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情報コーナー (野菜情報 2013年5月号)


幼児教育・保育にとっての野菜栽培活動

北海道文教大学人間科学部子ども発達学科
講師 古郡 曜子


【要 約】

 幼児教育・保育での栽培活動は、園児に戸外に関心を持たせて身近な自然に関わらせることを重視しています。そのために、「子どもの食育における保護者、教育関係者等の役割」として「子どもが楽しく食について学ぶことが出来るような取り組みが積極的になされるよう施策を講じる」ことが厚生労働省から示されています。教科書通りの食育ではなく、遊びを取り入れた食育の方が園児は興味を持ち、結果として学びへとつながります。私たちは、野菜の栽培活動という遊びを通して、子どもたちに学んでほしいものです。

1 幼児教育・保育における食育とは

 平成17年(2005年)6月に食育基本法が制定され、この法律に基づき「食育推進会議」が制定されました。平成18年(2006年)3月、食育推進会議により「食育推進基本計画」が決定され、この中の「学校、保育所等における食育の推進」において、幼児期における食育の方向性や施策が初めて示されました。さらに、平成20年(2008年)3月に幼稚園教育要領(文部科学省)および保育所保育指針(厚生労働省)が改訂・告示され、「食育」の文言が明記されました。幼稚園教育要領においては、「望ましい食習慣の形成」「食べる喜びや楽しさ」「食べ物への興味や関心」が示されています。
 また、平成23年(2011年)には「第2次食育推進基本計画」が決定され、「子どもの食育における保護者、教育関係者等の役割」として「子どもが楽しく食について学ぶことが出来るような取り組みが積極的になされるよう施策を講じる」こと、「学校、保育所等における食育の推進」(幼稚園は学校に含まれる)では「子どもへの食育は家庭への良き波及効果をもたらすことが期待できる」と示されました。
 なお、幼稚園の先生を幼児(3~5歳児)教育者として「幼稚園教諭」、保育園の先生を乳幼児(0~5歳児)の保育援助者として「保育士」と呼び、両者を総称して「保育者」と呼びます。どちらの場での教育・保育の内容はとても似ており「子どもの最善の利益」を求めて、子どもの育ちを保障しています。
 幼児期の食育を実践するための方法として、幼稚園や保育所での食育栽培活動の指導計画例を書籍から分類することができます1)

 ①「ねらい」(指導目標)に「遊びを通して」を行うことを前提としており、教育の観点と発達援助の観点を重視しています。②「子どもの遊び」(活動)では、「食材を素材にした遊び」が全書で見られ、「料理をする」「絵本やパネルシアターなどの視聴をする」「植物の栽培をする」「食品などの知識を知る」がありました。③「環境設定」は、「食材」と「料理」を組み合わせ、さらに「製作」「視聴」「遊び」を組み合わせる方法が用いられていました。④「表現活動」に遊びが取り入れられ、遊びを通して食材や食品の流通、食品分類の知識に興味を持たせる意図が見られました。
 以上のように、「遊び」を中心とした食育計画の中に「植物の栽培をする」が多く示されていました。なお、幼稚園・保育所の「環境」とは、子どもの過ごす場所の環境を示し、「環境設定」が教育的配慮と発達援助として重要です。乳幼児にとっては、遊びは学びにつながる大切な日常的な営みなのです。野菜の栽培活動もその一つとして重要な遊びであり、学びなのです。

