千葉大学 園芸学部 講師
高垣 美智子
タイにおける野菜栽培の流れ
タイにおいて野菜の統計が取られ出したのは1961年である。当時の栽培中心地はノンタブリやバンブアトンといった、バンコク周辺の低地で、主として中国系の人々による栽培が行われていた。1968年の栽培面積は30万haで、キャベツ(ブラシカ類)・キュウリ(面積で32%、生産量で44%)とネギ・ワケギ・ニンニク(面積で12%、生産量で9%)の2大グループに分けられたとされている1)、4)。1970年代に入り、道路網が整備されたことから、生鮮野菜の運搬可能距離が拡大し、野菜栽培地帯もバンコク周辺から拡大していき、その種類、面積共に増加していった。この時期は、在来野菜の利用が多かったと思われるが、農業近代化の流れの中であまり注目が払われることはなかったようである。表1に一部の野菜の収穫面積の推移を示した。
第1表 タイ国における代表的な野菜の作付面積の推移
1980年代に入ると、化学肥料や農薬の使用量が増加し、同時に種類・品種・面積当たり収量が増加していった1)。この時期には、温帯からの導入野菜への関心が高まり、在来野菜の種類や栽培実態に関する関心は相変わらず低かった。
1990年代には、経済発展によりバンコクを始めとした大都市では中間富裕層と呼ばれる階級が形成され、野菜消費量が拡大していった1)。90年代後半になると、健康志向が高まり、野菜を始めとした食品の安全性への関心が高まった。この頃から、タイ国内では有機栽培や低農薬栽培の導入、在来野菜の見直しが始まった。一方で、この時期には、それまで主流だった塩蔵野菜に加えて、生鮮野菜や冷凍野菜の輸出が増加した。アスパラガスやオクラなどの野菜は、輸出用を目的として国内に導入されたが、アスパラガスは余剰生産物がタイ国内市場に出回るようになり、現在では店のメニューや一般家庭の料理にも登場するようになっている。
2000年を迎える頃には、在来野菜や有機栽培への関心の高まりはピークをむかえて、在来野菜の図鑑や書物が数多く出版され、「有機野菜」専門店がバンコク各所で見られるようになった。2005年現在、その頃ほどの熱狂ぶりは見られないものの、「在来野菜」の人気は続いている。
在来野菜の栽培事例
1)水生野菜(エンサイ、Ipomoea aquatica FORSK.)の栽培事例
エンサイは中国南部が原産とされる葉菜で、タイを始めとして東南アジアで、最も良く利用されている野菜の代表である。2004年にタイでは、全野菜栽培面積の5%にあたる1万3,572haで栽培され、その収穫量は約9万トンであったとされている5)。しかし、後述するような水田栽培(イネとの交互栽培も見られる)や河川栽培の実態を考えると、実栽培面積は統計上の数値よりかなり大きいと思われる。
エンサイ栽培の特徴は、栽培形態が多様なことである6)。元来、主として畑栽培が行われていたのであるが、一部で行われていた河川栽培や水田栽培が、近年増加してきている(図1、写真1)。一種類の野菜が、これほど多様な形態で栽培されているのは、珍しい。また、畑栽培は播種により栽培されるが、河川栽培や水田栽培は栄養繁殖によって栽培が行われている。生産物の形態も畑栽培のものと河川、水田栽培のものとでは異なっており、前者は主として葉を、後者は主として茎を食用部位としていて、市場での荷姿も異なっている(写真2)。
タイで利用されているエンサイには、茎が緑色で白色の花を咲かせる系統群と、茎が紫色で桃色の花を咲かせる系統群とがある。これらの形態・生態的差異については、未だ不明な点が多いが、いずれもビタミン類、ポリフェノールなどの機能性成分含有量が高いことなどから、健康野菜としての利用拡大が期待される。
図1 水田栽培(左)と河川栽培(右)におけるエンサイの植え付け方
第2表 バンコクの市場で見られる代表的な樹木野菜
2)樹木野菜の栽培事例
樹木野菜とは木本性植物の葉、茎、蔓、花などを食用として利用しているものの総称で、木菜と呼ばれることもある。
1997~2000年にバンコクの市場で行った樹木野菜(写真3)の販売実態調査によると7)、8)、生産地は中央部・北部・東北部など広範囲の地域であり、その生産に季節性の変動の大きいものと、年間を通じて入荷するものがあること、また、栽培集約化が進んでいる種類は少数で、半野生状態のものの採集や、粗放栽培が主流であることが分かった。バンコクで販売されている、代表的な樹木野菜を第2表に示した。市場での聞き取りや、搬入するトラックのナンバープレートの確認を行ったところ、ピチット県からの入荷が突出して多いことが認められた。
そこで、2000年8月にピチット県ムアン郡での栽培と採集の実態を調査した。ムアン郡では、村おこしのプロジェクトとして農業普及局の補助金により集出荷場をいくつか設置し、樹木野菜を主とした在来野菜の周年出荷を行っている。調査を行ったドングラーン町第8部落の集出荷場(写真4)には79戸の農家が登録しており、在来野菜の出荷で平均月6000バーツの収入を得ているとのことであった。
農家は収穫あるいは採集した樹木野菜を、朝9時から集出荷場に搬入し、登録農家の女性が交代で調整作業に当たる。(写真5)昼頃にピックアップトラックによって出荷され、その日の夕方にはバンコクの市場で販売される。この日に出荷されていたものは、栽培されているCha-om(写真6)やPega(写真7)、半採集のYa-nang(写真8)などであった。
タイにおける野菜に対する消費者のニーズの多様性は、今後も続くものと考えられる。その中で、在来野菜は食文化の見直しや健康志向とも相まって、安定した人気を維持するであろう。今後は、安定供給体制が求められる産地形成が必要となっていくと思われる。
参考文献
1)Falvey, L. 2000 Thai Agriculture(Kasetsart University Press)
2)日本施設園芸協会 1999 平成11年度生鮮食品流通改善技術協力基礎調査事業報告(タイ王国)
3)岩佐俊吉、1972、熱帯の野菜(養賢堂)
4)Donner, Wolf 1978. The Five Faces of Thailand(University of Queensland
Press)
5)Dissataporn, O. et al., 2005, Situation of water convolvulus production
and marketing in Thailand, Abstruct of 1st International Symposium on
Water Convolvulus, 2-3.
6)高垣美智子ら 2001 タイにおけるエンサイの栽培様式、熱帯農業45(別1):11-12
7)Chanteesis, C. et al. 2000 Tree leaf vegetables in Thailand and their
seasonal availability in the market of Bangkok, Jpn. J. Trop. Agric.
44(Extra issue1):131-132.
8)高垣美智子ら 1999 バンコクの市場でみられる樹木野菜、熱帯農業43(別1):43-44.
9)APO, 1988, Vegetable Production and Marketing in Asia and the Pacific(Asian
Productivity Organization)
10)FAO, 1999, The vegetable sector in Thailand:A review(インターネット版)
11)Matsuda, T. 1998 Commercial Farming in Thailand(World Planning)
12)タイ厚生省 1997 タイの在来野菜(タイ語版)