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残留農薬問題の対策に取り組む中国の野菜産地(2)
 ―食の安全確保の仕組みとその問題点―

福島大学 経済経営学類 教授 菅沼 圭輔


1.輸出向け野菜産地における企業の対応と問題点 

1.企業の野菜調達方式の多様化と産地
 買い取り方式の問題点
 前月号で述べたように、安全性対策が実施されたことで野菜輸出企業の野菜調達には大きな変化が発生した。以下では、その変化の原因と特徴、問題点について筆者の調査事例をあげながら考察していきたい。
 
(1) 野菜輸出企業の野菜調達方式の4タイプ
 日本市場は供給量、価格、品質の安定を中国側の輸出企業に求めている。これは、輸出向け野菜の多くが加工用・業務用に提供されていることとも関係している。近年では、スーパー等で販売されている生鮮野菜も同様であるが、とりわけ外食産業や加工食品はその小売価格が毎日のように価格が変動することは許容されていない。日本国内の需要者は、野菜生産が気象変動の影響を受けることは当然認識しているが、それでも数量的に安定した供給を求めている。さらに、規格や残留農薬の危険性が無いことを含めた品質面での安定性も求めている。

 そこで表1では、筆者の調査経験から野菜の生産者と企業の間の取引と契約関係を4つのタイプに整理し、その特徴、意義と限界について整理した。詳細は後に譲るが、それぞれのタイプの概要を表1に即して説明しよう。

表1 野菜輸出企業の野菜の調達方式とその特徴

 


契約内容 


契約の意義と限界


 


買取り数量


品質・安全性


買取り価格


技術指導


生産資材の供給


契約の拘束力


調達価格の安定性


数量の安定性


品質・安全性のリスク


①産地市場での買い取り方式


無し


買い取り時に検査


無し(産地市場価格)


不定


無し(農民が市場で購入)


無し


不安定


不安定


大きい


②村との契約栽培・ 買い取り方式


有り


買い取り時に検査


「最低保証価格」、産地相場高騰時は交渉。


有り


基本的に企業が供給


“意向契約”


相対的に安定


売り逃げの危険性あり


やや大き


③専業戸との契約栽培・ 買い取り方式


有り


買い取り時に検査


「最低保証価格」、産地相場高騰時は交渉。固定価格の場合有り。


有り


基本的に企業が供給


一定あり


相対的に安定(固定価格の場合は安定)


売り逃げの危険性低い


リスク低い


④企業直営農場方式


(輸出注文により作 付)


(自社で検査)


 -


(自社管理)


 - 


(業内の関係) 


(地代・賃金負担)


(安定)


 無し(不合格品抱え込み)



(1)産地市場での買い取り方法
 第一は産地市場買い取り方式であり、収穫期に企業が人員を派遣して必要な品目を必要な分量だけ個々の農民からその時の産地相場でスポット的に買い入れるというものである。

 生産される野菜の品目や面積は農民自身が様々な情報に基づいて決定し、種子・農薬・肥料などの生産資材も農民自身が農村の資材店で購入する。野菜の販売も農民自身がその時に判断してより有利と考える買い手に販売することになる。企業は買い取りの際に安全性、品質をチェックするしかない。

 この方式では企業・農民間に契約関係は全く無いため、価格、品質面で安定性に欠けているといえる。

(2)村との契約栽培・買取方法
 第二は村との契約栽培・買い取り方式である。栽培契約を結ぶときに村に生産者のとりまとめを依頼し、企業は農薬の使用方法を含む技術指導や種子・農薬等の生産資材の提供、さらに契約価格での規格合格品の全量買い取りを村の代表者と契約する。

 農民は、村と企業が派遣する技術者の指導の下で野菜を栽培し、農民は収穫した野菜を企業に売り渡す。

 品質面での安定性は一定確保されるが、収穫期の産地相場しだいでは契約が反故にされる場合もあるといい、価格、数量面での安定性という面では限界がある。

 ここで村と呼んだものには、実態的に次の二種類のものが含まれる。一つは全国平均200~300世帯からなる村民委員会という行政村レベルの組織であり、もう一つは20~30世帯からなる村民小組の自然村(集落)レベルの組織である。法制度的にはいずれも政府機関ではなく、わが国の自治会や農家組合に相当する民間組織である。ただ、村民委員会は郷(鎮)政府の下で、行政の下請け的な行政業務を請け負い、共産党の支部もあることから、中国語でも行政村と呼ぶことがある。

 いま村民小組を自然村レベルと述べたが、実は地域差がある。畑作を中心とする北方地域の平野部の農村では自然村の規模が大きい。そのため、行政村である村民委員会が自然村と一致している。

 他方で水田稲作を特色とする揚子江以南の南方地域や山間部では自然村の世帯数が小さく、また散居村である場合が多いので、一つの村民委員会の下に複数の自然村が含まれる。こうした地域では村民小組が自然村と一致している。以下、本稿では、村民委員会と村民小組両方を区別する必要が無い場合に、煩雑さを避けるために村と呼ぶこととする。

(3)専業戸との契約栽培・買取方式
 第三は専業戸との契約栽培・買い取り方式である。この専業戸とは、他の農民から耕地を借りて一定規模の経営耕地を保有し、圃場労働者を雇用して野菜生産を行う農場経営者である。その経営規模は数haから200ha、300ha、さらに1,000ha以上と幅が大きい。

 山東省にあるST社でのインタビューによると、耕地を借り集めて大規模に野菜生産を行う専業戸は、農業生産者からのたたき上げというのは少なく、農村の出身者であっても農業以外の仕事に従事していたものが多いという。それは、多額の開業資金を準備する必要があるためで、農業生産だけではそのための資金蓄積が出来ないからであるという。例えば、ST社が契約している安丘市の専業戸は、15haの耕地を1ha当たり4,500元の地代で借りて経営しているが、開業資金として自己資金30万元と銀行融資15万元の合計45万元が必要であったという。主な支出内容は、ハウス建設費用、灌漑用の水道管の埋設費用のほかに1年目の借地地代、雇用賃金、種子・肥料・土壌改良剤等の流動資金である。最初の年は野菜の収穫期までは全く収入が無いため、地代だけでも6万7,500元と巨額の資金が必要になるのである。同じくST社と契約している経営面積27haの専業戸は、福建省にある台湾系企業で10年間従業員として働いていたが、その時の貯金と社長から借りた資金で寿光市で開業した(2005年調査)。

 こうした専業戸と企業が締結する契約の内容は、上記の村との契約と基本的に同じである。しかし、村との契約の場合は、企業は村との契約により間接的に多数の生産者(農民)と関係を結ぶのに対して、専業戸との契約は直接生産者をコントロールできるメリットがあるため、価格、数量面での安定性はかなり確保しやすい方式であるといえる。

(4)企業直営農場方式
 第四は企業直営農場方式である。これは、企業が海外からの注文を見込んで農村で耕地を借りて、自社の技術スタッフが雇用労働者を指揮して生産を行う。上記の三つのタイプと違って、使用する耕地、生産資材、労働者もすべて企業のものであるため、生産物はそのまま企業の原料となる。そのため、価格、数量、品質面で最も安定したものといえるが、表に示したようなデメリットも存在する。

 以下では、今要約した状況について、ケーススタディを通じて分析することとする。

(2) 野菜を調達する上での問題点
 以上の4つのタイプのうち、第一の産地での買い取り方式は安全性という点で問題があるため「輸出入野菜検査検疫管理弁法」で禁止されているが、それはなぜなのか。また表1に示したように当局が推奨している3つのタイプも決して完璧であると言えないのはなぜが。

 このことは、野菜輸出企業を通じたわが国への野菜の輸入の帰趨に関わる問題である。

 企業の原料野菜の調達方式にこれだけのバラエティが存在するのは、中国農村独特の法則が存在するからである。その点を一つずつ掘り起こして検討することにしよう。
産地市場での買い取り方式

