トマト養液栽培における最新の動向と展望
国立大学法人千葉大学大学院 園芸学研究科
准教授 丸尾 達
【要約】
近年注目されているトマト植物工場には、多様な栽培方法と養液栽培システムが提案されており、それぞれ革新的な多収を目指している。植物工場で使われるシステムは比較的高度な制御を前提としたものが多いが、より簡易で安価な養液栽培システムの普及拡大も被災地等を中心に期待されている。両システムに決定的な相違はないので、それぞれ適切な機器の構成・配置と設計が重要になる。いずれも栽培装置の普及には、各構成要素の高性能化、低コスト化が不可欠である。
平成21年度補正予算で農林水産省が実施した「モデルハウス型植物工場実証・展示・研修事業」には、多くの大学・試験研究機関・企業が参加して、個別の技術要素ではなく総合システム・総合技術としての植物工場/施設園芸の実証・展示・研修事業を行っている。
千葉大学も同事業に参画し、柏の葉キャンパスに植物工場拠点を設置している。
千葉大学拠点には、「実証規模」を意識した10~25a規模の5つの太陽光利用型植物工場(トマト栽培)と2つの完全人工光型植物工場(レタス栽培)が実際に設置され、コンソーシアム方式で実証・展示しながら、それぞれ多収・コスト縮減に向けた種々の取り組みを行っている。拠点施設は、実際の植物工場のほか、研修施設、選果・出荷施設、育苗施設等で構成され、拠点全体の総床面積は13,350㎡になっている(図1)。
図1 千葉大学拠点の全体俯瞰図
本稿では千葉大学植物工場拠点における最新養液栽培システムをはじめ、簡易型のシステムも含めトマト養液栽培システムの最新の動向と今後の展望について紹介する。
●㈱誠和がリーダーを務めるコンソーシアムでは、オランダ型のRWハイワイヤーシステムで、日本の気象環境等に適合した統合環境制御システムを確立することにより、光合成速度を高め、オランダ品種を用いて世界レベルの多収(50t/10a以上)を目指している。栽培施設には、軒高5mのエフクリーン展張ハウスを用いている。
図2 統合環境制御で光合成向上を図る
●イワタニアグリグリーン㈱がリーダーを務めるコンソーシアムでは、スプレイポニックシステム(カネコ種苗)を用いて、長期多段栽培で、通常の倍程度の栽植密度(4,000株/10a)で国産品種を栽培し、適切な成長制御を実施することにより、好適LAIを維持して多収(50t/10a)を目指している。また、独自のHP制御システムの開発も含め、独自の環境制御システムの開発も目指しており、日本型長期多段栽培システムのプラットフォームが目標である。
図3 長期多段栽培で密植・多収化を図る
以前からその有用性が注目されていた低段密植栽培が、閉鎖型苗生産システムの普及により、より現実的になった。千葉大学拠点には1段密植栽培と3段密植栽培を設置。
●JA全農がリーダーを務めるコンソーシアムでは、既設施設にも導入可能で、周年生産・出荷が可能、労働負荷が周年的に平準化され、雇用中心の経営との相性が良い一段密植栽培を行っている。栽培システムは改良型NFTで、1段栽培ではあるが、株間10cm、ベッド間隔1mの10,000株/10aの密植栽培、年間4作の作付け回数で収量を補償する。種子代が安くて管理も容易な、芯止まり系統の養液栽培用固定新品種「すずこま」も導入する。
図4 10,000株/10aの密植(年4作)で安定多収生産を図る。
図5 芯止まり系統の新品種“すずこま“
●MKVドリーム㈱でも自社の閉鎖型苗生産システム「苗テラス」との相性が良好な1段密植栽培を採用して、40t/10a以上の高収量を目指している。また、1段栽培の軽量性を前提に、栽培ベンチを移動させて通路の無駄をなくし、生産性を向上させ最終的に50t/10aの超多収の可能性を検討する。
図6 低段密植栽培には欠かせない閉鎖型苗生産システム「苗テラス」
図7 固定型1段密植栽培(MKVドリーム)
