東京農業大学 国際食料情報学部 教 授 藤島 廣二
博士研究員 曹 斌
2.浙江省における野菜の生産・輸出動向
(1) 主要産地と生産量の推移
浙江省で生産される野菜の種類は1990年に出版された『浙江省野菜品種誌』によれば14類511種にのぼるが、これは同省の地形が高い西南から低い東北まで多様なことによるものにほかならない。ただし、そのことは野菜産地が浙江省内全域に広がっていることを意味しているわけではない。同省内の主な産地は、図1から明らかなように、杭嘉湖平野、杭州湾沿岸、東南沿岸部の杭州市(2003年の野菜作付面積は102千ヘクタール)、寧波市(同99千ヘクタール)、嘉興市(同82千ヘクタール)、紹興市(同78千ヘクタール)、台州市(77千ヘクタール)、温州市(同76千ヘクタール)である。これらの主要産地(6市)の野菜作付面積は合計で514千ヘクタール、浙江省内の野菜総作付面積の7割強に達し、日本全体の野菜作付面積(2003年に528千ヘクタール)にほぼ匹敵するほどである。
図1 浙江省内の主要野菜産地と作付面積
(2003年)
これらの主要産地が形成された契機の一つは、1985年以降、浙江省政府が野菜生産を農業構造改善政策の中軸に位置づけ、1989年から「菜藍子プロジェクト」を開始したことである。このプロジェクトは副食品の生産を促進し、都市部住民への供給量を増やすことを目的とし、そのために野菜栽培や流通システムへの支援を行うと言うものであった。
もうひとつは、1990年代に入ってから輸出が急速に増加したことである。かつては野菜の輸出とは言っても、大半が香港・マカオ向けであり、数量も限られたものであったが、1990年代初めごろから日本向けを中心としつつ、より多くの国々への輸出が大幅に増加し始めたのである。
かくして、先の主要産地を中心に浙江省内の野菜生産が、1980年代中期ごろから驚くほど増加した。表1に記したように、1985年に作付面積18万ヘクタール、生産量100万トンであったが、2003年には70万ヘクタール、1,780万トンに増加した。2003年は作付面積で1985年の4倍、生産量で18倍に達したのである。
表1 中国浙江省の野菜作付面積と生産量の推移
出所:浙江省統計局『浙江省統計年鑑』各年版
(2) 輸出量・額の変化と輸出会社の規模
浙江省は中国最大の経済都市である上海に隣接し、また省内にも中国で有数の大規模港である寧波港を有している。従って、同省ではもともと貿易が盛んで、野菜の輸出も既に1950年代後半には行われていたとのことである。その後、特に1980年以降、浙江省政府は野菜輸出を外貨獲得の一手段として重視し、海外から優良な野菜品種や野菜加工用生産設備を導入するなど、輸出野菜基地(輸出野菜用生産圃場)の建設に力を入れた。その結果、図2に示したように、杭州市、寧波市、嘉興市、紹興市と言った省内の大規模主要産地を中心に輸出野菜の産地化が進展した。
かくして、表2に見るように、1991年に8万トン弱であった輸出量は9年後の2000年に22万トンを超えた。また、輸出額は1997年の1億3千万ドルから2003年の1億7千万ドルへと、6年ほどの間に4千万ドル増大した。
図2 浙江省内の野菜輸出産地と輸出額構成比(2003年)
出所:浙江省統計局『浙江省統計年鑑』2004年版。
表2 中国浙江省の野菜輸出量・輸出額の推移
出所:浙江省統計局『浙江省統計年鑑』各年版
これらの野菜輸出を担当するのは、かつては国営の中国中央外貿総社と浙江省政府が管理する貿易会社(浙江省糧油進出口公司)であった。しかし、1980年以降、中国政府が対外貿易権規制を緩和したことによって、野菜輸出に多数の私営会社が参入した。その数は浙江省だけで1,384社(2003年)、このうち国営会社32社、外資系会社300社、国内資本の私営会社1,052社である3)。ただし、これらの輸出会社のうち輸出ライセンスを有する会社は862社で、そのうち輸出額が1,000万ドルを超える大規模輸出会社は、わずかに51社(6%)、逆に輸出額100万ドル以下の小・零細規模会社は526社(61%)に上る。もちろん、輸出ライセンスを持たず、その権利を借用して輸出を行っている輸出会社は、そのほとんどが年間輸出額100万ドル以下である。