 産地市場での買取り方法がわれわれに基本的論点を示してくれているので、まずこの方式の問題点から検討を始めよう。

 価格、数量、品質の安定性という点から見ると、第一の産地市場での買い取り方式は、作付け前から収穫期までの期間、企業と生産者との間にはなんら約束は無く、表1に示したように、企業と農民の関係には双方になんら拘束力が働いていない。

(1)買い取り価格と数量確保
 買い取り価格は産地相場に応じているため不安定である。というのは、農民が季節毎に作付ける品目と面積を決める際に、前年に価格の高かったものを選択し、逆に前年価格が暴落した品目の作付けを避ける行動をとるからである。

図1 きゅうりの市場平均価格の推移(山東省・青島市 単位:人民元/kg)




 図1に示したのは90年代後半の山東省・青島市内の卸売市場におけるきゅうりの卸売価格の月別平均価格の推移である。資料の関係からきゅうりという日本向けに輸出されていない品目のデータを取らざるを得なかった。

 図1からは1995年~98年の平均価格が大きく変化していることが分かる。例えば、12月から3月までの期間、特に2月を見ると、1995年は1kg当たり3元程度、96年には4元、97年には3元程度、98年には5元程度と上下を繰り返している。

 ごぼうなど中国国内で販路の無い品目については、他の産地の作柄やその産地における他社の買付行動により価格が変動するが、農民も同じように前年の輸出企業の買い取り価格や数量に反応する。

 日本への輸出価格が相対的に安定している場合に、産地価格がこのように変動することは企業にとって大きな問題である。もちろん、値下がりした場合には企業は利益が見込めるが、逆に高騰した時は赤字になるリスクを負っている。特に、高値の時は産地の供給量も品薄になっているわけであるから、日本側のユーザーが必要とする数量を確保できないというリスクが発生する。数量を確保しようとすれば産地での買い取り価格を高くしなければならず、逆に買い取り価格を低く抑えようとすれば、数量が確保できないというジレンマが存在するのである。

 例えば、日本の商社との合弁で設立され山東省、河北省、江蘇省でさといも、にんにくの芽などの買い取り・輸出を行っている北京市のFL社での聞き取りによると、同社は1995年に日本側から提示された輸出価格に基づいてにんにくの芽の産地買い取り価格を1kg当たり2.0元と予定していたが、実際には産地価格が高騰し3.6元になり、輸出契約を実現できなかったという。ただ、日本の商社はFL社以外のルートを使って中国の他の産地でにんにくの芽を確保していた(1998年調査)。

 また、品質を追求すれば、数量確保が難しくなるというリスクが存在する。
 B社は、広東省・広州市や福建省のアモイ市や福州市でそれまで習慣的に水田のあぜに植えられていた程度の枝豆を畑で栽培させるようにするなどの産地育成に努めていた。1995年に冷凍用の枝豆を買い付けることになっていたが、虫害や干害の影響で不作の上、国内の商人や他の輸出企業との競合が産地価格の高騰をもたらした。こうした“売り手市場”の状況の下では、農民は輸出企業が規格に合格しないものを買い付けてくれないこと嫌がり、規格が無く収穫物を全量買い取ってくれる国内市場の商人に売ってしまい、輸出に必要な数量を確保できなかったという(1996年調査)。

(2)安全性と農薬の使用問題
 野菜の例ではないが安全性に関する農薬の使用問題についていうと、山東省からリンゴ果汁を加工機械の供与との補償貿易方式で輸入していたC社は、90年代半ばの時点で取引先の購買販売協同組合(供銷合作社)との間で残留農薬問題が発生していた。当時は社会問題になっていなかったが、貿易の現場では残留農薬問題はすでにかなり深刻であったようである。C社は中国側に日本で禁止されている農薬の使用停止を申し入れた。しかし、計画経済の時代から農業資材の製造と独占的販売を行っていた組織である協同組合側は、傘下の農薬工場で製造した農薬を農民に販売する既得権益を維持するため日本側の要請を拒否してきた。そこで、農薬散布時期の調整により対応する妥協策を講じるしかなったという(1996年調査)。

 90年代半ばに行った生鮮・加工用の野菜を扱っている企業等へのインタビューの場面では、日本市場にあった品種を普及すること、栽培方法の指導などにより品質を高めるといった産地の育成が話題の中心であった。しかし、リンゴの例から見るように生産者に適切な農薬の使用を徹底させることがすでに課題となっていたことが推測される。事実、近年調査を行った企業のいくつかは、多数の零細農民を指導して安全性問題へ対処することが難しいため、今世紀になって中国政府が残留農薬問題に本格的に対処するようになる前から買い取り方式を止めていた(注:2002年に行った浙江省のNM社と同省のHT社での調査による。)。

(3)多大なリスクにさらされる中国国内の産地市場
 このように、中国国内の産地市場は海外市場の要求に反して価格変動が大きく、さらに野菜の規格もほとんど無く、農民が国内市況や他の輸出企業の動向を横目でにらみながら、価格面や安全性確保や品質の維持に手間をかけることの損得を考慮して、絶えずより有利な買い手にスイッチしようと考えている状態にある。それゆえ、野菜輸出企業は産地と輸出市場のはざ間に立って、価格、品質や安全性の維持、さらに数量確保を巡って多大なリスクにさらされているのである。

 産地買取方式の根本的な問題点は、企業がリスクをうまく回避できるような生産者コントロールする手立てがまったく講じられていないことにあるのである。

2.村との契約栽培・買い取り方式と直営
 農場方式の意義と限界
 表1に示したように、産地市場での買い取り方式以外の方式は各種のリスク、特に安全面でのリスクが低く、上記の問題を解決するために企業が生産過程をコントロールする様々な手立てを講じている改善策である。しかし、その効果は実は相対的なもので、それぞれ一長一短なのである。この点について次に事例を挙げて検討しよう。

(1)ST社(山東省)
 まず、二つ目の村との契約栽培・買い取り方式について見る。山東・ST社は、2003年に村民委員会を相手として契約を結ぶ契約栽培を行っていた。

 ST社は品目毎に村民委員会と栽培契約を結び、農民と彼らの圃場の確保を依頼する。相手方の代表者のトップは共産党支部の書記である。

 栽培契約書はST社の弁護士が作成するが、その内容は次の六つの点である。つまり、(1)栽培耕地面積、栽培品目、買い取り数量、納品時期といった基本事項、(2)品質や規格、泥などの混入物に関する取り決め事項、(3)買い取り価格と代金決済方法と契約違反の場合の罰則、(4)肥料、農薬、種子などの生産資材の販売や技術指導に関わる企業側の義務、(5)生産者側の義務である一定の圃場規模の確保、農道・水・電力の完備、ウィルス汚染の無い圃場の準備、企業の提供する生産資材の利用、無公害野菜技術の実践、一定の単位面積当たり収穫量の確保といった技術的措置、(6)契約違反が発生した際の罰則や紛争処理方法、である。

○メリット
 第一点は、契約相手が村の書記という地域一番の権威者であることから、希望する農民を組織し、栽培契約の内容を農民に遵守させることが容易になるというメリットである。農民はいったん契約に参加した以上、企業という“よそ者”ではなく、地元のトップに従うことになる。企業は書記一人を納得させればよく、大勢の農民を一人一人コントロールする手間を省けるのである。

 第二点は、村の書記の指導に服従する農民と圃場を対象に、企業がすべての生産資材を提供し、企業の派遣する技術者が各農民を直接指導できることで、数量、品質、安全性の面で安定性を確保しやすくなる。指導過程でトラブルが起きれば、村の書記が代わりに農民を説得してくれることになっている。

