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情報コーナー (野菜情報 2013年4月号)


植物工場における低カリウムメロンの開発

国立大学法人島根大学生物資源科学部
教授 浅尾 俊樹


【要 約】

 腎疾患や透析患者の方は腎臓機能低下のために厳しいカリウム摂取制限を受けている。カリウムは生野菜、果物、海草類、イモ類に多く含まれ、特にメロンなどの野菜は厳しく制限されるために慢性疾患者にとって大きなストレスになっている。そこで、食のQOL(Quality of Life)、つまり、食事による生活の質の向上のために「低カリウムメロン」の開発を目指した。低カリウムメロンは太陽光利用型植物工場で養液栽培により生産することができる。養液栽培に用いられている培養液(水と肥料)に含まれるカリウムの量および与えるタイミングをコントロールすることにより低カリウムメロンの生産が可能になった。低カリウムメロンは家族とともに食べることができるおいしいメロンである(写真1)。
 

はじめに

 元同僚からの「祖父は好きな果物が食べられない」という言葉から、この研究は始まった。ガラス温室で学生とともにいちごの実験をしている際に「腎臓が悪いので週に3日人工透析を受けている。透析患者はカリウム摂取が厳しく制限されていて、好きなメロンも十分食べることができない。カリウムの少ないメロンを養液栽培で作ることができないか」と話をしてくれた。透析患者の方がそのような厳しい食事制限、カリウム摂取制限を受けていることは、近くに透析をしている者がいなかったこともあり、それまで認識がなかった。
 現代病といわれる慢性腎不全が悪化した腎臓病透析患者数は近年増加しており、今後、増加し続けることが予想される。腎臓は余分なカリウムを体外に排出する機能を持っている。カリウムは約90%が尿から排出され、慢性腎臓病患者は腎機能低下が進むとカリウムを十分に排出することができないため、高カリウム血症が起き、不整脈により心不全を起こす可能性がある。血液中のカリウムは少なすぎても、多すぎても、生命の維持に大きな影響を与える。そのために腎機能が低下した人は多い場合、週に3回も透析を受け、余分なカリウムを体外に排出する必要がある(図1)。

 また、治療法として主に厳しい食事療法がとられている。食事療法は特定の栄養素を摂取できないため、その食材にとても厳しい制限を受けている。そのことが慢性疾患者にとって大きなストレスとなっている。カリウム制限が必要な腎臓病患者は日本腎臓病学会の調査によると約1,000万人いると報告されている。生の果物も口当たりが良く、季節の果物を食べたいが、カリウムが多いので缶詰を利用する。ただし、カリウムは水に溶ける性質があるためにシロップは残さなければならない。カリウム含量が高い食材としては、生野菜、果物、海草類、イモ類があり、それらは特に厳しい摂取制限を受けている。カリウム含量の多い野菜としてはほうれんそう、かぼちゃ、メロンなどであるが、ほうれんそうやかぼちゃは茹でたり、煮ることによりカリウムを除去することができる。しかし、メロンのように生食するものはそれに含まれるカリウムを除去することが困難なために、カリウムを1,200mg /日に制限されている透析患者にとって、ほとんど口にすることができない(表1)。それらが食べる生きがいの喪失や食生活のQOL低下につながっている。
 以前、養液栽培でメロンを作ったことがあった事から、「できるかもしれない。やってみよう」という言葉を元同僚に返して、低カリウムメロンの生産について研究を始めた。

