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情報コーナー (野菜情報 2013年3月号)


臭化メチル剤から完全に脱却した産地適合型栽培マニュアルの開発

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター
病害虫研究領域 上席研究員 津田 新哉


【要 約】

 臭化メチル剤は、土壌病害虫のみならず、雑草防除にまで効果を示す卓越した土壌くん蒸剤として農業現場で普遍的に使用されてきました。しかし本剤は、環境破壊物質として国際的に指定され、2012年末日に土壌くん蒸用途は農業現場の表舞台から姿を消しました。著者たちは、2008年度から5年計画で農林水産省の「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」において、農研機構を中心に13機関が参加する研究課題「臭化メチル剤から完全に脱却した産地適合型栽培マニュアルの開発」に取り組んできました。昨年12月上旬には、その研究事業の成果を東京、名古屋、福岡の三会場で全国に向け発表し盛会に終えたところです。本誌では、これまでの研究で開発した臭化メチル代替栽培マニュアルの概要を掲載します。臭化メチル剤を使用してきた地域の生産者部会、農業関係機関、行政・普及部局さらには試験研究機関の間で本剤全廃後の持続的安定生産について真剣に議論を交わすことが、今後の当該作物産地の維持・発展に繋がると思います。

はじめに

 農作物の持続的安定生産に土壌消毒は欠かせません。単一作物の連作では、土壌病害虫による連作障害が発生するためです。土壌伝染性病害虫の発生を防ぐ最も効果的な薬剤として長年臭化メチル剤が広く使われてきました。本剤は土壌病害虫のみならず、雑草防除にまで効果を示す卓越した土壌くん蒸剤でしたが、1992年に国際条約の一種である「モントリオール議定書」により本剤はオゾン層破壊関連物質に指定され、1995年以降、先進国では植物検疫用途を除き、その製造・販売・使用が国際的に規制されました。それ以降、日本では、国連管理の元、特例措置(不可欠用途)で、きゅうり、メロン、トウガラシ類、しょうがおよびスイカの特定の土壌伝染病害防除薬剤として継続使用が許可されてきましたが、それも2012年12月31日で全廃となりました。
 開発した新規栽培マニュアルでは、既存や新規開発の要素技術を体系化し、防除価が80以上、収量は臭化メチル使用時の栽培と比べて90%以上を確保することを目標にしました。土壌伝染性ウイルス病を対象として開発した栽培マニュアルは、IPM(総合的病害虫管理技術)が基盤となっています。また、しょうが栽培は、幾つかの代替農薬を組み合わせた総合防除体系であります。わが国農業の持続的発展と国際的環境保護政策とのはざまで、今後のこれら作物の栽培・生産技術開発において新たな展開が求められています。本誌では5年間をかけて開発した臭化メチル剤代替栽培マニュアルの概要を示し、今後の先進国における農業技術開発のたどるべき方向性を展望します。

1. ピーマン

 ピーマンモザイク病は、発病した植物の残渣が土壌中に残存し、それが次作の感染源になることが知られています。そこで、新規栽培マニュアルでは土壌中の病原ウイルスの残存程度を血清学的診断法のエライザ法で測定し、その汚染程度に応じて幾つかの防除技術を体系化するのが骨格となります(図1)。
 これまでに、ピーマンモザイク病対策として開発された要素技術は、L4抵抗性品種、生分解性ポットやちり紙などを利用した根圏保護定植技術、植物残渣含有土壌の腐熟促進技術、植物ウイルスワクチン(弱毒ウイルス)を用いた生物防除技術などです。さらに、それら要素技術の組み合わせにより起こる収量低下等のリスクを軽減するため、垂直二本仕立て法や、汚染土壌から完全に隔離した養液土耕を基礎としたプランター栽培等も開発しました。また、茨城県では半促成栽培と抑制栽培を対象に、鹿児島県では長期促成栽培で有効な新規栽培マニュアルを開発しました。