○問題点
 第一は買い取り価格の決定である。契約書に書かれる買い取り価格は、「最低保証価格」である。これは収穫期に産地市場価格がどんなに暴落しても企業が農民に対して最低限保証する価格水準である。農民に最低所得保障を与えることで、採算割れを回避でき、技術者の指導にも積極的に服従するインセンティブを与えられることになる。しかし、問題は産地価格が高騰した場合であり、この価格を決定できないことが最大の問題である。実際の契約では、収穫期に企業と書記が交渉して決定することになっているが、この交渉の成否が、企業のビジネスの成否を左右することになるのである。

 第二は村の代表者である書記をコントロールするコストの問題である。契約書には無いが、企業は書記個人に対して買い取った野菜の総額の10%を支払うことになっている。企業側から見れば、書記の組織者、調整役としての貢献に対する報酬を支払うのは当然かもしれない。だが、ST社のケースでは、この報酬部分を企業の側が負担するべきか、買い取り価格から控除して農民に負担させるべきかが新たな問題となり、2004年からは村との契約栽培・買い取り方式を止めることになった(2005年調査)。

(2)MH社(雲南省)
 村をコントロールするという課題は各地で聞かれ、いかに明文化した完璧な契約書を取り交わしていても、それに実効性を持たせるのは一筋縄ではいかないのが事実のようである。

 雲南省のMH社も国内向けである緑色食品(A級)のトウガラシについて村との契約栽培・買い取り方式を採用している。契約書では栽培面積を約130ha(2,000畝)と定め、企業側が技術指導を行い、収穫物の中から合格品を全量買い取り、不合格品は自由に処分させることになっている。「最低保証価格」は1kg当たり0.9元とし、村長には合格品1kg当たり0.1元を支払っている。しかし、MH社は、この契約は“意向契約”に過ぎないと解釈している。この“意向契約”という言葉のニュアンスは、収穫期になって産地市場の相場を含めて取引に関わるすべての状況が明らかになった時点で、改めて合意できれば契約通りの取引をしようという約束というものである。

 企業側から見て“意向契約”は様々なリスクを考えた末の苦渋の選択である。というのは、収穫期の産地価格を見て村、農民側が取引に消極的になった時に、契約書に基づいて村側にその履行を無理やり迫った場合、地元政府に直訴されたり裁判沙汰になったりする可能性があり、そうした面倒を回避するために“意向契約”に甘んじているのである(2005年調査)。しかし、交渉のテーブルについたとしても決裂した場合には、契約数量分の野菜は確保できないことになる。

 同社は、こうした状況に対処するために、農民との共同経営方式(中国語は「股合作制」)という新たな方式を導入しようとしている。これは、企業が種子、肥料、農薬といった生産資材の提供と技術指導を行い、農民の側が耕地と労働を提供して、企業の指導下で農民が生産に従事するというものであるが、双方の提供するものを現金評価して出資して共同経営するという形式をとっている。農民の提供する耕地と労働は地代、賃金として現金評価する。この契約の下では企業と農民は共同経営者であるから生産物も共有財産であり、安全性、品質、数量及び販売価格のリスクも共同で負担する形になっている。そして、販売額から双方の出資分を回収して、あまりがある場合は、出資割合に応じて分配することになり、逆に赤字になった場合は、出資割合に応じて損失を引き受けることになる。こうすることで、収穫期の農民の離反を防ぐことが可能になる。

 MH社は2004年に7戸の農家と契約を結びマレーシア向けのカリフラワーを栽培して利益が出たので、2005年からはこの7戸の農家のいる村全体に共同経営関係を拡大する計画であるという。この方式は、農民と極めて強固な契約関係が構築できるように見えるが、まだ始まったばかりであるので評価は定まっていないようである。

(3)TH社(山東省・安丘市)
 村との取引の難しさは買い取り価格の高騰をもたらしている。
 山東省・安丘市にあるTH社は地元の2つの村と契約で合計130haのたまねぎを生産している。2002年に日中間の残留農薬問題で地元が大打撃を受け、農民も安全性に気をつける必要性を認識するようになったため、品質、安全性の問題は無くなったという。しかし、「保証価格」を低く設定すると、売り逃げが発生しやすく、指導技術の履行も遵守されないため、買い取り価格を1トン600元に引き上げざるを得なくなった。同社は、別に自社農場を設立・経営しているが、地代・賃金を負担しても、原料野菜の原価は村との契約価格よりも安いという(2003年調査)。

 筆者が知りえたのは少数の事例に過ぎないが、村との契約栽培・買い取り方式は、栽培過程を企業が直接踏み込んでコントロールする点で産地市場での買い取り方式よりも一歩進んだものと評価できよう。しかし、企業は作付け前から収穫期まで村や農民とのトラブルを防ぐという新たな問題を抱え込むことになる。表1では品質、安全性のリスクについて「やや大きい」と記したが、それは企業の交渉能力や契約の条件、そして村のリーダーの組織能力によっては、技術指導に違反する農民が出てくる可能性が否定できないからである。他方、価格や買付数量の安定性という点でも村との交渉過程で紛争に発展する危険性をはらむことから不安定要素を払拭できていないと考えられる。

3.専業戸との契約栽培・買い取り方式の意義と限界
 専業戸は、農民から耕地を借りて一定規模の経営耕地を保有し、労働者を雇用して野菜生産を行う農場経営者である。
 専業戸との契約栽培・買い取り方式は2の企業と村との契約内容とほぼ同じである。

(1)HT社(浙江省)
 HT社と契約しているある専業戸は、地元の農民8名が共同経営者となっている。地元農民が農業以外の仕事に従事し始めるようになった1984年に1ha当たり1,500元の地代で5haを借地して野菜生産を始め、HT社とは1997年から売買契約を結ぶようになった。

 2001年からは、HT社が安全性を強化する必要から契約栽培に移行した。同じ年、この専業戸は借地面積を20haに拡大した。地代は1ha当たり2,250元で、借地期間は5年間である。2002年にはさらに借地を進め47haに規模を拡大した。

 この専業戸経営の圃場には、管理小屋が建てられ、大型トラクター1台、中型トラクター2台、ハンドトラクター2台といった機械を装備している。

 2003年の調査当時、47haの圃場のうち、13haはHT社との契約分びキャベツを作付けており、国内向け及び他の輸出業者との契約分としてほうれんそう、枝豆、イチゴも作っている。

 この専業戸では圃場を7等分してブロックごとに管理している。8名の共同経営者のうち、1名が農場長となり、他の7名が各ブロックの管理を分担している。圃場作業は地元農民や出稼ぎ農民を雇用して行っている。

 HT社としては安全性確保のために経営面積が大きい専業戸との契約を増やそうとしているが、地元には今紹介した専業戸を含めて2つしか確保できておらず浙江省内の6ヶ所で専業戸と契約をし2,000haの産地を確保している。

 HT社と専業戸のキャベツの栽培契約は次のようになっている。栽培契約書には、栽培品目とその品種、生産量、栽培面積、買い取り価格(「最低保証価格」)、栽培技術の指導、野菜の品質・規格、売り渡し時期、契約不履行時の処理方法・罰則などが盛り込まれている。

 農薬の使用・管理については、別途「契約栽培協定書」を取り交わし、そこには農薬出入庫記録(農薬はHT社で保管)、農薬使用記録、作業日誌、圃場会議議事録の作成および圃場管理体制図(担当者氏名を記載)が含まれている。

 この「協定書」による管理は日本の輸入業者の要請を受けて2002年から始まったというが、その特徴は栽培履歴の記帳を行う点にある。この中の圃場会議議事録について解説しよう。

 HT社の技術スタッフは、この農場に出向いて技術指導をしているが、指導は農場長だけでなく、共同経営者である圃場担当者も対象にし、彼らに毎月150元の手当てを出している。