図8 1段栽培を前提とした移動ベンチ
●㈱大仙がリーダーを務めるコンソーシアムでは、Dトレイシステムによる三段密植栽培を実証・展示している。本コンソーシアムでは、250mlの少量培地の特性を生かした給液システム、排液循環システム、環境扇等を実証している。
図9 Dトレイを活用した3段密植栽培
図10 D培地量250mlの超少量培地で栽培するDトレイシステム
上述した千葉大学植物工場のトマトの栽培システムは、いずれも養液栽培が前提であるが、比較的高度な制御システムが必要で、それなりのコストが発生するため、既存施設への応用は限定的になっている。
一方、東日本大震災で津波による塩害や放射性物質による汚染を受けたエリアでは、土壌から隔離されたシステムが求められているが、このようなケースに有望な簡易型の養液栽培システムも注目されている。
前述した㈱大仙が採用しているDトレイ栽培システムでは、極少量培地のみでトマト3段栽培を行っているが、栽培システムの基本構成は、培地(少量)+ドリップ灌液システム+日射比例灌液制御システムである。これらの構成要素を満たす簡易型トマトバッグカルチャーシステムが、先に東京ビッグサイトにて開催された施設園芸・植物工場展(GPEC2012)の主催者展示コーナーで展示された(図10)。同展示では、株あたり培地量を130mlから10Lまで変えた栽培でも、トマトの生育や果実肥大等に大きな違いは見られなかった。
図11 GPEC2012で展示された簡易型バッグカルチャーシステム
これには、ドリップ灌液システムと日射比例灌液制御システムが極めて重要な役割を果たしている。ドリップ灌液システムは、広い栽培施設の多数の株に均一な灌液を行うのに必要不可欠なシステムであるが、近年システムの精度とバリエーションの拡充が著しい。他方の日射比例灌液制御システムは、タイマー制御等では無駄の多い灌液を積算日射量に応じて効率的に行うシステムで、ストレスを付与して高糖度栽培を行う場合も含めて、少量培地システムでは極めて重要な構成要素になっている。同展示によれば、施工費を除いた10aあたりの最低設置コストは60万円弱ということで、シンプルなシステム構成と導入し易い価格が特徴である。
このように、トマトの養液栽培システムは必ずしも高度なシステムが必要ではなく、バッグカルチャーなど簡易養液栽培システムでは、下記に挙げる構成要素をどのように組み合わせて、より簡易で、無駄のないシステムが構成できるかが重要になる。
育苗システム:トマトの場合、苗の育苗環境が重要であることは間違いないが、周年的な栽培を考えると閉鎖型苗生産システムが必要になる。もちろん苗生産業者から購入することは可能である。
栽培培地:栽培培地の素材・株あたりの容量などについては比較的大きな問題にはならないが、培地の物理性や灌液システム等とのバランスが重要になる。一般の園芸培養土の他、RWやココヤシ培地等を利用することが多い。
培養液管理装置:培養液の濃度や組成を制御するシステムであるが、これまで培養液濃度を設定した値に制御する濃度制御システムが多かったが、トマトに施用する肥料の量を量的に制御する量制御システムが簡易で有利な点も多い。
日射比例灌液制御システム:本システムは従来のタイマー制御に変わるシステムで、これまで、比較的高価な高度制御システムの構成要素として位置づけられてきたが、最近になってシンプルで、4万円程度の安価なシステムが開発された。日射センサーを用いることで、水分センサー等のようにセンサーを設置する株の生育状況に関係なく制御が可能で、広い面積の制御に有利なシステムである。
培養液希釈混合装置:一般に培養液を施用する場合は、原水に100~200倍程度の濃縮培養液を設定濃度まで適宜希釈・混合して灌液することが多い。希釈タンクが必要なシステムと不要なシステムがあるが、本装置がシステム全体の価格に占める割合が高く、制御精度を落とすことなく装置の簡易化・低コスト化が望まれる。
