。野菜の生産量は年々増加傾向にあり、2001年の678万トンから2004年には886万トンとなった。一方、国内の需要量は2001年の535万トンから2004年には610万トンへと増加しており、一人あたりの野菜消費量は、2001年の68キログラムから2004年には74キログラムとなった。自給率は2001年には127%であったが、2004年には145%となっている。

表2 野菜関連指標の推移

出典:General Statistical Office
*1 2004年は暫定値
*2 CIRAD in Vietnam in period of 2001-2005の調査結果に基づく

(2) 野菜の研究
 ハノイ近郊の果物・野菜研究所は農業農村開発省傘下の研究機関として、トマト、キャベツ、カリフラワー、豆科野菜などの交配や品種選抜、農業技術普及員への指導を行っている。また、収穫後の保存技術(瓶詰めのトマト、ピクルスなど)の開発、残留農薬を早期に軽減する技術の開発にも取り組んでいる。こうして国の研究機関でも野菜の栽培技術はもとより、加工技術などの研究も進められている。

(3) 野菜の産地
 図1に示したように、野菜の産地(図の点線部分)としては、(1)北部のハノイ周辺の紅河デルタ、(2)中央高地のラムドン省(ダラットを含む)、(3)ホーチミン近郊およびメコンデルタの3地域が挙げられる。それぞれの地域における野菜栽培の特徴は表3に示すとおりである。北部の紅河デルタでは温帯の品種、南部のホーチミン近郊やメコンデルタでは耐暑性品種が栽培されているのに対し、ダラットを含むラムドン省では耐冷性の品種が生産されている。

表3 野菜の主産地における特徴

* 国立農業計画研究所ホーチミン支所の聞き取り結果による分類。


 野菜の生産は、現在のところ北部の方が気候的に野菜の生産に向いており、また大消費地であるハノイが近くにあることから、他の地域に比べ優位であるが、中央高地のラムドン省が現在急速に産地として成長している。このラムドン省のダラットは標高1500mの高原で、平均気温19℃のベトナムとしては比較的冷涼な気候に恵まれ野菜が周年栽培されている。このため、ダラットには冷凍野菜、乾燥野菜などの加工工場が進出しており、そこで加工された野菜の一部は、日本へも輸出されている。

(4) ダラット
 ダラットはホーチミンから北東へ約250
kmの山中に位置する(図1)。標高が高いため、ベトナムの避暑地として植民地時代にフランス主導の開発が行われた。

 1940年代にフランスがヨーロッパの品種を導入されたことにより、野菜栽培が始まった。その後、1960年代を通じて日本から種子、農機、技術が導入され、野菜産地として確立した。この地域は、野菜を専業とする農家経営が基本となり、コメを主体とするベトナムの一般的な農業とは生産性、収益性、技術力など農家のキャパシティの面で大きく異なっている。

 ダラットで栽培されている主な野菜は、キャベツ、レタスなどの葉菜類、にんじん、かぶなどの根菜類、ばれいしょなどである。加工野菜工場の圃場担当者からの聞き取りによれば、1ヘクタールあたりのキャベツとにんじんの収量はそれぞれ30トン、24トンとなっている注4)。



写真1 ダラットの野菜畑
写真2 にんじんの圃場

6.野菜の流通及び加工
(1) 野菜の流通
 図2は、ベトナムにおける野菜の一般的な流通経路を示しており、野菜の集荷経路は地域によって異なっている。

図2 ベトナムにおける野菜の一般的な流通経路


 果物・野菜研究所で得た情報によれば、北部のハノイ近郊では、農家自身がやや離れた産地であるため、集荷業者がハノイの卸売市場に持ち込むのが一般的である。一方、ダラット周辺では、加工野菜工場と契約農家間での直接の取引か、産地近くの地方市場に野菜が集荷され、そこから産地の集荷業者がホーチミン市等の市場に運ぶパターンがある。また近年、農家が価格交渉を優位に進めるため、または安全性を確保するため、野菜栽培グループを結成する動きが見られる。特にハノイ近郊では農薬投入量を抑え、安全を売りにした野菜販売を行うグループが誕生している。