 こうした日常的な指導のほかに重要事項の打ち合わせを行う場合には、農場長、圃場担当者だけでなく雇われた圃場作業者も参加させて、伝達・決定内容をこの議事録に記載し、参加者全員に確認のサインをさせることになっている。これは、後になってトラブルが発生した場合に、言い訳をさせないためである。現状では、この重要事項の打合せは作付け計画を協議する際に開催される程度であるが、HT社としては、もっとこまめに開催する方向にもっていきたいと考えている。

 筆者の限られた見聞では、このように規範化された管理システムを構築している企業はまだ少数であるが、まだ実施していない企業でもその必要性に対する意識は高まっているように思われる。

 こうした体系的な管理システムは先に考察した「村との契約栽培」では構築するのが難しいと考えられる。というのは、「村との契約栽培」の場合、技術指導の対象者である農民は多数であり、しかも彼ら一人一人が独立した経営者であって、企業はすべての農民の判断を企業の意思に従わせるために多大な手間をかけなければならないからである。ところが、専業戸との契約栽培では、野菜輸出企業が指導する相手は経営者1名だけである。農場主一人を従わせれば、農民よりはるかに大きい圃場について野菜の品質と安全性が確保できることになる。これは、大きな違いであり、進歩である。

 では、専業戸との契約栽培では、買い取り価格はどのように決定されるのであろうか。
 そこでは、専業戸との契約が収穫期になって反故にされることは無いのであろうか。

 今挙げたHT社の例でも買い取り価格は「最低保証価格」とされているが、農民が無償の耕地を保有して、家族で野菜生産を行っているのと違って、専業戸の場合は地代を支払って耕地を借りており、しかも賃金を支払って圃場労働者を雇用している。その分、現金コストが高くなっているという特徴がある。

 そのため、HT社では「最低保証価格」を専業戸の負担している借地地代、雇用賃金及び圃場管理担当者を含んだ生産費用と設定している。キャベツの場合は、1ha当たり6,750~7,500元の生産費用がかかることを前提として「最低保証価格」は1kg当たり0.5元に設定している。

 HT社によると、この水準は平年の市場価格と比べて80~90%と安いけれど専業戸として安心できるし、企業としても価格面でのリスクを軽減できるとしている。

 実はこの価格には専業戸のリーダーである農場主の得るべき賃金と利潤は含まれていない。そのため、農場主は契約で定めた栽培面積の中から得られる合格品の割合を高めることで、自らの利益を出さなければならないことになる。例えば、HT社によると生食用のキャベツの1ha当たり収穫量は37.5~45.0トンであるという。45トンの収穫量がすべて合格品であるとすれば、「最低保証価格」で計算される販売額は22,500元となる。他方で、「最低保証価格」でカバーされる1haの費用が7,500元であるとすれば、合格品の比率が33%に達していれば生産費用は保証されることになり、合格品の比率をこれ以上に上げることができれば農場主の所得と利潤が発生することになる。この3割という合格品割合は決して高いハードルではないと考えられる。

 さらに、実際の価格水準を見ると、豊作の年であった2001年の産地市場価格は0.36元、平年作であった2003年は0.60元であったから、平年作であれば専業戸の農場主にも一定の利益が保証されているといえよう。

 だが、「最低保証価格」による買い取り方式の最終目的は、専業戸の利益を保護してインセンティブを引き出すことにとどまらず、むしろそれを通じて品質、価格さらには必要数量の確保といった面での企業側の取引リスクを減らすことにあるのである。

(2)DL社(福建省・州市)
 そこで、「最低保証価格」ではなく、固定価格で買取りを行っている福建省の企業の事例を見て比較して見よう。

 福建省・州市のDL社は、地元に670haの産地を持っているが、そのうち200haは自ら借地をして拡大した自社農場で、あとの470haは専業戸との契約栽培地である。専業戸の中には、地元の防風林を開墾した耕地を借地すものもあれば集落内の耕地を借地するものもあるため、経営規模はまちまちで最大は10数haである。

 DL社と専業戸との契約は、品目、作付面積、単位面積当たりの買取り数量、栽培技術と作業内容、農薬使用、品質・規格、買取り価格を内容としている。契約した専業戸には、自社で育苗した野菜苗を配布するため、それで契約数量が決まることになる。この方法を採用すると、異常に多い納品があった場合には同社が苗を配布した以外の品種が混入していることが分かるので、契約通りに栽培・販売するようにコントロールできるという。

 専業戸との契約価格は固定価格で、それは次のように決められている。まず、専業戸の契約栽培面積当たりの所得を保証することを基本としており、さらに産地の国内向け市場価格よりも高くなるように調整される。こうした価格の設定は、収穫期に専業戸が他の売り先に横流しすることを考えさせない、そして、自らの所得目標に向かって品質の向上、合格品の割合の増大に専念させることができるのであるという。

 同社は「最低保証価格」での買取り方式は「無責任な方式である」と否定的である。産地価格が毎年変動することを前提とすれば、この方式は、価格が下落した年に企業が買取る「最低保証価格」は平年価格より低いし、産地価格が上がった年には双方で協議して決めることで価格を抑制する余地を残している。企業から見ればリスクを分散する意味がある。しかし、この方法を専業戸の側から見ると、買取り価格が「最低保証価格」から高値時の協議価格まで幅があることになり、絶えず産地市場動向を気にして生産・販売することになるため、企業と専業戸の間に安定した信頼関係を築くことが難しいというのである(2003年調査)。

(3)メリットと限界
 以上を整理すると、専業戸との契約栽培・買取方式は、村との契約方式よりも、圧倒的に少ない生産者と取引関係を結ぶことで大きな面積の圃場を確保することが出来るので、栽培過程に対するきめ細かな管理が可能になり、契約関係も安定し、安全性、品質さらに数量面でのリスクが一層軽減できるというメリットがある。

 ただ、ケーススタディから分かったのは、この方式の成否は買取り価格の決め方がポイントになるということである。つまり、「最低保証価格」のように費用のみを保証したり、買取り価格を産地市場にある程度連動させたりして価格面でのリスクを専業戸に負担させようとすれば、売り逃げや信頼関係の不安定という数量や品質面でのリスクが増大してしまう問題点がある。(2)で紹介した固定価格の事例は、この問題点を解消しようとするものであるが、逆に買取り価格が高くなり企業経営を圧迫するリスクもあるといえよう。

4.企業直営農場方式の意義と問題点
 最後に取り上げるのが企業による直営農場方式である。
 すでに簡単に紹介したように、この方式は、野菜の栽培を外部に委託するのではなく、企業自らが耕地を借り入れて圃場を準備し、また技術スタッフはもちろん、圃場作業者までも雇用して、企業内部で野菜生産を行う方式である。したがって、外部との取引関係は完全に排除されている。

 筆者が調査した野菜輸出企業のほとんどが直営農場を持っている。農場の運営方法は各社様々であるが、企業職員と技術スタッフが雇用した作業者を指揮して作業を行う点では共通している。ここでは一つの例を紹介しよう。

(1)CG社(吉林省)
 吉林省にあるCG社は、福建省、江蘇省、浙江省、上海市などで産地を展開する野菜の生産・加工・販売を行うグループ企業傘下の企業である。グループ全体では生産量の60%を輸出、40%を国内に販売している。

 CG社は、1999年に夏の端境期向け野菜産地という位置づけで設立され、当初は20haの耕地を借りてきぬさやなど20品目の野菜の試験栽培を開始し、翌2000年からは200haに拡大し試験営業を開始し、2002年には800haへと規模拡大を図っている。

