農畜産業振興機構 調査情報部
1.中国の土地利用形態
現在の農村部における土地所有は、1978年の農村改革における「農家生産請負制」の導入により、「村」を単位とする集団所有制となっているが、さらに、個別農家における営農は、「村」から耕地利用権の分配を受けた耕地における家族経営により行われている。
一方、農家は、耕地利用権の分配を受けるにあたり、「村」集団に対して、その面積に応じて、(1)政府作付計画の履行、(2)政府への穀物売り渡し義務の達成、(3)「村」などの集団組織への運営費用・集団的投資資金の提供、(4)水利施設管理・道普請などの農閑期作業への出役、の義務を請け負うこととなっている。
また、1993年の「農家生産請負制」の改革で、農業生産安定化が図られやすいように耕地利用権の設定期間を15年間から30年間に延ばし、耕地利用権の流動化を図っている。
耕地利用権の分配方法としては、自給飯米用として家族人口に応じて分配される「口糧田」と、家族労働力数に応じて分配され穀物売り渡し義務のある「責任田」とに区分して分配する方法が耕地利用の過度の分散を防止する点から推奨されたが、多くの地域では家族人口に応じた分配のみとする方法が採用され、しかも家族人口の変動に応じて数年置きに割り替えを行う「割り替え(調整)」方式(家族構成等の変動にともなう、耕地利用権の再分配)が併用された。これは、集団の構成員である村民の間に農業就業機会や自給飯米確保を平等に保障する意味(一種の生活保障制度)があったが、経営規模の零細化への対策は考慮されなかったこと、また、農村では均分相続が通例として行われてきたことなどから、農家の農業労働力一人当り耕地面積は1980年で約33aと零細であったものが、1993年では約29a(2001年約30a)と、より零細化・分散化することとなった。
(注1)中国の土地利用形態については、「土地を生かす英知と政策」(農山漁村文化協会)の第4章「市場経済化に向けた土地利用システムの模索」(菅沼圭輔福島大学経済学部助教授 著)に詳しく解説されている。
2.土地集積された新しい耕地利用形態
このような状況の中で、改革開放政策開始後の中国農村の都市近郊や東部沿海地域では、都市化や農村工業化が進み、また、大都市消費地や輸出市場向けの青果物などの主産地が発展した。こうした農村経済構造や農業構造の変化は、上記の農地制度の実態にも変化をもたらし、地域の状況にあわせて土地の集積を行う新しい耕地利用形態が生じている。
その主なものは、(1)出稼ぎや自営兼業等農外就業の比重が高くなった地域の農家が近隣の農家や親戚に耕地を貸し付ける、農家間の相対による借地契約、(2)利用権分配を行う耕地を、「口糧田」「責任田」「優良田(生産力の高い耕地)」に分け、「優良田」を生産意欲と技術を持つ農家に入札により有償で分配する「三田制」の導入、(3)「口糧田」は従来どおり農家に頭割りで均等分配し、「責任田」はこれを希望する農家やそのグループ等に賃貸する「両田制」の導入、(4)工業の発展した地域など、大多数の農家労働力が安定した兼業部門に就業し、穀物生産、地力維持などの義務を履行できなくなり、農業経営が農外就業の障害となっている地域における集団農場方式の導入などである。
こうした土地利用の変化のなかで、野菜産地においても、1978年の農業生産請負制導入、自由市場再開、1986年の青果物流通統制廃止、1988年の菜藍子工程開始などの一連の市場経済体制整備、さらに1993年の「農家生産請負制」の改革、農家兼業化の進展、及び、近年行われている農業構造調整による水稲作から野菜など他作物への転換の推進とともに、産地形成が進行している。
近年の野菜産地の発展は、1980年代後半の野菜産地拡大は都市住民の副食品消費の量的増大に向けて行われていたが、90年代には都市住民の安全・健康等より高度な消費需要や輸出需要に向けて発展していることに今日的特色がある。
3.野菜産地の形成
輸出野菜産地は、野菜輸出公司の輸出用野菜調達方法を通じていくつかの異なるタイプが形成されており、概ね、(1)卸売市場・産地商人・農家からの買付け、(2)自社生産基地、(3)契約栽培、(4)地方政府等による農場建設、に分類される。
(注2)中国の野菜産地形成については、野菜情報2004年5月「中国における野菜生産・流通・輸出等の動向(その2)」を参照されたい。
このような野菜産地のうち、本格的に日本への野菜輸出が行われる以前から広く野菜生産が行われていた地域の産地では、上記分類のうち、主に(1)の卸売市場・産地商人・農家から輸出公司が必要とする品種・規格の野菜を買付ける方式と、(3)の契約栽培の方式により輸出用野菜産地が形成されている。
このような産地の代表的なものは山東省に多く見られるが、その山東省の冷凍野菜工場が集中している地域において、輸出公司の安全性対策から農民と輸出公司をめぐる新しい野菜産地の展開が見られる。
4.山東省における野菜産地の新展開
現在の輸出野菜産地においては、残留農薬等をめぐる安全性を確保する必要性から、中国国家質量監督検査検疫総局による輸出農産物残留農薬検査が義務付けられている。
この検査は、ほ場単位で実施されることから、小規模、分散ほ場では、全体の検査費用が高額となり輸出コストの大幅な増加につながることから、検査費用の低減のため、ほ場の集約等の規模拡大が進展すると予測される。