1. メロンの低カリウム化への試み

 なぜ、メロンの低カリウム化が可能であると考えたのか、それはメロンの栽培法と養液栽培の特徴からである。
 メロン、特に1株に1果しか実らさないハウスメロンでは、栽培開始から花が咲くまで茎と葉を大きくする。その後、葉が20数枚になった時にメロンの先端を採ってしまう。するとそれ以上メロンは大きくならない。成長を止めてしまうのである。その頃、メロンに実となる花が咲き始める。メロンはスイカと同じウリの仲間で、雄花の花粉を雌花に授粉してやると、雌花の元の部分が膨らんでくる。メロンの赤ちゃんの誕生である。当初、1株に4果ぐらい実らせた果実がピンポン球ぐらいの大きさになった時に、形の良い(少し縦長)、傷のないものなどを残し、1株1果にする。そして、授粉55~60日後に収穫を迎えることができる。以上が一般的なハウスメロンの栽培法である。
 メロンにとってカリウムはなくてはならない養分の一つである。葉、茎、そして根を大きくするためには欠かせないものである。カリウムは根からメロンに取り込まれていくために、肥料として窒素、リン酸とともに大量に与えている。低カリウム化を図るためにカリウム肥料を与えないと、葉や茎などが大きくならない。しかし、前述したようにメロンの栽培法では、前半に茎葉を大きくして、後半に果実肥大のみを人為的に行っている。また、カリウムはメロンの果実が肥大する前には茎葉を大きくするために使われ、その後の果実肥大期からは果実内にカリウムを過剰に吸収する特性がある。それは果実の急激な肥大が原因だと考えられる。その際、根からカリウムを吸収するだけではなく、いったん茎葉に取り込まれたカリウムが果実へ移動することも知られている。その過剰なカリウム吸収がメロン果実の高カリウム化を招いていると考えられる。そこで、花が咲くまでは必要最低限のカリウムを与え、開花後、収穫までカリウムを制限してやることにより、低カリウムメロンが可能だと考えられた。前半は茎葉を大きくし、後半は果実のみ大きくする栽培法を行っているメロン栽培だからできることである。
 しかし、メロンは一般的に土耕栽培が多く、果実肥大期から土中のカリウムを低下させることは困難である。一方、養液栽培では、培養液により水と肥料を根に供給している。それに含まれる肥料組成を変えることにより、植物根から吸収する養分、すなわちカリウムを容易に制限できる。その技術を活かし、島根大学では低カリウムメロン栽培に成功した。

2. 低カリウムメロンの生産

 51穴のセルトレイにバーミキュライトを入れ、メロンを播種した。発芽後、双葉期に園試処方標準50%培養液で育苗を開始した。本葉3~4枚期に同様の培養液を入れたコンテナに定植した。本葉25枚で摘芯し、第11から15節の子ヅルの第1節目の花を授粉し、子ヅルの第2節目で摘芯した。授粉10日後ぐらいに1株1果に摘果した。その後、培養液中のカリウムを制限した。
 その結果、葉および茎の成長や果実品質(果実重や糖度)に大きく影響しない低カリウムメロンを作ることができた(写真2)。一方、附属病院での試食(患者さんへも)を行い、その評価を得ている(写真3)。それらの試食会より、「低カリウムメロンの方が食べやすい。ピリピリ感が少ない」という声が多く出された。メロンなど新鮮な果実を口にした場合、口腔のピリピリ感が生じる(口腔アレルギー)。低カリウム化によりメロンによる硝酸態窒素吸収量が少なくなり、メロンの低カリウム化と同時に口腔アレルギーを引き起こす抗原の低減化が起きた可能性が考えられた。低カリウムメロンの開発により、甘さや大きさなどが同じで、カリウム量が少ないメロンとなり、家族といっしょに食べられるメロンにつながっている。
 低カリウムメロンは太陽光利用型植物工場での生産である。そのために光、温度等の環境変化による低カリウム化の変動が懸念される。食品成分表に書かれている340mg/100gFWの約50%まで低カリウム化を実現したが、それが確実にならないと製品として世に出すことは困難である。季節や天候等により栽培環境が変化し、メロンによる培養液吸収量が大きく変化してしまう。すなわち、晴天時には培養液の吸収量が多くなり、吸収カリウム量も増える。吸収されるカリウム量が一定にならず、安定的に低カリウムメロンの生産することは困難であった。そのために開花する前までは茎葉の成長に必要最小限のカリウムを与える培養液の量的管理を行い、開花後はカリウムを一切与えない培養液管理を行うことで安定的な低カリウムメロンの生産につながると考えている。
 また、非破壊での果実内カリウム濃度測定ができれば、実用化に大きく進むことができる。非破壊カリウム測定装置が実用化された後、生産されたメロン果実のカリウム含量によって低カリウムメロンとして出荷する物、普通のメロンとして出荷する物に選別することによりメロン生産が可能になり、生産者にとってはリスクが少なくなると考えられる。完全な低カリウムメロン生産ができないと、その技術は実用化したとは言えないかもしれないが、より早く透析患者の方に低カリウムメロンを届けるためには非破壊カリウム測定装置の開発が急がれる。現在、その装置も開発中である。

おわりに

 養液栽培は遺伝子組み換えなどとは違い、その野菜のもともと持っている特性を培養液(水と肥料)でコントロールする技術である。その技術を使って、我々にとって有益な食材を作り出すことが可能である。今後、心身共に健康な生活に寄与できる食材の開発を目指していきたい。


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