2. メロン

 メロンえそ斑点病は、種子伝染でいったん侵入した病原ウイルスが土壌中に生息する絶対寄生菌のオルピディウム菌により定植後間もないメロンに媒介される病害です。幸いにも、本病害には病原ウイルスに対して抵抗性を示すメロン品種が数社から開発されており、それらの中から、導入するメロン産地の地域性、栽培環境、果実品質等を比較検討し、その産地に適した品種を選択します。さらに、臭化メチル代替材として、クロールピクリンとD-Dの混合剤である土壌くん蒸剤が登録されています。これらの要素技術を組み合わせることで臭化メチル全廃後のメロンの安定生産を確保することが新規栽培マニュアルの骨格であります。さらに、温暖な地域においては、トマトとメロンの輪作体系を導入することにより、病原ウイルスと媒介菌の両方を土壌中で増殖させない耕種的防除技術の導入も選択肢の中に入ります。千葉県では、これら要素技術を体系化し、県内産地に適した新規栽培マニュアルを開発しました(図2)。

3. きゅうり

 きゅうり緑斑モザイク病は、ピーマンモザイク病と同様に、前作の感染植物残渣が土壌中に残存し、それに含まれる病原ウイルスが次作で定植したきゅうり苗の根に土壌伝染することで発生します。新規栽培マニュアルの基本的な考え方は、感染株の早期発見・早期除去、それに健全土壌の育成です。ほ場内で栽培中のきゅうり株に常に目を光らし、疑わしい症状が認められた場合には直ちに血清診断、あるいは遺伝子診断で確定します。陽性反応が検出されたら、その株を丁寧に抜き取り感染拡大防止に努め、収穫や摘心などの管理作業では、用いる摘果鋏の消毒や、適正な使い分け等でほ場衛生管理を徹底します。また、一作終了後、牛糞堆肥を導入し土壌中に残る前作の植物残渣を腐熟促進させます。ウイルス診断で陰性結果だったとしても、夏の休耕期を利用して太陽熱消毒や土壌還元消毒、さらには牛糞堆肥を利用した腐熟促進でほ場衛生に務めることが望ましいです。宮崎県では、このような作業工程を基本とする新規栽培マニュアルを開発しました。また、愛知県では、この工程に加え、定植苗の根圏を保護する生分解性ポリポットを用いた土壌伝染遮断技術も開発し栽培マニュアルに組み入れています(図3)。

4. 露地しょうが

(1)土壌消毒

 主な代替くん蒸剤を表1に示します。これらの薬剤は病害虫と雑草に対する防除効果がそれぞれ異なるため、前作の発生状況に応じて適切な薬剤を選択しなければなりません。ただし、価格も異なるため、防除経費も考慮する必要があります。なお、ヨーカヒュームはイネに障害を起こす可能性があるので、翌年水稲栽培を予定しているほ場では使用を避けるべきです。

(2)生育期の防除

 根茎腐敗病には現在3種類の薬剤が農薬登録されていますが、いずれも予防的な効果が高いため(表2)、根茎腐敗病の発病前に1回薬剤を処理し、その後、発病したらすぐに発病株(写真1)を除去し薬剤を追加処理します。ただし、前作で根茎腐敗病の発生が多かったほ場では、定期的な薬剤処理をします。
 代替くん蒸剤の利用により雑草の発生が増加する場合もあるので、必要に応じて除草剤を使用します。ナブ乳剤は、イネ科雑草(スズメノカタビラを除く)を対象とし、畦上にも使用でき、バスタ液剤は非選択性除草剤で畦間の雑草に対してのみ使用します。なお、雑草の多発が予想される場合、植え付け直後にトレファノサイド乳剤または粒剤2.5を処理します。その他、土寄せや稲ワラ等のマルチも効果があります。

(3)その他

 根茎腐敗病防除のためには、①健全種根茎の利用、②収穫時の観察、③排水の改善など環境整備も必要です。①は、植え付け前によく観察し、褐変など異常のある種根茎は使用しない。②は、ほ場の被害状況を把握することで、次作での防除対策に資する。③では、ほ場内外の排水路の整備・清掃や排水を考えた勾配畦畔造成、深耕などによるほ場改良などです。
 なお、ほ場によってはネコブセンチュウの被害が発生することがありますが、発生状況に応じた土壌くん蒸剤を用いることで防除できます(表1)。

