人工光型植物工場における結球レタス生産
国立大学法人千葉大学大学院園芸学研究科
教授 丸尾 達
人工光型植物工場の主要作物はレタスであるが、工場産レタスの増加により、生産コストの縮減が思うように進まない一部の植物工場では、販売に苦慮するところもあり、問題になっている。そのような中、他の植物工場とは差別化したレタス栽培に取り組む施設も出始めており、その動向が注目されている。その一つに結球レタス生産があり、生菌数の少ないクリーンな環境で異物混入のない結球レタスを、カット工程も含めて一貫生産するシステムが計画されて注目されている。
近年植物工場が注目され、太陽光を全く利用しないで人工光のみで栽培する人工光型植物工場の建設が拡大し、植物工場産野菜も珍しいものではなくなってきた。
1980年代から開発・普及が始まった人工光型植物工場であるが、開発当初は、光源は高圧ナトリウムランプ(HPSランプ)で生産コストが高く、野菜の価格も高かったため、一部のデパートや高級スーパーに販売チャンネルが限定され、購買層も富裕層などに限られていた。
それが、近年は蛍光灯やLED光源の性能が向上し、価格も安価になったため、棚型の多層栽培システムが実用化され、施設面積あたりの栽植密度が格段に高まり、生産コストも徐々に低下したため、普及が加速したのである。
しかしながら、植物工場の設置数が増加するとともに、工場間の競争が激化しつつある。特に、栽培対象としては、圧倒的に非結球型のレタス類(リーフレタスなど)が多いので、生産コストの縮減が遅れている植物工場で生産されたレタスは相対的に競争力が低下し、販売が困難になっているところも出始めている。
植物工場産レタスでも、価格を安く設定できれば、マーケットサイズはかなり大きいと思って良い。ただ、安価に安定生産するためには、生産コストの十分な縮減が必要不可欠になる。
レタス(リーフレタス)の生産コスト縮減には、個々の生産施設や研究機関・企業が積極的に取り組んでいる。千葉大学拠点でも、補助金を利用せずに700円/kg(60円/株)以下のレベルにはなっているが、広く業務・加工仕向けの需要に対応するには、一段の努力が求められている。
また、人工光型植物工場における栽培品目の拡大にも多くの施設で取り組んでおり、種々の野菜・花き類の苗生産やハーブ類、いちごなどの生産が行われている。本稿では、同じレタスでも従来のリーフレタスとは異なる結球レタス生産の取り組みについて紹介する。
現在流通しているレタスには多様な種類があり、人工光型植物工場で一般的なのは、リーフレタス、ロメインレタス(コスレタス)、サラダ菜(半結球・バターヘッドレタス)、バタビアレタス、フリルレタス、オークリーフレタス、サンチュ(カキチシャ)、サラノバレタスなどで、これまではいずれも非結球型のレタスに限定されていた。これは、非結球レタスの方が収穫までに要する期間が短く、栽培の回転が速く、同一施設における単位時間あたりの収穫量が多くなることが、主たる理由である。
レタスに限らず、結球性の野菜は一定枚数の外葉が展開しないと結球体勢に入らないのと、その後結球が完成するのに一定の期間が必要になるため、収穫までに要する時間が長くなるのである。また、通常結球野菜の外葉は収穫時に収穫対象とはならないので、収穫歩留まりが低くなるとともに、外葉を廃棄物として処理するための費用が発生することもマイナス要因である。
しかしながら、我が国のレタスマーケットについては、需要の大半が結球レタス(クリスプヘッドレタス)であることを忘れてはならない。どんなにクリーンで栄養価が高くても、非結球レタスでは需要側の現状のリクエストに応えられない部分が存在する。
では、需要側は結球レタスの何を評価しているのか? どうして結球レタスでなくてはならないのかを、まず認識する必要がある。
まず、レタスに限らず野菜需要のうち加工・業務用需要の割合は、増加傾向で推移し、平成25年度では全体の6割程度となっている。従って、この6割の加工・業務用需要の内容が問題になるが、以下のような点が重要になると思われる。
・シャリ感:結球レタス独特の歯切れ感をシャリ感と呼ぶことがあり、サラダやサンドイッチなどに重要であるが、非結球型のリーフレタス類では得られない。
・耐熱性:ハンバーガーなどにレタスを使用する場合、ハンバーガーの熱にあたっても、すぐにしんなりすることなく、ある程度のシャリ感を残すことができる程度の耐熱性が必要になる。非結球型のレタス類は肉厚が薄く耐熱性は低いが、結球レタスは相対的に耐熱性が高い。
・ボリューム感:サラダにしたり、皿に盛りつけたりする際には、カットした際のボリューム感が重要になる。一般に、グリーンリーフなど非結球のレタス類は腰が弱く、カットした場合、シャリ感やボリューム感が不足することが多いが、 結球レタスは、カットしても相対的にボリューム感が高くなる。
このように結球レタスは、非結球型のレタス類と比べると、加工・業務用需要の要求に適合した特性を多く有している。
しかしながら、これらの特性が結球レタスの結球した球に特有の特性であるのか、あるいは結球する前の非結球状態の結球レタスでも得られる特性であるのかについては、議論の余地が残っている。