 自社農場は、安全性、品質を保持するために出荷調製作業とともに「四つの統一」というコンセプトで管理されている。

 その一つ目は、作付け計画の統一であり、グループ全体の作付け計画の下でCG社の農場も作付けを決定している。

 二つ目は、管理の統一である。同社の担当者と技術スタッフが作付け計画と技術マニュアルを作成し、各圃場に配布して圃場の管理を行っている。管理の統一を実践するために、圃場を借り入れる際には団地化に配慮している。

 三つ目は施肥・防除の統一である。そのうち農薬の管理・使用は、農薬の仕入れにおいて成分検査を行うこと、薬品庫からの出し入れについて技術部長、技術員、作業者の3重のチェックを行うこと、各圃場毎に防除作業計画書に基づいて農薬の散布を行うこと、自社検査センターにおける栽培過程・収穫後・出荷調製作業後の3段階での残留農薬検査を行うことを内容としている。

 四つ目は収穫・出荷調製の統一である。圃場だけでなく、原料庫、加工作業場、製品倉庫を含めて作業班を編成し、出荷先・輸出先別の規格の統一、収穫・出荷調製作業時間の統一を実現しているという。

 これらのことは、企業の職員・技術者とその指揮下に入る雇用労働者により、書面での計画・マニュアルに基
づいて行われ、また作業結果の記帳も行われている。

 表1にも示したように直営農場方式はこれまでの三つの方式と比べて、品質、安全性、数量の各方面で最も安定した方式であるが、原料調達において売買関係が介在しないため、借地地代や雇用労賃といった費用負担を他社に分担させることができず、企業が直接負担しなければならない。専業戸との契約方式では、専業戸が地代と雇用賃金を負担しているが、合格品のみの買い取りや価格の決定を区数することでその負担が買い取り価格に直接かぶってくることをある程度緩和できる。その上、直営農場方式では、不合格品も抱え込まなければならない。

(2)ST社(山東省)
 前出の山東省・ST社は、地元に冷凍原料となるほうれんそうを直営農場で栽培している。ほうれんそうを栽培している農場は3ha程度の規模であるが、同社の傘下にある技術センターから肥料・農薬の設計と資材の提供を受け、栽培計画の指示や残留農薬検査などのサービスを得ている。農場では圃場を8つのブロックに分けて、別々の管理担当者によって管理されている。

 各圃場の施肥、防除などの作業の指示は企業の技術者が指導するが、管理担当者は企業から作業者の雇用と労務管理を任されている。この管理担当者は社内・社外から募集される。ほうれんそうの圃場では女子職員と外部の農民(野菜生産の経験者)が採用されている。

 管理担当者は、少ない予算でより多くの作業をこなすことが求められている。例えば灌漑・除草などを適期にタイミングよく効率的に作業を行い人件費を節約すれば、その分、より多くの報酬を得ることが出来る。また、作業労働者は近隣の村にいる紹介人と人数、期間、賃金水準などを協議し、人集めを頼み、雇用しているので、賃金交渉をうまく行うことも求められている。もしも、人件費を使いすぎて予算を超過した場合は、赤字分の50~70%を負担することになるというリスクを負っている。

 こうすることで、ST社は、人件費の効率的な支出を図り、品質と安全性を維持しつつ雇用賃金の増大を抑制しようとしているのである(2003年調査)。

(3)SW社(山東省・坊市)
 他方、地代負担も直営農場方式を維持する上での大きな問題となっている。

 例えば、山東省・坊市のSW社では930haある産地のうち60%が村との契約栽培・買取方式であり、40%は技術指導のみを行う産地買取方式であって、直営農場方式は採用していない。これは、地代負担が大きいためであるという。地元では土壌や水利条件の良い耕地は地代が1ha当たり9,000~11,250元と高いし、農民が自ら野菜を作れば15,000~30,000元の所得が得られるのでまとまった耕地を借地することが困難であるからである。他方で、SW社は国営企業であり、旧計画経済体制の名残で、いまだに退職者の年金を負担していて経営が苦しいことも直営農場方式の採用に踏み切れない理由の一つである(2005年調査)。

(4)HT社(浙江省)
 また、前出の浙江省・HT社は、あわせて2,000haの専業戸との契約地のほかに、三つの直営農場、合計346haを運営している。地代は1ha当たり3,000元であるが、冷凍用ほうれんそうの生産費用1ha当たり9,000元のうち16%を占めている(ほうれんそうの栽培期間は半年なので年間の地代の半分が費用に算入される)。

 HT社は基本的には専業戸との契約は品質や安全性の面で不安が払拭できないが、直営農場の地代負担が大きいので、指導を強化して専業戸を育て、契約面積を拡大していきたいと考えている。ただ、現状では信頼できる専業戸が少ないので、当面は次善の策として直営農場を拡大する予定であるという(2003年調査)。

 以上のように、村との契約栽培・買取方式、専業戸との契約栽培・買取方式、企業直営農場方式は産地市場での買取り方式と比較するといずれもメリットがある。そのうち栽培過程を企業の内部に置く直営農場方式が品質、安全性、数量確保の面では最も優れているように見えるが、コスト面では直営農場方式にも問題がある。この点を解決しなければ、直営農場方式も確実な方法とは言えないであろう。

2.野菜調達方式の相互比較と野菜調達の課題
 これまでの分析から4つの調達方式は一長一短であるといえるかもしれない。しかし、ケーススタディからも伺えるように、一つの企業が複数の調達方式を併用している例も多い。

 それはなぜなのか。ここでは、企業が野菜の調達方式それぞれをどのように評価し、使い分けているのかを企業の視点に立って検討しよう。 
 そして、これまで触れてきたことを含めて、野菜輸出企業の抱えている課題を整理しよう。

1.野菜輸出企業の側から見た各モデルの比較
 まず、多くのケースから伺えるのは、野菜の特性によって採用する方式を変える傾向があるという点である。管理の難しい葉もの(食用部分が地上で育つ品目)は主に自社の直営農場で栽培し、管理が比較的やさしい土もの(食用部分が地中で育つ品目)はその他の方式を採用しているようである。

(1)ST社(山東省)
 例えば、前出の山東省・ST社は、冷凍用原料のほうれん草は地代と雇用賃金を直接負担して30ha程の直営農場で栽培している。もちろん、輪作の必要から、直営農場においても大根やしょうがも栽培することもある。他方で、寿光市や安丘市などでは10~20haの経営規模を持つ専業戸と大根、じゃがいも、しょうがの契約栽培を行っている。

 ただ、専業戸とは漬物用白菜は専業戸との栽培契約を採用している。これは、残留農薬の問題ではなく、規格、品質管理の難しくないものを専業戸に委託するという選択のように考えられる(2005年調査)。ST社は生産資材のすべてを提供し、自社の設備で残留農薬検査も行っているが、このような状況が生まれる背景には、安全性の面で信頼できれば、地代や雇用賃金の負担を負う直営農場は最小限にとどめるという考え方があるものと考えられる。他の企業でもST社のように、葉ものであっても白菜、キャベツ、ブロッコリーなどは企業が信頼できるとする専業戸に委託し、直営農場での栽培はきぬさや、ほうれん草など品質管理の難しい軟弱野菜など一部に限定していることが多いようである。

(2)MH社(雲南省)
 別のケースを見よう。
 雲南省のMH社は、まだ日本向け輸出を本格的に行っていないが、国内向けの無公害野菜や緑色食品の生産・販売と東南アジア向けの輸出を志向している企業であるが、個別農家との契約方式、村との契約栽培・買取り方式、直営農場方式の三つを併用している。

 同社は国内向けに緑色食品や無公害野菜を供給しようとしているが、標高差を利用した周年出荷体制を確立するための試験栽培用に山麓の平坦地と山間部に直営農場を設立している。