(2) 野菜の加工
 果物・野菜研究所、国立農業計画研究所ホーチミン支所で得られた情報を総合すると、ベトナムにおける加工野菜の生産は、主にラムドン省(とりわけダラット)に集約されている。その他の地域では、例えばハノイ近郊のハイフン省でイタリア資本によるトマト加工品への投資、現地資本によるきゅうり加工の事例がある。このうち、トマト加工品については、原料の不足、不安定な品質、農民とのトラブルなどの問題により、失敗した模様である。他方、きゅうり加工品については、小規模ながらも生産が安定しており、また日本への輸出も行っているとのことである。

 ダラットを中心とするラムドン省では、2004年には原料ベースで65,000トンの野菜が冷凍用に加工されている。冷凍野菜の生産量は2000年から2004年にかけて約1割増加した。

7.ダラットにおける野菜加工
(1) 乾燥野菜工場(A社)
 2002年に生鮮原料の管理、手配面を請け負う原料供給業者として起業したA社は、年間売り上げ約100億ドン(約8,000万円)、従業員数35名の規模である。冷凍向けのほうれんそう、乾燥用のかんしょ、野沢菜、かぼちゃなどの原料供給が業務の柱となっている。A社から他社の加工野菜工場へ供給され、製造された製品のほとんどは日本向けである。一部の生鮮野菜については、シンガポールへの輸出も行っている。



写真3 乾燥野菜(にんじん)
写真4 冷凍ほうれんそう工場

 原料となる野菜は、150~180戸の契約農家から集荷しており、契約農家の農地面積の平均は約20ヘクタールである。契約農家の年齢は18~55歳であり、平均年齢は35歳前後である。契約時に買い入れ価格を決めるが、品質や規格、安全性で問題があるものについては買い入れを拒否するという徹底ぶりである。

 安全性管理としては、ダラット市内の政府機関(Nuclear Research Institute)で残留農薬の検査を行うことにしているほか、栽培管理表、栽培記録、農薬使用マニュアルを農家に配り、農家に農薬散布などの農作業について記録するよう求めている。また、使用する農薬は、日本の基準を遵守するよう、契約農家に指導している。トレーサビリティについては、出荷日ベースでのトレースが可能な体制をとっている。こうした安全性への取り組みの結果、The Product List of Fresh and Safety Vegetablesという認証書を取得した注5)。

 今後は、さらに詳細なトレーサビリティが可能になるよう、農家ごとにロット番号を付けて管理する予定である。また、2006年には自社工場を建設し、乾燥野菜の製造に参入する計画を持っていた。

(2) 冷凍野菜工場(B社)
 元来、国営企業であったB社は、年間売り上げ約300万ドル(約3億6,000万円)、従業員総数約1,000人(農場作業員を含む)の規模で冷凍ほうれんそうの生産のほか、かぼちゃ、たまねぎ、さつまいもなどの栽培を行っている。

 冷凍ほうれんそうの工場は年間350日稼動し、8時間労働の2シフト制で運営されている。主な製品である冷凍ほうれんそうは、すべて日本向けであり、近年の輸出量は毎年30%増で推移しており、2005年は2,000トン程度(生鮮換算で約7,000トン)の対日輸出が見込まれている。このように冷凍ほうれんそうの受注が増えたのは、2002年に中国産の冷凍ほうれんそうから日本の基準を超える残留農薬が次々に検出されたことで、中国産のイメージが低下したためであると経営者は分析していた。

 仕向け先は日本が中心で全体の70%を占めているが、冷凍ほうれんそう以外の品目を台湾、シンガポール、豪州、米国へ輸出している。

 ほうれんそうについては、自社の圃場(2ヵ所)に加え、約300戸の契約農家から原材料を調達している。契約農家は、輪作体系の中でほうれんそうを栽培しており、毎月60戸~70戸が順々に播種する。

 農家との契約は、収穫の4~6週間前に工場の事務所で締結される。収穫前になると、工場の職員が農家を回り、農薬使用状況、病害虫の有無、品質(色など)などを検査し、一定の基準以上のものだけを買い付ける。品質、規格や安全性に問題がある場合には、ペナルティが課され、特に大きな問題のあるものについては、買い入れを拒否する場合もある。こうして拒否された生産物は、市場での評価も下がり、取引自体も困難となる。

