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チリにおける野菜の生産、加工及び流通の実態

農畜産業振興機構 調査情報部部長 加藤 信夫
調査役 前川 久


1 はじめに
 平成17年5月31から6月8日において、チリ農業省、野菜の関係団体、生産者、冷凍野菜を含む加工工場などを訪問し、野菜に関する生産から加工・流通に関する基礎調査を実施したので、その概要を報告する。

 

2 野菜農業事情
(1) 農家経営
 農家数(1997年センサス)は全体で305,331人(休耕農家などを除く)、うち278,651人が自給農家および小規模農家である。中規模農家数は17,128人、大規模農家数は9,552人である(表2-1)。
 「小規模農家」の法律上の定義は、(1)農家所有面積が12ha以下(2)自己資金3500UF(8万ドル以上)(3)農業で生計をたてているものであり、農業省農業政策調査局(Oficina de Estudiosy Politicas Agrarias)(以下「ODEPA」という。)によれば、植民地時代の土地を分割した小さな土地を自己所有しているものが多く、借地は少ないとのことであった。

 品目別の農家収入は、次のとおりである(ODEPA聞き取り)。

小麦 170~260ドル/ha
果実 1,000ドル/ha
ビート 800ドル/ha
酪農 800ドル/ha

表2-1 農家数及び栽培面積

出所:ODEPA
注:農用地面積は、完全灌漑地である。


(2) 野菜の生産状況
 多くが小規模農家で、生産される品目も年ごとに変動しやすい傾向がある。貿易データは税関で整理されているが、生産関連のデータは国土が細長く、調査するのに時間と労力がかかることから、十分に整理されていない。

 1999/2000年の作付面積は表2-2のとおりである。野菜全体では約12万haで、上位3品目を挙げるとトマト22千ha(加工用14千ha、生食8千ha)、とうもろこし12千ha、レタス6千haの順となっている。

 チリは、北部の砂漠地域から南部の寒冷地域まで13の州に区分されており、それぞれの州で野菜が栽培されている。栽培の中心は、中部の地中海性気候である第4州から第7州および首都圏州である。

 1999/2000年の野菜の栽培面積は、この5州で全体の80%を占めており、首都圏州28,511ha(23.1%)、第7州22,811ha(18.4%)、第6州20,664ha(16.7%)の順に大きい。

 また、上記の5州が国全体の野菜栽培面積に占める割合を、品目別にみると主要品目について80%以上を占めている。上位5品目は、トマト93.4%(生食用:81.8%、加工用:99.7%)、とうもろこし75.6%、レタス95.3%、たまねぎ95.5%、さやいんげん79.0%となっている。
 また、全州で栽培されている品目は、レタス(6,103ha)、にんじん(3,722ha)、にんにく(3,235ha)、食用ビート(1,249ha)、ほうれんそう(958ha)などである。

表2-2 野菜類の栽培面積の推移






(3) 野菜の輸出
 野菜については、生産量の30%を輸出している。輸出用の野菜の産地は、中部の地中海性気候の第4州から第7州までが中心となっており、南部の産地で生産されるものは国内向けとなっている。

 2004年の主な品目の輸出実績は、トマトペースト51百万ドル、たまねぎ25百万ドル、乾燥ピーマン25百万ドル、にんにく8百万ドルとなっている。

 冷凍野菜の輸出額は25百万ドルで、主な品目はアスパラガス、とうもろこし、えんどう、ほうれんそうである。近年日本への輸出も多くなってきており、いちご、アスパラガスを中心に、2002年では220万ドル、2003年では430万ドル、2004年では260万ドルとなっている。また、乾燥ピーマンは25百万ドル、野菜の種は20百万ドルとなっている。

 野菜全体の輸出先は、北米、中南米が中心である。国別では、第1位が米国21.1%、第2位がベネズエラで11.3%、第3位がメキシコで10.3%、日本は9.3%で第4位となっている(表2-4)。