2 幼児教育における栽培活動の目的

 幼稚園教育要領の第2章には、「ねらい及び内容」として「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の5つの領域が示されています。この中で栽培活動に直接関係する3つの領域には次のように明記されています。
 健康では、「自然の中で伸び伸びと体を動かして遊ぶことにより、体の諸機能の発達が促されることに留意し、幼児の興味関心が戸外にも向くようにすること」と記されています。
 人間関係では、「道徳性の芽生えを培うに当たっては・・・自然や身近な動植物に親しむことなどを通じて豊かな心情が育つようにすること」と記されています。
 環境では、「自然に触れて生活し・・・」「季節により自然や人間の生活に変化のあることに気づく」「自然などの身近な事象に関心をもち、取り入れて遊ぶ」「身近な動植物に親しみを持って接し、生命の尊さに気付き、いたわったり、大切にしたりする」と記されています。
 幼稚園教育での栽培活動は、園児に戸外に関心を持たせて身近な自然に関わらせることを重視しています。
 具体的な栽培活動は、次の教育の目的2)があります。
①野菜の好き嫌いの解消を促す。
②五感を使うことができ、発達を促す。
③園児が食べ物に興味を持つ機会となる。
④自然に触れることから豊かな感性の育成となる。
⑤野菜を育てながら、命を育てる実感を持たせる。
 これまでの幼稚園・保育所における栽培、収穫、調理と食事に関する研究では、次のような報告があります。

①農園の有無は「ある」が35園、「ない」が43園であった3)

②敷地面積に余裕のある園が芝生、花壇、農園をとっている。栽培作物は多い順にきゅうり、トマト、大根菜、さつまいもの記述があった3)

③幼稚園で2カ月単独の野菜(なす)栽培体験をすることで、栽培を行った野菜については給食摂取量が増加することが示唆された4)

④幼稚園や保育園の野菜畑の環境の実態は望ましいものが少ない。袋やバスケットの提唱がなされている5)

⑤4歳児では原始的ではあるが、生物学的な説明システムが形成されていることがうかがわれた6)

⑥収穫した野菜を調理することにより、年長児は野菜嫌いの割合が有意に低下した7)

⑦栽培活動を日常的に行っている年中児と年長児は、栽培活動をほとんど行っていない同年齢児と比べて、食物の生産、加工、流通過程についてより詳細な理解を有している8)

 このように保育園・幼稚園における野菜の栽培活動が、子どもに野菜栽培への興味を持たせ、食べ物への関心や偏食の改善の効果があることはよく知られています。

3 栽培活動の思い出

 思い出とは、心に止まって忘れない記憶とは異なり、以前あったことを心に浮かべることのできる内容であり、あいまいなものです。また、幼児期体験の思い出が、その後の成長にどのような影響を及ぼすのか、関係性は明確ではありません。しかし、体験活動の原点としての幼児期が、その後の食生活の自立に影響のあるものと考えることができます。そこで、食育導入以前に幼児期を過ごした年代の学生に、「保育所・幼稚園での食の思い出」についてアンケート調査9)(2008年4月実施、有効回答数732人、平均年齢18.5歳)をしました。
 図1は、質問「通園先での想い出に残っているものすべてに答えてください」として、食生活に関する援助や教育的指導を受けたことへの思い出の質問16項目への回答を全体・保育所・幼稚園で示したものです。「いただきます、ごちそうさまのあいさつをした」が最も多く(74.5%)。次いで、回答数の多い順に「お誕生日会でいつもと違う食べ物を食べた」(40.3%)、「食べ物の絵を描いた」(38.0%)が挙げられ、約4割以上を占めていました。
 一方、幼稚園群が保育所群よりも多くみられた回答には、「栽培した食べ物を収穫した」(幼稚園42.2%、保育所32.2%)、「食べ物(植物)を栽培した」(保育所25.7%、幼稚園32.5%)、「栽培した食べ物で料理をした」(幼稚園22.8%、保育所15.0%)などが挙げられていました。
 この結果から、幼稚園と保育園に違いはあるものの、「収穫」と「栽培」が30%以上の学生にとっての思い出になっていることが分かりました。

 図2は通園先における食生活の10の出来事をあげ、それぞれに「いやな思い出」「覚えていない」「楽しい思い出」を選択した結果です。

 全体では、「覚えていない」が約半数近くを占めて(65.5±20.3%)、次いで、「楽しい思い出」(29.1±22.4%)が挙げられ、「いやな思い出」(5.4±7.1%)は少ない結果でした。
 このうち「楽しい思い出」をみると、「みんなで食べること」を挙げている回答が最も多く(79.0%)、次いで、「お弁当に関すること」(46.3%)、「食べ物の栽培をしたこと」(38.5%)、「料理を作ること」(38.4%)などが挙げられていました。
 この結果からも、栽培活動は楽しい思い出として残っていることが分かりました。