5. 施設しょうが

(1)定植前の土壌消毒

 ヨーカヒュームは、使い方や特性が臭化メチルくん蒸剤と似ていることから、施設栽培における代替土壌消毒剤として期待されています。施設栽培の定植時期である低温期(2月)に施設内人工汚染ほ場で本剤とクロールピクリンおよびソイリーンを処理して効果を比較した結果、ヨーカヒュームは低温期の処理でも他の土壌消毒剤と同等以上の防除効果を示しました(図4)。また、3月上旬に和歌山市内の農家ほ場で処理したところ、臭化メチルくん蒸剤と同等の防除効果でありました(データ省略)。

(2)収穫後の太陽熱土壌消毒

 施設栽培では8月上旬までには一作を終えます。低コスト、環境保全型農業を展開するには太陽熱土壌消毒を導入するのが好ましく、本技術は被覆を二重にすることで相当効果が高まることが知られています(写真2)。試験ほ場の土壌を農業用ビニルで二重被覆して処理した後には、処理前に病原菌が検出された深さ35cmのところまで菌は全く検出されませんでしたが、一重被覆では低密度ながら病原菌が検出さました(図5)。
 このように、土壌消毒法がそれぞれ一定の防除効果を持つことが明らかとなりました。施設栽培では、これら春先の薬剤による土壌くん蒸と夏場の太陽熱土壌消毒を組み合わせ、土壌中の病原菌密度を周年で低く保つことが重要なポイントになります。

さいごに

 地球を取り巻くオゾン層を保護する「モントリオール議定書」が1987年に採択されてから今年で25周年を迎えます。2000年頃に最大となった南極上空のオゾンホールもこの10年間で徐々に減少し、昨年9月には一昨年の同時期より約20%減少していたことが判明しました。1980年代以前の地球環境レベルにまで戻すためにはあと50年程度は必要と推測されています。本議定書採択25周年を迎えるにあたり国連の潘基文(パン ギムン)事務総長は「生活、工業および農業から排出される地球上のオゾン層破壊物質の98%を削減できたことにより、オゾン層は、今、次の半世紀の間で回復する軌道上にあります」と祝辞を述べています。この25年間、本議定書の元で活動した事務局員、各委員会役員および各国政府代表団の国際交渉における並々ならぬ努力があったことは言うまでもありませんが、一方で、農業で臭化メチル剤を利用してきた生産現場の方々の環境保護と削減受諾に対する理解と協力、代替技術開発に尽力してきた農業行政や試験研究機関の関係者の努力も忘れてはなりません。
 わが国では、世界に模範を示すため土壌用臭化メチル削減案となる国家管理戦略を定める一方、臭化メチル剤から脱却した栽培マニュアルを新たに開発してきました。これまでの道程は、順風満帆という言葉からは到底かけ離れたものであり、さまざまな場面で多くの障害にぶつかり、その都度大小さまざまな修正を余儀なくされました。しかし、本研究プロジェクトメンバーの努力により、実効性ある脱臭化メチル栽培マニュアルを開発することができました。これら8つのマニュアルは実証試験をした産地に適合したものであるため、全国の生産現場にいきなり導入するわけにはいきません。導入を計画する際には、導入する産地に合わせて微調整しなければならない点も多々あると思われます。今後は、これらの新規栽培マニュアルを基盤にし、これまで臭化メチルを利用してきた地域の生産者、農業関係機関、行政・普及部局さらに試験研究機関の間で大いに検討・評価しさらなる発展につなげて頂きたいと思います。

 なお、本誌に紹介した新規代替マニュアルの詳細は、農研機構ホームページ
http://www.naro.affrc.go.jp/narc/contents/post_methylbromide/index.html
で公開されているので、参考にして頂ければ幸いです。


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