試験的に、結球レタス品種を結球体勢に入る前に収穫してみたところ、シャリ感など求める特性のいくつかは得られることが分かっている。品種選定や栽培条件、収穫時期等についてより詳細に検討する必要があるが、今後両者の長所を兼ね備えた栽培システムが成立する可能性がある。
次に、結球レタスを人工光環境下で安定的に生産することの優位性について考えてみると、以下のようなことが挙げられる。
・結球内部も含めて、極めて清浄で、一般生菌数が102CFU/g(1g中に菌が102個存在すること)程度以下であること。
・完全無農薬栽培が可能であること。
・虫や毛髪、枯れ葉などの異物混入がゼロである野菜生産が可能であること。
・天候に全く左右されない安定計画生産が可能であること。
・品質が周年的に安定しており、同一品質の野菜生産がいつでも可能であること。
特に異物混入のリスクがほとんどゼロであることや品質も含めて周年安定生産が可能であること、一般生菌数が極めて低い点が、一般の露地栽培や施設栽培では得ることができない特性として、加工・業務用野菜としては重要になっている。
加工・業務用のレタスは、最終的にカットした形で使用されるのが一般的であるが、人工光型植物工場で、一般生菌数が少なく異物混入率が極めて低い状態のまま、カットし、その状態を維持できるようにパッキングして出荷するシステムが採用されている。野菜生産とカット工程を組み合わせて、クリーンな状態をそのままパッキングして維持できれば、人工光型植物工場の優位性を強調することが可能になる。
前述のように、人工光型植物工場で結球レタスを生産する場合には、従来の非結球型のレタス生産とは異なる点がいくつかある。結球レタス生産の特徴と注意点は以下のようにまとめることができる。
・相対的に栽培期間が長くなる。具体的には、播種後2カ月程度の期間が必要になり、非結球型の2倍弱の期間になる。
・栽培期間が長く、株のサイズも大きくなるのでチップバーン(葉先が黒くなる生理障害)のリスクが高くなる。特に結球内部のチップバーンに注意が必要になる。
・栽培期間が長くなるため、照明電力などのコスト縮減がより重要になる。
・安定した結球を早期に得る栽培品種・栽培条件の探査・調整が重要になる。
上述のように、人工光型植物工場で結球レタス生産を行う際には、従来の非結球レタス栽培とは異なる点に注意して栽培・生産することが重要になる。現状でも十分に解明されていない技術的課題がいくつかあるので、本格的に商業生産する場合には、下記の課題に対してどのような対応をするか事前に十分検討し、施設の設計・施工を行うとともに、十分な栽培技術を有するエキスパートの養成が重要になる。
結球レタスに限らず、人工光型植物工場や養液栽培でレタスを生産する場合には、土耕栽培に比べて生育速度が格段に高まるため、常にチップバーンのリスクをどれだけ安定的に低く管理できるかが最も重要な課題になる。チップバーンのリスクは株の生育速度が速いほど高まるため、人工光型植物工場で栽培環境が最適化されていれば生育速度が極めて速くなり、チップバーンのリスクも高まるので注意が必要になる。非結球型レタスとは異なり、栽培期間が長くなり、株のサイズが大きくなるため、株あたりの光合成速度も相対的に高まり、それだけチップバーンのリスクも高くなるのでより注意が必要になる。
また、結球後は、よりチップバーンのリスクが高くなるのが一般的である。また、加工・業務用野菜では、一般家庭消費用と比べてもより高い品質が要求され、肉眼で確認できるチップバーンは、異物としてカウントされることになるので、さらに条件は厳しい。
そこで、重要になるのは、培養液管理など特殊な専門的知識・技術が必要となる項目の技術レベルに合わせて、レタスの成長速度を制御することである。もちろん、経営的にはレタスの成長速度を最大限高めて栽培日数を短縮し、回転数をあげ、日生産量を高めることが重要であるが、その結果チップバーンが発生してしまっては、投入したエネルギー、資材がすべて無駄になってしまう。
レタスの成長速度は、光合成・呼吸速度と直接的に関係するため、光強度・明期時間、温度・湿度、気流速度、CO2濃度等に大きく影響される。しかしながら、成長速度を制御する手段としては、投入エネルギーと直結する明期時間を制御することで行うのが最も合理的である。つまり、技術的に十分なレベルにない場合には、明期時間をチップバーンが発生しない程度の時間に制御する方法が必要になる。以下に、チップバーンに関わる主要な項目を挙げる。
チップバーンの発生は、成長点付近のごく小さな葉で、当該葉の成長速度が極めて高い部位(先端部など)に起こる。上述のようにチップバーンの発生は成長速度に大きく影響されるが、この場合の成長速度とは、チップバーンが発生する部位の個葉の成長速度である。成長点付近の個葉の成長速度は、株全体の光合成量に依存するので、株のサイズが大きくなって株全体の光合成速度が高まるとチップバーンの発生リスクが高まる。従って、チップバーンは定植直後には発生しないで、一定のサイズ以上になってから発生する。