4 幼稚園における栽培活動の考え方と様子

 幼稚園における食育の考え方と様子を知るために、3人の幼稚園教諭へインタビューを行いました(2011年3月)2)。対象者のプロフィールと保育における栽培活動の考え方と栽培調理への様子を表2に示しました。そのうち2人が野菜の好き嫌いの解消に効果的である内容を話しました。
 A教諭は「給食」の話しから「野菜の栽培」に関する話しになりました。園で栽培をすることで「園児たちが五感を使い」「楽しく出来る活動」であること、栽培に関する知識や技術を持っている職員がいることで実践しやすくなったことを話していました。
 B教諭は「好き嫌い」の話しから「野菜の栽培」に関する話しをしました。教員が畑の手入れで大変なのは「草取り」であると話していました。しかし、「園児が食べ物に興味を持つ機会はすごい」として、園児の様子を「喜びを感じられたものの方が食べる」と話していた。これらから、園の教諭たちは子どもたちの成長を見出しながら、畑の管理をしている様子が分かりました。
 「栽培した野菜の調理」について、A教諭は「先生も園児もすごく楽しく出来る活動」として、「園児の反応がいい」と話していました。
 B教諭は「園児が楽しそうに食べる」様子を話して、「園児が食べ物に興味を持つ機会は良い」と話していました。
 C教諭は「教師が簡単で基本的な調理を見せる」様子を「ぜひ経験させたい」と話し、「昔の家庭であっただろうな」ということを「保育室で展開する」様子を話していました。さらに、園児の反応を細かく話し、「すごく楽しい」様子を話しました。
 3人は栽培したものによる「子どもの調理体験」を好き嫌いの改善や楽しい場面として、効果のある食育実践として話していました。

5 幼稚園教諭による栽培活動の準備

 幼稚園における栽培活動で幼稚園教諭たちが、幼児だけではできない畑の管理を日常保育の中でどのように行っているのか具体的な環境設定についてインタビューを行いました(2012年7月)9)
 表3に対象者の保育暦と栽培活動幼稚園数、栽培活動教育的考え方を示しました。栽培活動の考え方は、①環境設定のひとつとしての畑であり、食育以外の教育効果②植物の扱いの実感③視野の広がり④役割感を持たせる、でした。これらは、栽培を食育にとどまらず、幼稚園教育の目的を重視したものです。

 さらに、表4に栽培活動の準備の内容を示しました。「畑の始まり」については、①赴任した先にすでにあり、始まりは不明②栽培活動は園長からの指示によって始まっていた、でした。これらのことから、栽培活動は幼稚園教諭自らが始めたものではなかったことが分かった。
 「畑起こし」については、①教職員の中で家庭菜園の経験者が行った②近所の方が耕運機で起こしてくれた③職員全員で行った、であった。以上、幼児の活動がほとんど見られず、園以外の人々のボランティアとしての協力者の存在がありました。 
 「苗(種)の種類設定」については、①教師がアドバイスをして、園児が決めた②園児の希望を聞いて、職員が決めた、であった。以上、園児の考えを引き出して設定していました。
 「栽培の知識(方法・技術)」については、①販売している店員に聞いた ②先輩の先生、園長、近所の方に聞いた③本から④農協で聞いた、であった。以上、園職員と園以外の人々の協力によってなされていました。
 「教わった知識と技術」については、
①耕す時期②畝の作り方と植え方、土寄せの仕方③肥料と水のやり方④わき芽の取り方、であった。以上、教諭が栽培の専門的な知識と技術を学びながら行っていました。
 以上のことから、園児が直接かかわるのは「苗(種)の種類設定」であり、他の準備は保育環境の設定として教諭たちが協力者からの支援を受けて行っていました。栽培の準備は大人の協力が不可欠であり、園内の職員だけでは知りえない専門的な栽培の知識や技術を他者から得ていました。