 表4には、工場で生産される冷凍ほうれんそうの日本向け輸出価格(CIF)とそのコスト構造を示した。最近は中国とのコスト競争が激化しており、コストを抑えるため、原料費を低く抑える必要に迫られている。このため、以前は1キロあたり2,500ドン(約20円)を農家保証価格としていたが、現在の買い入れ時の保証価格は、再生産する限界に近い2,000ドン(約16円)となっている。

表4 対日向け冷凍ほうれんそうのコスト構造
単位:ドン/kg


* 1,000ドン=約8円

 原材料の安全管理や工場での衛生管理には、かなりの労力を割いていることが伺えた。原材料の残留農薬の管理としては、A社同様、ダラット市内にある政府機関で検査を行うほか、工場でも独自に農薬検査員を約40名雇用し、彼らは毎日契約農家を巡回し、圃場で簡易検査を行っている。契約農家には、施肥や農薬管理などの作業について記帳することが義務付けられていることに加え、生産物を運ぶすべてのコンテナには各農家のコードが記載されている。製造工程の管理としては、ISO9001を既に取得しており、今後はHACCPの取得を視野に入れた取り組みが行われている。

 この工場では、すべての製品が日本向けであることから、日本の厚生労働省のホームページにほぼ毎日アクセスし、残留農薬基準の情報に神経を尖らせている。特に2006年5月29日から導入される新しい残留農薬基準(ポジティブリスト制)を満たす努力を続けていくものの、基準をクリアするには相当な努力が必要であると経営者は話していた。

8.野菜の輸出入状況と植物検疫
(1) 野菜の輸出入
 1990年代を通じて、ハノイ近郊で生産されるキャベツ、ねぎ、にんにく、ばれいしょ、にんじんなどが旧ソ連、東ドイツ向けに輸出されていた。しかし、東西ドイツの統一、ソ連崩壊後はほとんど輸出されなくなった。

 近年では、南部の高原地帯に位置するダラットからの野菜輸出が中心である。ダラットを含むラムドン省では、生産される野菜の5~10%(金額ベースで約2億ドン)が輸出されている。生鮮野菜では、キャベツ、かぼちゃなどが台湾、シンガポール、香港などへ輸出されている(以上、国立農業計画研究所ホーチミン支所での聞き取り結果)。

 ベトナムの貿易統計については“Inter-national Merchandise Trade Vietnam”があるが、野菜に関する項目についてはvege-tables, fresh, chilled, frozen(生鮮・冷蔵・冷凍野菜)とvegetables, roots and tubers, prepared or preserved(加工野菜・いも類)しかない状況にあり、ベトナム政府発行の利用可能な統計から野菜の品目ごとの輸出事情を把握するのは困難であると思われる。一方、ベトナムから日本への野菜の輸入量については表5にあるとおり、近年は冷凍ほうれんそうの伸びが著しく、2001年の3トンから2004年には5,191トンへと急増している。前述の冷凍ほうれんそう工場での聞き取り結果は、統計からも裏付けられており、中国産冷凍ほうれんそうの残留農薬問題発生(2002年)を受け、中国に代わってベトナムへのシフトが進んだことを示唆している。また、写真3に示した乾燥野菜は、2000年には227トンであったが、2003年には342トンとピークに達し、2004年には277トンと増加傾向で推移している。

表5 ベトナム産野菜の対日輸入量の推移
(単位:t)

出所:農畜産業振興機構「VINAS」
原典:財務省「貿易統計」


 ベトナムからの野菜の輸出は、野菜・果物輸出入公社を通じて確保した輸出先に対して行うケースが多い。野菜・果物輸出入公社では、約40カ国に対し野菜と果物を中心に輸出している。主な輸出先はロシア、アメリカ、台湾、中国であり、近年ではロシア、アメリカ向けが伸びている。野菜は公社で扱う輸出量・金額の約2割を占めており、冷凍ほうれんそう、さつまいも、冷凍・乾燥たまねぎ、塩蔵たけのこなどが主な品目である。

 公社では、日本市場については、地理的利点があり、大きなマーケットであるため開拓の余地は大きいものの、高い衛生基準や品質基準の厳しさ、二国間での検疫協定が未締結であるという課題のほか、中国とのコスト競争をクリアする必要があるため、現時点では対日輸出が大きく伸びる可能性は低いと分析している。なお、最近では生産者グループなどで自ら輸出先を開拓し、輸出するケースが増えている。