給液システム:施設内の広い面積に均一に給液するためには、給液ポンプや配管方法、フィルター設計が重要になる。実際には専門的知識を有する専門家に相談し、個々の装置・機器のバランス・配置を決定することが望ましい。
エミッター:近年点滴灌液システムのエミッター(水を吐出するパーツ)は、その性能・精度の向上が著しいが、十分個々と特性を認識し、下記の最適なエミッターを選択する必要がある。
・点滴システム:点滴ドリッパーは、圧力補正システム、水ダレ防止システム、セルフクリーニングシステムなど進化が著しく、価格も様々であるので、十分理解して、適切なエミッターを選択することが最も重要である。点滴システムのエミッターは繊細な構造を有するため、原水など使用環境によっては、フラッシングバルブや適切なフィルターシステムを選択することが重要になる。
・散水チューブ:ラフな灌液で十分なシステムの場合、主としてコスト面から散水型のチューブを利用することもあるが、製品による精度の違いが大きい。
・噴霧ノズル:小型スプリンクラーや噴霧システムなどにより、ドリップシステムより広範なエリアに培養液を均一に灌液する際に使用する。高温時の溶存酸素不足には強いシステムになる。
排液システム:簡易な灌液システムを採用する場合、開放系の掛け流し式給液システムでは、一定量の排液が発生する。掛け流し式システムは、病害病除などの観点から、循環システムより有利になるが、環境負荷や経済的観点からは、排液量は極小にする必要がある。
フィルターシステム:原水中のゴミや栽培作物の残渣、肥料成分の析出などから種々の固形物が発生することが多いが、それらを効率的に除去するフィルターシステムが必要になることが多い。フィルターの設計には圧力損失や病害の知識など専門的な知識と経験が必要になる。
殺菌装置:養液栽培システムでは、土壌病害の合理的回避が可能であるが、循環式の培養液システムを採用する場合には、殺菌装置の設置が望ましい。殺菌装置には種々の原理や機構のものがあるが、現在主流の装置はUVやオゾンなどである。
ハイクラスの植物工場から簡易バッグカルチャーまで養液栽培システムの普及が進めば、機器や資材の低価化が期待できる。
・好適LAI:LAI(Leaf Area Index)は、葉面積指数のことであり、単位土地面積当たりの葉面積(片面)を(LAI:)の値で、群落などの繁茂度の指標として用いられている。一般に、生長につれて葉面積指数は増加するが、この指数の増加につれて日射の群落内への透過は指数的に減少する。トマトの長期多段栽培における最適LAIは、オランダでは3~4であるとされており、LAIがこの値に近い時にトマト群落の光合成・物質生産量が最大となるため、結果的に単位面積あたりの収量も最大になることが実証されている。
・バッグカルチャーシステム:バッグカルチャーシステムは、「袋栽培システム」と呼ばれている。園芸用土やRW粒状綿、ココヤシ繊維などの培地を袋やコンテナ、ポットなどに充填して、作物を定植し、ドリップシステム等を用いて個別に精密に水や培養液を灌液して栽培するシステムである。簡易に土壌と隔離することが可能で、土壌病害等のリスクも低いほか、土耕栽培に近い間隔で栽培できる簡易なシステムであることが特徴である。
・RW:RW(Rockwool(岩綿):ロックウール)は、玄武岩、鉄炉スラグなどに石灰などを混合し、高温で熔融して遠心力で繊維化して生成される人造鉱物繊維である。広く断熱・吸音材など建築材料として使用される他、養液栽培の栽培培地として広く用いられている。撥水性のものと親水性のものがあるが、栽培培地として使用されるものは親水性のものである。形状としては、スラブ、ブロック、キューブ、マット、粒状綿等多様である。高温で熔融するため無菌で、均一性も高いため、世界中で標準的な培地の一つになっている。