 また、緑色食品のトウガラシの栽培のために村との契約栽培方式を採用している。そこでは、すでに紹介したように、村長に歩合制の報酬を与えて、産地の組織を図っている。

 同じく緑色食品のトウガラシの栽培のために、山間部の村で個別農家との契約方式も採用している。その契約内容は、表1で見た村との契約栽培・買い取り方式と同じである。個別農家との取り引きは、品質、安全性維持や価格、数量確保の面でリスクが高いように思われるが、この点について同社は次のような考え方を持っている。

 MH社によると、農家との契約栽培・買い取り方式は、専業戸や直営農場のように生産費用の中に借地地代や雇用賃金が含まれないため、安くあがるというメリットがあるが、逆に栽培技術の指導を徹底しにくく、収穫期に産地市場価格が高いと売り逃げされやすいというデメリットがあるという。そこで、この方式のデメリットを減らすために、交通が不便で、産地市場から遠く、農家の庭先まで商人が買取りに来ることがない山村や、土地条件が悪く企業の普及する品目しか栽培できないような村で採用するようにしている。そうすると、農民は企業以外に買い手がいないので、産地市場の動向に惑わされること無く、企業の指導を受け入れ、確実に販売してくれるという(2005年調査)。

 つまり、契約の拘束力や効果にあまり期待できない方式であっても、条件が整えばメリットを活かしてデメリットを少なくすることが可能であるというのである。ただ、この考え方は雲南省という山間部の多い内陸部だから通用するのであって、山東省、浙江省、福建省といった東部沿海地域のように、産地市場が発達した地域では同様の手法は通用しないと考えられる。

 これまで見てきたように、産地での買取り方式以外の野菜輸出企業が栽培過程を直接コントロールする三つの方式にも、それぞれ短所があるわけだが、企業はそれぞれの短所を完全に克服ことはできないまでも、各方式のメリット・デメリットを十分理解して、必要に応じて多彩な方法をとっているのである。

2.産地育成と野菜調達の課題
 しかし、高い安全性と品質そして価格と数量の安定性を求める輸出向け野菜を調達する上で、各方式に共通の問題は無いのであろうか?すでに、これまでのケーススタディから推測できることもあるが、あらためて整理したい。

(1) 数量確保をめぐる問題点
 これまでの分析では、生産者と契約した合格品の数量が安定的かつ確実に確保できるかどうかを問題にしてきた。しかし、現実には、中国はもちろん輸入国においても気象変動により野菜の生産量には波があるわけであるから、それに対応できるかどうかもポイントになる。

 こうした可能性に対して、浙江省のHT社では毎年の直営農場と専業戸との契約面積を次のように決定している。

 基本的には、取引先(日本、ヨーロッパ)の契約に見込み分を加えて加工・出荷量を決め、そこから計画面積を導き出している。見込み分は、海外の取引先から得た情報に基づいて、前年末までの輸出実績、国内・競合国の作柄、日本国内のストック数量や品質を加味して決めている。

 実際の作付面積は、計画面積に「安全係数」をかけて多めに決めるという。「安全係数」とは気象変動により生産量が減って輸出契約が守れない事態を回避するために多めに作る際の割合である。「安全係数」が低いのは単収の安定しているキャベツの20%であり、果菜類は単収が不安定なので50%に設定されている(2002年調査)。

 また、福建省のDL社も、天候不順による不作の可能性と、過剰になった場合の国内市場での販売の可能性との両方を考慮して多めに作付けている。ただ、その部分は直営農場で栽培し、専業戸との契約面積には加えないという。その理由は、専業戸との契約面積で調整をすると、専業戸に損をさせる可能性があり、信頼関係がなくなると今後の産地育成の障害になるからである(2003年調査)。

 ただ、多めに作付けるということで、逆に豊作のために過剰が発生した場合の処理方法が問題になる。これまで例にあげた企業は、過剰分を産地市場で国内市場向けに販売できることを念頭においているが、問題が無いわけではない。例えば、福建省のDM社は、省内の産地で長ネギ、大根、キャベツ、ブロッコリーなどを輸出しているが、地元福州市の市場では長ネギやブロッコリーの消費量が少ないので、過剰分及び不合格品の売却処分が課題となっている。さらに、ゴボウはほとんど国内消費量が見込めないので、同社では日本から注文があって始めて作付けすることにしているという。

 これらのケースから見るように、作況変動は輸出国・輸入国双方にとって農産物貿易の宿命ではあるが、それが野菜の安全性に影響を及ぼすことがあれば、それは重要な問題である。今例にあげた福建省のDM社でのインタビューによると、国内の野菜輸出企業は、海外からの注文に追いつかない部分を同業他社の直営農場や契約栽培地から買い取って対応しているという(2003年調査)。実際に、われわれが調査した際に、上海市にある企業の直営農場には、別の輸出企業の営業マンが買付交渉に訪れていた。

 このケースは、海外市場の変動によりスポット的な買い付けが追加された場合には、注文を受けた中国側の輸出企業が自社の直営農場や契約栽培地では対応できない場合があることを示している。

 このことから、中国政府が輸出野菜の産地登録制度を実施したことを振り返ると、それ自体は残留農薬問題を回避する上では大きな進歩であるが、輸出できる産地の数と規模が限定し、産地規模を一時的ではあれ縮小したことを意味するのではないかと考えられる。

 政府の業界団体に対する指導により冷凍原料用のほうれん草の輸出企業を山東省に産地・加工場を持つ27社に限定したことは象徴的である。また、前出の福建省のDM社によると、政府が農薬検査を行うようになって、小規模企業が淘汰され輸出野菜は大企業だけが残ったという。同社は中規模の企業であり、残留農薬問題がでにくい土ものの面積を拡大したり、加工も行ったりする方針に変えたという。その背景にあるのは、安全性がもっとも確保しやすい直営農場を設立する際に必要になる借地地代や雇用賃金の負担増大や農薬検査費用などのコスト増大が経営を圧迫しているからである(2003年調査)。

 もちろん、企業は限定されても、各企業が今後産地の規模を拡大してくれれば、輸入国としては心配が無いが、市場の急激な変化に対応できるバッファーが小さくなったということは否定できない。むやみに不安感をあおるべきではないが、市場の急激な変動が起きた場合に、野菜輸出企業が不足分の一部を栽培過程が管理されていない産地から買い付けてしまう可能性を完全に否定することが出来ないのが現状である。

(2) 団地化された圃場の確保と借地地代・雇用賃金負担の問題
 野菜輸出企業が村や専業戸との契約栽培・買い取り方式を採用したり、安全性、品質及び数量確保の面でもっとも確実な直営農場を設立したりする場合に、その際に必要となるのは、まとまった面積の圃場を確保することである。これは、「輸出入野菜検査検疫管理弁法」が求める20ha(300畝)以上の圃場を確保する上でも、作物の管理を均質に行う上でも必要であるからである。

(1)LD社、ST社
 そこで、専業戸や企業が圃場を確保する際に重要になるのは、団地化された耕地を貸してくれる貸し手を探し当てられることと、統一的な栽培管理を行えるような基盤整備が完了していること、そして借地地代が企業にとって妥当な水準であることである。

 山東省のLD社は、直営農場と専業戸との契約地合わせて470haの圃場を運営している。同社は1区画6.7ha(中国の面積単位で100畝)を実現することを目標としているが、現状では4.7~5.3haであるという(2004年調査)。

 同省のST社は、冷凍用原料のほうれんそう圃場を4ヶ所、合計約30haを直営している。この土地は村民委員会を通じて25年間の長期の契約で借りている。地代は1ha当たり6,750haであるが、水利条件の良い土地は9,000~15,000元であるから割安であった。しかし、借地後に井戸を掘り直したという。

 他方、契約している専業戸のうち、安丘市にある専業戸は15ha1ヶ所、寿光市にある専業戸は、20ha1ヶ所と8ha1ヶ所の圃場をやはり地元の村民委員会を通じて借りているという(2005年調査)。