日本向け野菜輸出量・額が中国で最大である山東省の場合、輸出額1,000万ドル以上の輸出会社数が浙江省の3倍にもなることを考慮すると、浙江省の輸出会社の平均規模は中国内でも決して大きいとは言えず、中・小・零細規模会社が乱立した状態にあるとみるのが妥当であろう。しかし、後述するように、最近は輸出面での過当競争を避けるなどのために、浙江省でも輸出会社間の組織化や合併が進められつつあり、近い将来、状況が大きく変わる可能性が高い。
3.浙江省で実施した野菜輸出対策
(1) 輸出会社の組織化・大規模化の推進
既述のように、1980年代半ば以降、浙江省の野菜生産は急速に伸長し、1990年代に入ると野菜輸出も大幅に増加した。そうした産地としての成長過程において、セーフガード暫定措置の発動や残留農薬問題が発生した。その結果、関係者の話によれば、輸出価格が半値以下に下落する品目が次々と現れ、2002年には1ム(6.7アール)当たりの収入が前年よりも1千元以上も減少した農家が続出した。また、麗水市の農家の中にはコスト回収もままならないため、生しいたけを川に流した農家も出たほどである。
こうした窮状に対応するため浙江省政府が取った第1の対策は、輸出会社間の組織化または合併を推進することによって、輸出会社間の過当競争を回避し、さらに輸出先との交渉力を強化することであった。
輸出会社間の組織化については、浙江省農業庁は2003年6月22日の「輸出型農業を促進する全地域会議」において農産物輸出会社間の組織化を諮り、そこでの検討結果などを踏まえて、2005年2月7日に129社が参加する「浙江省農産物進出口企業協会」(浙江省農産物輸出入企業協会)を設立した。この協会は中央政府や浙江省政府の支援を得て、国内産地および主要な輸出先相手国の市場情報などを収集し、それをインターネット上で公開することによって、会員に必要な情報を提供するとともに、会員間の協議を通して輸出最低価格を定め、過当競争の発生を防ぐことを主な目的とするものであった。
一方、輸出会社の合併については、中小企業が中心となって浙江省政府や市政府などの支援を受け、共同出資による新輸出会社の設立が行われた。例えば2002年には慈渓市政府がイニシアチブを取る形で、野菜輸出会社と産地卸売会社などの11社が500万元を出資して農産物の輸出専門会社を設立した。この会社は出資した会社の農産物を専門に扱うが、その際に必要とするコストの半分を慈渓市政府が負担する方法が取り入れられた。ちなみに、当該輸出会社の2003年の輸出額は119万ドルを超え3)、輸出先相手国の輸入会社とそれなりの交渉を行いうるレベルにようやく達したとのことである。
(2) 登録生産基地拡大のための支援
第2の対策は、輸出野菜の産地である登録生産基地の拡大を支援することによって、輸出量の一層の増加を実現することであった。
周知のように、中国国家品質監督検査検疫総局が2002年8月22日に「輸出入野菜検査検疫管理弁法」を公表し、輸出会社に対して生産基地の登録を要請した。浙江省はこの制度に従い、2004年1月31日に「浙江省省級骨幹農業竜頭企業認定和運行監督管理暫定弁法」を公表し、財政・金融支援の対象とする竜頭企業(リーディング・カンパニー)の認定基準に「竜頭企業が1,500戸以上の農家と契約し、1,500ム以上の生産基地を有すること」を追加した。しかし、浙江省の輸出会社は既述のように小・零細規模の会社が多く、大規模の生産基地を確保することが困難であった。そこで、浙江省政府および各市政府は地元の実態を踏まえ、基地建設に対して財政面の支援を行った。例えば龍泉市政府は、野菜生産のために5ム以上の広さを有する基地に対して1ム当たり100元を補助すると言う政策を打ち出し、中小規模輸出会社が輸出野菜用の生産基地を登録するのを容易にした。
さらに、浙江省政府は2005年4月21日に「関于強化完善被征地農民社会保障工作的通知」(土地を徴収された農民の社会保障を強化することに関する通知)を公表し、その中で「市政府等の地方政府機関は、土地が徴収された農家に対して再就職訓練を無償で行うこと」を規定するとともに、「輸出会社は、農家から土地を徴収する時、農家と3年間の雇用契約を締結しなければならないこと、および当該地域の最低給与基準の120%で農家に給与を支払うこと」を要請した。最近、日本のマスコミも報じているように、中国各地で公共事業や生産基地の建設などに関連して農地を徴収する際、農民が不利益を被ることが多く、そのため社会問題が発生することが少なくない。従って、浙江省政府の「通知」は直接的にはそうした問題の発生を未然に防ぐことを狙ったものといえるが、実はその効果はそれだけに尽きるものではなかった。輸出野菜基地の拡大をも容易とするものであったのである。と言うのは、同政府が意識していたか否かはともかく、その「通知」によって農地の徴収が社会問題化することが少なくなればなるほど、生産基地の建設はますますスムーズに行われるようになるからである。