 主要な生鮮野菜の輸出については、表2-5のとおりであり、年々増えており、近隣諸国に対して主にたまねぎ(1,500~2,000万ドル)、にんにく、トマトの3品目が輸出されている。たまねぎが全体の輸出量(2003/04年)の83.5%を占めている。ヨーロッパ(52.0%)、中南米(29.3%)を中心に輸出されている。

 種類別国別の輸出については表2-6のとおりで、生鮮野菜については、前年対比145.7%と大きく増加しているが、その他は国ごとの増減はあるものの、ほぼ前年並の数量が輸出されている。

 2004年の輸出では、生鮮野菜104,210トン(49.1%)、ペースト、ジュース類(35.9%)と2種類で全体の輸出量の85.0%を占めている。

 一方、2004年の対日輸出については、表2-7のとおりで、生鮮野菜ではたまねぎの輸出量が前年を大きく下回ったことから、対前年比10.1%と大きく減少している。

 冷凍野菜については、アスパラガスを中心にほうれんそう、とうもろこしなどが主なものであり、2004年は前年の輸出量が多かったことから対前年比では87.6%となったが、2002年と比べると148.1%と増加している。

 トマトピューレ等のトマト加工品については、一定の顧客のオーダーにより増減することが考えられる。

表2-3 チリにおける野菜の州別栽培面積(1999年/2000年)



表2-4 チリの国別野菜の輸出について


表2-5 主要生鮮野菜の地域別輸出量について


表2-6 種類別国別輸出量について

 

3 チリ産農産物の病害虫
 チリは、北は砂漠、南は南極、東はアンデス山脈、西は太平洋に囲まれており、病害虫が入りにくい立地にある。

 北部では、谷間での地下水や雪解け水を利用した野菜などの栽培が行われており、周りは砂漠であるため、病害虫の発生や汚染のリスクは非常に低く、ミバエも南米で唯一発生しない国であり、また、南部は、種子用ばれいしょに係るネマトーダ(線虫)に汚染されていない地域となっている。

 なお、果実輸出業者の協会「アソニック」があり、協会として病害虫コントロールに取り組んでおり、小規模生産者でも輸出可能となっている。

表2-7 野菜の対日輸出について

 

4 農業支援策
 農業省の外郭団体であるINDAP(農業牧畜開発局)を通じて、農家への技術支援、融資、灌漑や土壌改良などへの補助を行っている。

 農業省全体の予算約3億ドルのうち、約2億ドルは農家へ資金援助されており、そのうち1.2億ドルがINDAPを通じて支援が行われている。

 INDAPの支援は、小規模農家へのものであり、各農家からのプロジェクトの申請を受け、審査した上で補助金支給の可否を決定した上で、9万人の農家へ支援している。

 補助金の内容は、主に灌漑施設の推進、土壌改良(1.5~2千万ドル)、植樹(1千万ドル)、技術開発などとなっている。

 なかでも土壌改良についての補助金が多いのは、南部の産地では火山灰土でリンを多く含んでいるためである。補助金の多くは品目横断的に行われているが、結果として小麦生産者に多く渡っている。

 

5 主要野菜の生産状況等
 チリは南半球にあり、北半球と作型が反対であることから、北半球の補完的産地として確立されている。南半球で栽培するメリットは、北半球の収穫が始まる前の2~8月までの期間としている。
 また、野菜の栽培地域は、地中海性気候で昼夜の温度差が大きいことから品質面で、さらに冷涼な気候で害虫の発生が少なく安全性の面で、それぞれメリットがある、とされている。

(1) 冷凍野菜
 (1) 生産の動向
 チリの農産物は、昼夜の温度差が大きいことから、味・品質ともに評価されている。現在は、価格が安い中国などのアジアへシフトしているが、安全面を含めてチリ産の方が優れているとのことであった。

 主要輸出野菜であるアスパラガスについても、中国などのアジア地域などには価格で対抗することはできないことから、品質、安全性、加工度に力を入れており、中でも安全性については、HACCPの導入などを行い、安全性の向上に努めている。

 原料野菜は、数量、品質ごとの価格および栽培方法を取り決めた契約に基づき栽培されており、会社が農家から土地を借りて農家に指定する作物を作ってもらっているケースも多い模様である。