 われわれが調査した企業のうち、耕地の借り入れを行っている企業は、以上の二つの企業のようにほとんどが村民委員会を借地契約の相手としている。つまり、個々の農家あるいは集落(村民小組)と交渉してもその耕地が連なっていることは限らないし、適当な耕地を探し当てるのに手間がかかるからである。

 野菜輸出企業が耕地を集積する上で、中央政府あるいは地方政府の野菜産地あるいは輸出農産物産地育成に向けた様々なレベルの取り組みも大きな助けとなっている。

(2)NM社
 浙江省・杭州市のNM社は、67haの直営農場と専業戸との契約地330ha余りの産地を有している。2002年時点で同社はさらに直営農場を拡大しようとしているが、地元の農村では市街地と工業地帯の拡大によって、新規にまとまった圃場を確保することが難しい状況であった。NM社が注目したのは、地元の区政府が「農業構造調整」政策を進めるために輸出向け野菜を含む大規模経営と野菜の加工企業の育成に積極的であったことである。区政府は、複数の村をまたがる水田を畑地に転換し露地野菜、ハウス野菜、水産養殖、花木のブロックに区分し、入札方式で貸し付けるプランを固めていた。そこでNM社は2003年から新たに330haの露地野菜用の耕地を借り入れて長ネギ、アスパラ、ブロッコリーを作付けることにしたという(2002年調査)。

(3)ZL社
 福建省・福州市のZL社は、1,000haに及ぶ産地のうち直営農場は市内に600haあるが、その中に約30haの農場は、中央政府の農業総合開発事業のサイトになっており、用排水路・スプリンクラー・農道が整備されている。この圃場は二つの村をまたがっているので、それを取りまとめた鎮政府が借地契約の相手となった。同社によれば通常の耕地の中には、農民が夏に水稲を作付けた跡地の裏作を借り受けている圃場もあり、そこでは水田のまま利用しなければならず、ウネを高く作り、溝を掘ることで排水することが必要であるという。その意味で、政府が投資をして圃場整備を行った耕地は土地条件が格段に良くなっているといえよう(2002年調査)。

(4)HT社
 浙江省・HT社が、契約している専業戸の経営地は47haあり、それは鎮政府を経由して借りているのであるが、2001年に国家農業総合開発プロジェクトの基盤整備事業のサイトになり、区画整理、水路、農道が整備された。その他に、同社は葉もの野菜の直営地拡大のために2003年からの浙江省の上虞市・瀝海鎮にある国営干拓地で270haを借地する計画であるという。この国営干拓地にはすでに浙江省農業庁(浙江省農村発展投資集団)と上虞市政府(海興農業開発有限公司)が出資して設立した上虞市農発緑色食品有限公司(経営面積870ha)や専業戸が入植しているが、HT社はこうした入植者の一つである。地代は1ha当たり3,000元と安いが、整備が完了しておらず、HT社自身が300万元を投資して水路、道路、電気を整備したという (2003年調査)。

 この四つのケースに共通しているのは、それまでの稲作中心の農業を、野菜などの集約部門中心の農業構造へと転換するために政府が耕地の集積を仲介したり基盤整備事業を推進したりすることにより圃場の団地化を支援しているという点である。特に機械化の遅れている中国の水田稲作地域では、水田の区画整理も進んでおらず、また農道の無い圃場も多いことから、大規模な野菜栽培を行えるようにするには、多額の投資が必要である。

(5)DL社
 ただ、農村の既存の耕地を確保するのは容易ではない。特に農民の家族経営による国内向け野菜生産の盛んな地域は、輸出野菜の産地として適しているにもかかわらず、耕地を集積することが非常に困難である。福建省・州市は、多くの野菜輸出企業が産地としている地域であるが、DL社は、約700haの産地のうち200haは環境保護局が所管する国有地の防風林を借り受けて開拓した直営地である。この開拓地では政府は開発許可を出すだけで、開発費用はすべてDL社の負担であり、森林の伐採、開墾・整地、灌漑用スプリンクラーの設置、土壌改良(有機肥料の投入)はすべて同社が行っている(2003年調査)。XN社も同じ場所で防風林を開拓して直営農場としている(2002年調査)。

表2 輸出向け野菜の生産費

(単位:元/ha、%)


 

品 目


キャベツ


たまねぎ


長ねぎ


調査地


上海市


山東省


江蘇省


上海市


福建省


山東省


種子代


1,050


600


2,250


1,200


4,500


1,500


肥料代


3,000


3,000


3,750


3,750


6,000


3,000


農薬代


750


600


900


750


150


1,500


農機具費


450


750


1,500


1,500


1,500


975


水利費


750


900


750


750


750


1,200


地代


1,500


3,000


3,750


3,000


4,500


4,500


労働費


2,250


1,500


3,000


4,500


9,000


9,000


その他管理費


1,500


900


750


4,500


N.A


N.A


合 計


11,250


11,250


16,650


19,950


27,750


21,675


地代の比重


13.30%


26.70%


22.50%


15.00%


16.20%


20.80%


労働費の比重


20.00%


13.30%


18.00%


22.60%


32.40%


41.50%


資料:農畜産業振興機構『中国における主要野菜の生産・流通等の動向』(平成15年度生鮮野菜輸入先国生産
出荷動向等調査事業報告書)、2004年3月。


 企業にとって整備されたまとまった面積の耕地を確保できることと同様に重要なのが、その土地がより安い地代で確保できることである。ところが、表2に見るように、主要や品目の1ha当たりの生産費の中で、地代は最低でも13%、最高では27%もの高い比重を占めている。同様に農民の家族経営では発生しない労働費、つまり雇用賃金支出の割合も13~41%と高い比重を占めている。両者を合わせると、最低でも上海市のキャベツが33%、最高では山東省の長ネギの62%になる。

(6)ZL社
 地代負担という面では、年間の地代単価の高さはもちろん、新規に拡大する場合、数年分の地代を一括前納することが村から求められることによる負担という側面もある。福建省のZL社は、本来であれば長期(20年、30年)の借地を希望しているが、最初の4~5年分の地代を一括前納しなければならず、それでは会社にとって負担しきれないため、3~5年間の契約にしているという(2002年調査)。

 消費者から見れば、食の安全は金銭に代え難いものであるが、野菜輸出企業にとって見ると、安全性を確保するために生じた負担は非常に大きなものになっている。

 調査をした多くの企業は、今のところ残留農薬問題を回避するため直営農場の拡大を目指しているが、地代、労賃負担が生産費用を押し上げていることに違いは無い。しかし、これまでも紹介したが、地代と労賃負担がネックとなり、福建省のDM社は根ものや加工品の製造への重点を移そうとしており、浙江省のHT社は専業戸との契約栽培を拡大しようとしていた。

 こうした地代・労賃負担と、それに加えて自社の農薬検査の費用負担問題について、各社とも今のところそれを回避・軽減する有効な手立ては持っておらず、上記のDM社やHT社のような消極的な対処法しか存在しない。先にひとつの企業が直営農場方式以外に村や農家との契約栽培・買い取り方式など複数の方式を併用していることを紹介したが、このことは野菜の安全性を引き続き高め、維持していく上で、無視できない問題であるといえよう。

(3) 農村の技術・生産資材市場の問題
(1)根本的な課題
 これまで輸出向け野菜の安全性を巡り問題点を指摘したが、それらは発展途上の問題として片付けられるものではなく、幾つかの根本的な課題と関わっている。野菜輸出企業の動向は零細な農民経営を排除する方向で進んでいる。だが、筆者は長期的あるいは大局的に見るならば、依然として農業生産者の圧倒的多数を占める個々の農民のレベルアップが必要になるのではないかと考える。