6 園児の畑とのかかわり

 表5に同じくインタビューから得られた「園児と教師の栽培活動の実際」についての内容を示しました。
 「栽培植物の種類」については、①野菜の種類は園児とともに考えた。
 「苗(種)植え、観察、水やり、草取り」については、①苗植え、草取り、水やりは園児を中心として行い、野菜の生育の様子を実感させた②一緒に遊んでいるときに誘いかけた、でした。
 園児が意欲の持てるような「一緒にやってみよう。先生もがんばるから」などの言葉かけをしていました。また、「野菜の絵本、雑草を10本、ぞうさんジョウロ」などの具体的な物や行動を示していました。
 「先生だけではしない」については、①収穫の時に園児の気持ちが違う気がする(園児がしっかりお世話している時の反応がいい)、②自由遊びの中で子どもたちを巻き込もうとした、でした。これらから、自由遊びの中で子どもたち意欲を持たせようとしていたことが分かりました。
 「収穫・調理と食事」については、①子どもたちは自分で栽培した野菜を分かっている②植えた野菜も植えてない野菜もみんなで食べて、おいしいととても喜ぶ、であった。これらはこれまでの研究報告と同様の内容であった。
 以上のことから、園児を促すために、日常の保育と一環としての園児への言葉かけと教育的配慮としての環境設定をしていたことが分かりました。
 次に、「栽培の失敗と解決」については、①栽培知識の習得方法が手探りであるため栽培の失敗がある②失敗の解決には栽培経験者(家庭菜園、農協、農業経験者)からの教えが良かった、でした。以上、教諭たちが失敗から学んでいる様子が分かりました。 
 幼稚園教諭は、専門的な栽培に関する知識や技術を持っていませんので、栽培経験者に聞き、失敗を解決しようと努力していました。また、栽培活動については、幼児教育の効果を優先的に考え実践しようとしていました。

 幼児期の栽培・収穫体験は、食育だけではなく保育の幅を広げる意味があり、園児の生活の中で日常的に行われることが望ましいです。
 「大切に育てて収穫して、料理をしておいしく食べる」という当たり前のことを野菜の栽培・収穫を通して、私たち大人は子どもたちに伝えていきたいものです。


文 献

1)古郡曜子:幼稚園と保育所の食育計画-幼児期の遊びをとおして-、北海道文教大学研究紀要35:-9、2011.

2)古郡曜子、山口宗兼:幼稚園における食育カリキュラム作成に関わる基礎的研究―幼稚園教諭へのインタビュー調査を通して―北海道文教大学研究紀要36:23-34、2012.

3)石坂孝喜:保育環境としての動植物飼育栽培状況について-東京都下三多摩地区保育園のアンケート調査より-、日本保育学界大会研究論文集(44)、676-677、1991.

4)菅野靖子、村山伸子新潟医療福祉学会誌11(2)新潟医療福祉大学64-69、2011.

5)梁川正、藤井千賀子:教材としての園芸植物の栽培袋及びバスケット栽培、京都教育大学環境教育研究年報12、41-53、2004。

6)菅眞佐子:滋賀大学教育学部紀要 人文科学・社会科学57、73-82、2007.

7)名村靖子、奥村豊子:収穫した野菜のクッキングによる食育効果と保護者の食育意識、園児の食関心との関連:大阪教育大学紀要Ⅱ人文科学・社会科学58(1)、27-42、2009.

8)外山紀子、野村明洋:保育園の作物栽培実践に基づく食物の生産過程に関する学び、日本食育学会誌4(2)、103-110、2010。

9)古郡曜子・菊池和美(2009),保育所・幼稚園における食の思い出
調査-家庭との関連をふまえて-,日本調理科学会誌Vol42 No. 6PP. 410-416

10)古郡曜子、小田進一:食育としての栽培活動における課題―幼稚園教諭へのインタビューから―北海道文教大学研究紀要37:127-133、2013.


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