 (2) 安全性対策
 輸出会社が農薬、殺虫剤の種類および使用時期などを決めており、会社の農業技術者が栽培期間中、全ての圃場を回り生産者に対して農薬の種類、使用量・使用時期などきめ細かな指導を行い、安全性の向上を図っている。調査会社の中には、種子、肥料、農薬などを会社が一括購入し、農家に配布して代金の支払時に精算するものもあった。

 なお、農薬の使用については、使用時期、使用量、残留農薬量を国に報告する義務があるので、検査結果などを随時報告している。

 さらに、日本などの品質に対する要望が厳しいため、HACCPおよび生産から製造、輸送、販売先までのトレーサビリティを導入するとともにSGS(スイスのトレーサビリティ)やAIB(米国向け)の認証を導入している会社もある。

 トレーサビリティについては、国内販売しているスーパーからも求められることから、広く実施している模様であった。

(2) 加工用トマト
 装置産業であること、中国産との競合などから、大規模で生産性を向上して競争力を高めていく必要があり、現在2社の大きな企業により、主にトマトペーストが生産されている。

 トマトの生産地が地中海性気候であることから、病害虫の発生もあまりなく、農薬使用量も少ないため、減農薬栽培を行うことができるという気候条件に恵まれている。また、降水量は少ないが、アンデス山脈の雪解け水などを必要なときに使用し、灌水することができるという恵まれた条件であることから、品質的でも高い評価を得ており、トマトペーストについていえば、甘味も高く、低酸味系のすっきりした味わいであると日本の企業から評価されているとのことであった。

 チリ全体でのトマトペーストの輸出先は、南米(60%)、中米(13%)、アジア(13%)、北米(8%)、その他(6%)となっている。南米のシェアが高いのは、チリがメルコスール1)の準加盟国となっており、関係諸国への輸出においては関税が撤廃されていることによる。

 なお、現在適用されている米国、ヨーロッパの関税が、米国11.5%、ヨーロッパ18.5%と高いことから輸出量が少ないが、ヨーロッパは2007年に、米国は2012年に撤廃される。

 (1) 生産の動向
 糖度が高く品質の良いサンチャゴ以北の産地が、近年のサンチャゴ周辺の宅地化による産地のかい廃、収入で優る「ぶどう栽培」に移行したことなどにより、サンチャゴ以北の産地が減少し、サンチャゴ以南に移動している。

 また、近年、契約栽培農家数が減少しており、個々の農家の作付面積拡大と単収のアップにより、全体では同じ程度の収穫量を確保している。単収の平均は70~75トン/haであり、近年10トン近く上昇している。これは、輸出会社が農家への教育を行い、農家の技術的向上を促して単収を上げた結果であるとしている。

 契約栽培は、面積をベースとして締結され、苗の定植時期、農薬、殺虫剤の使用時期などを決め、加工会社の農業技術者が、全ての圃場を回って生産者に対して細かい指導を行っている。
 また、今後は定植、特に収穫時の機械化を検討している。

 (2) 安全性対策
 栽培においては、GAPおよびトレーサビリティを導入しており、種子、肥料・農薬などの資材の提供(販売)を行うとともに、輸出会社の技術者による農家の技術指導が行われている。また、加工工場においては、HACCPなどが導入され、安全性の確保が行われている。

(3) 今後の動向
 チリの農産物供給国としての特色は、チリの恵まれた地理的条件の利点を生かした、「北半球に対する補完的な農産物の供給国」という位置づけである。具体的には、北は砂漠、東はアンデス山脈、西は太平洋、南は南極と四方を囲まれているため、他の南米諸国を含む南半球で問題となる病害虫の発生や汚染のリスクが低く、かつ、チリの国民性や技術力から顧客ニーズに対応した安全性の高い付加価値生産が可能であるという点である。すなわち、アジアで農産物輸出国として成長著しい中国のような大量生産、低コスト化路線とは異なる路線を歩んでいる。