 確かに収穫量や見栄えを良くするためには、消費者の安全を考えずに違法な農薬の使用を含めて農薬を使用する、取引条件が意にそわなければ契約を破棄しても良い等々、農民に対する消費者と企業の不信感は極限に達している。しかし、食の安全性の問題が、国内向け、輸出向けを問わず中国で生産される農産物全体に対して求められていることから考えると、農民を排除した方式を拡大し続けることは不可能であり、結局は個々の農民が安全性を含めた市場のニーズに応えるようになるべきであろう。現在、個々の企業が行っている努力は、最終目標に向けた過渡期であると位置づけるべきであると考える。

 農民が栽培したものが安心できないというのは、農民の側にだけ問題があるということではない。

 これまでの野菜産地の持つ問題点は次の二点に集約できる。

 第一は、農業技術の普及機構と生産資材市場の未整備の問題である。

 第二は、農民の経済活動における資質の問題である。

 この二つの問題点は、言い換えれば中国の農村では市場システムが未発達で欠如していることを意味しており、政府は問題の解決に関与する責務がある。

 確かに、輸出向け野菜は輸出国毎に品種、規格、品質及び安全性に関する要求が異なるし、国内向けであっても有機野菜のように付加価値が新たに生じるような技術の普及は、民間に任せるべきことである。しかし、社会として最低限の安全性を確保するような、例えば無公害野菜産地の整備を育成することは、個々の農民では経営面積が零細であるため、それを組織することが必要であるし、消費者の健康を守るという点から見ても、これは政府が関与すべきであろう。

(2)農村での技術普及
 こうした視点から、現状の問題点について検討してみたい。

 中国の農村では技術普及は、これまで県政府の下にある郷あるいは鎮の農業技術普及センター等が担当し、生産資材の販売は購買販売協同組合(中国語は「供銷合作社」)傘下の企業が取り扱ってきた。

 例えば、四川省の省都である成都市の郊外にある新都県の斑竹園鎮政府には、農業関連の普及機構として、農業技術普及ステーション、林業普及ステーション、農業経済管理ステーション、水利管理ステーション、農業機械ステーション、畜産獣医ステーションがあり、合計で30名前後の職員を有している。このうち、農業技術普及ステーションが耕種作物の技術普及を担当している。これまで現地の主要作物である水稲の品種・栽培技術の普及や農家研修を行ってきた。同ステーションの職員数は5名しかいないが、農民の中からモデル農家を選定して、モデル農家を核として他の農民に技術を普及している。このように、穀物中心の技術普及を行っているのが一般的状況であり、これが1980年代以来の穀物増産を支えた体制である。

 しかし、今世紀に入って、中国では農村の普及機構の合理化改革が進められている。

 斑竹園鎮では、県政府の指導で2002年に上記の6つのステーションの上にそれらを統括する組織である農業サービスセンターを設置し、2004年までに機構改革を行うことになり、将来的には統合していく方向である。

 もう一つは、県内の別の鎮政府で見られる状況で、農業技術普及ステーションの下に精米会社を設置し水稲の契約栽培を進めている。精米会社は産地に品種を普及し、さらに日本製の選別機を導入して良質米として成都市内のスーパーに販売している。新都県の農業局は会社と村との契約締結を支援し、会社のために団地化された圃場を確保し、他方で各鎮の農業サービスセンターは管轄地域内の技術普及を担当している(2002年調査)。

 つまり、普及機能の合理化・統合を進める一方で、市場の変化に対応する能力が欠けている既存の普及組織は民間企業と提携することで新しい市場環境に適合した農業振興を支援しているのである。

 これは、一つの地域の個別事例ではないようである。筆者が調査をした湖北省・武漢市は中央政府の農業普及機構民営化改革の実験区に指定されている。その実験は、行政機構であった普及機構を民間企業に売却したり、民間人に運営を委託したりするというものである。この背景には、90年代後半から農民の租税負担を軽減する改革により、技術普及機構を含め末端行政機構運営の主な財源となっていた農業税の削減と廃止が進められてきたという事情がある。農業税の減免による歳入不足は、中央政府の交付金によって補われることになっているが、同時に機構の簡素化も進められているのである(2002年、2004年調査)。

(3)農業生産資材の供給
 他方で、農業生産資材の供給はどのようになっているのであろうか?
 同じく新都県の購買販売協同組合(供銷合作社)は、県内の17の郷・鎮の出先機関と化学肥料、マルチ・ビニル、農薬、農産物買付、廃品回収を行う合計12の企業を有している。しかし、協同組合も普及機構と同じで稲作用の資材を扱っており、近年増えてきた野菜などの生産資材を取り扱ってこなかったため、売上高は年々減少し、29の機構のうち27機構が赤字になってしまった。そこで、2000年から2001年の間に人員削減を行った。

 生産資材の取り扱いは免許制であるが、協同組合と農業技術普及センターは営業免許を独占的に保有し肥料メーカーから直接仕入れてきたが、人員削減の結果人手不足となり商人に営業許可証を貸しているため、農村の生産資材には偽者や欠陥商品が出回る状況を生み出しているという(2002年調査)。

 以上の事例に見るように、民営化には既存の公的機関が市場経済へ対応できず、地元政府も将来性があると思われる作目への民間企業の誘致を積極的に支援しているという良い面が確かにある。悪い面は、公的機関が後退すること、社会的な最低限のルールとして食の安全性を確保する仕組みから公的機関が撤退することで、民間が肩代わりできる面もあるが、空白もできてしまうという点である。

 山東省・坊市下の安丘市・関王鎮では、耕地面積6,000haのうち3,300haは野菜作付け地(施設栽培2,000haを含む)が占めており、ショウガ、アスパラガス、長ネギ、玉ねぎ、サトイモ、カンラン等の主産地の一つとなっている。地元には野菜輸出企業が多数展開しているが、鎮政府は農業技術普及ステーションを通じて宣伝・研修の実施、地元の生産資材市場で違法農薬を取引させないための小売店の指導・監視、有機肥料や「生物農薬」の普及などを行っている(2003年調査)。当地は、2002年に冷凍用ほうれん草の残留農薬問題が発生した地域であるため、既存の普及機構が残留農薬問題の防止に積極的に対応しているのである。

(4)求められる公的なネットワークの改革・再編
 筆者は、山東省の例のように、官民分業の上に立って政府機関が食の安全性を確保できるような一般的な技術情報の提供や生産資材市場の監督を行うやり方が、あるべき方向の一つではないかと考える。

 2004年版の農業白書では、国内向け野菜の安全性に関わる生産・流通の課題として、a)強制力のある食品安全基準の設定や産地環境の改善、物流・鮮度保持や動植物検疫の技術的基準の整備、品質認証や表示制度の整備、b)産地環境・汚染源の観測、生産資材市場の流通と栽培技術の規範化、食品加工と出荷検査の強化、病害虫の防除、予測システムの整備、c)大中規模都市や先進地域の物流センター、流通過程の安全検査体制の整備を通じた市場取引の健全化、d)「農業産業化」の促進(企業との契約栽培を通じて標準化、専門化を図る。生産・加工・流通の組織化及び安全確保を図る)を提起している(『中国農業発展報告 2004』中国農業部、2004年。47~48ページ)。

 しかし、ここでは食の安全性を高めるための行政機構の屋台骨が揺らいでいる状況を直視した提起をするには至っていない。市場環境が大きく変わった状況の下で、公的なネットワークを改革・再編することが求められているのである。

 他方で、生産者である農民の側の資質の向上という問題も存在する。先の山東省・安丘市・関王鎮の例が示すのは、当地の政府と農民が、残留農薬問題という大きな教訓を糧に対策に乗り出しているという、資質の向上のプロセスである。しかし、本来は2002年の残留農薬事件のような多大な損失は回避するべきである。つまり、生産者の資質の向上は、食の安全性という要請に対応できるように農民自身が自らの行動様式を修正するというトレーニングの問題なのである。




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