(3) 「安全・安心」度の向上
第3の対策は、当然のことではあるが、残留農薬問題の発生によって著しく低下した中国産野菜の「安全・安心」感、とりわけ浙江省産野菜の「安全・安心」感を再び高めることであった。
その具体的な対策の一つは、浙江省政府と市政府などとが連携して産地や輸出会社に無公害食品、緑色食品、有機食品4)の認証を得るように積極的に進め、またそのための財政的支援を行ったことである。例えば東陽市は無公害野菜を生産する会社などに対し、種子、農業機械を安価で供給するとともに、ハウスを建設する場合には1棟当たり800~1000元の補助を行っている。また、浙江省農業庁は2005年6月5日に「関于欠発達地区開発性農業和無公害緑色食品有機農業基地建設項目立項指南的通知」(経済発展が不十分な地域における無公害緑色食品有機農業基地建設プロジェクトのガイドラインに関する通知)を公表し、山間部貧困地域における有機野菜などの生産に対して1産地当たり50~80万元の財政支援を行うこととした。
もうひとつの具体策は、浙江省政府が市政府などの地方政府に促してそれぞれの産地に合わせて品目別の輸出管理細則を作成し、生産段階での衛生管理の強化とトレサビリティ・システムの構築に取り組んだことである。例えば、しいたけ産地として有名な金華市では2002年に「出口食用菌検査検疫管理弁法」(輸出向け食用菌類の検査検疫に関する法律)を公布し、輸出工場内部の衛生管理の徹底とトレサビリティ・システムの導入を推進した。その主な内容は以下のとおりである。
(1)輸出工場の衛生管理について
1.毎年、社員の健康診断を行い、従業員全員の健康状況を把握すること
2.作業中における装飾品、腕時計、化粧品の使用を禁止すること
3.入場前に手を洗い、消毒済みの作業服、帽子を着用すること
4.毎日、工場および道具を清掃し、検査員が記録すること
5.関係者以外の立ち入りを禁止すること
(2)トレサビリティ・システムの導入に関して
1.キノコの集荷単位ごとに集荷産地、集荷量、集荷時間を記録すること
2.毎日、原料と完成品の在庫量および冷蔵庫の温度を記録すること
3.包装にロット番号を印刷し、その番号で生産履歴の遡及を可能にすること
4.おわりに
中国から我が国への野菜輸入量は、残留農薬問題が発生した2002年には確かに前年よりも減少したものの、2003年には早くも再び増加傾向に転じた。その一つの要因は、しばしば指摘されるように、中国中央政府が行った迅速な残留農薬問題対策であったことは間違いない。しかし、それとともにもうひとつの重視すべき要因は、上述の浙江省の例でみたような地域ごとの対策であろう。すなわち、中央政府の対策に、さらにそれぞれの地域の特性に合わせた対策が重なったことによって、日本への輸出量がわずか1年ほどの短期間で回復したのである。
もちろん、それぞれの省政府や市政府などが残留農薬問題などの解決にこれほど力を入れたのは、冒頭でも指摘したように、野菜輸出が地域経済に及ぼす影響が大きかったからにほかならない。しかし、それはともかく、いざと言う時の中国における中央と地方の連携力の強さと行動の素早さを、我々は決して侮るべきではなかろう。
注
1)中国国家統計局「中国統計年鑑」、中国海関総署「中国海関統計年鑑」による。
2)浙江省農業庁調査研究組「浙江優勢農産物出口与農民収入関係的調査与分析」2005.1.25(http://www.zjagri.gov.cn)による。
3)浙江省農業情報ネット(http://www. zjagri.gov.cn)による。
4)無公害食品、緑色食品、有機食品の大まかに区分は、(1)無公害食品と緑色食品は中国農業部が認証し、有機食品は中国国家環境保護総局が認証する(2)無公害食品は減農薬・減化学肥料栽培で、有機食品は無農薬・無化学肥料栽培、緑色食品は減農薬・減化学肥料栽培と無農薬・無化学肥料栽培の両方を含むである。