 一方、ベトナムへ輸入される野菜は中国産が中心である。中国からの輸入地点は27ヵ所ある国境のうち、ラオカイ、ランソン、モンカイが特に多い。ただし、中国産の野菜は検疫病害虫(quarantine pests)の問題などで検査対象のうち約7割が不合格となるなど国境を通過できないことも多く、また、市場では残留農薬への懸念などから一般的な評価は低い。

 ベトナム政府による野菜輸出振興策は特段行われていないものの、土地に適した品種の選定などの技術指導や、加工野菜工場が必要とする品目の栽培を工場周辺の地域で奨励する側面的な支援が行われている。

(2) 植物検疫
 ベトナム国内で登録されている農薬数は有効成分数で490種類(商品数では1,403種類)となっており、そのうち有効成分数で17種類(商品数で29種類)は禁止農薬となっている。残留農薬の基準にはASEANの最大残留限界値(MRL)を適用している。

 1961年に設立された植物検疫局では、現在465名の本部職員が植物検疫業務に携わっている。輸出用の野菜については、収穫後の産地検査で対処している。輸出用野菜の主産地であるダラットには検査官が常駐しており、輸出向けの品質に問題がないよう目を光らせている。

 国内への輸入農産物については、国境40ヵ所に検疫所が設けられており、284名の検疫官が各地に配属されている。農業農村開発大臣によって毎年公表される検疫病害虫をベトナム国内へ持ち込ませないことが主な任務となっている。このため、ベトナムへ輸入される農産物に対する残留農薬の検査は一部で行われているに過ぎない。

 現在、モンゴル、チリ、ブルガリア、ロシア、キューバ、ハンガリー、ルーマニアと二国間での検疫協定を締結している。また、2005年には、国際植物防疫条約(IPCC:International Plant Protection Convention)に加盟するなど、国際標準との適合性を高める取り組みが進められている。

9.ベトナム野菜の安全性
(1) 枯葉剤の影響
 表6には、ホーチミン市内の戦争証跡博物館で得たベトナム戦争中の枯葉剤による各地域の破壊面積を示した。野菜の主産地であるダラットを含むラムドン省での破壊面積は7%と低いことから、被害は軽微であった。また、果物・野菜研究所、国立農業計画研究所などでの聞き取りによれば、野菜産地では、ダイオキシンなどの有害物質の残留は問題のない水準であるとのことであった。


表6 枯れ葉剤による破壊面積

資料:ホーチミン戦争証跡博物館

(2) 安全性への取り組み
 1992年からFAOの支援を受け、総合的病害虫防除(IPM:Integral Pest Management)への取り組みが行われている。具体的には、11のプロジェクトサイトでコメ、茶、キャベツ、ほうれんそう、綿花、ドラゴンフルーツなどを対象とした技術指導が行われている。

 また、農薬管理を徹底させる「クリーン野菜プログラム」も数年前から進められており、その認証制度もある。農業農村開発省での聞き取りによれば、認証制度は3年~4年前に始まったもので、農薬管理を徹底させるものである。このプログラムは、国内向けに取り組まれており、2004年の時点では生産面積は61万haで886万トンの生産量である。2010年の目標として、73万haの面積で1,150万トンの生産という数値を掲げている。クリーン野菜への取り組みは、外貨獲得に向けた野菜輸出を促進に直接つながるものではないが、国内で生産される野菜の品質を高め、将来の輸出につなげたいという思惑も見受けられる。

おわりに
 ベトナムでの野菜栽培は近年増加する傾向にあり、加工野菜を中心とした輸出の取り組みは野菜の主産地であるダラットを核に進められている。また、南北に長い国土は、熱帯から温帯までの幅広い種類の野菜生産が可能であることに加え、勤勉で忍耐強く比較的安価で若い労働力(人口の中央年齢:25.5歳)が豊富であることなどから、野菜生産の潜在力は高いと考える。