 各企業が口をそろえていうことは、「輸出相手企業からの要望があれば、それに合わせた製品を作ることは可能である。」というように、欧米中心に輸出している企業を含めて、要望のあったスペックで製品を製造・輸出できる能力があるとみてよい。

 ただし、一方で、輸出向けと国内向けでは、多くの場合、生産地(農家)、加工企業などが異なっており、大まかに言えば、北部、中部が輸出向け、南部が国内向けであり、零細農家(小麦、ビートなど)が多い南部では土壌条件や水条件の制約もある。

 輸出用の野菜・果実については、北部、中部の地中海性気候の地域で栽培されているが、国内用は南部の灌漑施設もあまり整備されていない地域で栽培されており、特に海岸と海岸山地に挟まれている平野部分では、土壌条件も悪いために単収も上がらず、市内のスーパーなどの生鮮野菜をみても、高所得者地域のスーパー以外は、日本のものに比べると品質が劣るものが販売されていた。

 このように、国内市場向けの農産物については、メルコスールの影響もあり、アルゼンチン、ブラジルなどから小麦、砂糖、食肉などが輸入されており、競合にさらされている。

 農産物の栽培の中心は、サンチャゴを中心として、第4州~第8州までの地中海性気候の地域である。特に、トマトおよびその加工品(ペーストなど)の品質は高く、ジュース用加工が可能である。野菜およびその加工品の安全性については、これも輸出向けと国内向けでは状況が多く異なるが、輸出向け、特に対日向けについては、HACCPはもちろんのこと、GAPやトレーサビリティは100%実施されている。

 チリ国自体は、1,500万人という小さい国であり、その小さい国内市場を相手にしていてはこの国の成長はないことから、輸出振興政策を強力に推進している。このことは、2004年12月までに米国、カナダ、EU(15ヵ国+新規加盟10ヵ国)、韓国、メキシコ、中米(コスタリカ、エルサルバドル)、EFTA(3ヵ国、批准待ちのアイスランドを除く)の計34ヵ国とFTAを、さらにメルコスール(4ヵ国)、ボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルー、ベネズエラの計9ヵ国との間でACE(経済補完協定)を発行させていることからも分かる。

 また、輸出条件として好条件なのは、チリにおける他国の現地法人に対しても、チリ国内の企業と政策面(税制、輸出入制度など)で内外無差別化が図られており、これは他の南米諸国の状況と大きく異なっている。たとえ大統領が変わっても行政組織や制度が大きく変わることがない点も現地で活動する外国の企業にとっては、「計画性と安定性が保証される」という大きなメリットがある。従って、極めて投資しやすい環境にあると言える。

 一方、チリでの不安材料はエネルギーの問題である。チリは経済進展に伴い天然ガスの需要が急増しており、アルゼンチンから天然ガスを輸入している。アルゼンチンは二重価格制を取っており、輸出価格を高めに設定している上に、2004年から一方的にチリに対しての輸出量を削減した。このことは、チリにおける冷凍施設などのインフラ整備上のリスクとなり得る可能性がある。

 また、対日輸出の関係ではフレートの問題がある。2005年では少しは落ち着きを見せているが、為替事情も含めて輸出業者にとっては頭の痛い話である。北米の航路は本数も多いが南米発の航路は数が限られる上に、中国経済の進展を受けて、鉱物などの輸出が好調であるため、船の確保が難しいこともネックとなっている。北半球で自然災害などがあった場合に迅速に食料を供給する補完的な食料供給国を目指すチリとしては、このフレートなどの問題は最大の課題であるとも言えよう。ただし、逆に現状のフレート水準などが、仮に低位に推移したときは、チリの競争力は一気に上昇することになると考えられる。

 

1)メルコスール
 南米南部における自由貿易市場の設立を目的として、1995年に南米南部共同市場(メルコスール)が設立された。現在、域内においては90%の品目について関税を撤廃し、域外に対しては85%の品目について共通関税を設定している。
 現在の加盟国は、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの4ヵ国に加えて、準加盟国のチリ、ボリビア、ペルー、ベネズエラ、エクアドル、コロンビアの6ヵ国で計10ヵ国である。




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