また、輸出野菜産地においては、国家質量監督検査検疫総局により発布された「輸出入野菜検査検疫管理弁法」(2002年8月12日施行)により、輸出野菜(生鮮、加工用)は「検査検疫機関に登録した輸出野菜栽培基地」で生産されたものでなければ輸出が許可されないとともに、公司等が基地の登録を受けるためには、「輸出野菜栽培基地登録管理細則」により、300ム以上の規模の野菜生産基地であること、農薬等の生産資材管理能力、栽培等の管理能力を備えていること等が定められており、輸出公司等を主体とした輸出管理体制を構築する方針となっている。
従来のような、農家や卸売市場からの買付け、同業者からの安易な買付け等による輸出野菜、輸出原料の購入は厳しく制限されることとなる。
現在の段階は、一部地域ではこれらの規則について弾力的運用を行っている地域もある模様であるが、輸出野菜産地は栽培等の十分な管理能力をもつ公司等を中心に再編されざるを得ない状況である。
このような野菜産地の新しい展開の一つの例として、山東省莱陽市の野菜産地における大規模冷凍野菜輸出集団公司の原料野菜調達方法の変更により、当該地域の産地の変貌をみることができる。
(1)山東省莱陽市の大規模冷凍野菜輸出公司における野菜産地の新展開
当該公司の2001年における原料野菜調達方法は、卸売市場を主体とし、一部、自社農場で有機野菜栽培を行うものであった。
しかし、2001年の農薬残留問題の発生から主要輸出先国である日本の冷凍ほうれんそう輸入自粛措置にいたる過程で、調査公司では栽培管理システム等の整備・改善と検査設備等の導入を進め、その結果、原料野菜調達方法が大きく変貌し、また、それに対する農民の対応も大きく変化している。
ア 残留農薬問題以前の原料野菜の調達方法
1996年以前は、農民との契約栽培により定額・定量で買付けていたが、農民は市場価格が契約価格を上回ると市場に販売し、公司では原料野菜が不足することがしばしば生じていた。このため、1996年以降は農民との契約栽培をやめ、代わって、公司が購入した種子(輸入種子等)を販売することで、農民に公司の必要とする原料野菜の栽培を促し、当該品種の野菜を卸売市場等で買付けることで、公司の必要とする原料野菜を調達していた。また、種子を販売した農家のうち、品質がよい野菜を生産する農家については、直接、市場価格よりも高い価格で買入れる場合もあった。
農民の栽培品目の決定は、(1)農家どうしの口コミ、(2)テレビ・新聞、(3)当該公司からの一般的な情報(安定的に販売できる輸出品目(ごぼう、さといも、ほうれんそう等)の生産計画情報など)に基づき、農民が経験や市況等により独自に判断しており、当該公司は、農家の生産にほとんど関与していなかった。
イ 残留農薬問題以降の原料野菜の調達方法
しかし、2001年の残留農薬問題の発生以降、調達方法が変更され、現在では、当該公司が調達する野菜の作付面積の30%にあたる農地は、村から期間30年、地代700元/ム・年で賃借した自社生産基地として、70%にあたる農地は、農民間の賃貸借(10~15年、700元/年(1998年では500元/年))により土地集積し、規模の拡大をした農民(専業戸)との契約栽培により、その原料野菜を調達している。
ここで注目すべきは、農民間の賃貸借により土地集積し、規模拡大をしている農民である。
(2)規模拡大をした農民
農民の中で、農民間の賃貸借により規模拡大する者は、以前はごく少数であったが、残留農薬問題が発生した後は増加してきている。
輸出公司等が必要とする、農薬管理のための規模のまとまった農場に対するニーズ(前述のように残留農薬検査に係るコスト縮減、栽培管理等の経費節約の面から、また、国家質量監督検査検疫総局も効率的な管理監督の必要性から、一定規模の輸出野菜産地が求められている。)に対し、村民の中のリーダー的、企業家的な農民による自発的な土地集積が行われ、その企業家的農民と公司との契約栽培により、輸出用原料野菜が供給されている。
なお、土地を貸した農民は、自給飯米の農地を確保しつつ、出稼、工場労働者、公司の職員(工場労働、農業労働者)となっている模様である。
5.今後の見通し
一般的な農民間の土地の賃貸借は、出稼ぎや自営兼業等農外就業をしている農家が近隣農家や親戚に耕地を貸し付けるものであり、借り手が利用権に付随する穀物売り渡し義務を履行し、飯米を除く収穫物を得る、というものである。しかし、このような一般的なものでは、利用権を借り受けた農家は、「村」などの集団組織への運営費用などを請負面積に基づき負担するため、一定規模以上の借り受は経営コスト以外の負担額が多額となることから小規模の請負経営となることが多かった。
しかし、山東省の事例では、輸出用の安全基準を充たすことのできる農産物への輸出公司の需要が強まる中で、輸出野菜という換金作物がなくなったことで生産意欲が減退してしまった農民から土地を集積し、農業労働者を雇用し、輸出公司との契約により種子・農薬・肥料などの資材の供給(販売)・技術指導を受けながら輸出公司の求める安全性基準・品質等を満たす野菜を、栽培し輸出公司に原料野菜として供給(販売)する、企業家的農民が増加している。
このことは、従来のような、輸出公司が零細経営農民によって無秩序(無計画)に生産された農産物を卸売市場や産地商人などから買い付けるのではなく、輸出野菜は、輸出公司の輸出計画に基づいて農民と取り交わされた契約により生産されることを意味しており、このような契約栽培で輸出されている品目については、暫定セーフガード発動の大きな要因となったと考えられる一般の農民による無秩序な生産が大きく変化したといえる。
しかし、以上の変化は山東省の一部地域の状況であり、また、輸出入権を持たない公司が、輸出入権を持つ輸出公司を経由して輸出する場合などもあり、不安定要因が依然存在することには十分注意する必要がある。