 他方、「2006年」には、WTOへの加盟(予定)、AFTAの関税撤廃猶予期間終了といった貿易環境の変化に加え、ベトナムを中心とした東西・南北の国際物流インフラ網が整備される予定であり、近隣国との貿易などビジネスチャンスも大きくなろうとしている。したがって、「2006年」は、ベトナムがこうした貿易環境の変化やグローバリゼーションの流れを巧みにとらえながら、有利な地理的条件を生かし農産物の輸出を拡大するのか、あるいは周辺国からの農産物輸入の方が増大して産地が大きな影響を受けるのか、その転機となりそうである。ベトナムの野菜農家にとって幸いなことは、中国からの野菜輸入は植物検疫の関係などにより現時点では大きな影響が出ていないということである。

 このような中、ベトナム政府は野菜を農産物の輸出の柱とし、貴重な外貨獲得源とすべく、政府も農業支援の強化を進めている。すなわち、自国農産物の競争力をつける外資に期待を寄せており、従来は制限してきた外国資本による耕作を認めるという、社会主義国としては大胆な政策を導入している。しかし、国内では資本が十分に蓄積されていないことから、外国資本に頼らざるを得ないのが実情であり、農業分野の投資は現時点では極めて限定的となっている。

 ベトナムの農業共通の課題としては、小規模な生産者が多いこと、栽培・収穫の未熟さ、安全性の問題などが挙げられる。したがって、輸出に耐える品質・安全性の確保、供給の安定化なしには輸出の拡大は難しいと思われる注6)。また、農産物のアジア地域内での国際競争力強化、とりわけ過去の残留農薬問題への反省から品質管理が徹底されつつある中国産農産品とのコスト競争はベトナムの課題となってきており、高いコストパフォーマンスを実現する必要に迫られている。

 今回の調査ではダラットに進出している日系企業から直接の聞き取りはできなかったため、対日輸出の動向や見通しについて具体的に考慮することは困難である。しかしながら、目立った動きとしては、中国一極集中のリスク分散としてのベトナムへの進出が挙げられよう。今回調査したダラットの冷凍ほうれんそうと乾燥野菜については、日本の顧客からの需要が伸びており、訪問した工場においては、この需要増に対応して工場を拡張する予定であることから、今後も対日輸出は拡大するとみられる。ただし、この会社によれば、日本が2006年5月29日に導入するポジティブリスト制による残留農薬基準は、かなり厳格なものとして捉えている。つまり、生産現場での農薬管理をさらに困難なものとすることが予想され、対日輸出の制限要因となる可能性が高い。

 輸出向け野菜を生産できる地域は、現時点ではフランスと日本の技術支援により、高品質な野菜を生産可能なダラットを含むラムドン省に限られているが、今後は紅河デルタ(北部)の動向を注視する必要もある。この地域は、野菜の周年供給が可能であり、種類も豊富である。また、物流面でもハノイから100km以内の距離に2つの港(ハイフォン港およびカイラン港)があり、ダラットからサイゴン港までの約250kmに比べて近いという利点もある上、ハノイと中国の華南を結ぶ道路(国境のトンネルを含む)が2006年に整備される予定である。今後、外国投資が増え、品質および安定供給体制での改善がみられれば、紅河デルタ周辺が加工野菜の供給地として発展する可能性はある。

注1)2005年12月12日、マレーシアのクアラルンプールにおいて日越首脳会談が行われ、EPA締結のため、早期の本格交渉入りに向け、2006年1月から事務レベルの政府間協議を開始することで合意。

注2)現在は市場経済下の協同組合へと根本的に転換しているが、当時は社会主義集団生産の執行機関であった。

注3)ただし、1998年の農地法一部改正によって保有面積上限は撤廃され、貸借による農地取得の場合には制限枠は設定されないこととされた。

注4)日本では、1haあたりのキャベツとにんじんの平均収量は、例えば春キャベツでは約40トン、春夏にんじんでは約36トンである。

注5)この工場では、安全管理を徹底するため、GAP(Good Agricultural Practice)の取得を目指したが、ベトナムにはGAP認証制度が存在していなかったため、代替となる認証を取得した。

注6)安全性については、政府の見解を十分に聞くことはできなかったが、GAPなどの政府レベルの制度は未整備であり、輸出向け産品を生産している企業が輸出先であるユーザーの要求に個別に対応しているのが現状である。


(参考)主な調査先リスト




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