低濃度エタノールによる新規土壌還元消毒技術
独立行政法人農業環境技術研究所 有機化学物質研究領域
主任研究員 小原 裕三
1%以下の低濃度のエタノールを利用する新たな土壌還元消毒技術を開発し、農家用実施マニュアルと指導者用技術資料を公開した。本土壌消毒技術の具体的な手順は、1%程度に希釈したエタノール水溶液を農地に十分にしみ込ませて湿潤状態にし、農地表面を農業用ポリエチレンシート(農ポリ)で2週間程度被覆する簡便な方法である。この技術による土壌病害虫の発生抑制のメカニズムは、低濃度のエタノールで処理することにより、土着の土壌微生物が活性化し、土壌中の酸素濃度の低下によって生息環境が大きく変化することによるもので、エタノールの直接の殺菌効果によるものではない。本土壌消毒技術で使用するエタノールは農薬ではなく、土壌還元消毒資材として扱われる。
トマト、ピーマン、ほうれんそう、メロン、いちごなどに代表される園芸作物では、連作に伴って発生する土壌病害虫を防除するため、クロルピクリンやD-D等の土壌くん蒸剤などをはじめとするさまざまな技術を駆使して、集約的生産体系を維持してきた。従来、ウイルス病から害虫・雑草まで極めて高い防除効果が得られる臭化メチルが使われてきたが、臭化メチルは大気中に拡散してオゾン層を破壊するため、国際的な取り決めにより全廃された。現在は、この臭化メチルに代わって、クロルピクリン、D-D、ダゾメットなど他の土壌くん蒸剤が多用されている。しかし、これらの農薬もガス化して周囲へ拡散するなど、人の健康への影響が懸念されるため、欧米などではこれらを利用する際に大変厳しい規制が行われている。これらの土壌くん蒸剤を用いた場合にも、期待した効果は必ずしも得られておらず、これら土壌くん蒸剤は、農家にとって必ずしも使い勝手の良いものではなく、人への影響や環境負荷のより小さな新規土壌消毒技術の開発が求められている。
新規土壌消毒用薬剤として多くの有機溶媒を対象にスクリーニングを行った結果、エタノールは土壌消毒効果が小さく、土壌中での拡散性も小さいため、当初は必ずしも有望な土壌消毒用薬剤ではなかった。しかし、人への毒性に関する情報の豊富さ(低い毒性)や、環境中で容易に分解され消失する(環境残留性が小さい)こと等、エタノールは多くの利点を有しているため、処理方法の改良によって土壌消毒効果の改善が可能か検討を行った。
当初、土壌消毒効果を評価するために、風乾土を用いて候補薬剤を直接処理する方法で実験を行っていたが、高濃度のエタノールでは十分な土壌消毒効果は得られなかった。このため処理方法の改良の検討を行った結果、エタノールを水で1%程度、もしくはそれ以下に希釈した溶液(通常の消毒用エタノール濃度が80%前後)を灌水装置により消毒を目的とする深さまで土壌を湿潤状態にするのと、農業用ポリエチレンフィルム(農ポリ)で土壌表面を1週間以上覆うという簡便な方法で、十分に効果が得られることが分かった(図1)。また、エタノールは容易に水中で均一化し、プラスチック等の資材の劣化の影響もないため、あらかじめ灌水チューブを土壌表面に設置して、農ポリで被覆した後、液肥混入器を用いて処理するなど、手順の変更は容易である。農ポリで被覆する目的は、空気(酸素)を遮断するためと、エタノールと水の蒸発を防ぐためである。なお、土壌を十分に低濃度エタノールで湿潤状態にするための処理量は、作物や畑条件によっても異なるので、条件に合った処理量を把握する必要ある。
本土壌消毒方法で用いる最大でも1%程度の低濃度エタノール水溶液では、エタノールによる直接的な殺菌・殺虫効果は期待できない。しかし、低濃度のエタノールを畑土壌に処理した場合、細菌、糸状菌、線虫、土壌害虫、雑草(写真1)に至る広い範囲の土壌病害虫および病原性土壌微生物に対する抑制効果が得られている(表1)。これまでに土壌消毒効果の得られた作物と土壌病害虫の組み合わせでの実施事例については、先の実施マニュアルと技術資料に記載しているので参考にされたい。また、いちごやトマトでの人工培土(ヤシガラ、スギ皮、ロックウールなど)での実施事例もあり、従来技術に比較しても同等以上の病害の抑制効果が得られている(写真2)。ただし、ここでのエタノール濃度と処理液量については、まだまだ削減の余地のあることを含み置きいただきたい。
この土壌消毒法のメカニズムは、低濃度で土壌中に処理することによって、エタノールをエサとする土壌微生物が増殖して酸素が消費され、土壌中の環境が無酸素(還元)状態となることで、酢酸などの有機酸が生成することや、土壌中の鉄やマンガンが還元されてFe2+やMn2+などの金属イオンとして土壌水中に溶出し、病原性の土壌微生物などが減少・死滅することによりその効果が得られていることが明らかとなった(図2)。これらのことから、関係諸機関と本技術で用いるエタノール資材の位置付けについて、検討を行ってきた結果、本土壌還元消毒法に用いるエタノールは農薬に該当しないこととなった。
既存技術と比較した低濃度エタノールを利用した土壌還元消毒法の労力とコストは、表2に示すとおり、現状では他の技術と比較して高コストであるが、低コスト化は可能である。土壌還元消毒用のエタノール資材は、現在「エコロジアール」として、日本アルコール産業株式会社から販売されている。土壌還元消毒資材「エコロジアール」はエタノール含有量60%未満の水溶液で、消防法の危険物には該当しない。現状、20リットル入りのバックインボックス(BIB)として販売されているが、この場合、実勢購入価格の過半は包装容器と流通コストである。一方、今後の需給の状況により、再利用可能な大型コンテナ容器での資材の提供も視野に入れており、より低コスト化が期待できる。また、原料アルコール(エタノール含有量約95%)の蒸留工程で生じる安価な副生アルコール(エタノール含有量90%未満)はこれまで有効な用途がなかったが、このような、安価で、有害な不純物が含まれないアルコールを積極的に利用することでいっそうの低コスト化が期待できる。
今後、この技術の適用範囲をさらに拡大するとともに処理方法の最適化をすすめることで、園芸作物生産における土壌病害虫による被害を回避するために、広く利用されることが期待できる。
「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒」の実施マニュアルと技術資料を農環研のウェブサイトで公開しており、「実施マニュアル(図3-1)」では処理方法の概要が平易に説明されており、無料で頒布している。また、「技術資料(図3-2)」では、これまでに得られた個別の事例が数多く紹介されている。なお、今回紹介した「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒技術」は、「農林水産省新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」の支援のもと、独立行政法人農業環境技術研究所、地方独立行政法人北海道立総合研究機構中央農業試験場、千葉県農林総合研究センター、神奈川県農業技術センター、岐阜県農業技術センター、岐阜県中山間農業研究所、徳島県立農林水産総合技術支援センター、公益財団法人 園芸植物育種研究所、日本アルコール産業株式会社により共同開発されものである。
引用文献
N. Momma, Y. Kobara, M. Momma(2011). "Fe2+ and Mn2+, potential agents to induce suppression of Fusarium oxysporum for biological soil disinfestation. " Journal of General Plant Pathology 77(6): 331-335.
N. Momma, M. Momma Y. Kobara(2010). "Biological soil disinfestation using ethanol: effect on Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici and soil microorganisms. " Journal of General Plant Pathology 76(5): 336-344.