上述のように、チップバーンの発生を制御するには、明期時間を介して行うのが合理的である。実際には、株のサイズにより発生リスクは異なるので、例えば定植直後の明期時間は長く設定しても問題ないことになる。株のサイズが増大し、株あたりの光合成量が大きくなると発生リスクが増大するため、それに応じて明期時間を制御するのがよい。
太陽光利用型植物工場でも、レタス類を養液栽培で栽培することが多いが、そこでもチップバーンの発生が課題になっている。太陽光利用型植物工場の場合は、光条件や温湿度などの環境制御を経済的に行うことが困難な場合が多いので、栽培品種によりチップバーンを回避する方法をとることが多い。チップバーン抵抗性品種なるものも市販されているが、この場合のチップバーン抵抗性品種は成長速度(光合成速度)が遅い品種が選定されていることが多い。しかし、人工光を用いる人工光型植物工場では、投入エネルギーあたりの成長速度が遅いと直接的な生産性低下につながり、経営的に選択できない。つまり従来とは異なる人工光型植物工場専用のチップバーン抵抗性品種の育成が望まれている。
チップバーンは、発生葉の発生部位に部分的なCa(カルシウム)欠乏が起こる生理障害であるが、株に吸収されたCaの分配は株内の葉同士間で競合関係にある。Caは、水と同時に転流することが多いので、結果的に、個々の葉の蒸散速度に依存して転流・分配量が決まることになる。そのため、蒸散速度はチップバーンの発生と強く関係し、葉面積の大きな葉に、より多くのCaが転流・分配される。一般に夜間は蒸散速度が低くなることが多く、Caは根圧流により分配され、結果成長点付近にも分配される。夜間の蒸散速度が高い状態が続くと根圧流によるCa分配が減少し、発生が多くなる。
明期時間以外で光合成速度に直接的に影響する項目(温度・湿度、気流速度、CO2濃度等)は、光合成の限定要因にならない程度に制御するのが一般的である。一方、培養液管理は光合成速度に直接は影響しないが、Ca吸収に直接影響する。従って、Caの吸収に関係する培養液管理は直接的にチップバーンの発生に影響することになる。具体的には、Caは2価の陽イオンなので、1価の主要陽イオンであるNH4-N(アンモニア態窒素)、K(カリウム)や同じ2価の陽イオンであるMg(マグネシウム)等の管理が特に重要になる。
上述したように、わが国では結球レタス生産が一般的であり、結球レタスは品種も多様である。しかしながら、人工光型植物工場では可能な限り外葉が小さいうちに結球体勢に入り、早期に結球する品種が望ましいので、その条件に適合した品種が求められる。
適合する品種探査が重要になるが、将来的には専用品種を育成することが不可欠になる。
葉菜類に限らず植物工場では、苗や株の斉一性が最も重要であり、結球レタス生産でも同じである。非結球レタスと比べて栽培期間の長い結球レタスの栽培では、発芽から育苗初期の斉一性が、最終的な球のサイズ等にも大きく影響するので、安定した技術が重要である。
播種後収穫までの期間が長い結球レタスでは、移植回数とそのタイミングにより生産性が大きく変動する。特に最終的な栽植密度にしてからの栽培期間の長さをいかに短くするかが最も重要になる。しかしながら、過度な移植回数と、大苗での移植は大きな生育ストレスになるのでそれなりの工夫が必要である。
以下には、千葉大学の拠点施設((株)和郷がリーダー)の取り組みをご紹介する。
当該施設は、比較的小型(200㎡)でパイロットレベルの施設であるが、基本栽培ユニットは整備してあるので、栽培条件等は本施設で開発・検討することができる。
実際にも本施設をベースに福井県小浜市に実用規模の生産施設(約1,300㎡(18レーン×12段))が建設され稼働している。
当該拠点施設は、以下のコンセプトで設計、建設、運営されている
◆人工光型植物工場で結球レタスを安定生産し、カット工程を加えることでカットレタス生産を行う。
◆業務用需要の多い、カット玉レタス生産を目指す。
◆600円/kg以下の生産コストを目指す
◆照明には夜間電力(10時間)のみを使用
◆蛍光灯本数を縮減すると同時に、光の均一性を確保するために特殊反射傘の利用で効率化する。
栽培は3つの行程からなるが、その概要は以下の通りである。
播種は、ウレタンシート(100ブロック/シート(35cm×35cm))に行い、播種後10日頃までウレタン育苗を行う。
◆ウレタン育苗終了後、2次育苗パネル(24~28穴/パネル)(最適化検討中)(60cm×90cm))に移植して、28日程度2次育苗を行う(育苗ライン)。
◆2次育苗終了後、栽培パネル(6~8穴/パネル(60cm×90cm))に定植して、28日程度栽培する(最終ライン)。
その後、千葉大学拠点では行っていないが、最終的に収穫後、調整・カット・包装工程を経て出荷するシステムを想定している。
品種改良、播種・育苗精度の向上、培養液管理の最適化等により、チップバーンのリスクを抑えて成長速度を上げ、コストを縮減することが可能であれば、今後農業人口の高齢化・担い手不足を踏まえて、一定の割合まで、普及・拡大すると思われる。